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水色の記憶 ーmemory of light blueー  作者: 梅崎 青葉
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6章『作戦と実行』

第1節


「緊急報告、緊急報告!会議だ!将校及び少尉までの階級を持つ者、直ちに軍事会議所へ集え!」

伝達兵が寮に向かって大声で叫んだ。

階級支持者らは一斉に会議所に駆け込んだ。


円形をした机、それに沿って並べられた7つの椅子には空きなく人が座っていた。

そこに1人、体型のすらりとした女性が入ってきた。ある位置で立ち止まり、息を吸ってはきはきと物を告げた。

「私は、書記の儺ノ(なのあ) (まな)と申します。どうぞお見知り置きを」

礼をした姿もきりりとしていた。

丸眼鏡をかけ、白衣を着たその姿も胸が大きく女性らしい。黒髪を高い位置に結い、とても知的そうに見えた。


「早速会議を始める。今回の提題は『嚮国(オリ・アに対する軍事作戦について』だ。意見を述べていってくれ」

栐がそう言った。

「やはりここは、奇襲を仕掛けるべきだと。国内にまで砲弾を飛ばしてきたんです。すべて向こうが悪いに決まっている」

(ほう)中佐が口を開いた。

「いや、まず相手の動きを見るべきです。もしかしたらもうすぐそこまできているかもしれないと」

迸の意見に反対を示したのは(すず)大尉だった。

「そこまで来ていなかったら国の射撃場に砲弾は届かないだろう。むしろもうここまで来てると思われる。城壁から外へ出れば砂漠ばかりだ引きずってでも大砲を持ってくることだってできるからな」

(とう)大佐もその意見にかぶせた。

「そうとも限らないと思うが」

かりかりと万年筆が動く音の中で、栐が静かにそう言った。

「将校。限らない、とは……」

「言葉通りだ。短い距離から撃つと言われれば、砂漠ばかりの土地の上にいる赤い鳥らを城壁上の偵察兵が必ず見つけると思わないか?城門には門番兵だっている。こんな状態で見つからないなんておかしい」

そう言われ、他の兵士は何かに気付かされたのか、目線の先はすべて栐。その口から出る話を真剣に聞いた。

「何かあるか?」

「いえ。将校の話、続けてください」

あァ、とまた話し始めた。

「見つければ必ず電報や発煙弾など、何らかの信号が送られる。しかし、それが今回は何もなかった。すなわち、初めから赤い鳥は見つからなかった」

いや、見つけられなかったんだ。


「まさか……」

海が声を漏らした。

「そうだ。想像がついただろう」

栐のすぅ、と息を吸う音が聞こえた。

「嚮国が最新兵器を開発した」

なんと、どうする、まずいぞ。そんな声が飛び交った。

「開発される前ならば何か手を打てたはずだが、何者にも知られないように研究所とも思われないような民家の地下に作った小さな洞窟のような部屋で開発されたそうだ。うちのスパイも一人送り込んであるが、何もわからなかったようだった。だから向こうの国で発砲されると聞いた時に初めて知ったそうだ」

