第10話
何はともあれ、味方を増やさなければ、落ち着けない。
いきなり複数モンスターに襲われれば、ひとたまりも無いだろう。
ウツボの様に、羽根付きの魚なんている世界だ。
予想できないことが多すぎる。
いまでも不安なのに、夜、眠っている無防備な状態で一人なんて考えられない。
とは言え、ウツボの血や粘液が散らばったここでは落ち着かない。
取り敢えず、外に出て眷属の卵を使用しよう。
大丈夫だと解っていても、ウツボの死骸の横を通るときは緊張してしまう。
もしや、最期の命の灯火が残っていて、乾坤一擲パクリとやってこないだろうな、などと考えてしまうのは、決して、俺が、ビビリだからではない。
用心深い性格だからだ。……たぶん。
しかし、このウツボかなり大きくて、邪魔である。
ここはダンジョンコアルームだし、後で片さねばなるまい。
面倒だ……と、ウツボの横を通っている時、気が付いた。
ウツボの死骸はマジックバッグに入るのか?
大きすぎて無理だろうと、思いながらも、実験してみると入るようだ。
少々驚いた。こんな小さなバッグに、この大きさ。
実際目にすると、その違和感が大きすぎて、言いようも無く、戸惑ってしまう。
日本では、軟体おじさん的な人が、小型のバッグから出入りして、すごいでしょ?
といったパフォーマンスを見た事があるが、あの衝撃の100倍以上のインパクトがある。
とは言え、ここでいつまでも感心している場合ではない。
いまは、そんな暇ではないのだ。
取り敢えず、時間のある時、何が入るのか、どれくらいの容量か、検証が必要そうだ。
高さ30メートルクラスの大きな扉を出ると、そこは真珠石が光を反射して美しい、テラスのような場所。
その先には、壮大ともいえる規模の階段が続き、橋、そして、絶景!
外の綺麗に晴れ渡る青空を眺めながら、ほっと一息吐く。
この開放感は、心を落ち着かせてくれる。
ゆるい風の運ぶ水の香りで、よりリラックスさせてくれる。
更に落ち着いてくる。
やっと一息つき、俺は取り敢えず眷属の卵を一つ握り、まじまじと観察する。
使い方は解っている。
眷属の卵を使用すると決めて手に取った時から、その使用方法がなんとなく頭に流れ込んで来たからだ。
しかも、この卵、淡い光ではあるが、虹色に光っている。
もしかすると、元々は、ダンジョンコアと同じ物質なのかもしれない。
当然、この卵からダンジョンが生まれる事はないだろうけど。
なんにしろ、卵から眷属が孵るまで待つ必要も無ければ、温める必要も無い。
ただ単に、眷属をイメージしながら念じれば良い。
簡単なものだ。
そもそも、この世界のほとんどのマジックアイテムは、マジックバッグの使用方法と同様に、イメージして強く念じるだけで良い。
その際、出来得る限り、イメージを明確に強く持てれば、精度・威力も増し、より良い。
ダンジョン魔法の説明の際に、虹色の玉にそう教えられた。
そして、マジックアイテムではなく、魔法を使うときは、イメージして、念じて、更に魔力を込めなければならない様だ。
一応俺は、ダンジョンコアと最終工程の魂の融合をした際に、魔力の感知・操作も出来るようになったので、魔法も使える。……たぶん。
眷属の卵とは、別の話になるが、あの最終工程が終われば、魂が一つに混ざり合い、反発し合わなくなるらしい。
そしてそれは、ダンジョンマスターの生まれた種族ごとに、習得可能な魔法も、習得出来る可能性がある事を意味する。
俺の場合は、生まれた種族は人間だから、人間の習得可能な魔法が対象になる。
最も、才能の無い魔法は、どんなにイメージして念じて、魔力をいくら注いでも、使用出来ないわけだが。
可能性としては、俺にも火、水、風、土、光、闇、召喚、時空、といった様々な魔法が出来るかもれない。
さて、では、どんな眷属にしようか?
俺は、眷属の種族選びは、慎重に検討したいと思っている。
正直、俺は転生の間で、疲れていた為か、自分の種族を、簡単に選んでしまった事を、あれで良かったのか悩んでいる。
本当に人間で、正解だったのだろうかと?
ちょっと軽率だったのではないだろうか?
もっと他にも、色々あったのではないか?
そもそもは、可能な範囲で高いポイントの種族にしようとしていたのに。
……別に、今更後悔しているわけではないが。
可能性として、自分の中でありえなくても、例えばエルダーリッチとかだって、もっと良く検討すればよかったのではないか?
……どうだろう?
俺が?
