013.アイアンランク
──冒険者ギルド──
「は~い、納品された採取品の確認が取れましたぁ。
アイアンランクへの昇格条件が満たされたので手続きをしちゃいますねぇ。
皆さんまだ冒険者になって間もないのに、昇格出来るなんてスゴイですぅ。
あっ、少々お待ち下さいねぇ」
「はい、お願いします」
冒険者ギルドに戻り、採取の達成報告をする為に受付に向かうと、
顔馴染みのアンナは、すでに業務を終えて居なかった。
その為、今回はジェシーと言う受付嬢さんが対応してくれていた。
ジェシーは、金髪に大きな白いリボンを付けた
間延び口調が特徴のお嬢様然とした雰囲気を持つ受付嬢さんだった。
その為か、多くの冒険者達に人気がある様子だ。
「チッ、アイツ、カッパーのクセにジェシーの所に行きやがったぜ」
「ちょっと良い所を見せようとしてんだろ。ガキがイキってんじゃねーぞ」
「しかも女二人連れだと? 教育が必要だな」
マサトは、謂れの無い嫉妬の矛先を向けられていた。
「(ただ手続きをしに来ただけなのに……
しかも突撃したのハルナだし、オレ関係ないだろ?)」
「(マサト、それが通用しない世界なのよ。
一応あたしのシルバーランクをチラつかせれば追い払えると思うけど
いざとなったら逃げるわよ)」
マサトは小声で対応策をサントスと相談しながら、
下手に絡まれない様に、その場で大人しく待機していた。
しかしながら、その選択が彼らの不評を買った。
「オイ、テメェー、いつまでジェシーを独占しているつもりだ?
用が無いならさっさと帰りな」
声を荒げて体格の良い大柄な男が近づいて来た。
見た目に剣士だと分かる男の出現に、
周囲の観衆が酒の肴を見つけたとばかりにニヤついていた。
「あっ、これはバーキムさんお久しぶりです。サントスです」
サントスが、バーキムと呼んで声を掛けると、
男は今気づいたとばかりに視線を向けた。
「ああん? オマエ、サントスか。死んだって聞いてたが、生きてやがったのか」
「ええ、幸運に」
「コイツらは、オマエの連れか?」
「ええ、縁あって新人の教育係のようなものをしています。
今日は晴れてアイアンに昇格出来る事になったので、
手続きをしてもらっているのです。
いつもならアンナさんに見てもらっているのですが、
もう帰られたとの事なので、今日の所は見逃して下さい。
あっ、皆さん、こちらは、ゴールドランクであり
『硬貨斬りのバーキム』の異名を持つ凄腕の剣士さんです」
「はじめまして。ゴールドランクの冒険者さんにお目見え出来て光栄です」
マサトはサントスに合わせてバーキムに頭を下げ挨拶する。
「お、おう。オマエ達もがんばって、俺様の背中を追い掛けて来るが良い。
ガァーッ、ハッ、ハッ、ハーーーッ!」
「(相変わらず単純ね)」
「(チョロイな)」
バーキムは、サントスの擦り寄りとマサトの持ち上げに簡単に乗っかり
ご機嫌でテーブルへと戻って行く。
周囲の観衆は、あまりのつまらなさに落胆し、
マサトとサントスは、上手くやり過したと安堵した。
「硬貨斬りっての出来るの? 見たぁーいっ!」
ハルナの余計な一言が飛び出した。
「なんだあ? お譲ちゃんは俺様の秘技を見たいって言うのか?」
「見たぁーいっ! まーくんも見たいよね?」
「(おいサンディ!)」
「(ごめんなさい。持ち上げる為に出した二つ名が
ハルナの興味を引くとは思わなかったのよ!)」
「(せっかくこっちの名前を伏せてやり過せたのに、
ハルナのやつ、余計な事を)」
「すみません。仲間がご迷惑な事を。
ゴ-ルドランクの冒険者様の技を見せて欲しいなどと大それた事を。
仲間には、ちゃんと言い聞かせておきますので、ご容赦の程を……」
「こちらの教育不足でした。申し訳ありません」
マサトとサントスはバーキムの機嫌を損なわないように低姿勢で謝り倒す。
「いいぜ。参考にならないと思うが俺様の秘技を見せてやろう」
「わぁ~い、やったぁ~♪」
ハルナのあまりにも純粋な喜び方に、バーキムもご機嫌になっている。
事ここに至り、マサトとサントスも、さっさと、その硬貨斬りの秘技を見て
退散した方が早いと察し、成り行きを見守る事にした。
再び周囲の観衆の注目を浴びる中、
バーキムが一枚の硬貨を取り出し、宙空へと投じる。
「いくぜぇい!」
【シャキーーーンッ!】
バーキムの一閃が硬貨を捕らえ、宙空で両断する。
「「「「「おおーーーーーっ!」」」」」
溢れんばかりの歓声がギルド中に響く。
「わぁーっ、スゴーイ。スゴイよ、まぁーくぅーーーんっ!」
バーキムの秘技に大満足なハルナが大騒ぎする。
その様子を見てバーキムもご満悦だ。
「そうれっ、もう一つにゃ! そうれっ、もう一つにゃ!