俺が聞いたのもつい今さっきだ、そう付け加えた。

「じゃあ、これから纚国はどうすればいいのです……?」

改めて迸が聞くと、

「それを今から決めるんじゃないか」

そう言われ、栐の話を聞いていて本題を忘れてしまっていたことにも気がついた。


嚮国についてあれでもない、これでもないと話していたその時だった。

すん、と學の鼻にかすかに匂いを感じ、左右を見渡すが、何もない。

學のヒールに何かが当たり、カツンと小さな軽い音を立てた。視線を落とす。


「……伏せろっ!」

學が叫んだ。

全員が伏せる寸前、それは爆発した。

会議室の椅子を吹き飛ばし、円形のテーブルは半分以上えぐられるようにして焼けていた。

「無事か!」

はい、と7つ声が聞こえた。怪我をした、火傷をしたなども。しかし、1人いない。

爆発地点から1番近くにいた學は爆風で壁に向かって飛ばされていた。背中から当たり、痺れて倒れていた。頭からは出血もあった。

「學さん!」

慌てて(いのこ)中尉が近寄り、學を抱きかかえると、

「……にげて………しぬ」

その口から言葉が弱々しく吐かれた。

「ぜ、全員撤退!」

扉を勢いよく開け、廊下を走り抜けて外へ出た。

「はぁ……」

緊張が焦りを引き出し、冷や汗が止まらなかった。膝に手を置いて呼吸を少し落ち着かせた。

「みなさん、ご無事ですか」

海がそう言うと、あぁ、などと返事が返ってきた。安心し、顔を上げた時。

いきなり景色がぐにゃりと曲がった。胸の中からだんだん身体全体へ痺れが回り、力が入らなくなる、熱い……。

「はぁっ……あぁあ………」

呼吸ができない、頭の中が真っ白になり、身体が動かない。そのまま地面に倒れる。

目の前が真っ暗になった。


* * *


「おい、聞こえる?」

鼻に付くアルコールの臭い。息がしやすいと思えば酸素吸入器をつけられていた。

頭が重く、動くことすらもだるかった。うっすらと目を開けてみれば上には黒い丸いものがぼんやり写った。

「海、海っ」

かけられた声に聞き覚えがあった。

「零……か」

「うん。あってる」

確認をとったかのようだった。

視界がぼんやりとしていた。虚ろな目をしていることを察しられ、顔を近づけられた。

零の眼鏡が今にも海の顔に当たりそうだった。

「さっき何があったか覚えてる?」

「……」

軍事会議をしたこと、伏せろと學が叫んだこと、何かが爆発したこと……。そこまでしか覚えていなかった。

「さっき、会議に出てた人の全員が倒れて、この兵士療養所に運ばれた。重度の呼吸困難と意識不明に陥ってた人もいたけど、なんとか一命取り留めたって。

僕は軍事衛生学部医療学科生だったこともあってここに呼ばれた」

君は7人で1番最後に目を覚ました、と空になった点滴の袋を新しいものに替えていた。

横をむけばベッドが2つ並んでいて、燈、(すなお)少佐がいた。それぞれ意識はもう元に戻っていたらしく、それぞれ読書や手紙を書いたりしていた。

「海、大丈夫か」

ドアを開け、悠が入ってきた。

「あァ、なんとか」

「お前さっき死んだ様な顔しとったぞ」

まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。どうやら悠も少し前からここにいたらしい。海のそばへ寄り、しゃがみこんだその顔は、心配の色しか見られない。

未だに脳が、ぼう、としている中、

「い……あ……」

突然激しい頭痛が襲ってきた。悶えるほどの痛さが一気に来た。

「どうした」

悠に声をかけられるが答えられない。

その様子を見て、零が無言で向こうの方にある大きな棚へと走り、瓶を一つ一つ手に取り見て、三つを抱えて隣の机に持ってきた。置いてあった天秤の皿に薄い紙を敷き、その上に薬匙で薬品を取り出した。分量を細かく測り、調合した。

