第18話
翼人の代表者リオ・ダ・レナルとの互いの紹介も終わり、椅子に腰を下ろすと、直ぐに、リオは本題を切り出した。
「早速で悪いのだけど、アリスさんの管理する天空島、……えっと、島の名前は知らないのだけど?」
「その、アリスさんの? 天空島だけど」
「我々の住む、海に浮かぶ島、ルル島の直上にあって、空を覆い隠してしまっていてね」
「正直、このまま居座られると、我々としても、不都合が多いんだ」
リオは、そこまで言うと、俺の顔を窺う様にして、
「どうだろう、ルル島の上から外れる程度で良いのだけど。動かしてもらえないだろうか?」
相手が意外なほど下手で、少々面食らう。
もしかしたら、天空島がどこにいようと、この世界では、自由なのかもしれない。
だからこそ、お願いだから、移動してくれないかな? と、なるのかも。
もっとも、彼らが、単に温和な種族と言う線も捨てきれないが。
天使だし!
それにしても、俺の天空島の下に彼らのルル島が?
海に浮かぶ島? 普通の島と言うことか?
まさか、海にプカプカ浮いているわけでは無いだろう。
天使、いや、翼人だから、俺のように天空島に住んでいるかと思ったが、違うらしい。
普通の島に暮らしているのか。
しかし、天空島の名前か。
そんなのも、いずれ必要かな?
『俺の島』とかだと、不味いかな?
思い切って、『オレノ島』。
またの名を『天空島オレノ』とか?
そんな事を考えていたら、リオが、どうかな? といった風に、目線を合わせてくる。
そうだ、天空島を動かす話だ。
しかし、それは現実的ではない。
いまの俺では、恐らく魔力が足りないだろう。
トライする事は構わないが、出来るかどうかは解らない。
「ちなみに、動かすとして、どれくらいの距離を?」
念のため俺が聞くと、待ってましたとばかりに
「ああ、北の方角に、200キロメートルほどお願いしたい」
……無理だろ。俺の魔力では。
……たぶんだけど。
でも、移動距離は、ちょうど、ダンジョンの領域、半分の大きさだな。
俺の天空島が、まるまる被っているのだろうか?
ちなみに、ダンジョンとダンジョンの領域の区別は、一般的に、ダンジョンコアを内包し外と内を隔てるもの、城、タワー、洞窟、廃墟、その他一切をダンジョンと言う。
そして、ダンジョンを除くダンジョン周辺で、人間などが死んだ後、拡散する魔力を、ダンジョンコアが吸収できる範囲を全て、ダンジョンの領域と言うらしい。
もちろんダンジョン内部でも、人が死ねば、魔力は吸収できる。
例えば天空島の場合は、解り易く、城、タワー、洞窟、廃墟、などがダンジョンで、それ以外の島部分が領域だ。
俺の天空島なら、城がダンジョン、島が領域。
補足としては、島の上下にも、領域は存在している。
しかし、地上の、城、タワー、洞窟、廃墟などのダンジョンだと、ダンジョンの領域と領域外の通常の土地が地続きの為、天空島のように、他の土地と物理的に切り離しては考えられない、解りづらさがある。
ただ、天空島型ではない、地上型でも、その場に行けば、ダンジョンの領域の境界線は一目で解る。
例えば、あるダンジョンは、ダンジョン入り口から一定距離、ずっと砂漠だったのに、線を引いた様に、急に森になったりするので、その砂漠の範囲が、ダンジョンの領域だと解る。
また、ダンジョンの、領域の部分が森として存在して、その先にある、通常の世界も森だった場合であっても、明らかに植生が違う為、境界線が解る。
これは例えば、ダンジョン入口からは、キノコだけの森が広がるが、ダンジョンの領域外の森は、普通の木々が生えた森、と言うようになる訳だ。
そして、ダンジョンの領域の広がり方は、ダンジョンを中心に、円球状に広がっており、境界線までの半径を計れば、領域面積、体積すらも解ってしまう。
ただ、残念ながら、空中や地下の領域は目では見えない事も多い。
この場合の見分け方としては、領域に出入りする瞬間、空気が粘り付くような感覚がするので、それと解るらしい。
この様に、あらゆるダンジョンのダンジョン領域は、その範囲が、誰の目からも明らかに解るようになっているのだ。……すべて、虹色の玉から教わった事だが。
そう言えば、ダンジョンの領域、その広がり方については、虹色の玉が面白い例えも、教えてくれていた。
まず、真球のスイカを用意する。
そのスイカを、真っ二つに切る。
切り口と同じ大きさの、板を用意する。
板の真ん中に、楊枝を立てて、くっつける。
板を、二つになったスイカで挟む。
これで、俺の天空島の模型が完成。
そして、ここで解る事は、
楊枝が、城。
板の部分が、島。
スイカの皮の部分が、ダンジョンの領域境界面。
赤い実の上部が、島の上に広がる、空などのダンジョン領域空間。
赤い実の下部が、島の下に広がる、島と地上の間にあるダンジョン領域空間。
領域が、地上に接触する場合は、その部分も、ダンジョンの領域。
以上となるらしい。
また、このダンジョン領域の大きさは、ダンジョンのランクと連動するらしい。
簡単に言えば、
ダンジョンFランク 6階層。
ダンジョン【レベル】60から119。
領域の広さは、半径6メートル。
ダンジョンEランク 12階層。
ダンジョン【レベル】120から249。
領域の広さは、半径12メートル。
ダンジョンDランク 25階層。
ダンジョン【レベル】250から499。
領域の広さは、半径250メートル。
ダンジョンCランク 50階層
ダンジョン【レベル】500から999。
領域の広さは、半径5キロメートル。
ダンジョンBランク 100階層。
ダンジョン【レベル】1,000から1,999。
領域の広さは、半径10キロメートル。
ダンジョンAランク 200階層。
ダンジョン【レベル】2,000から3,999。
領域の広さは、半径200キロメートル。
ダンジョンSランク 400階層。
ダンジョン【レベル】4,000から7,999。
領域の広さは、半径4,000キロメートル。
と言う事になっている。……らしい。
……俺の天空島は、北海道の1.5倍くらいの大きさかな?
