014.遠征準備
──異世界転移を経て7日目の朝を迎えた──
「お客さん、おはようです」
「ああ、ダーハちゃん、おはよう」
朝の日課にしている素振りをしていると子狐のダーハから声を掛けられた。
「お客さんは、いつも朝が早いのです。
他の冒険者さんは、もっとゆっくりしているのです」
「あぁ~、ハルナが……
ダーハちゃんの尻尾を触りたがってた女の子が朝早いんだよ。
遅いと無理やり起こされるんで、早起きするようになったんだ。
それで時間が出来ちゃったんで、朝に素振りをしていたんだよ。
あれっ? いつもって事は、今までも見られていた?」
「あっ、はいなのです。通り道になるので目についていたのです」
「そうなのか。オレも多少は気配察知が出来るんだけど
全く気づかなかったなぁ」
「わたし達は、もともと気配を消すのが得意なのです。
ここで働いている子なら、本気で隠れようと思えば、
中堅冒険者を相手にしても見つからないのです」
「へぇ、スゴイなぁ。オレじゃ気づけない訳だ」
「あっ、すみません。そろそろお仕事の時間なのです。もう行くのです。」
「ああ、ダーハちゃん、お仕事がんばってね」
マサトはダーハの頭を撫でて送り出す。
ダーハは頬を赤らめつつも満面の笑みを浮かべ仕事へと向かった。
「わずか数日だけど、いろいろと面倒な事が重なってたからか、
ダーハちゃんみたいな良い子と話せて、なんだか癒されたなぁ。
さて、今日も一日がんばるか」
マサトは、久々に清々しい気分の朝を謳歌していた。
──冒険者ギルド──
「アイアンランクに上がった事だし、
そろそろ遠征の依頼を視野に入れてみてはどう?」
サントスが依頼表を眺めながら呟いた。
「つまり野営の経験を積むって事か」
「そうです。このパーティには収納持ちが二人います。
ハッキリ言ってオーバースペックなんです。
一般のパーティでは出来ない無茶が出来てしまう。
これは、マサトやハルナにとってはマイナスに成りかねません。
本来経験を積み、覚えておかないといけない基本が蔑ろになってしまのです。
今後受ける機会がある商隊の護衛任務等では、
他のパーティと共同で依頼を受ける事もあるので、
その時に起きる収納が使えない状態を想定して、
野営を含む遠征を経験しておいた方が良いと思います」
「なるほど、サントスの経験からの言葉なんだな」
「私は基本的に魔物相手の狩りであれば問題無いにゃ」
「キャンプだね。お泊り会だね。ボクは賛成だよぉ」
「それなら、しばらくは遠征の為の準備期間って事で行動するか。
何かやりたい事があるなら教えて欲しい」
「私は携帯出来る保存食を作っておきたいのにゃ。
だから食材を狩りに出たいにゃ」
「自分としては、マサトとハルナの野営用の道具の購入時間が欲しいですね。
パーティの共有資金は十分に貯まっているので、
この機会にちゃんと揃えておくのが良いと思います」
「ボクは、サンちゃんとベスにゃんが言った事以外で思いつく事は無いかなぁ」
「オレは、テントの設営とかを先に練習しておきたいかな。
ぶっつけ本番ってのは、あまり好きじゃ無いんだよな」
「一通り意見が出た感じですね。
それならベスの食材集めの狩りから始めるのが良いでしょうか。
資金集めにもなりますし、明日ベスが保存食を作っている間に、
野営用の道具を買いに行くという事にしましょう」
サントスが場をまとめると依頼を受領して、さっそく狩場へと向かった。
──セラ大森林──
「依頼は、ホーンラビットの角と毛皮の納品で受けてあるわ。
それ以外はこちらの取り分になるから自由に狩れるわよ」
周囲に他の冒険者がいない事を確認したサンディの口調が、本来の物へと戻り、
今まで纏っていた緊張感が解れる
「了解にゃ。私は駄犬と適当に狩って来るにゃ」
「ワウッ!」
それに伴い、ベスもガブリエルを連れて、狩場を奔放に駆けて行った。
「ベスにゃん、行っちゃったね」
「あれで組み合わせとしては妥当なのよね。
機動戦闘主体で索敵と収納持ちだから、格下相手なら乱獲出来るのよ。
ケダモノも結構器用だから、少量の物でも良いから
マジックバックを持たせれれば、かなりスゴイ事になりそうなのよね」
「オレ達と違って普通のバック等は使えないからな。
でも、マジックバックは贅沢だよなぁ。オレ達だって持ってないんだし……」
