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1話

ご都合主義満載なお話です。

ふわっとお読みください。

―侯爵令嬢は辺境の地に送られ、二度と帰ってこなかった―



…これが私、エミュレット・グレジオラス侯爵令嬢の最初で最期の出番であった…。



こんな悲しげな1言ト書きが何故出てきたかと言うと

事の発端は、お父様が1人の幼児(おさなご)を連れてきたことまで遡る。

「今日からこの家の息子になるディオルだ。」

「な…!?貴方どう言うことですの??!」

淡々と幼児を紹介したお父様とそれに金切り声を上げて詰め寄るお母様。

とんだ修羅場が始まったわけだが、私はそれどころではなかった。

お父様の後ろに隠れるように立っている幼児と目があったのだ。

怯えの色が色濃く滲んだ瞳は透き通るアクアマリン。

照明に反射する白銀(プラチナ)の髪が美しく輝いている。

顔の造形も精巧なお人形の様に整っている。

白皙の肌に薄っすらさす頬の紅色が幼児を生きている人間と証明しているようだが、それがなければ本当にお人形か、あるいは雪の精のようだ。

そう…雪の精のように真っ白。

そこまで連想したところで突如、真っ白で透明度の高い青色の瞳から『氷の貴公子』と呼ばれた青年の姿が私の脳裏によぎった。

そして私は理解する…。

この幼児がいわゆる乙女ゲームの『攻略対象』というものであり、私自身はそのゲームの名前のみ登場の()()であるということを…!



女性向け恋愛シュミレーションゲーム通称「乙女ゲーム」

数多排出された女の夢の結晶(ゲーム)の1作品が今私のいるこの世界。

タイトルは忘れてしまったが、内容は攻略対象(キャラ)が抱える闇を主人公が照らし互いに手を取り合い闇を払拭して結ばれるというものだった。

在り来たりで攻略対象もエンディングも少なかったが、見目麗しい攻略対象と中々に豊富なスチルが用意されていたので絵柄重視でプレイする私はこのゲームはかなりお気に入りだった。

