第三話 ユーキの過去とフクロウ
黒に染まった世界の中に、ユーキは佇んでいた。
一切の音が消えた世界だった。衣服の擦れる音も、呼吸音も、心臓の鼓動さえも聞こえなかった。
「死んだのだろうか...」
静寂した空間に彼の声が木霊した。
ふと、右手に熱を感じた。懐かしさを覚える暖かさだ。
そして、その暖かさを感じながら、微睡みの中に沈んでいった。
◇
まだ、ユーキが初等教育を受けていた頃。
彼は、幼馴染のパルゥシアとよく遊んでいた。
ある夏の日、夏であっても涼しい、というより寒いシベリアの気候の中、外で遊べる数少ない機会だったその日。
二人で公園で遊んでいた。
小さく遊具も滑り台しかない公園なので、人もほとんどいなかった。
そんな寂れた公園で、日が西へと傾き日暮れが近づいた頃のことだった。
黒い尾を引きながら空を飛翔する血のような赤黒いフクロウが飛んできた。
フクロウは、茶色をしていると知らなかった二人は、初めて見る鳥に興味津々だった。
無警戒に近づこうとすると、フクロウは、その赤黒く巨大な翼を広げ羽ばたいた。
「逃げちゃった。」
ユーキがそう言ったその刹那、フクロウは突如として反転してきた。
急降下しながら、二人へと向かって真っ黒な瞳を向けた、ユーキの優しい黒ではなく、何もかも吸い尽くしてしまいそうな黒だった。
二人は、その瞳に恐怖を覚えて、体がすくんでしまった。
しかし、そのフクロウの発する殺気に気圧されて、後ろへ僅かだが傾いた。そのため、フクロウの鋭い爪は、ユーキの服の裾と女性のような雪のように白い肌を浅く切り裂くだけにとどまった。
「痛いっ。」
浅く肌を切った傷は、血を流しながら激しい痛みを発生させた。
その痛みに、思わず声を出した。
「ひっ!」
パルゥシアは、ユーキが襲われ、傷を負ったことに恐怖した。
フクロウは、羽を大きく打ち鳴らし再び高空へと舞い上がった。
パルゥシアが、安堵の息を漏らした。
しかし、フクロウは高空で振り返ると、二人へと殺気を込めた視線を向けた。
パルゥシアは、心底恐怖した。彼の生物は、獲物を狩る捕食者の目をしていた。
大昔、恐竜達が繁栄していた時代。補食されることにおびえていた哺乳類由来の防衛本能が、パルゥシアの頭の中で激しく警鐘を打ち鳴らしていた。このままでは補食されてしまう、と。
しかし、恐怖で身がすくんでしまい、動くことができなくなってしまった。
フクロウは、不気味な金切り声を発しながら急降下を開始した。
パルゥシアは、頭の中では先ほどよりもいっそう早く、強く警鐘が鳴り響いていたが、まるで体が自分の物ではないと思ってしまう感覚に襲われた。
彼女は、涙で滲んだ視界でうっすらとフクロウであると認識できる塊と自分の間に一つの影が舞い込んでいた。フクロウのような何でも吸い尽くしてしまうような黒ではなく、優しく暖かい黒の男性にしては長い髪をした、華奢で今にも折れてしまいそうな、しかしそれでいて、すべてを預けてしまいたくなる少年を彼女は、滲んだ視界の中でとらえた。
「....ユーキ....」
ユーキは、恐怖に震える体に鞭を打ち、自分の大切な者へと襲いかかる生物に相対した。
「パルは...僕が守る!」
突如、彼の前に光り輝く膜が現れた。結界だ。
彼は、自分の中に秘められた能力である、後にはずれ能力だと蔑まれることになってしまう能力である結界術をS評価に値する人間屈指の途轍もない量の事捻力を使用して発動した。
フクロウは、結界を見るなり翼を打ち鳴らし飛び上がった。
そして、近くにあった木へと止まった。
そして、普通の生物では考えられない行動をとった。それは、口を開いて喋ったのだ。
「オマエラ...オレ...ガ...ミエル。オマエラ...ヤツラ...ノ...コドモ。ゼッタ...イニ、コロ...ス。ソレマデ...マッテ...イロ。イツカ、コノ、ガファル、ガ...コロス。」
そう言い残して、フクロウは飛び去っていった。
緊張の糸の切れたユーキは、大量の事捻力を使用してしまったため、精神疲弊に陥って、倒れてしまった。
ふと、右手に暖かさを感じて意識が少しずつ覚醒していった。
疲労によるためか岩が乗ったかのように重い瞼を、開けた。
すると視界には、純白の天蓋があった。
顔を右へ倒すと、泣いたためか真っ赤に充血した瞳の桃色の髪をした少女が右手を握っていた。
ユーキが、顔を向けると、彼女、パルゥシアは、再び涙腺が決壊した。
しばらくして、泣き止んだ彼女は桃色の瞳にうっすらと涙を浮かべたままユーキへと話し始めた。
「ごめん...なさ...い。まもって...くれて,,,あり...がとう。」
「どういたしまして、パル。」
◇
彼は、すこしづつ覚醒していく意識の中で、小さな日の思い出を思い出していた。
重たい瞼をあけると、そこには昔よりも少し大人びた、桃色の髪の少女が、目を真っ赤にして右手を握っていた。
「おきたの...ね。」
「ああ、ありがとう。」
「すこし休ませて...」
そう言って、桃色の髪の少女、パルゥシアは、ユーキに背をあずけて、静かに寝息を立て始めた。
ユーキは、彼女の行動に苦笑いを浮かべながらも彼女にされるがままに、背を支えた。
そのときは、彼へと向けられる、嫉妬と憎悪にまみれた醜悪な視線に気づくことはなかった。
「アイツ、コロス。ゼッタイ、コロス。」
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字あったら教えてください。