「サンちゃん、マジックバックって何処で手に入るの?」
「基本的には専門店ね。ただ素材がダンジョンでの入手品なのよ。
だから基本的にゴールドランク以上の冒険者の所持品になるわ。
素材集めも大変だし、加工してもらうのにもお金が掛かるから
冒険者としてのステータスの一つと考えられているわ」
「それならサントスが収納を使っているのを見られたら
ランク的に怪しまれないか?」
「シルバーランクに成り立てなら怪しまれるわね。
あたしはそれなりに冒険者として活動をしていたから誤魔化せているわよ。
あたしの場合は現地で、素材を取りに来ていた上位冒険者に助けられて
マジックバックの素材を集めた事になっているわ。
親が冒険者で、現役時に使っていた物を譲ってもらったって言う
冒険者もいるから、変な目立ち方をしなければバレないし、
他人に利用されたりもしないわ」
「ああ、そう言えばガブリエルの事をギルド長に報告しに行った時に
シルバーランクにしては珍しいと言われていたけど、怪しまれてはいなかったな。
むしろ冒険者として評価されていた様にも見えたな」
「まぁ、そう言う事よ。
マジックバックは欲しい物のリストには入るけど
無理に素材集めに行かなくて良いと思うわ」
「え~っ、ボクも欲しいよぉ」
「このパーティってダンジョンに潜るよりも野外戦向きなのよね。
ベスの索敵能力と機動戦。あたしとハルナの遠距離戦。
それらの長所がダンジョンだと活かしきれなくなるわ。
だから、マジックバックについては別の方法で手に入れましょう」
「つまり、お金を稼いで買うって事か?」
「それが最も早くて現実的でしょうね」
「サンちゃん、夢がないんだよ」
「はいはい、おしゃべりはそこまでね。
ターゲット、ビッグボア、1。釣るわよ」
サンディの発見報告で会話は中断され、狩猟が開始される。
サンディが、ビッグボアをクロスボウの射撃で釣り、
ハルナが、バインドで足止めをし、その後の攻撃魔法へと繋げる。
マサトは、バインドの効果切れに備えつつ、周囲警戒を行い、
二人に遠距離攻撃に集中してもらう。
すでにパターン化された作業手順を以って、
ビッグボアはアッサリと倒され、サンディに収納される。
「確かにダンジョンだと、ここまで自由に位置取りを選べないよなぁ」
「ダンジョンは視界も悪いし、逃げ場も無いわ。
味方が射線に入って遠距離攻撃が出来なくなる事もあるし、
魔物が密集していたら、一匹ずつ釣るのも難しいわ。
難易度が跳ね上がるから、今は焦らず実力を付けなさい。
さあ、次を探すわよ」
マサトはサンディに諭され後を追う。
その後グレイウルフに一度、横槍を入れられた事を除けば、
狩りは順調に進んでいった。
ベスと合流し、収穫を確認した所、
ホーンラビット、十匹
ビッグボア、四匹
ワイルドディア、一匹
グレイウルフ、一匹
後は薬草と魔力草に加え毒消し草を少々と蒟蒻芋を手に入れた。
ちなみにワイルドディアはベス達が狩って来た。
ガブリエルの幻覚の霧での、目くらましと足止めの効果から
ベスの背後からの不意打ちで仕留めたらしい。
マサトはガブリエルの幻覚の霧やハルナの霧魔法フォグを逃走時用としてしか
考えていなかったが、初手の不意打ちに使うのなら良い一手だと感心した。
──宿屋フォクスバット──
「お客さん、おかえりです」
冒険者ギルドで依頼の達成報告して宿屋に戻ると、
入り口付近で仕事をしていたダーハに出迎えられた。
何か良い事でもあったのかダーハの尻尾が楽しそうに左右に揺れていた。
その揺れる尻尾があまりにも可愛らしく感じ、
マサトは思わず触ってみたい衝動に駆られる。
「ダーハちゃん、ただいまぁ」
いち早くハルナがダーハに抱き付き、ドサクサに紛れて尻尾をモフり始める。
「お客さん、やめて下さい。くすぐったいのです。は、恥ずかしいのです」
当然ダーハは嫌がっていた。
顔を羞恥で紅潮させたダーハに、ハルナがふざけてイタズラしている姿は、
微笑ましいさと同時に、なんだかイケナイ気分にさせられる。
「ハルナ、それくらいで止めて置きなさい。妖狐族の尻尾って、
親しい家族や恋人にしか触らせないものだって言われているわ。
同じ女性でも、余程仲の良い友達位にしか触らせないそうよ。
ハルナもいきなり見ず知らずの他人に身体を触られたら嫌でしょ?
