最終話
あの衝撃の日からそう時間もかからず、事態はとんとん拍子に進んでいった。
ゲーム本編と同じように罪を暴かれたお父様は爵位を剥奪され、ディオルが爵位を継承した。
そしてそのままお父様とお母様は辺境の地に送られていった。
唯一本編と違うのは一緒に辺境の地に行くはずの私がディオルの婚約者になったこと。
本来ならば主役がいるべき場所である。
私は一体どこで道を間違えたのだろうか?
自分の未来を守るため、義弟の温情を狙ってディオルに優しくしたこと。
可愛いディオルの、親代わりになろうと思ったこと。
懐かれすぎたと、ディオルと姉弟離れしようとしたこと。
ディオルのお願いを聞いてしまったこと。
それとももっと別の場所だろうか。
実は最初から道を間違っていたということはないか。
この世界は乙女ゲームの世界。
初めてディオルを見たときそう思った。
でも本当にそうだったのだろうか?
だってここにいるディオルはゲームのディオルと同じじゃない。
私と一緒にいたディオルの心は凍らなかった。
お父様の教育で心を閉ざしていくはずなのに、ずっと私の可愛い義弟のままだった。
私のことを「ねぇさま」と慕ってくれ、甘えてきた。
私に「大好きだよ、姉様」と微笑んで好意を示してくれた。
私と離れたくないと涙を流した。
そこにゲームの『氷の貴公子』は存在しなかった。
もっと早くに疑問に思うべきだった。
この世界は乙女ゲームそのものではなく、私の知ってる乙女ゲームに『酷似』した世界だったのではないかと。
そう考えた方がしっくりくることが多い。
私はディオルに優しくできたし、ディオルも私のことを想ってくれた。
もしこの世界がゲームだったのなら、こんなことには絶対ならなかったはずだ。
シナリオから逸脱した行為は攻略対象もモブもできないはずだから。
最初から違っていたのに、私はその事に気づかなかった。
私はここがゲームだという固定概念に縛られていた。
『主役と攻略対象が出会うのは必然』
ゲームでは当たり前の前提に気を取られ、そうなるものだと信じていた。
よく考えばわかる事だったではないか。
ゲームのディオルは主役に『初めて』優しくされたのだ。
そこから2人の物語は始まるのに私がディオルの手を引いてしまった。優しくしてしまった。
初めて優しくした私がディオルの初恋となってしまった。
私は主役とディオルが出会う前に2人の前提を崩してしまっていたのだ。
ゲーム通りの主役とディオルの幸せを望むなら私はディオルに関わってはいけなかったし、私自身の生存を望むならゲーム通りの2人の関係性は出来上がらない。
そんな簡単なことに私はずっと気づかなかった。
最初からこの世界の私達はシナリオとは違う道を歩いていたというに。
「エル、どうしたの?」
小さくため息を吐いた私をディオルが心配そうに見つめている。
私は「なんでもないですよ」と言って微笑んだ。
あれからディオルは私のことを姉様と呼ばなくなり、『エル』という愛称を使うようになった。
「姉様って僕だけの大切な呼び方だけどもう姉弟じゃないから。だから僕だけが呼べる新しい呼び方をさせて」と甘やかな眼差しでそう言った。
「あーあ、本当はすぐに結婚したかったのに。貴族って面倒だな。」
私の肩口に甘えるように擦り寄る姿は、いつもと変わらない。
「周辺貴族へのご挨拶のパーティーをして、婚姻の儀の準備もしなければいけません。それにディオルは爵位を継いだばかりですので、領地経営が落ち着くまでは難しいですよ。」
ディオルを諭すと「わかってるよ」と言いながら私を抱きしめてそのままベッドに倒れこんだ。
柔らかなベッドに2人の体が沈む。
婚約をしても私達は、あの秘密の部屋として使っていた場所で一緒に眠っている。
「でも早く見たいんだ、エルの花嫁姿。絶対誰よりも綺麗で可愛いから。」
頬を染め蕩けるように笑うディオルに苦笑いをする。
恐らく一番綺麗なのは私ではなく、幸せそうに笑っている新郎のディオルになることだろう。
ディオルを幸せにしてあげるのは主役にしかできないと思っていた。
私はお父様とお母様がディオルに酷い仕打ちをしていても助けてあげられなかった。
私の勝手な思い込みのせいで距離を置こうとして泣かせて傷つけた。