そぉ~う、れぇ~いっ!」
なぜかベスが、この騒ぎに乗じてバーキムに絡み出し、
バーキムに向けて赤紫色をした物体を放り投げた。
突如ベスに振られたバーキムだったが、放物線を描き、
ゆっくりと近づいて来る物体が、空気抵抗を受けてユラユラと揺れている事から、
それ程硬い物質では無い事を察し、再びその剛剣をもって迎撃する。
【ベチョンッ!】
バーキムの剣閃により、赤紫色をした物体は、
わずかばかりの切れ込みを伴って、壁面まで飛ばされ床に落ちた。
バーキムの秘技により、物体が再び両断される光景を思い描いていた
観衆の思考が止まり、ギルド内の時間も停止してしまった。
得も言えない空気を破ったのはバーキムだった。
「おい、テメェ、なんのマネだぁ?」
恥をかかされたバーキムが凄む中、
ベスは魔石を含む四つのアイテムを取り出した。
「ああ、ちょっと待つにゃ。新しい物を作るのにゃ」
ベスは殺気立つバーキムの目の前で、
満面の笑みを浮べながら魔石加工を始める。
使用している材料は、ベスが昼間に実験に使用した素材、
茹でた謎の芋、灰が沈殿する水溶液、そして温水。
観衆が見守る中、眩い光の収束と引き換えに現れたのは、
赤紫色をした謎のブロック体。
それは先程、バーキムが切断に失敗した物と同じ物体であった。
「じゃあ、今度はオマエがやって見るにゃ。そぉ~う、れぇ~いっ!」
ベスがマサトに向けて赤紫色をした物体を放り投げた。
唐突に振られたマサトだったが、
身に付けて携帯する事に慣れる為にと、腰に差していた鞘に手を掛けると
放物線を描き、ゆっくりと近づいて来る物体に向け抜刀する。
【─────】
接触音も無く、ただ目の前に差し出された刀身に、
赤紫色の物体は、なんら抵抗する事も無く通過し、その身は分断された。
それは先程、バーキムに求められていた結果の再現。
【チャキンッ!】
静まり返るギルド内には、納刀時の接触音のみが響いていた。
それを皮切りにギルド内が騒然とする。
「うぉーっ、なんじゃそりゃ!」
「あの硬貨斬りが切れなかった物を切りやがったぞっ!」
「切れた破片どこに落ちた? 探せ、探せ!」
「おいオマエ、今の物をもう一回作れ! どんなものか確認したい」
「なら、今度はオレが挑戦してみたい」
「俺にも試させろ」
「はいはい。販売するから順番に並ぶにゃ」
ギルド内がお祭り騒ぎとなった。
「バーキム様、ありがとうございます。
先にバーキム様の秘技と剣筋を拝見出来たおかげで、
無事に斬る事が出来ました。
今後もバーキム様のご指導を心に刻んで精進します」
マサトは、わざと観衆に聞こえる様にバーキムに対して謝辞を述べ頭を下げる。
呆然自失となっていたバーキムであったが、
マサトが自分に頭を下げている事に気づき我に返った。
「お、おう。さすが俺様が認めた男だ。これからも俺様の背中を追って精進しな!