…お気に入りだったが私の今の立ち位置が非常にマズイ…。


『氷の貴公子』ことディオル・グレジオラスは幼少期に義父である侯爵に瞳が青いという理由で養子に迎えられる。

グレジオラス家は元々青い瞳を持つ一族だったが、度重なる婚姻でその遺伝子が薄まり、青目の人間が生まれにくくなっていた。

侯爵は青目というものに一際固執している人物で、自分の代で一族の瞳に青の遺伝子をいれると誓っていた。

それこそ、貴族の貴い(たっとい)血筋に何の関係のない者の血を混ぜることになろうとも。

侯爵のその狂信的ともいえる考えによって、哀れディオルは見ず知らずの人と縁組をさせられる。

そんな打算しかない縁組など愛情のカケラもあるはずがない。

ディオルは侯爵からは青い瞳を持った道具と扱われ、夫人からは下賤なる血筋と罵られ不当な扱いを受けながら生きることになる。

自分は人ではなく道具なのだと教えられ、次第に心を閉ざしていくディオル。

何事にも心を動かさなくなり美しい人形のようでありながら、アクアマリンの瞳は底冷えする様に冷たく周囲を拒絶しながら生きていく。

そんな中で会うのが主役(ヒロイン)である。

最初は冷たくあしらうディオルだが、彼女の温かさと優しさで氷のように冷たくなった心を温められる。

初めて優しく、何よりも人として扱ってもらえた事にディオルは彼女に惹かれていく。

だが、そこで邪魔をするのが侯爵である。

彼はディオルに人間性など求めていない。

必要なのは自分の都合のいいように扱える『お人形(どうぐ)』だ。

侯爵はディオルに近づく彼女を亡き者にしようとするが、それに気づいたディオルによって阻止される。

そこで初めて彼は怒りを覚える。

侯爵にどんな扱いを受けようとも何も感じなかったディオルが、彼女に手を出された事によって人の人として当たり前の感情が発露したのだ。

これによりディオルは道具でもなく人形でもなく『人間』になった。

今まで隠されてきた侯爵の悪事を白日の元にさらし、侯爵は爵位を剥奪。

ディオル以外の侯爵家も貴族籍を抜かれて、厳重な管理下のもとで辺境の地に送られる。

もう彼らが生きて王都に戻ることは一生ない。

そして若き侯爵になったディオルは彼女に言う。

「僕は偽物の貴族だけれど、僕と一緒にいてくれる?僕は君と離れたくないのだけれど」

あの底冷えするような冷たさはなく、ただただ純粋で美しいアクアマリンの瞳が問う。

それに涙ながらに頷く彼女に「良かった、嬉しい」と柔らかく微笑むディオル。

その笑顔は彼の年齢にしては幼くあどけない。

ディオルの人としての時間はここから始まるのだ。



これがディオルルートダイジェスト版である。

最後のディオル初笑顔スチルは穴が開くほど眺めたし、ハッピーエンドも数え切れないほど読んだ。

そしてその度に泣いた。

ディオルの幼少期の回想シーンは違う意味で号泣したし、本当に本当にディオルが幸せになって良かったと思っている。

…しかし!しかし!!

私はモブなのである!

主役なんかではなくモブである!

冒頭で流れたト書きを覚えているだろうか?

厳密に言えばあのト書きは

ー罪を犯した侯爵、侯爵夫人、姉の侯爵令嬢は辺境の地に送られ、二度と戻ってこなかったー

である。


私、ここで初めて登場である!

ディオルの回想シーンにさえ出てこなかった!!

なんなの?ねぇなんなの?!

「へえ〜ディオルってお姉さんいたんだ〜」って言ってる場合じゃないよ、前世の私!!

このままじゃ、私バッドエンドだよ!

これ絶対、辺境の地でスローライフとかじゃないもん!

お父様結構えげつないことしてたし、絶対一族もろとも()られちゃってるよ!!

どうする?!

まったく私のことが触れられなさすぎて、何が悪くて辺境に行ったのか分からない!

一緒に送られたぐらいだから、ディオルが顔も見たくないってことだと思うけど…もう連帯責任のレベルなのだろうか?

てか、もうそれくらいしか分からない。

全ての感情を削ぎ落とされ、人として扱われずにいる義弟(おとうと)を助けないのは確かに罪だ。

たとえエミュレットが何もしていなくても『無関心』にディオルを見ていたのなら、幼いディオルにはエミュレットも侯爵や夫人と同じに見えるだろう。

もしかしたらエミュレットに手を伸ばしたかも入れない、助けてとか細い声で訴えたかもしれない。

しかし、それを認識せずディオルの隣を通り過ぎたかもしれない。

それはもう心の暴力だ。

彼が感情を凍らせるには十分な罪になる。

「何も知らなかった」ではすませられないほどには。


…ならば私のやるべき事は決まった。

幼いディオルに優しくしよう。

どうせ主役(ヒロイン)が彼の闇を払ってくれるのだから、(モブ)は大それたことはしなくていい。

ただ、ディオルが私を辺境というなの処刑場に連れて行くのを惜しむくらいの気持ちを持ってくれればいい。

具体的には貴族籍を抜かれて市井にほっぽるくらいの温情が欲しい。


一緒にいたいだなんて言わない。

私はディオルがお父様とお母様に辛い目に遭うのを止められない。

それを止めたらディオルは彼女に逢えなくなるし、正直な話止められる気もまったくしない。

お父様とお母様が私の話を聞くとも思えないしね。

だから少しだけ、この家にも優しさがあるだと教えてあげたい。

私はディオルの味方だよと伝えてあげたい。

それが凍っていくディオルの心に少しでも残るように…。

一族を処分するときに、そういえば姉の処分はどうしようか?とふっと私のことを考えてくれるくらいには。

私はディオルの心に残りたい。


私は侯爵令嬢(わたし)がバッドエンドにならないように生きていこうと決意する。

え?お父様とお母様はって?

あの人たちは自業自得だし、野放しにしてもいいことないと思うから辺境行きでいいと思う。

一番大事なのは己の身である。

冷たいようだが、ここをしっかりしないとわたしも死んじゃうもんね。

あと、個人的に私はディオルがこのゲームで一番好きだったので侯爵夫妻は存在するだけで万死である。


…さぁそろそろ、現実に目を向けようか私。

醜い夫婦喧嘩をしてるお父様とお母様と、そのお父様の後ろで縋るように私を見つめる可愛い義弟のいる世界へ。

主役(ヒロイン)が登場するその日まで、私がディオルを守るのだ。

私の未来のためにも…!

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[気になる点] もしかしたらエミュレットに手を伸ばしたかも入れない、助けてとか細い声で訴えたかもしれない。 → 手を伸ばしたかもしれない   
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