日本の本州、半分よりも、一回り大きい。
無理すれば、五千万人くらいは、居住可能かもしれない。
一億人は、……さすがに、厳しいかな?
しかし、この際、天空島の名前は、『大北海道島』にしようか?
冗談はさておき、当然、ここでのダンジョン【レベル】は、イコール、ダンジョンマスターの【レベル】となる。
……悲しいことに、俺の場合は、ちょっと事情が異なるが……本来だったら、いま俺は【レベル】2,000か。
……。
あと、ここで解る事が、もう一つある。
それは、レベルが一定値を超えると、ダンジョンのランクが上がる事。
ランクが上がるとは、それまで蓄えられた力が、一つの限界点を超え、新たなる進化に等しい程の変化が、魂に起きるらしい。
このため、その変化の影響を受けて、ダンジョンの領域も広がるという。
ダンジョン領域の広さの『桁』が、ランク毎に違うのも、新たなる進化という事を端的に物語っている。
まさに、ランクが変わると言う事は『桁』違いの存在に生まれ変わっていると言う事の証左なのだろう。
恐らく、ランクAの【レベル】3,999と、ランクSの【レベル】4,000では、ただレベルが1違うでは済まされない、数字以上の差があるのだろう。
階層の桁が変わらないのは、階層はランク毎に、最低その階層が出現すると言う意味で、階層自体は、ダンジョン改変によって幾らでも増やせるからだと思う。
もっとも、階層を増やしてしまうと、一階層当りの体積が減ってしまうのだが……。
まあ、何故こんな事を、長々と思い出していたかといえば、リオの、北の方角に、200キロメートルほど天空島を動かして欲しい、との発言が原因だ。
この200キロメートル。
俺の天空島の半径200キロメートルと、同じ距離だ。
俺の天空島の、直下にあるのなら、確かに200キロメートルの移動で、空が開けるだろう。
しかし、それは良いとして、魔力も無いのに移動をお願いされて、どうしたものか。
「……そちらの要請どおり、天空島を直ぐに動かしたい気持ちもあるのだが、少々理由があって、直ぐには動かせないのが、現状だ」
下手にでる言葉は選ばなかったが、やはり日本人的な、曖昧な言葉を選んでしまう。
と言っても、日本人は世界でも、一定の尊敬を勝ち得て、冠たる地位を築いている。
世界で、成功しているわけだ。
ならば、日本人的な交渉術は、異世界であっても、まったく通用しないと言う事も、無いだろう。
駄目なら、改善すれば良いだけの事だ。
などと、強気に考えてみるが、……自分でも、単なる言い訳だとは解っている。
しかし、翼人とは友好関係を築き上げたい。
なるべく、相手の意向も叶えたい。
でも、無理なのだ。
だから、いますぐ拒絶するのが嫌なら、曖昧に返事するしか、仕様がない。
リオは、自らの要求が通らないとは思っていなかったのか、苦い顔をして黙ってしまう。
しばらく見つめ合うが、俺にはどうしようもない。
宝物の間で、魔力上昇のアイテムでも出てくれば別だが、現状、そうはなっていない。
「解りました。急では、そちらにも事情があるのでしょう」
「一ヶ月は待ちます。それまでに動かしていただきたい」
リオのその言葉に、隣にいた、女性翼人が気色ばむ。
しかし、それを、リオがまあまあと宥めてくれる。
この女性翼人の反応を見る限り、相手方も相当譲歩しているのだろう。
……仕方ない、頑張って魔力上昇アイテムを探すか。
ちなみに、気色ばんだ女性翼人は、名前をリリー・ド・レナルと言うらしい。
代表者のリオ・ダ・レナルと家族かな?
その後は、ここに来た目的を教えて欲しい。
そして、友好関係を結ぶ意思があるか? といった事の確認。
珍しい物品があるのなら、飛空石と交換できると、自慢げに言われたりもした。
飛空石とは?
と、問うと、ちょっと怪訝な顔をした後、飛空船を浮かべて、空を走らせる為の石と教えてくれた。
飛空船! そんなものが、あるのか!
などと、ちょっとはしゃいでしまう。もちろん心の中で。
会談は、ほとんど相手が主導権を持つ形で進んでしまった。
飛空石やら、知らぬ事も幾つか出て来て、判断に詰まったり、相手に教わることもあったからだ。
それにしても、前もってもう少し会談に備え、その内容と受け答えも、準備しておけば良かった。
当たり前の事が出来ていない。
解ってはいたが、まだまだ、本調子ではないのかなと思う。
しかも、会談の途中から、調子良くぺらぺらと喋り過ぎたかもしれない。
やはり、俺は、城持ちだからと言って、知らず知らずに、舞い上がっているのかもしれない。
気を付けなくては。