ガァーッ、ハッ、ハッ、ハーーーッ!」
豪快な笑いと共にテーブルに戻って行くバーキムを見てホッと胸を撫で下ろす。
「(つ、疲れたぁ……)」
「(お疲れさま。それにしても、よくベスの考えが分かったわね)」
「(まぁ、ベスがオレに放り投げた時点で確定したかな。
だって、それ以外切れないし……)」
ベスが昼間に実験し、放り投げた赤紫色の物体とは、
マサトの宝刀・蒟蒻切が、唯一切れる物体。コンニャクである。
昨夜の夕食の猪鍋にも入っていたコンニャク。
それをサントスは全く知らなかった。
あまつさえ、コンニャクの事を伝説の鉱物かと勘違いしていた。
なぜなら、あのコンニャクは、ベスが手作りした食べ物であり、
この世界に存在しなかった物だったからだ。
つまり、今回ベスが実験していた物とは、謎の芋が蒟蒻芋で、
灰の水溶液が草木灰液と呼ばれる凝固剤である。
そして魔石加工では、芋の粉砕と、草木灰液と温水の混合による
練り上げと凝固工程の短縮を行っていたのだ。
ちなみに赤紫色をしているのは、マジックポーチに収納する前に
皮を剥いた芋が酸化して変色してしまった影響の表れである。
ゆえにベスが、【一応成功した】と言っていたのであった。
「お待たせしましたぁ。アイアンランクへの昇格手続きが終了しましたぁ。
あれれっ、何か賑やかですねぇ。何かあったんですかぁ?」
「いえ、特に何も無かったですよ」
マサトは、手続きを終えて戻って来たジェシーからギルドカードを受け取ると、
二次被害を回避すべく、その場を離れた。
「まーくん、ベスにゃんからの差し入れだよぉ。はい、あ~ん」
ハルナが串物を持って駆け寄って来た。
それは茹でた赤紫色のコンニャクに味噌ダレを付けた、串コンニャクであった。
マサトは田舎の祭りの屋台で、何気なく食べていたのを思い出す。
そして懐かしさから一本もらって食べた。
もちろん自分の手で持った串コンニャクを食べている。
誰がこんな大衆のど真ん中で、ハルナに差し出された串にかぶりつけるか。
恥ずかしい。
しかし、なぜか周囲はドン引きしていた。何がおかしかったのだろう?
「おい、アイツ本当に食べたぞ!」
「しかも、躊躇い無くいったぞ……」
「オレ、アイツの事を見くびってたわ。スゲーッ!」
「いやいや、どう見てもゲテモノ好きだろ」
「なんか見てるだけで腹が痛くなってきた……」
なんだろう? 意味が分らない。
販売元のベスが、商売を終えて戻って来たので、何か知らないか聞いてみた。
「ああ、ここでは蒟蒻芋ってのは食べないのにゃ。
その理由の一つ目に蒟蒻の花があるにゃ。
蒟蒻の花の見た目は、毒々しい濃い赤紫色なのにゃ。
そして強烈な腐臭を放つのにゃ。まずここで嫌悪されるにゃ。、
二つ目に蒟蒻芋は、アク抜きをしっかりしないと毒があって、お腹を壊すのにゃ。
だから毒芋と思われているのにゃ。
そんな物を躊躇いなく食べるのを見て、アイツらはビックリしたのにゃ。
さっきのコンニャクを斬ったのと合わせて、
これでしばらくは、下手に絡んでくるヤツが居なくなるはずにゃ」
どうやら、ベスのプロデュースによって、
かなり強力なハッタリをかました状態になっていた。
かくしてマサトは、ハリボテのハッタリが露見する前に、
その身を宿屋に隠すのであった。