Step3 作業効率をあげよう
それからは、側近たちの心にゆとりがうまれました。
すぐにみつかるわけではありませんが、手当たり次第といったかんじだった捜索も、地図をもとに一度に調べる範囲をきめ、お城に残る者、捜索をする者という役割分担をきめることによって、あれもこれもと仕事をかかえなくてもよくなりました。
ジルコニアのいったとおり、捜索結果を報告・共有することにより、どこまですすんだのか進捗状況がわかるようになったのです。地図にしるしがつき、さがす場所が減っていることが目にみえてわかるため、達成感もうまれました。
しかし、王子の反応はかんばしくありません。むしろ、それだけさがしてもみつかっていないことに、苛立ちをかんじているようです。
ちゃんとさがしているのか。
ほんとうにむすめのいる家をたずねているのか。
見逃しているのではないか。
もういちど、たずねていけ!
そうして王子は、靴をながめるのです。
ああ、うるわしのガラスの君、はやくあなたに会いたいのです、と。
ガラスの靴といえば、美しい木靴をつくりあげた職人は、すっかりガラスの靴に魅せられたようで、あししげく通っています。そんな彼の様子が噂をよび、ガラス製の美しい靴があるときいたガラス職人が靴をみせてもらおうとやってきました。
王子はしぶしぶながらも靴をみせましたところ、ガラス職人は涙をながして感動したものですから、すっかり気分をよくしたものです。
このような美しい芸術品は見たことがございません。たいへんにすばらしいものです。ありがとうございました、と工房にもどったガラス職人は、感動のままに、靴を模したガラスの置物をつくりあげました。人が履くことはかないませんが、これもまたたいへんにすばらしいものでした。
ガラス職人は、我ながらよくできたとおもう置物を王子へと献上し、王子もまたその出来映えにいたく感服したものです。ガラスの靴をそのまま小さくしたかのような、美しい置物でした。
そんなガラス細工をみた他の職人たちも、そんなすばらしいものならばと、こぞってお城へとおもむき、ガラスの靴の美しさとすばらしさにうちふるえます。石細工師は最高級の石をつかい、靴をきりだしていきます。木彫り細工師や、皮を使った職人、機織り職人。さまざまな職人が腕をふるい、ガラスの靴を模した造形品をつくりだしてゆくのです。
王子の部屋には、じつにたくさんの、さまざまな「靴」があつまりました。
たくさんの職人が、ガラスの靴に心酔し、王子の花嫁となる靴の持ち主に思いを馳せるのです。
そうやって話題となれば、それに便乗しようとするものが現れるものです。粗悪品を売る者がではじめますが、王子が苦言を呈すまでもなく、数々の職人たちによって、彼らは淘汰されてゆきます。まがいものは、職人の尊厳を傷つけたのです。
側近たちはあせります。地図に残された箇所はすくないというのに、まだ持ち主はみつからないのです。最近は、王子だけではなく職人たちからも圧をかんじます。
そんな彼らは、お城で過ごすのがおそろしくなり、もっぱら城外の、女性たちが暮らしている家にいりびたっていました。ここは、マニエのお宅が管理している家のひとつなのだそうです。
壁に貼りだした地図を見ながら、メイファがのんびりと呟きました。
「ガラスの靴のむすめさん、本当にいるのかしらねぇ」
「あんがい、ばか王子のもうそうなんじゃないの?」
アニエスのことばに、側近の一人であるブライトがお説教をします。
「アニエス、そんな言葉をつかうもんじゃないぞ」
「でもお兄様、きっと王子様はばかだもの」
「ばかでも、王子は王子なのだぞ」
「わたしは王子様みたいな人とはけっこんしたくないわ」
「王子だろうと誰だろうと、アニエスはやらんぞ!」
「ブライトさんってばか兄貴だったのね、トール」
「おまえがばかばかいうから、覚えちゃったんだろうが。反省しろよ」
「だって王子ってばかじゃん」
「だから、ばかっていうなよ」
二人のやりとりはいつものことなので、誰も気にしません。
ジルコニアは、アニエスのいった「王子のもうそう」という言葉をかんがえます。
彼女は、班長ことヘイズルの親戚ですので、彼が王子にひどくふりまわされているのを、昔からよく知っていました。それゆえ、王子がその場の思いつきでなにかをはじめ、失敗すると人のせいにする性格であることも知っていたのです。
