Step1 幻の君をさがそう
王子がいいました。
「このガラスの靴にピタリと合う女性を妻にむかえる」と。
そうして王子は、相手が現れるのをこころまちにしていました。たいへんなのは、王子の側近たちです。
ガラスの靴は、たったひとつです。
その唯一の靴をもって、国中をまわるのです。
そう簡単なことではありません。いったい何人の女性がいるというのでしょう。
側近のひとりがいいました。
「王子、せめて同じ大きさの靴をこしらえて、それを使いませんか? そうすれば、たくさんの場所で、たくさんの女性に靴を合わせてもらえることでしょう」
しかし王子はいいます。
「それは本当に同じ大きさなのか? 寸分たがわず、まったくのずれもないほどに同じものをつくることは可能なのか?」
「王家おかかえの腕のよい職人に頼めばよいではありませんか」
「だが、あのガラスの靴を再現できるのか?」
「ガラスである必要はないのではありませんか? 大きさが同じであれば、木靴でもよいでしょう」
なにせガラスは割れやすいのです。扱うほうも気をつかいます。そのせいもあって、なかなか作業はすすまないのです。
「なにをいう。ガラスの靴だからこそよいのではないか。わたしはあれを履いた美しい姿をおぼえている。もういちど、あの姿をみたいのだ」
おぼえているのなら、顔や身体つきなど、特徴をおしえてくれてもいいじゃないか――。
傍にひかえている側近たちは、いっせいに同じことをおもいましたが、けっして口にはいたしません。王子のいうことは絶対だからです。
側近たちは相談し、靴職人に同じ大きさの靴をこしらえてもらうことにしました。ひとまず複製品を用意して、そうしてガラスの靴とならべてみせて、王子に許しを得ようとおもったのです。
職人は、その美しいガラス製の靴をこわごわと手にとります。
「こ、これはいったい、どういう技術だ。これをつくったのはだれなのだ」
「わかりかねます。これをもっていた女性にきけば、判明するかと」
「ガラスをこのような形に仕上げるとは、さぞ腕のよい職人なのであろうな」
「これとおなじ大きさの木靴をこしらえてほしいのです。可能でしょうか」
「――このようなものを見せられては断ることなどできはしない。腕がなるわい」
ガラスの靴は、彼の職人魂に火をつけたようです。
それから数日後、すっかりつかれた顔をした靴職人が部屋からでてきました。ガラスの靴を持ち出すわけにはいかないため、とくべつに工房を用意して、彼はずっとそこで作業をしていたのです。
顔にくまができていましたが、満足そうな顔つきです。職人はガラスの靴と自分がつくった木靴をならべます。
それはたいへんにすばらしい出来でした。
美しい曲線をえがき、丁寧に丁寧に磨かれ、艶をだす薬が塗りこまれたそれは、木靴というそっけない名称をくつがえすほどにすばらしい、芸術作品でした。
「これはほんとうにすばらしいですね!」
「わたしの最高傑作だと自負しております」
「王子へ献上し、ご判断いただきましょう」
この場にいる誰もがおもいました。
これだけすばらしい出来であれば、きっと王子にも認められるにちがいない、と。
けれど王子はしばらく木靴を眺め、そうしてガラスの靴と比べることをくりかえし、かぶりをふったのです。
「これはだめだ。つまさきの部分がちがうじゃないか」
「たいへんに申しわけない。すぐに調整いたします」
「けずったからといってなんなのだ。わたしは寸分たがわずといったのだ。それに、どうやってけずるというのだ。どのくらいけずれば同じとなるか、どうやって判断するのだ」
「王子。靴にとって大切なのは、足型でございます。外側などは、足の形と大きさには影響はないのです」
「ならば内側の大きさが同じであることは、どう証明するというのだ。わたしは、これにぴたりと合う女性を探しているのだぞ」
側近たちはおもいました。
うぜえ。めんどくせえ。
けれどけっして口にはだしません。王子のいうことは絶対なのです。
靴職人があれだけ自信をもってつくりあげたのです。ほんのちょっとの違いはあるかもしれませんが、それでも大きさがわかれば、対象はしぼられるはずです。
側近たちは説得をこころみました。
しぼりこむことで、お妃様をみつける確率がかくだんにあがるのです。はやくお会いしたいのでしょう? と。
王子はしぶしぶながら認めましたので、靴職人にさらに複製品の作成をお願いしたところ、そんなかんたんなものではないと怒られました。
