彼女のプロローグ
「おい、もういいだろ」
天使さんが眉間に皺を寄せて言う。
「お前なんかにやってもらわなくても、手当てくらい頼める奴はいくらでもいる。大体こんなのはただのかすり傷だ」
「ダメです。もう終わりますから。ほら」
わたしはそう言って包帯を巻いた腕を開放する。よかった、上手に巻けたみたい。
わたしは1週間前、異能を発現させ、国中の異能者が集められるこの学園に編入することになった。
異能を持つのは全人口の0.03%、日本では3万6千人くらいだと言われていて、その約80%がこの学園に住んでいる。
ここは学園というより、一つの都市だ。
殆どの人が小学校を卒業する歳──12歳くらいまでに異能を出現させている中で、わたしのように15歳で現すのは異例中の異例だったらしい。
わたしをここまで連れてきた政府の役人は、余程のことがなければ、これから一生この学園から出られないと言っていた。
わたしは物心付いた頃から既に孤児院にいたので、院長先生の元へ挨拶に行って、年下の子達に涙ながらのバイバイをしただけだったけど、普通の家庭の子供にとってそれはもっともっと苦しいことなのではないだろうか。
異能者の学園に呼ばれることはとても名誉なことのはずなのに、わたしは可哀想だ、と思ってしまった。
改めて、今日は学園での初日。さっそくわたしは迷ってしまったのです。
警備員の方に門を通してもらって、歩いていたらいつの間にか周りが木ばかりになっていて、そのまま彷徨っていたらこの天使さんがいたのだ。
最初は石像かと思った。それくらい綺麗な人だった。
でも石像なのに色がついていて、リアルで、だから石像じゃなくて……わたしは混乱していたんだと思う。
天使さんはわたしと同じくらいの年齢の青年の姿をしていて、濃い黄金の髪に、琥珀色の瞳、白い翼、ととても美しかった。
でも腕から血を流して地面に座り込んでいたので、わたしはその怪我の手当てをした。天使さんは遠慮しようとしたけど、無理やり説き伏せた。
孤児院の小さい子達が走り回ってよく怪我をしていたので、その習慣で救急セットをもっていて本当によかった。
「…………ありがとう」
天使さんがむすっとした顔のまま、わたしを見下ろして言う。
わあ、本当にかっこいい……になちゃんに写真送ったらきっと羨ましがるだろうな。
「どういたしまして!」
笑うと、ふいっと顔を逸らされた。何でだろう?
「…………お前、名前は?」
「あ、ごめんなさい! わたし、西村茜って言います!」
名前を聞かれて自己紹介もせずにいたことに気づいて、わたしは慌てて立って頭を下げる。
顔をあげると途端に天使さんの顔が険しくなっていた。最初から不機嫌そうではあったけれど、もっともっと。
「………お前、外の人間か」
どういうことだろう? 外の人間って?
でもわたしが答える前に、天使さんは背中の翼を羽ばたかして、一瞬で木々の間を抜けて姿を眩ませてしまった。
そこで漸く、わたしは天使さんが異能も持つ人間の中でもさらに貴重な、異形だったのだと気づいた。
異形とはその言葉の通り、異能者の中でも特に普通の人間とは違った姿をしている人達のことだ。
異形の者は異能者の中のさらに5%、全国でも2千人もいないと言われている。
わたしは初日そんなレアな人物に会ったんだ!
「でも急に何だったんだろう? それにしても綺麗な人だったなあ……本当に天使みたいだった。この学園はあんな人がたくさんいるんだ。楽しみだなあ」
私は救急セットを片付ける。
「空を飛べるなんて、羨ましい……そういえば、どうして怪我なんかしてたんだろう?」
あ、そういえば……
「道、聞くの忘れてた」
──ザワッ
「っ………」
突然、辺りを突風が通り抜ける。わたしは慌てて片手で髪の毛を押さえる。
瞑った目を開けると、目の前に誰かがたっていた。さっきの天使さんが戻ってきたのかな?
見上げると森の神様がいた。
さっきの天使さんの方が、まだ人間味があったかもしれない。本当に石像みたいに綺麗だったけど。
感情を忘れてしまったかのような無表情で、どことなく浮世離れした空気を纏っているその男の人に、わたしはどこか恐怖を覚えた。
漆黒の長い髪に、青緑の瞳の、人間味の抜け落ちた完璧な相貌。
髪に蒼い花が散らばっていて、中性的な顔立ちで、天使さんよりもスラッとしている体型だけど男の人だとわかる。
わたしと神様は見詰め合う。
長いとも短いともつかない間の後、神様はゆっくり去って行った。
「ここは、君みたいな人間が来ていい場所じゃない」
──そんな言葉を残して。
その後、どうやって森を出たかは、覚えていない。
以上、ヒロインちゃんより
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