第17話
翼人との約束の日の朝、俺は魔力が戻り、体調を元に戻した。
そこで、改めて、今日の予定を考えてみた。
翼人とは、特段、何時に会うという約束は無い。
そもそも、この世界にどれくらい正確な時間があるかも解らないが。
そうは言っても、早朝か、朝か、昼か、夕方か、夜か、それくらいの区別はあるだろう。
だがしかし、その約束も特にはしていない。
まあ、早くとも朝か?
早朝はないだろう?
あったとしても、会議室で待っていてもらおう。
俺の城だって、客人に水くらいは、出せる。
グラスも有る。
マジックアイテムのグラス。
これに水を注いで飲むと、体力と魔力がある程度回復するらしい。
あっ! 昨日これを飲めば良かったのかな?
……まあいい。
それよりも、会見に連れて行く眷属。これをどうするかだ。
一応、人型に限定しようかな。
リッチのボーンが出て来たら吃驚するだろう。
俺だって、夜の暗い光に浮かび上がるボーンを見ると、薄ら寒いものを感じる。
下手すれば、有無も言わせず討伐しようとするかもしれない。
エルはもちろん連れて行く。
同じ種族がいれば、空気が和むだろう。
後は、人型は、エルフのロンド、ダブルエルフのシルバで良いかなあ?
鬼丸は微妙にモンスター寄りだし、チーター人獣のスピードは、この世界基準で、どういう位置づけだろうか? 今回は止めて置くのが、無難かな。
ドワーフのビアードはどうしようか?
相手の人数にもよるが、客人を迎えるのに、ムッツリ黙っている、ドワーフはどうだろう?
女性のほうが華やかだし、今回は待機にしよう。
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ちょうど太陽が中天にさしかかった頃、翼人たちは現れた。
人数は十二人。この間の面子だ。
男性天使、改め、男性翼人、女性翼人、そして十人の翼人。
男女の内訳は、ちょうど半々の六人ずつ。
彼らは自らの翼で飛んで来て、正面の扉前で、舞い降りた。
改めて見ても、天使の様な集団だ。
出迎えは、ちょっと大人のお姉さん的な雰囲気をかもし出す、当たりの柔らかいロンドが担当した。
……まあ、大人といっても、実際は0歳なのだが。
眷属も俺と同様に、成人の姿、成人の思考能力を持って生まれて来たから問題ない。
判断基準は、俺の知識を受け継いでいるらしい。
あくまでも、思考、判断、決断などに必要な、一般的な知識。
情緒や経験は受け継いではいない。
あと、種族的に特色ある知識は、持って生まれて来たようだ。
しかし、鬼丸を見ていると、俺の思考判断能力ってあれなのかと……。
あれはあれで、かわいげはあるのだが。
眷属たちを率いる者として、大丈夫なのだろうか、俺……。
ともあれ、人数も少なかったので、一番小さい会議室に翼人たちを通す。
そこで飲み物を出した後、ロンドが呼びに来たので、シルバとエルも、ロンドと共に引き連れて向かう。
もちろん、謁見の間は使わない。
この世界で初めて知り合う、他人だ。
最初の印象も、悪いものではなかった。
大切にしたいご縁である。
そんな客人に、謁見させるほど、城持ちだからと言って、俺は舞い上がってはいない。
ちなみに、使っているグラスは、マジックアイテムのグラスではない。
会議室に用意した、高級な調度品をはじめとする、全ての設備が同様だ。
朝、他にも何か無いかと思い、もう一度、宝物の間に入ったら、まだまだ幾らでも出て来た。
美術品として、価値の高い皿、カップ、あらゆる食器類。
宝物の間は、探せば、何でも出て来る。
しかし、それでもまだ百分の一も見ていない。
部屋の規模と、畏怖すら感じる圧倒的なまでの宝物の質、量に、どのような言葉で表現しようとも、称賛し過ぎると言う事はあるまいと、改めて思った。
俺が入っていくと、椅子から立ち上がる訳でもなく、カルーバ騒動の時、俺に声を掛けてきた、男性翼人が、グラスを片手に、「やあっ」と手を上げて来る。
他の翼人たちは、俺など眼中に無いかの様に、目線をチラッと向けたら、直ぐ興味なさげに視線を逸らした。
それを見て、別に悪い意味ではなく、この世界の礼儀とは、どうなっているのだろうか? と思った。
そもそも、この態度が、この世界における正解である可能性もある。
ただ、俺自身の今後の為にも、この世界の、最低限の礼儀は、きちんと学んでおいた方が良いだろうと思った。
当然、一般常識も含めて知る必要があるだろう。
真ん中に、男性翼人が座っているから、彼が代表者なのだろう。
その隣は、血濡れの細剣を持って、カルーバを睨み付けていた、女性翼人。
しかし、皆、20歳前後に見えるけど、この種族の成人は皆、これが普通なのかな?
エルフみたいに、大人になると、年をとらない種族?
いや、エルは成人の姿で生まれているはずだから、そんなはず無いか。
少なくとも、成人状態の肉体に生まれたエルよりは、年をとっているように見える。
単なる偶然か?
