Step4 新たな門出を祝おう
とうとう、それらしき女性がみつかったとお城に連絡がはいりました。
班長のヘイズルは王子に進言し、ともに女性を迎えに行くことになりました。
迎えにいくにあたっても、一悶着があったものです。
ガラスの靴を愛でる職人たちが「ぜひ、わたしたちも」と声を上げ、あろうことか「ならばともに」などという王子をなんとか止めなければなりませんでした。
道中、疲れたと不満をもらす王子の機嫌をとりながら、ゆっくりと馬車をすすめます。なにしろ、ガタガタとゆれると、例のガラスの靴が割れてしまうからです。
たどりついた家には、二人のむすめがおり、靴が合うという女性はその二人ではなかったのですが、王子はさいしょに部屋に現れた女性に求婚したのです。
次にもう一人女性が現れたことに驚く王子に、複製品の靴が合ったのは、この二人ではなく、もう一人のむすめだと告げると、「はやく連れて参れ!」と居丈高に命じました。夫人に連れられて出てきたむすめは、「その靴はわたくしがおとしたものです」といい、造作もなくするりとガラスの靴に足をとおします。
すると、まるであつらえたようにぴったりと合わさったのだから、その場にいたみんなが驚きました。さらにむすめは、もう片方のガラスの靴を取り出したではありませんか。
こんな見事な靴が、世界にふたつとあるわけがありません。たくさんの職人たちが「すばらしい、誰がつくりあげたのだ」と絶賛し、脱帽したガラス靴なのです。残る片方をもっているのは、おとした本人か、つくった職人だけでしょう。
王子は笑顔になると、ガラスの靴を両足に履いたむすめに求婚しました。
それは、さきにいた女性につげた言葉と、一言一句同じでした。
同じでしたが、ガラスの靴のむすめは、最初の求婚を知りませんので、笑顔でうけとります。知らない方がしあわせでしょう。側近たちはなにもいわないことにしました。
花嫁としてむかえいれるからには、それなりに準備が必要でしょう。
一度お城にもどり、あらためて女性をむかえにくるつもりでしたが、王子はそのまま連れて帰るといいますし、女性もまたそれに応じたものですから、側近たちはあわてます。
ヘイズルは、ビスクに対し、王子が今から女性を連れてもどることをお城へ知らせるように指示しました。次いでラックには、女性の部屋を整えるための用意をするよう指示します。彼はマニエと懇意にしているので、商品手配もすみやかにおこなえることでしょう。トールには馬車の手配を。ブライトには、むすめの荷物運びをするよう、それぞれに仕事を割り振ります。そうして自分は、王子の傍で彼の要求をきくのです。
王子の言葉をききながら、ヘイズルはおもいました。
これまでの自分たちであれば、こういった事態にも対応できなかったことでしょう。王子の唐突な発言に翻弄され、全員が一緒に行動し、全員でお城にもどっていたに違いありません。
いきなり王子の妃をつれてきたら、お城の使用人がこまります。なにも知らない彼らが王子に叱責されてしまう。そんな考えすら思い浮かばなかったでしょう。
事前準備が大事である。
先触れを出すべきだ。
五人の女性たちとのやりとりで、他者と接することをあらためて学んだのです。
王子付の側近となって何年が経ったのか。感覚が麻痺していたことは否めません。
「さあ、王子。お妃さまをつれて、お城へもどりましょう」
「そうだな。妃よ、参ろう」
「はい、王子様」
トールが手配した馬車に女性をのせ、一行はお城へもどりました。さきにもどっていたビスクの働きにより、出迎えのあと、ほどなく国王夫妻との面会となりました。お城の侍女たちは、お妃様用の部屋を整えておりましたし、マニエの手腕によって、品のよい調度品の数々がお城へと運びこまれます。すべて順調でした。
城内はいつになく浮き立った様子です。王子が探していた女性がみつかったのですから、当然といえば当然なのですが、今までの過程と求婚に至る現場をみていた側近たちの心情は、微妙なところです。
はたして王子は、あの女性のどこを好いているのでしょうか。
彼女の姉だという女性に求婚しましたし、あとから現れた本人は、さきの姉にとくに似た容姿ではありませんでした。つまりそれは、探していた女性の顔をきちんとおぼえていたわけではないということです。
さらに、求婚のことばを使いまわしました。
ありふれたことばではなく、いつもの王子らしい詩的ないいまわしでしたので、ずっと前から考えていたものなのでしょう。これもまた、相手はどうでもよく、自分の考えを主張する、王子らしいふるまいです。
帰りの馬車でもそうでした。
求婚したとはいえ、まだ婚姻を結んでいないわけですから、通常であれば、狭い馬車に同席するのははばかられます。しかし王族であれば、そうとやかくいう人もおりませんし、王子がずっと探し求めていた相手であることは、同行した者みなが知っていることです。
ですが王子は、ガラスの靴をそっと持ち上げ、一人で馬車へ乗り込んだのです。
靴かよ。
みんなそうおもいましたが、誰も口にはしませんでした。
職人たちも、ついに揃った一対の靴にくぎづけです。女性に対し、あの靴は一体どこのだれがつくったものなのかをたずねるのですが、彼女は「神様のおぼしめしです」と返すだけなので、苛立っているようです。