ありえない話じゃない。そう思いました。
「ヘイズル、どうなんだ? いつもの、王子の悪い癖ではないのか?」
「話は陛下にまでおよんでいるから、さすがにそれはないんじゃないかと思うよ。王子がようやく決めた相手だからね」
「なら、もう少し人手をまわしていただけばいいのではなくて? 国王陛下もご存じならば、協力をしていただけそうなものでしょうに」
「……王子が、自分で探すっていったんだよ。自分が望んだ女性だから、人の手は借りないって」
「ご自身で探してなんていないじゃない。本当に度し難いわね」
マニエは憤慨します。口だけで手は動かさない人を、彼女は毛嫌いしているのです。
「わたしがガラスの靴のむすめだとしたら、そんな男は願いさげだわ」
「そうよねぇ。ご自分のことが一番大事ってかんじですもの」
「家族を大事にしない人は、牛に引かれてしんでしまうのよ」
「あら、馬に蹴られるという言葉は知っているけど、それは初めてきいたわ」
「うちの町ではよくいいますよ」
アネットの住む場所は、酪農が盛んな町なのです。
乳製品のすばらしさについてかたっていると、マニエの目がきらりとかがやきました。商売のにおいを感じたからです。
「相手探しがおわったら、ぜひお話しさせてほしいわ」
「よろこんで! うちのチーズはおいしいですよ! クリームだって絶品です!」
「まあすてき。わたしもご一緒したいわ」
「メイファさんもぜひ! ジル姉さんもぜひ! アニエスちゃんも、お兄さんがいいっていったら一緒にいこうね!」
おいしいものがまっているとわかれば、俄然やる気がわいてくるというものです。女性陣は地図を前にかんがえます。
「ガラスの靴については、いろいろとうわさになっているし、耳にはいる方も増えたのではないかしら」
「そうだな。それでいて名乗り出ないということは、中央からは離れた地域に住む、少し格の落ちる家だろうか」
「となれば、こちらの地域にしぼってさがすのも手かもしれないですわね」
マニエがひとつの場所を指さします。まだ印のついていない場所です。
どうしてそこなのかと問えば、「勘よ」とこたえました。他の誰かがいえばいい加減にきこえますが、マニエがいうとなんだか妙に説得力があるのが不思議です。詳細をのべることはできませんが、彼女の把握する顧客情報から、そう判断できるようです。
マニエと昔なじみのラックが、「マニエがいうなら」となんの疑いももたず信じたことも、みんなの信用を後押ししました。
五人のうち、三人が該当地区へとおもむき、一人はお城へむかいます。残る一人は、ここで待機です。
「見つかるといいね」
「でも、心配なのは、そのむすめさんがちゃんと名乗り出てくれるかどうかじゃないかしら」
「そうだよねー。たとえばさ、その人に他に好きなひとがいたら、どうなるの?」
「王子によばれているわけだから、断るのは難しいだろうな」
「えー、それひどくなーい?」
「じゃあ、もう結婚してたらどうなるの?」
「人によっては、それでも召される場合もある」
「りゃくだつ!!」
アニエスが目をまるくしました。そんな少女にジルコニアは哀しげな笑みをうかべます。
「権力というものは、時に心を傷つける暴力となるのだ」
「それって、自分の方が立場が上だから言うこときけってことでしょ? ほんと、ばかみたい。上の立場だからこそ、受け入れて許すこころが必要なのに」
「そんな人もいるという話だ。王子がどうされるかはわからないし、そもそもくだんの女性に意中の相手がいるかどうかもわからない。我々の仕事は、その女性を探し当てることのみだ」
「まあ、そうね。考えてみれば、舞踏会に参加しているくらいだもの、決まったお相手はいないのかもしれないわね」
「決まった人がいる人は参加しないの?」
「今回の舞踏会は、王子の妃を決めるという触れ込みだったはず。相手がいる場合、よほどのことがないかぎり、参加はしないのではないかしら?」
「よほどのことって?」
「親御さんが勝手に参加をきめてしまう場合もあるかもねぇ」
「王子のお嫁さんになったら、うはうはだからだね!」
「婚姻によって王家とつながりができると、周囲の目もおのずとかわる」
「ばかだよね、えらいのは王様であって、お嫁さんの親は関係ないのに」
「まったくだ」




