5話
本日2回目の更新です。
筆が進むうちに完結を目指したいです。
ディオルは私の頬を伝う涙に優しくキスをし続ける。
戯れに頬に軽いキスをされることはあっても、こんなキスは今までされたことがない。
しかも今のディオルは私の知ってる可愛いディオルと雰囲気が違いすぎて、妙に恥ずかしい。
「それはディオルの世界が私しかいないからです。これから貴方は色々な人に会い、その中でかけがえのない人を見つけ結ばれるはずです。そうなる時に私の存在は邪魔になります。」
やましいことなどないはずなのに、自分が話せば話すほど私はディオルの顔が見れず顔を下に下げていく。
しかしディオルの両手がいつの間にか私の頬を包んで、ディオルと目線を合わせるように上に上げた。
「別にそれでいいよ、姉様と僕の2人なんて幸せすぎる。それにかけがえのない人って誰?姉様以上のかけがえのない人なんてこの世にいないよ。」
姉様しかいらないと射貫くように見つめてくるアクアマリンの瞳は静かに怒りに燃え揺らめいている。
その顔は『男の人』で私は不覚にも胸が高鳴ってしまった。
イケメンすぎる…!!
綺麗で可愛くて妖艶でイケメン!!!!
これ以上の称賛は無いのではなかろうか?!
あまりにカッコよすぎて、今の状況を忘れて私の心は大波乱である。
しかし今はそんな場合ではない。
「ディオル…貴方には本当に申し訳ないことをしました。私が貴方の味方でいると言いながら貴方を突き放す私はひどい姉です。そんな姉と決別をし、広い視野で物事を見つめ生きてください。この屋敷から出ることのない私のことは捨て置いていただいて構いません。」
私が諭すように話せば、ディオルは傷ついたように眉間に皺を寄せた。
「どうして姉様はさっきからひどいことばかり言うの?僕が姉様を嫌いになれるわけないし、姉様を1人こんな屋敷に取り残して行けるわけないのに…。」
ひどい…姉様はひどい…と呟きながら自分の胸の真ん中を握りながらディオルは顔を伏せた。
そして俯きながら小さな声で「分かった」と言った。
とうとうこんなひどい姉を見限ったかとホッと一息吐いた私だが顔を上げたディオルの顔を見て絶句した。
ディオルはニッコリと美しく微笑んでいた。
しかし目が笑ってない…背後には冷たい風が吹いてるような気がする。
「僕は姉様が大好きだけど、今日の姉様はひどいから僕ちょっと怒ったよ。だから…」
ぼくも、ひどいことするね?と低く耳元で甘やかに囁いて耳にキスを落とした。
チュッと可愛らしいリップ音が私の鼓膜に響く。
恋人同士のような甘い仕草の美しい義弟を前に、私は頬を染めるどころか顔が青くなった。
…私は何かとてつもない間違いを起こしたような気がする…。
ひどい事とはどういう事をされるのだろうか?とビクビク過ごしていたが、いくら待ってもディオルは何もしてこなかった。
そしてあの日以来秘密の部屋には私は行かなくなり、ディオルと顔を合わせることもほぼ無くなった。
会ってもお父様とお母様の前なので会話は無い。
その美しい瞳は何の感情もなくいつものように伏せられている。
まるでゲーム開始時のディオルのように。
「ねぇさま、姉様」と記憶の中のディオルが私に微笑む。
特別だった時間は終わりを告げた、ただそれだけ。
最近のディオルは社交に積極的になったと聞く。
教育も着実に進み実力をつけているディオルを、次期侯爵にとの声が強くなってきているのも聞いた。
すべてが順調に進んでいる。
私自身が望んだことなのに…ジクジクと酷く胸が痛んだ。
私はモブだ。
攻略対象と主役の仲を裂く力なんかない。
それでいい。
本編が始まれば、ディオルは主役と幸せになる。
決まっていることだ。
ディオルの愛されない幼少期の小さな思い出になるように、自分の命を守る為にディオルに優しくした。
それがモブにできることだった。
でもディオルがあまりにも可愛くて、私に対してだけ見せてくれる笑顔が愛しくて。
知らず知らずの内に、自分がディオルの特別な人になったように思ってしまった。
最終的にあんな形でディオルを傷つけたくせに。
…モブはモブらしく大人しくしていればよかったのだ。
