001.プロローグ
この世界の始祖の神、女神様は世界を創造しました。
海と大地を。空には太陽と月と星々を。
そして多種多様な生命を──
しかし、唯一神であった女神様の神力だけでは、
日を追う毎に広がっていく世界、
大地に満ちていく生命の全てを見守る事が困難になっていきました。
そこで女神様は、世界を構築する神力を、新たに受け入れた神々に。
世界と神々との調和力としての因子を、異世界からの旅人達に委ねました。
女神様は、その在り方を、創造の神から調和の神へと変えたのです。
そして女神様は、我々の住むこの世界へと訪れる異世界の旅人達からは、
こう呼ばれる事となります。
【運命の女神】と……
◇◇◇◇◇
とある教会の礼拝堂の中、オレは陽光が差し込む窓際の席に腰を掛け、
多くの参列者と共に神父の有難い教えを受けていた。
オレの首には、紅く輝いていた【宝玉のカケラ】と呼ばれる物体が、
変化したプレート、ドッグタグがぶら下っている。
ドッグタグとは、軍人が首から下げれいる金属製の認識票の事だ。
氏名、生年月日、性別、血液型、所属軍(国籍)、認識番号、信仰する宗教が
刻まれた金属プレートで、例え戦死時に遺体が原形を留めないほど損壊しても、
認識票が無事なら個人識別が可能である。
オレが身に着けているドッグタグには、そこまで詳細な記載はされていない。
この異世界での簡易的な身分証明という程度のものらしく
『タカクワ マサト』と、オレの名前のみが表記されている。
マサトは、神父の有難い教えに耳を貸しながら、
右手に持つ朱を帯びたプレートをもて遊びつつ、
周囲の参列者の様子を覗う。
参列者の中には、先程まで居た『白い空間』で見た顔があった。
その姿は自分も含め、この異世界の住民の中にあって違和感の無い装いに
変わっており自然と溶け込んでいた。
マサト達は、ほんの数瞬前にこの異世界に転移させられた。
それにも関わらず、ここに居る住民達は、その事に気づいた様子がなく、
ごく自然にマサト達の存在を受け入れていた。
(ああ、なるほど。つまりオレ達の立場は、煩わしい束縛が無いお客様扱い。
そして余計な異物の持ち込みは禁止って事か……)
マサトは、『白い空間』で会った運命の女神の力と言葉を再認識した。
マサトは、視界内の参列者の確認を終えると、
右手のプレートを斜に持ち背後に居る参列者を映し見る。
時折、陽光が金属プレートに反射し、思わず顔をしかめてしまうが、
程なくして探し人が見つかり安堵する。
◇◇◇◇◇
オレ、高桑将人は、『白い空間』に居た。
そこには見知らぬ人々が、十数人居て何やら声を上げている。
「まーくん?」
聞き覚えのある声に振り返る。そこには幼馴染みの少女、清水春菜が居た。
耳の後ろで髪を結んだツインテールを揺らしながら近づいて来る。
小柄なハルナの姿は、同じ高校の制服を着ていなければ、
その小動物のような愛嬌のある童顔も相まって中学生のように見えてしまう。
マサトがそんな事を考えていたその時、眩い光が白い空間に満ち溢れる。
光源に向き直ると、その光の中には人の形をした影が浮かび上がっていた。
そして光の中の影は、こう語りかけてきた。
「皆様、はじめまして。私は【運命の女神】と呼ばれる存在です。
皆様は現在、同じ世界、同じ時間において、生と死の狭間を漂っています。
その皆様に私からお願いがあります。それは異世界への転移です」
突如現れた運命の女神の言葉に、
その場に居た全員の思考が一瞬止まり、静寂が訪れる。
そして次第にその言葉の意味を理解しはじめた者達から
次々と言葉が溢れ出した。
「えっ、死んじゃったの?」
「おいおい、じゃあ、ここはあの世って事か!?」
「そんなの嘘よ、だって私は……あれっ?何をしていたんだっけ?」
「死んだ?でも、そんな記憶無いぞ!いや、直近の記憶も無いぞ?」
マサトは、自分の死の間際の記憶を探してみた。
しかし周りに居る人達と同じく死因も、直前の行動も思い出せない。
運命の女神は、迷える者達に語り掛ける。
「ここに1つの【宝玉】があります。
これは皆様が居た共通の元の世界、すなわち
【同じ世界の同じ時間】が記憶されています。
これより皆様には、この宝玉を分割した【宝玉のカケラ】を譲渡します」
運命の女神は、そう告げると、自身の胸の前に出現させた、
紅く輝く宝玉を分割する。
そして宝玉のカケラをプレートの形状に変化させると全員に譲渡した。
「皆様に求めるのは、異世界へ転移し滞在していただく事です。
正しくは、皆様に譲渡した『宝玉のカケラ』を『宝玉』に育んで頂く事です。
宝玉のカケラは、身に着けていて下されば、