……エルダーリッチ。
俺は無意識に、眷属の卵を握り締めて強くエルダーリッチと考えてしまった。
そう、あたかも念じるように。
俺は、前世の日本での記憶を保持している。
と言う事は、様々な画像映像を見て来ている。
俺の、イメージも、ものすごく具体的だ。
自分の失敗に気付いた時にはもう遅い。
眷属の卵は、大雑把な分類で言えば、マジックアイテム。
さっき確認したとおり、基本的に、魔力を込める必要は無い。
イメージして、結果を念じるだけだ。
なぜなら、マジックアイテムは、それ自体に魔力が篭っていて、前もって魔法がかかっているのだから。
もちろん例外はある。
自らの魔力を注がなければ、その用をなさない魔法の剣などだってある。
しかし、この眷属の卵は、例外のマジックアイテムではない。
卵を持つ手が熱くなり、虹の輝きが強まる。
卵が脈動を始める。
ドクン、ドクンと、命が注がれる。
……いや、待て、何だこれは?
本当に命が、いや魂が注がれているぞ。
俺の中の魂の一部が注ぎ込まれる。
たぶん間違いない。
初めてであっても、献血で自分の血が抜かれている瞬間、何が抜かれているか解らないという者は、殆どいないだろう。
まさに、いまそんな感じだ。
魂の一部が抜かれているのが解る。
それと同時に、卵の側からも、同等のエネルギーが還ってくる。
何かが、卵と繋がった。
……、いや、何かではない。
魂が繋がった。
俺の魂の系譜が生まれたんだ。
自分の子供が生まれれば、どの母親だって解るだろう。
恐らくそれと似ている。
いやそれ以上に深く深く感じる。
眷属との繋がりを、……。
同時に、虹色の光がより強く輝きそして収まった中心には、平伏し、頭を地面に擦り付けるエルダーリッチの姿が現れる。
……呆然として声がでない。
ものすごい威圧感と禍々しさを感じる。
どうすればいいんだ?
ローブなどは羽織っていない。どころか、服の切れ端一枚無い。ただの骨のみ。
生まれて来たばかりなのだから、当然と言えば当然かもしれないが、そのことがよりいっそう、異様さを醸し出している。
ピクリとも動かないエルダーリッチ。
本当に生きているのか?
いや、リッチだから、当然死んでいるだろうけど。そういう意味ではない。
眷属の卵から、正しく生まれて来れたのか?
どれくらい時間が過ぎたか解らないが、お互い微動だにしないで、時間が流れていく。
ここまで来ると、エルダーリッチからのリアクションは、もう期待できそうも無い。
俺から、何か声をかけるしかないか?
観念して、取り敢えず無難な挨拶でもと口を開く。
「頭を上げ楽にせよ」
俺がそう言うと、片膝をついた状態に直り、頭を上げるリッチ。
俺の方はと言うと、自分のその言葉に、
――な、なぜこんな、偉そうなもの言いを……。
と焦りだす。
しかし、ついスルリと出てしまったのだからしょうがない。
こんな、異常事態で、この圧迫感。
ついつい焦って思わぬ言葉が出ても、誰が俺を責められよう。
もっとも、思わず出てしまった言葉だが、無意識下では、敢えてその言葉が出た事も理解はしている。
まず、俺のいままでの人生の経験上、最初の上下関係を曖昧にすると、良くないと思ったから、敢えてそういう言葉が出た。
それと、この世界では、現在、何が起こるのか想像もつかない。
いざと言う時、確実に命令を聞くようにする事が、重用だとの観点から、軍隊のように最初から命令調の、明確に意思と意図を示す言葉にしたのもある。
当然、大前提としては、俺の眷属に対する立場が、圧倒的な上位者であると解っており、そういった態度が許される、もしくは、そういった態度が正当であり正解だと理解しているからの言葉ではある。
この大前提は、眷属の卵の使用法の知識と共に流れ込んできた情報であるから、間違いないと思うし、俺も実際、眷属を生み出してしまえば、上位者と下位者の関係を、不思議な感覚と共に感じている。
頭を上げたエルダーリッチを見ると、頭蓋骨の眼窩の奥では赤黒い光が輝いている。
やはり威圧感がすごい。
ひたすら見つめあう俺とエルダーリッチ。
そこで気がついた。
――そうか、発言を許していないし、俺が何か指示するのを待っているのか。
「他の者共を生み出す。しばし待て」
エルダーリッチは、了解した意を示すように、再び頭を下げた。
しかし、エルダーリッチの下げられた頭蓋骨を見ながら、
――このまま黙られても、やはりまだ息が詰まる。
そう思って、少し、コミュニケーションをと思い、もう一声かける。
「自由な発言を許す」
「何か言いたき事がある時は、自由に発言せよ」
俺がそう言うと、ややしわがれた低く重い声で
「ありがたき幸せ。我が至神たる天帝様」
と、のたまった。
至神たる天帝様?
こいつ、マジか?
と、とにかく次だ、次。