たしかにすばらしい作品です。けれど、ここまで磨きこまれたものである必要はないのです。それこそ、さきほど靴職人がいったように、外側がどんなふうであっても、足の大きさが合えばよいのですから、普通の木靴でよいのです。
そういうと、職人の自尊心が傷ついたのか、彼はガラスの靴の美しさについて語りはじめました。
王子はそれに賛同し、いつのまにか二人は顔をつきあわせて語っています。
完全に二人の世界でした。
側近たちは溜息をつき、木靴をもって、他の靴職人に依頼することにしました。
こうして靴の複製品をこしらえた側近たちは、おのおのが木靴をもち、ほうぼうの地域へでかけていきました。
おふれがでているにしても、お城から離れれば離れるほど、情報の伝達はおそくなるというものです。遠い町では、不審者扱いをされましたし、人さらいにもまちがわれました。ほうほうのていで逃げ出したものです。
仲間の雄姿をみた側近のひとりは、じぶんの里へむかいます。そこならば追い出されることもないとおもったからです。
靴をもって帰還した彼を、両親はおどろきながら迎えてくれました。久しぶりの里帰りです。数年ぶりの「おふくろ味」を堪能しながら、彼は事情をせつめいします。
父親がいいました。
「途方もない仕事だな。そんなふうにやみくもに探していては何年かかるかわからないではないか」
「そんなことは承知している。けれど、王家のことばに逆らうわけにもいかないんだ」
「上の命令には逆らえないものだからなぁ」
父親はしみじみうなずきました。父にもいろいろあるようです。
つづいて、母親がいいました。
「探している方の、足の大きさを知らせて、同じ大きさの人を探せばいいんじゃないのかい?」
「もちろん、そんなことは考えたさ。だけど王子がいうんだよ。知らせがきちんと届くかどうかわからないし、きいたからといって隠れてしまう人かもしれないと」
だから、一軒一軒たずねて、顔をみて確認するべきだというのです。
いっていることは正しいのですが、それを実践するのは側近たちなのです。
「王子ってめんどうくさい方なのね」
「失礼なことをいうなよ。というか、どうしておまえがここにいるんだ」
いつのまにか、一人のむすめが隣にすわっていました。裏の家にすんでいるアネットです。
「トールが帰ってきたっていうから、顔をみにきたんじゃないの」
「きたのなら、おまえも知恵をかせ。どうすれば目的の女性をみつけられるとおもう?」
「おばさまがいったように、該当するひとをあつめるのが、一番だとおもうわ。だって王子様の花嫁をさがすのでしょう? 逃げたりなんてしないんじゃないの?」
「もしもおまえがそうだとしたら、名乗りでるのか?」
「今のはなしをきいたかぎりでは、王子ってとってもめんどうだから気はすすまないわね」
「じゃあ、だめじゃないか」
「王子のことなんて、ふつうはしらないわ。トールだってはなさないでしょう?」
「あたりまえだ」
「守秘義務ってやつでしょう? きちんとおしごとしている証拠だわ」
「……おう」
ほめられてちょっと鼻がたかくなりました。
「そもそも、どんな方なの? 年齢は?」
「わからないが、舞踏会に招待されていたのは、年頃の女性ばかりのはずだ」
「どのあたりにお住まいの方なの?」
「わかっていれば、こんな苦労はしていない」
「――では、当日の服装などは? どんな飾りをつけていたのかとか」
「きいていない」
むすめは黙りました。視線がいたくて彼は目をそらします。
「王子ってとことんまでばかなのね」
「……失礼なこと、いうなよ」
「なによ、トールだって同じようおもっているくせに」
「だからいうなよ!」
むすめは肩をおとします。そうして顔をあげるといいました。
「ねえ、わたし、都がみてみたいわ。いっしょに連れていってよ」
「おまえなにをいってるんだ」
「わたしが協力してあげる。王子の側近なんてどうせ殿方ばかりでしょう? 女性の意見がほしくはないの?」
ぐっと息がつまりました。
たしかに側近たちだけではもう限界ではあったのです。
しかし、だからといって無関係の人間をまきこむわけにもいきません。
まよっているあいだに、むすめは自身の親から了解をとりつけてきてしまいます。むかしから迅速行動が常でしたが、それはかわっていないようです。
「さあ、いくわよ!」