時間の経過のみでも数年で宝玉に成長します。
転移先の世界での活動によっては、皆様が保有している【因子の成長】と共に、
【宝玉のカケラの成長】が促進されます。
【因子】とは、転移先の世界において皆様の身体に発現する
【固有能力】の起源となるものです。
皆様に求められているのは、皆様が持つ因子によって、
転移先の世界の調和を補強して頂く事です。
ゆえに最終的に育まれた【宝玉の奉納】をもって、
【元の世界への帰還ならびに死の運命の回避】を行います。
皆様に直前の記憶が無いのは、この死の運命の回避を行うにあたっての
必要な処置であると理解して頂きたく思います。
また、奉納後に転移先の世界に留まる事を希望されるのであれば、
それも可能です。
そして【宝玉の奉納】をもって、世界の調和に対する貢献の報酬として
【希望する願いを1つ授けます】」
運命の女神が語るその内容に、その場に居た全員が息を呑み、
多くの者達がその瞳を輝かせた。
自身の死に納得は出来ない。
しかし、少なくとも異世界への転移をもって延命はされる。
厨ニ心を燻る、特殊能力が貰えるのに、勇者に担ぎ上げられ、
どこぞの魔王を倒せと言われる訳でもない。
元の世界への帰還方法も明示されていて、
協力の報酬に願いを1つ叶えて貰えるときている。
(なんという高待遇。だからこそ……)
マサトを含め、何人かは同じ思いだったようだ。
一人の男性が運命の女神を牽制をする。
「あまりにも都合の良い話で、落とし穴がありそうで怖いな。
そこはどんな世界で、俺達が気をつけるべき事があるなら教えてもらいたい」
男性の質問に運命の女神は語る。そこは、科学ではなく魔法が発達した世界。
人間のほかに亜人種や魔物が存在し、
魔物から取れる魔石を使った加工技術が確立されている。
これらの世界の基礎知識および保有能力は、
転移後にプレートに触れる事で開示されると言う。
最後に運命の女神は、こう告げた。
「皆様に協力していただくに際しての注意事項ですが、
転移後の世界での皆様の死は、本当の意味での死になります。
元の世界への回帰や、今回の様な転移や転生といったものは行われません。
そして、最も重要な禁忌として【同郷殺し】があります。
この禁忌が破られた際に【連帯責任の呪縛】が発生します。
皆様は、同じ世界、同じ時間の宝玉、紅く輝く【紅玉】の元に集った、
同郷の者達です。
転移した世界には、皆様と同じ様に 別の世界からの転移者も存在し、
トラブルが起きる事もあるでしょう。
そのような折に【逸脱者】と呼ばれる存在が現れる事があります。
このエラントとは、同じ宝玉の元に集った同郷の者を殺害し、
自身の因子に変調を起こした同郷殺しの成れの果てです。
エラントは、自身の宝玉のカケラを介して、同郷の者達の身体に影響を
及ぼすようになります。
この影響下にある同郷の者達は、次第に身体の一部が変容していき
【エラント化】していきます。
これが【連帯責任の呪縛】です。
エラントは皆様の様な因子の能力を、強く育んだ者でないと立ち向かうのが
困難な存在になります。
エラント化が発生した場合、迅速に【始祖のエラント】の
討伐を行い、連帯責任の呪縛の解呪を行って下さい。
その際、可能であれば、先に訪れている、他の転移者の助力を求める事も、
視野に入れて下さい」
運命の女神がそう告げた直後、異世界への転移が始まる。
マサトは、運命の女神が起こす転移の奇跡に目を奪われるも、
我に返って慌てて幼馴染みのハルナの姿を探す。
転移の際に皆が同じ場所に辿り着くとは
明言されていない事に気づいたからだ。
振り向いた先には、奇跡の光景に目を輝かせているハルナの姿があった。
そんなハルナの良く言えば純粋さ、悪く言えば危なっかしさに、
のん気なものだと思いつつ、
少しでも転移先が、同じになる確率が上がればと、その手を取ろうとする。
しかしながら、マサトの手がハルナに届く事は無かった。
◇◇◇◇◇
気づけばマサトは、とある教会の礼拝堂の中で、有難い教えを受けていた。
そして程なくして探し人が見つかり安堵する。
(少なくとも、運命の女神と名乗った存在に、悪意や害意は無いのだろう)
マサトは自分の用心深さと言うよりも、
その捻くれた在り方に思わず苦笑する。
参列者達は、話を終えた神父の下から離れ、帰路に着こうとしていた。
そんな人の流れに逆らい、幼馴染みの少女は、無邪気に微笑んで近寄って来る。
マサトは、ひとまず無事に合流出来た事を喜ぶのであった。
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