第四話 今後
士官学校の医務室の一角、静かに少年に背を預ける少女と、少女の背を支える一人の少年がいた。
先ほどからどれほどの時間が経過したのだろうか。二人は時間など一向に気にしたそぶりもなく、ただ、ゆっくりとした時の流れに身をまかせていた。
日が西へ傾き、世界を美しい赤色に染めていった。
「ごめんね。」
パルゥシアの頬は、うっすらと彼女の髪と同じ桃色に染まっていた。
名残惜しそうにユーキのもとを離れた。
◇
教室へ二人が並んで戻ると、教室の中に安堵した空気が流れてきた。
二人の少女が二人のもとへやってきた。
「ユーキ君大丈夫なの?パルちゃんもずいぶん長い時間泣いてたけど大丈夫?」
「「だいじょうぶ。」だよ。」
傷は、医務室の治療系能力者の先生によって治されてはいるが、痛みの余韻が僅かに残る右肩をさすりながら声を発した。
しばらくして、ロット先生が教室へと入ってきた。
「よーし、席に着け〜。お、ユーキ復活だな。」
先生は、今までと変わらず元気な雰囲気で授業を開始した。
◇
「今日の授業はここまでだ。」
そういって、教卓の前から離れホームルームを開始しようと準備を始めた。
ホームルームを終わると先生は、ユーキのもとへやってきた。
「この後時間あるか?」
「は、はい。ありますけど。」
「ちょっと来い。」
そう言って、先生に連れられるがままについていった。
向かった先は、一つの個室だった。
今まで訪れたことのない場所である、職員棟の中にあった。
ユーキは、困惑しながら先生を見た。
「あ、あの。」
「ん?座るといい。」
「し、失礼します。それで話とはなんですか?」
「パルゥシア、お前のこと好きだぞ、たぶん、絶対。」
先生は戯けた空気を発しながら、元兵士らしい豪快な笑みを浮かべた。
「は、はあ。」
「まあ、気にするな。」
突如として先生の眼差しが真剣なものへと変わり、さっきの戯けた空気を一切発することなく、低い声音で話し始めた。ユーキは、その迫力に思わず息をのんだ。
「お前が襲撃されたことだが、犯人は未だに見つかって...」
「ちょっと待ってください、僕って襲撃されたんですか?先生の攻撃ではなくて。」
「ああ、少なくとも俺の攻撃ではない、飛んできたのは炎術によって生成された矢だ。俺の攻撃だったらすぐに解決したんだがな、犯人が待機室から撃ったのかドアからだったのかすらわからん。生徒も俺との戦闘を見ていたから、気づいていなかったそうだ。何か襲撃される原因になったことはないか?」
ユーキは、つい先日のように鮮明に思い出せるあの日、血のように赤黒い大きなフクロウに襲われたあの日を思い出していた。未だにあの日を思い浮かべると、あのフクロウに切り裂かれた右腕が痛みを発する。そんな思考の中で、あのフクロウが発していた言葉を思い出した。
先生は、ユーキのその姿を見て、声をかけた。
「何かあったのか?」
「はい。僕が小さいときパル、パルゥシアと人気のない公園で遊んでいたとき、一匹の赤黒いフクロウに襲われたんです。」
「赤黒いフクロウ?」
先生は理解できないと言った様な表情を浮かべていた。
しかし、ユーキは、気にしたりせず話を続けた。
「そのフクロウが、突然喋り出したんです。お前達を必ずこのガファルが殺す、と。」
「ん?ガファルって誰だっけ、どっかで聞いたような。」
その後三分程先生は唸っていた。
「ガファル、ガファルね〜。赤黒いフクロウ...赤黒い!」
そう言った後、彼の顔面は蒼白となった。
「どうしたんですか?」
ユーキが不安そうに尋ねた。
「お前、とんでもないやつに狙われたかもしれないぞ。」
「誰なんですか、それは。」
「七英雄が一人、第六位『影』のクラッシュ・ストレシアの息子、統一連合の統一連合総長、第一位階 ガファル・フォード・ストレシア、だ。」
ユーキもその名前には聞き覚えがあった。授業で、要注意人物として最上段に位置していた人物だ。
そのことを思い出してユーキもまた、先生と同じように顔面蒼白となった。
「と、とりあえず、お前とパルゥシアとその保護者を連れてきてくれないか。」
「は、はい。」
そう言って、ユーキは携帯を取り出し、三人に連絡を取った。すぐに返事が来た。
◇
三人が職員棟に入ってきた。突如として、職員達がざわめいた。入ってきた三人のうち、二人はこの国で知らない人はいない、総司令官とその師と仰がれる不自然に背の膨らんだ初老の男性、フェファーン・ルイス・ロマーノとフィアル・コーパスクその人だったからだ。
個室に入っても、先生はさっきまでも青かった顔をさらに青くした。
「こ、こんにちは。総司令官様、コーパスク様。」
「こんにちは。久しぶりだなロット連隊長。」
「い、いえ。私は引退した身ですので、連隊長などというたいそうな役職で呼ばれるような人物では...」
「そう謙遜するな。して、今日は何用なのだ。」
総司令官はそういって先生に促した。
「はい、お二方は、ユーキとパルゥシアのフクロウに襲われた話を御耳に入れておりますか?」
「ああ、フクロウに襲われて、ユーキが我が娘を守るために能力を限界まで使用して、精神疲弊を起こした事件か。ユーキ、お前は男の鏡だな。」
懐かしむようにユーキを総司令官は見ていた。
パルゥシアは頬を桃色に染めてユーキを見ていた。
総司令官はそのことに苦笑いしながら言った。
「はい、そのことです。お二方はそのフクロウが話した言葉をお聞きになりましたか?」
「いや、聞いておらぬ。」「わしもじゃ。」
「そのフクロウは、お前達は、このガファルが殺すと言っていたそうです。」
「なんだと。それは本当か、ユーキ。」
そう言って、ユーキへと会話を促した。
ユーキは、一瞬、自分に話がふられたことに困惑しながら、先ほどと同じように説明した。
「そうだったのか。それはまずいな、この国の警備状態も、この子達も。」
「早急に、強くなって、奴らに対抗できるようにせねば。師匠、あれを早めに渡した方が...」
「そうかも知れんな。三ヶ月うちで二人を鍛えようそのくらいの期間があれば最低限使いこなすことができるやも知れん。」
「そう言うことだ。ロット君、三ヶ月この学校を休ませてくれ。」
「はい。分かりました。」
当の本人達は、『あれ』の意味が分からず、一向に話しについていけなくなり、首を傾げていた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字あったら教えてください。