010.報奨金
──異世界転移を経て5日目の朝を迎えた──
「おはよう、まーくん。今日も良い朝だよ」
掛けていた毛布を思いっきり引っ張られ、マサトは問答無用で起こされる。
「ハルナ、おはよう……お願いだから、もう少し穏やかに起こしてくれないか?
頭も身体も、いきなり過ぎてかなりシンドイ……」
頭は急な覚醒で朦朧とし、身体は急な温度変化で心臓を跳ね上げる。
寝ぼけ眼で向かいを見ると、ハルナの元気な声で目覚めたサンディの姿があった。
「おはようございます……」
ハーフエルフであるサンディの長く美しい金髪が、
窓から差し込む朝日でヒマワリの様に輝いている。
加えて、気だるそうな仕草と着崩れた胸元とが相まって、
マサトの心臓は再び跳ね上がっていた。
「おはよう……」
マサトは、まだ寝ぼけているサンディに挨拶すると、
視界に入ってくる無防備な仕草に、恥ずかしさと居心地の悪さを覚えて、
そそくさとタオルを持って中庭にある井戸へと向かった。
朝の鍛錬としている素振りに、少しずつ慣れてくる。
実際の戦闘中は、この素振りの様に簡単に振れもしなければ、
長くも振れない。
しかし疲労が溜まり、腕が上がらなくなった時の振り方が
分かってきた気がする。
「とは言え、剣と刀だと扱いが違ってくるんだろうなぁ。
ちゃんとした刀って手に入らないものかなぁ」
マサトは自身の宝刀である木刀を見て、ため息が出る。
「無い物をねだっても仕方が無いか。出来る事を増やしていこう」
マサトは宝刀を回収すると、いつものように汗を拭い部屋へと戻る。
そして、今日も子狐のダーハが、マサトが鍛錬をしているのに気づき、
チラリと様子を見てから仕事場に向かっていたのだが、
マサトはその事に気づいていなかった。
──冒険者ギルド──
「パーティの加入申請をお願いします」
マサトは、サントス姿のサンディを連れて、
受付嬢のアンナに申請手続きをしてもらう。
「はい、手続きは完了しました。
サントスさんのシルバーランクまでの依頼表を受注は出来ますが、
くれぐれも無理な依頼は受けないで下さいね。
あと皆さんには新種の魔物の発見報告による報奨金が出ています。
パーティの加入申請の際にお預かりした皆様のギルドガードに
報奨金の入金を記帳してあります。
現金化をお望みの際は受付にギルドカードを提出し申し出て下さい。
これからの一層のご活躍を期待しています」
マサトは、しばらく使う事も無いだろうと思っていた
ギルドカードに備わった預金システムと、
そこに表示された思わぬ収入を素直に喜ぶ。
冒険者ギルドが、ギルドカードに備えた預金システムを経由して支払うのには、
いくつかの理由がある。
一つ目に冒険者の活動記録を残す為。
二つ目に冒険者への現金支払いを抑制する為。
三つ目に冒険者の資金の流れによる監視の為。
四つ目に冒険者の資金の凍結および回収の為。
冒険者は基本的にその日暮らしである。
しかし優秀な冒険者となれば、冒険者ギルドへの貢献による収益と共に
その際の狩猟品の買い取り額も高額となる。
冒険者ギルドとしては優秀な冒険者は欲しいが、
高額な買い取り額の支払いが重なると、資金繰りが困難になる場合がある。
その対処として冒険者への預金システムを採用した。
冒険者ギルドは冒険者への現金支払いを保留にすることが出来る
冒険者は不要な大金の持ち運びを避けられる。
そして、どの国を訪れようとも冒険者ギルドで現金化が出来る。
この際に起きる冒険者の資金の流れの把握は、活動報告と併せる事で、
冒険者の現在地の確認や素行の監視に用いられる。
そして冒険者への罰則として資金の凍結や回収が行える。
また、冒険者が死亡した際に、
彼らが貯め込んでいた私財を回収出来ると言う側面もあるが、
この事態が起きる事を冒険者ギルドは良しとしていない。
中堅以下の冒険者が死亡した場合、彼らが貯えた私財は決して多くは無く、
無為に戦力が失われた事となる。
上位冒険者が死亡した場合は、冒険者ギルドの最大戦力の喪失であり、
その後、多くの冒険者を失う事態に発展する可能性がある。
死亡した上位冒険者の私財回収が出来たとしても、
冒険者ギルドとしては、優秀な冒険者こそ貴重な財産である。
その損失の補填としては、それはあまりにも見劣りしてしまう事だろう。
最終的に冒険者ギルドは、優秀な冒険者との長い付き合いこそ望んでいた。
今回の報奨金がギルドカードの預金システムで支払われたのは、
マサト達に対する首輪である。
これからの成長を期待し、監視下に置いておきたい冒険者として
目を付けられた訳である。
冒険者ギルドのそんな思惑など知らず、
マサトは、ベスとサントスが探して来た依頼表を受けて、狩猟に赴くのであった。