ですが、あんなものを人がつくりだせるとはおもえない、神様というのは本当かもしれない。そんな風にいう人もおり、だんだんと宗教めいた空気となってきています。
かの女性には、シンデレラという名前があるのですが、誰もその名をよびませんでした。ただ「ガラスの靴の姫」とよぶだけです。もっとも、女性も灰だらけというなまえには固執していないようなので、あまり問題はないのかもしれません。
きくところによれば、式典で着るためのドレスは、どれもこれも「ガラスの靴」がいかに栄えるかを念頭に考えられているらしく、仕立て屋も宝飾屋もいつのまにかガラスの靴に魅せられた人の仲間入りをはたしていました。
城下町は、王子の花嫁に便乗し、景気もあがります。経済効果は抜群です。マニエはいそがしそうにはしりまわり、すっかりなかよくなった四人の女性も店の手伝いをしています。
王子の花嫁さがしが一段落したことで、側近たちには休暇があたえられましたが、マニエ達といっしょに楽しそうに働いているのです。王子のいうことをきいているより、ずっとやりがいのある日々でした。
そんな風に過ごしているうちに、王子とガラスの靴の姫が正式に婚姻をむすぶことになりました。
式典はとてもすばらしいものでした。
ドレスといえば、足がすっぽりと隠れるほどに長いものが普通ですが、ガラスの靴がみえるようにと、大胆に裾があげられており、ふりそそぐ光が反射する靴はたしかに美しいものでした。
足元をみせるおしゃれが流行するようになったのは、これがはじまりとされています。
盛大な式典がおこなわれ、たくさんの貴族たちが招待された晩餐会が何日もつづきました。そんないそがしくあわただしい日々がおわるころ、王子の側近たちはそろって暇乞いを申し出ました。
舞踏会で見初めた女性を片方の靴から探し当てたという美談のおかげで、王子にお仕えしたいと願う者は増えています。王子は「希望する者はいくらでもいるのだ。次はおまえ達よりも優秀な者を雇うことにしよう。次に同じようなことがあれば、もっとすばやく探し人をみつけてくれるであろうな!」といい、五人は王子付のお役目から解放されました。
王子の側近がいかに苦労していたかをしっている侍従長は引きとめましたが、五人はお城を去ることを選びました。
その日はとても晴れた日で、頭上には、どこまでもはてしなく広がる青い空がありました。
彼らの未来を祝うかのような、すばらしい門出でした。
それから側近たちは、それぞれの郷里へ戻り、それぞれの道を歩みはじめます。
ブライトは、王子の側近を務めていた実績をかわれ、伯爵家に雇われました。伯爵家の御令息がアニエスにご執心なのが気に入らず、それとなく牽制する毎日です。
ビスクは、それなりに裕福なメイファの邸で働いています。いずれ夫婦になるのでは、と周囲からは生暖かい目でみられていることに、本人たちはあまり気づいていないようです。
マニエが精力的に活動をはじめ、ラックはその手伝いをしています。いずれマニエが独立を果たした際には、番頭として働けるようにと、目下勉強中です。
そんなマニエが目をつけたのが、トールとアネットの郷里で盛んだという酪農です。アネットは商品開発の頭として嬉々として働いており、トールはその手足となってこき使われているようです。二人の軽快なかけあいは健在で、夫婦に間違われることもしばしばですが、本人たちはまったくその気はないといいます。
ジルコニアは領主の娘ですが、アネットらの住む地も領地であったことが判明してからは、さらに五人の親交は深まりました。親戚であるヘイズルもいるため、男性陣も交流はとぎれることなく続いています。
ジルコニアの邸で、定期的に会合が開かれ、マニエのお店のこと、アネットの考える商品のこと、それぞれの近況などを報告しあい、また次の会合までしばしお別れです。
マニエの店ができてからは、都へもしばしば訪れます。今では、工芸品が盛んな国として知られるようになっており、職人をめざす若者が数おおくやってくるのです。靴を模した置物がとくに有名で、国をあげての品評会がひらかれるほどです。そこで認められた者は王子にお目通りがかない、直接お言葉をいただけるため、たくさんの職人がそれをめざしているといいます。
片方のガラスの靴が、国を繁栄に導きました。
ひそかに「わがまま王子」と呼ばれていた王子は、多くの人と接する機会を得たことで、上に立つ者の風格を手に入れました。
虐げられていたシンデレラは、国母となるべく教育を受け、清貧で美しいお妃様として民の人気を得ました。
心をいれかえた王子に、国王も王妃も、お城で働く者みんなも安堵し、喜びました。
これは、シンデレラを探すために奔走した五人の側近たちの、愛と成長の物語。
すべてのものがたりは、この言葉で結ばれるのです。
そしてみんなしあわせになりましたとさ。めでたしめでたし。
おしまい。
とっぺんぱらりのぷう。
活動報告に、ちょっとした裏話を載せてます。
気になる方は、どうぞ。
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