いつでも、ひどい私から離れていけたのにディオルはそうしなかった。
私じゃないと駄目って言ってくれた。
私と幸せになりたいって言ってくれた。
ディオルが私を選んでくれた。
その事が本当はすごく嬉しい。
モブだからと気づかないふりをしていたけど、主役が羨ましかった。
私の大切なディオルを取られるのが本当は嫌だった。
出来ることならずっと一緒にいたかった。
それが叶うなんて嬉しくてたまらない。
私だってずっとディオルが好きだったんだ。
ずっと甘く好きと言い続けてくれた綺麗な人を、ずっと可愛い義弟なんて見ていられるわけなかった。
自衛の為に無意識に気持ちに蓋をしていただけ。
でもそんなこともう無理だ、気づいてしまったんだから。
これから先、もしもこの世界にシナリオの強制力というものが存在して主役とディオルが出会っても、私はディオルを主役に譲ることはできない。
もしディオルに別れを告げられるようなことになったら、ディオルに縋って泣くと思う。
「ディオルがいないと生きていけない」と言いながら。
まるきりこの間の私とディオルの逆バージョンになっていて想像でも面白い。
「さっきから表情がクルクル変わってるよ?何を考えてるの、エル。」
上目遣いで私を見つめているディオルが私の頬を撫でる。
「ふふっ、なんでもないですよ。」
私の返答に不服らしく、「さっきからそればっかり。僕に隠し事?」とむくれた仕草をする。
ご機嫌をとるようにディオルのサラサラの髪を撫でれば気持ちよさそうに目を細めて笑った。
その姿が幼く見えて可愛く笑みが溢れる。
「婚約したのにまだまだディオルは甘えたさんですね。」
「エルに撫でてもらうの大好きなんだ、安心する。でも、そんな僕じゃ嫌?もっと大人っぽいほうがいい?」
美しいアクアマリンの瞳を不安げに揺れる。
「いいえ、そのままでいいですよ。でも他の人にそんなことはしないで下さいね。ディオルに甘えられるのは私の特権ですから。」
「当たり前だよ!エル以外に頭撫でてもらったり、抱きしめてもらうなんて考えるだけで気持ち悪い。」
そうして力いっぱい私を抱きしめる。
「エルだから甘えたい。エルだから一緒にいたい。エル以外いらない。だからそんなこと想像しないで。」
ギュウギュウと苦しいほどの抱擁がディオルの想いの強さを表してるようで胸がいっぱいになる。
私もディオルの背中に腕を回してギュっと強く抱きしめた。
「これからどんな女の人が現れても目移りなんてしないで、私だけをずっと見ていてください。」
「そんな人現れないし、いらないよ。ずっとずっとエルだけが僕の特別だ。」
顔を上げたディオルの眼差しは真剣で、真っ直ぐ私を見つめる。
そこにいるのは、さっきまでの甘えたの子供のようなディオルではなく1人の美しい青年で。
こんな綺麗な人に一身に愛されていることが嬉しくて目頭が熱くなった。
「私も…っディオルだけしかいりません…っ!ずっと一緒にいて…っ私と幸せになって!!」
涙で潤む瞳に映るディオルは少し驚いた顔をした後、極上の笑みをたたえ「うん。一緒に幸せになろうね。」と言って私の目元にキスをした。
そして耳元で「エル…愛してるよ。」と囁いた。
―侯爵令嬢は辺境の地に送られ、二度と帰ってこなかった―
この運命を回避するために、生きていた。
エンディングを迎えた義弟が義姉を市井にほっぽるくらいの温情が欲しかった。
でもディオルは私を好きになってくれて、気づいたらモブの存在だったはずの私はディオルの『ヒロイン』になっていた。
可愛くて綺麗でカッコよくて時々妖艶な私にはもったいない素敵な婚約者様。
全然思い描いてた結末と違うけど、きっとどんな結末より私は幸せ。
本編の主役と攻略対象のエンディングより私がディオルを幸せにする。
大好きなディオルと誰よりも幸せになっていく。
これで本編完結です。
やっと完結しました。
5話くらいで本当は終わらせたかったのですが、全然まとまらなくて。
文才ないなぁと痛感しました。
完結できましたのも読んでくださる皆様のおかげです。
日間1位という驚きも味合わせていただきありがとうございました。
あと番外編で数話考えているので、お待ちください