血濡れ細剣の女性翼人だけは、エルと同い年くらいに見えるし。
それにしても、皆が皆、美しい。
会議室のテーブルは、半径10メートルほどの切り株をもとに加工した一品。
一枚板で、香木なのか、ほのかに香る匂いが、気分を落ち着かせてくれる。
真ん中には、ドラゴン八体が宝玉を捧げ持っている彫刻。
この彫刻は、切り株のテーブルと、一体になっている。
ボーン曰く、一級品であるらしい。
……しかし、半径10メートルの切り株。
……巨人が切ったのかな?
椅子も、調度品も一級品ぞろい。
取り敢えず揃えて置いて良かったと思う。
翼人たちは、皆、上等な生地に仕立ての良い服を着ている。
別に見た目が大切なのではなく、本人の中身が大切なのだろうが、外見もまたその人の一部とか言われてしまう可能性もある。
一応の、格好は保てるならば、保っておいて損は無いだろうと思った結果である。
俺に続き女性陣が入ると、おもむろに全員が立ち上がった。
特にエルに反応したように見えたのは、気のせいではないだろう。
なぜなら立ち上がって直ぐに、エルに向かって、
「お会いできて、光栄でございます。私は、今回代表者を務めます、古き翼の末裔。グインを始祖に持つ、リオ・ダ・レナル。お見知り置き下さい」
件の男性翼人がそう言って、エルに頭を下げると同時に、他の翼人も頭を下げる。
何が起きたのかと、ポカンとする、俺とロンドとシルバ。
エルは、相変わらずボーとしているのか、動じない大物なのか、微動だにしないで翼人たちを見ている。
「ダンジョン管理権限保有者殿。よろしければ、お名前をお教え願いますでしょうか?」
男性翼人の問いに、頭をちょこんと横に傾げたエルは、
「私じゃない。ルイ様」
と俺の方を指差す。
翼人たちが一瞬「えっ」と驚きの表情を見せるが、
さすがに、代表者の翼人は立ち直りが早い。すぐさま俺に向き直り、
「お主が管理権限保有者だったのか! それは失礼したね。このとおりだ」
軽く頭を下げる。あくまでも、軽く。
エル相手のときとは大違いだ。
しかし、俺は取り敢えず、「気にする必要は無い」と答えておく。
しかし、そもそもなんでエルを管理権限保有者だと思ったのだ?
同族だからか? それにしても、態度が違う。
それは、後で考えるにしても、今回俺は、敢えて、下手に出る言葉遣いを放棄することにした。
実は、その理由に、一つのエピソードが関係ある。
普段は偉そうにしていて、外ではへこへこしていた元上司の話である。
その上司は、対等の取引でも、情けないほどの媚の売り方をする上司だった。
つまり、身内にだけ強く出て、外では卑屈なほど弱気になる、駄目なタイプの内弁慶だ。
周りにいた人が引くほど、歯の浮くようなお世辞や、ヨイショを繰り返し、取引相手まで、辟易させる。
そのくせ、取引相手がいなくなったら、
「しっかりやれよ、テメーはよぉ! 俺にフォローさせんじゃねーよ!」
とか、訳の解らない事をわめき散らしながら、俺の脛を蹴って来たりする。
机の下で蹴る所が、尚いっそう、小物感を引き立てる。
更に、人間性が信用できないからと、遠まわしに言われ、取引を断られると。
「ボケが! 足引っ張りやがって!」
と、また陰で蹴りを入れて来たりする。
――この上司には、つくづくガッカリさせられるな。
当時そう思ったものだ。
そんな事を思い出して、俺も、偉そうな態度を身内にだけ取っているだけでは、駄目だと思った。
人間関係を円滑にする為に、お世辞も時には必要だろう。
組織を維持する為に、自分の立場と相手の立場の力関係を明確にする必要が時にはあるだろう。
しかしせめて、対等な相手には、敬意を払いつつも、自らを貶めるほど遜ってはならない。
自らの尊厳を守り、眷属たちの想いと忠誠も、裏切らないようにしなくてはと。
そして、俺も、日本人出身ゆえ、人に頭を下げたり、下手から行く事に慣れている。
しかし、ここは、文字通り別世界。
モンスターがいる事からも、弱肉強食の理論は、地球よりも強いと予想する。
軽々しく頭を下げて、下位者だと自分から遜れば、侮られ、軽んじられる可能性も大いにある。
それは、俺、そして、俺と共に有る眷属たちにとって、決して良い事であるとは言えない。
しかも、こちらの弱みと思われる、天空島が翼人の領空に有るからと言って、果してそれが、どれくらい問題なのかどうかが、まだ解らない。
法律上、慣習上、道義上、問題のある行為かどうかが解らない。
もしかしたら、『何の問題も無い事ではありますが、でも、出来たら退かして欲しいのでお願いします』と言う、翼人が下手に出るべき案件かもしれない。
そんな考えから、俺は今回、そしてこの世界では、敢えて、下手に出る言葉遣いを放棄する事にした。