定められた運命を受け入れれば良かったのだ。
そしたらこんなに悲しくも苦しくもなかった。
私にだけ向けられたその笑顔も、ねぇさまと甘やかな声で呼ばれることも、もうないと思うと辛くて切なくて…。
ディオルが甘えてくるのが嬉しかった。
だって私を見てくれるのはディオルだけだったから。
ディオルにとって私しかいなかったように、私にだってディオルしかいなかった。
…何が姉弟離れだろうか。
私の方が義弟離れ出来ていない。
自分の情けなさに涙が出てくる。
誰もいない自室で涙が溢れた。
できる事なら最期にもう一度だけ
「…ディオルに逢いたい…」
「なぁに、姉様?」
誰もいないはずの部屋に響いたあり得ない、そして聞きなれた甘い声。
驚いて声をした方に振り向けば、そこには本物のディオルがいた。
扉が開いたことも分からなかったし、何故ここにディオルがいるのかも分からない。
混乱して固まっている私の目の前にディオルはやってきて目線を合わせるように屈んだ。
「姉様…泣いてる。どうして?」
感情の見えない青い瞳で私を覗き込む。
もう2人きりでも笑顔を見せてくれない事が悲しくて辛いのに、それでもまだ姉様と呼んでくれる事が嬉しくて入り組んだ感情を処理できなくてまた涙が溢れる。
無言で泣き続ける私の涙を手で拭いながら「ねえ、教えて。どうして姉様は泣いてるの?」と問いかけてくる。
その言葉を聞いて、私の中の何かが弾けた。
「もう話せないって思ってたのに…!また…っ、あなたと話せたっ…!なのにっ…あなたは笑ってくれなくて…!!ぜんぶ、全部私が悪いのに…っ離れていったあなたが…一緒にいられないのが辛くて…悲しくて!!」
感情のままに紡いだ私の言葉はめちゃくちゃで、でもどうしようもないくらい素直な気持ちだった。
涙のせいで視界が滲む。
それでもディオルを見ていたくて懸命に目を凝らせば、そこには頬を染め蕩けたように微笑むディオルがいた。
……ん?
あまりの衝撃映像にディオルを凝視した。
それでも可憐な乙女のように可愛らしい笑顔はそのまま。
本当にディオルが笑ってる…!?
どういうことだと、泣いて思考力の落ちた頭で必死に考えているとふわっとディオルに抱きしめられた。
くすくすと上機嫌に笑いながら。
「ふふっ…嬉しいなぁ。姉様が僕を想って泣いてくれた。」
嬉しくて仕方ないという風な声音は軽やかに響き、よしよしとディオルが慰めるように私の髪を撫でる。
「…ディオル、どういうことですか?」
何が起きたかまだよくわからないが、いつもと変わらぬ距離感が心地よくてディオルの肩口に頭を預けながら問いかけた。
「言ったでしょう?僕もひどいことするって。あの時の僕の苦しみを姉様にも味わってもらったんだ。…でも僕も限界だったから姉様の様子を見に来たんだよ。そしたら姉様が僕を想って泣いてくれてた。姉様の涙は見たくなかったはずなのに、今日の涙はすごく嬉しかった。だって僕に会えなくて寂しかったって事でしょう?」
甘やかな笑みと声音で私の思考を溶かす。
…そう結局はそういう事だ。
私は大好きな義弟と一緒にいられない事が寂しくて耐えられなかったのだ。
「…ディオルもこんな気持ちでしたか?」
視線を上げディオルを見つめればいつもの甘い笑顔。
そして頬にキスを一つ落とす。
「その100倍は辛かった。辛くて辛くて、それだけで死んじゃいそうだったよ。…姉様のいない世界なんて寂しくて悲しくて生きていたくない。」
だから捨てないでねとギュッと私を抱きしめるディオル。
その声は少し震えていて、また泣いているのかもしれない。
自分の言葉の残酷さを身を持って知ってしまった私は、その言葉を否定出来なかった。
…私もディオルに捨てられたら生きていけそうもないから。
そう思ったら止まったはずの涙がまた溢れていて、私達はしばらくそのまま抱き合って涙を流し続けた。
エミュレット本人は自分がタフだと思っていましたが、そんな事は全然なくてディオルがいないとすぐダメになっちゃう様な子です。
私的にはエミュレット可愛いですが、客観的にみてどうなんでしょうか?
ウジウジ悩んでるとこ可愛いですかね?
ウザったかったら申し訳ない。