今すぐ止めなさい!」
サントスが思わず素のサンディの口調でハルナを嗜めた。
「うっ、ダーハちゃん、ごめんね」
さすがのハルナも、これには大人しく引き下がった。
(やばっ、思わず衝動でとんでもないセクハラをするところだった……)
マサトは背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、ある意味ハルナに感謝した。
「本当に『ハルナ』が変な事をしてゴメンな」
マサトは、自分の中に生じていた邪な感情も全てハルナに押し付けて
ダーハに謝罪する。
「い、いえ。もう大丈夫です。わ、わたしは仕事に戻るのです」
ダーハはマサトに頭を下げると、宿屋の奥へと駆けて行った。
これらのやり取りをしていた宿屋の入り口には、
幸いにして他の従業員や客が居なかった。
また、ダーハが羞恥でパニック状態だった事が幸いにして、
サンディの迂闊な発言もバレる事は無かった。
マサトは、サントスにハルナを窘めてくれた事に感謝しつつも、
素のサンディの口調が出てた事について注意をして部屋へと戻った。
◇◇◇◇◇
「明日は野営用の道具を買いに行くけど、
明後日は休息日にするのはどうかしら?」
サンディからの休息日の提案がなされた。
「サンちゃん、お休み日にするの?」
「自由時間を取るって考えても良いわ。
個人的に狩りに出ても良いし、疲れを取る為に休んでも良いの。
気分転換に街中を探索しても良いわね。
人それぞれに疲れ方が違うから、自分にとっての疲労度の確認と、
回復方法の模索って所かしら。
冒険者に成り立てだと、どうしても狩りに出る事ばかりを考えてしまって、
こういう自己管理を忘れがちなのよ。
早い段階で気づいて身に着けておけば、無茶をしなくなるし、
自分が無茶をしそうな時に気づく切っ掛けになるわ。
最近は、いつものアレをしていないなぁって感じでね」
「面白い考え方だなぁ。でも確かに毎日狩りに出かけてるよなぁ」
「……それなら私は、ちょっと作ってみたい物を思いついたので
明日作ってみるにゃ」
「ベスにゃん、お休みは明後日だよ?」
「明後日の為に作っておくのにゃ。保存食を作る片手間で出来ると思うにゃ」
「何か知らないけど、楽しみにしているよ」
「任せるにゃ」
「それじゃあ、明後日が休息日で決定ね。
休息日は日帰りの依頼ばかりが続いたなら、四日狩りに出て一日休みを取る。
遠征をした時は、その翌日から二日間を休息日に当てましょう。
負傷や疲労度によっても変わるからあくまで目安ね。
良い狩場があったら、集中的に稼ぐ事も視野に入れるけど、
最初は疲労を溜めないペースで行きましょう」
「サンちゃん、了解だよ。
それで明日は買い物に何時ぐらいに出かけるの?」
「道具屋が開店する頃で良いから、朝はのんびり出来るわよ。
朝市を見たいなら先に出かけていても良いわよ。
その時は道具屋で現地集合かしら。あたしは道具屋に直接行くわ」
「ボクも道具屋に直接行くので良いよ」
「じゃあ、皆で一緒に道具屋に向かうか。
オレは、いつものように朝の稽古をしてから食堂で待ってるな」
そしてマサト達は、明日の予定を一通り話し終えると早めの就寝についた。