100.落花流水
「それじゃあ、まーくん、麺作りの方をお願いねぇ」
「仕方が無い、ベイルを待たせているから手早くやるか」
ディゼを見送ったサントスの後ろで、マサト達は食事の準備を再開する。
マサトが生地を麺に加工して、ハルナがスープ作りをする。
それは、いつもと変わらない日常の風景。
マサト達からの配慮を受けたサントスは、木箱に腰を下ろして身体を休める。
左右開きのドアで隔てられた先からは、鉄を叩く音が響いて来ていた。
そのドアが時折開かれると、炉のある鍛冶場から工房内へと熱気が排出される。
それが工房を通り抜ける風を呼び、試作品と思われるアイアンベルを響かせた。
リズミカルな打鉄音と風に揺れたアイアンベルの音色。
それらが奏でられる日当たりの良い場所でサントスは思う。
「暑いです。そして、うるさくて寝れません」
「当たり前だろう」
「サンちゃん、もう宿屋に戻って休みなよぉ」
「だってそれだと、自分だけ美味しいご飯が食べられないじゃないですか」
「それを言ったら、ダーハちゃんだって同じになるよぉ」
そこには、先ほど見せた好印象の冒険者の姿は無かった。
いや、むしろ今の方が冒険者らしいとさえ思えるダメ人間っぷりである。
「それなら、作り置きしておいたサンドイッチをやる。
だから、それを持って帰ってダーハと分けて食べろ」
「もう一声、ギブ ミー デザート!」
「コイツは……」
マサトは、ゼリーが入った容器を取り出して、サントスに二つ放り投げる。
するとサントスは、筋肉痛を物ともせずに大喜びをして宿屋へと戻って行った。
「もう、サンちゃんって、見た目は大人なんだけど子供だよねぇ」
サントスの無邪気っぷりに、思わずハルナが呆れてつぶやく。
「まぁ、あれくらいで喜んでもらえるなら楽で良いよ」
そう言ってマサトは、別の物をテーブルに置いた。
「あれっ、それを出しちゃうの?」
「まぁ、試作品だしな。ちゃんと味見をして確認しておく必要がある。
失敗した物を昇格祝いとして出す訳には行かないだろ?」
そう言って取り出したのは、卵と牛乳と砂糖を使って作ったシンプルなプリン。
ハルナは、それを味見すると、幸せそうな笑みを浮べる。
そして、どうせならカラメルソースも欲しいと言い出して作り始めた。
スキレットに砂糖水を入れて加熱して沸騰させる。
そしてスキレットごと回して、アメ色になるまで混ぜ合わせて、火から降ろす。
最後に、火から降ろして端から水を加え、ソースのとろみを調整して冷ました。
ハルナは最後の工程で、カラメルが飛び跳ねて来たのを水流操作でガードする。
それを見てマサトは、そう言う利便性がある能力ってズルい、と思ってしまう。
「やっぱり美味いな」
「そうだねぇ、幸せな味だねぇ。有るのと無いのとじゃ大違いだよぉ」
マサト達は改めて試食して、プリンと言えばコレだよな、と思う。
そして、その何気ないやり取りが、妙に心に染み込んで来た。
そうこうして試食を終えると、完成させたプリンを収納しておく。
そして隣で茹でていた麺を冷水で冷やした。
プリンは、あくまでサントスの昇格祝い用なので、昼食で出すつもりは無い。
マサト達は、場所代としてベイル達に冷製ラーメンを作って振舞う。
そして、他愛の無い会話を交わして取った昼食を終えると、金物屋を後にした。
◇◇◇◇◇
マサト達が、その足で向かったのは、多くの露店が集まった広場。
そこをハルナと二人で、のんびりと見て回る。
サントスとディゼの問題は、一応の決着が着いた。
その為、すぐに製錬都市から離れる必要は無くなった。
しかしマサトは、念の為にと、小麦粉や米、豆類を買い足す。
同じくハルナも、野菜や果物類を買って回っていた。
そして、宿屋へと戻る道中で、ふとハルナが話し掛けて来た。
「この世界に来た最初にも、こんな感じで二人で歩いたねぇ」
そう言われて、マサトは一月ほど前の事を事を思い出す。
「最初って言っても、半日くらいの間の話だよな」
「そうだねぇ、すぐにベスにゃんと出会って一緒になったものねぇ」
「ああ、不意打ちでぶつかられたのが、原因だったな」
「その後で、サンちゃんとダーハちゃんとパーティを組んだんだよねぇ」
「そうだったな」
マサトは、横を歩くハルナの話を聞きながら、ただ相槌を打つ。
しばしの沈黙を経て、ハルナは訊ねた。
「まーくんは、これからどうするつもり?」
「そうだなぁ……」
さすがに、昨日の今日と言う事を考えれば、質問の意図は汲み取れる。
マサトは率直に、優先すべき問題をあげる。
「連帯責任の呪縛が、かなり厄介だって事が分かった。
だから、コイツをなんとかしないといけないと思っている」
「それって、宝玉を奉納して元の世界に戻してもらうって事?」
「それが一番の解決方法だろうな。
オレ達は最初からお客様扱いで呼ばれている」
「まーくんは、それで良いの?」
マサトが淡々と述べると、ハルナが憂えた表情で訊ねた。
「まーくんは、なんだかんだ言っても、この世界の事が気に入ってるよね?」
「それを言うならハルナの方が、よっぽど満喫しているように思えたけどな」
「まぁ、ボクは実際に楽しいし好きだよぉ。
ただ、まーくんが、こんなにアッサリと決めれちゃうとは思っていなかったよ。
だってそうなると、皆とお別れする事になっちゃうもの……」
「それは、優先度の問題だな。
呪いで魔物化してしまったら、生きてるとは言えない。
それなら、元の世界に戻って会えなくなるのも同じだ。
どっちがマシかって考えれば、後者に決まっているだろ?」
「そう言われてしまえば、そうなんだけどね」
「それに、ハルナがプリンを作っていた時に言ったのが全てだって思えたからな」
「えっ?」
ハルナは、あの時に自分が何を言ったかを思い出そうとする。
しかし、何気なく言った言葉ほど、記憶に残る物ではなかった。
だから、自ずとマサトの言葉が先に続いた。
「オレにとっては、ハルナが一緒に居るのと居ないのとじゃ、大違いだからな」
そう言うとマサトは、ハルナの手を引き寄せる。
「オレは、ハルナの事が好きだから」
それは、マサトが初めて口にした言葉。
不思議と自然に伝えられた言葉。
このたった一言が、なぜ今まで言えなかったのだろう、と思えてしまう。
それは、幼馴染と言う関係が長すぎて、踏み込む事が出来なかった戦場。
その躊躇われていた場所に、マサトはようやく辿り着いた。
「うん、ボクも、まーくんの事が大好きだよ」
それは、ハルナが初めて口にした言葉。
不思議と自然に応えられた言葉。
このたった一言を、ようやく口に出して伝えれた、と言う想いが溢れてくる。
それは、幼馴染と言う立場から抜け出せた新しい居場所。
その近くて遠かった場所に、ハルナはようやく身を置いた。
二人は繋いだ手を取って歩き出す。
安らぎを抱いて仲間達が待つ場所まで。
そんな二人を、宝玉は静かに見守っていた。
その身に宿す祝福の紅き輝きで照らして──
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