「悠、そこに置いてあるグラスに水を入れて持ってきて」

「了解」

グラスが擦れる音がし、水が入れられた。調合された薬がそこに入れられ、そのまま薬匙で混ぜられた。

唸っている海を二人で抱え、少し座らせると、首を後ろに傾け、一度吸入器を外して薬入りの水を飲ませた。

鎮痛剤と睡眠薬、解毒薬だった。痛みがだんだん消えてくるとこくりと項垂れ、スウと寝てしまった。

もう一度さっきと同じ様に海を寝かせると、ほぅと息をつき、零が椅子に腰掛けた。

「はァ……海も、大変だったろう」

向かい合わせになっている椅子に悠も腰掛ける。

「海は結局何で倒れたんだ?僕まだ何もわからないんだ」

それを聞き、零は来ていた白衣の袖を握りながら眼鏡越しの俯いた不穏な目をして答えた。

「……さっきの軍会議であった爆発、あれは毒ガスだ」

ちらりと悠を見れば唾を飲んだらしい、喉が動いていた。それを気にせず話を続けた。

「さっき海のジャケットを少し切って反応するかもしれないと思った薬剤に浸してみた。ちゃんと反応したんだ。猛毒蛇や毒蜘蛛、から採れる“本来は液体”の毒だった。

あの毒、血液や体液に直接働きかけられてしまえば、ほぼ一瞬で命はない。いわゆる血液剤。

それを気化させたものだ、液体ほどの即効性はないものの、毒には変わりない。それを吸い込めばもちろん身体には毒だから効く」

海はそれを知らぬ間に吸ってしまったんだ、と言った。

「でも一体誰が……?」


* * *


「久しぶりではないか、蜑。元気にしておったか」

向かい合わせた椅子、円机に置かれたカップが二つ、紅茶からたった湯気がゆらりと揺れていた。長い脚を組んで座る女性。

「ええ、“ついこの間までは”ですがね」

身体のラインに沿った真っ赤なドレスを身に纏い、豊満な胸と腰が見事に強調されていた。

にこりと微笑んだ笑みはもちろん美しかったものの、何か恨みをちらりと見せつける様なものがあった。

それもそのはずである。彼女の腕には青い痣、真っ白い目の片方には眼帯、首は真っ赤にただれていた。

さっきの笑みはいつの間にか消え、睨みつける様に細い目がそこにあった。

「なんだ」

「まさか私がいると知っておいてあれを使うなんて卑怯でした」

しかも最新兵器でありました様で、と言う。

キンと冷たい眼差しを浴びさせられている目の前の人、摘霞㮈梓攞はそれを見て、軽い笑いを飛ばしたのである。

「どうだ、自分の作った毒の味は。美味いだろう。他人のふりをしたのもいつもとは違う面白みがあってよかったろうに」

ニヤリとしたその顔を見ても蜑は微動だにしなかった。

「あなたには、あれが直接人の体内に入らないと効果を発揮しない、と伝えなくてよかったと思っています。いつかこんな目に遭わされるのだろうというものも予測はしておりましたので」

私はまだあんなところでは死にたくありませんから、と目を瞑って軽く頭を下げた。再び頭を上げ、どうせ、と付け足す。

「このお茶の中にも、毒を入れているのでしょう」

「見破られたか、早く飲まないかと期待していたのに」

鼻が効くのですぐわかりましたよ、と素っ気なく言った。蜑にとって毒は毎日嗅いでいるもの。少しばかりのそのにおいも脳は捉え逃さなかった。

「そんなに毒がお好きなのですね」

私で実験するくらいですからね、そう微笑みながら蜑は椅子から立ち上がり、摘霞㮈梓攞の側へと近寄った。

「陛下、」

腰を曲げて、甘い声をかけ、後ろを振り向いた摘霞㮈梓攞に口づけをした。

突然だった。何かと思い、気がついた時にはもう遅かった。

蜑の唇が離れた時には首裏を打たれて力が入らなくなり、その状態で髪を掴まれ首を後ろに引っ張られ、顎を無理やりこじ開けられていた。

さっきの口づけの一瞬のうちに摘霞㮈梓攞の口の中には小さな透明なカプセルを入れられていた。

そこに遠慮なくまだ熱い紅茶をポットから注いだ。

熱さでぴくりと動いた身体を見ぬふりをしてその口を閉じ、喉に通した。

「少し苦しむがいいわ。この人でなし。木偶の坊になればいいのに」

そう罵り、椅子から突き飛ばし、床に転がした。

「ひ、あぁああぁっ」

全身が痺れ、瀕死の虫の様に手足がバタバタしている様を見て、蜑は重い笑みを浮かべた。

「女と、私たち。纚国化学研究者を甘く見ないことね。秘密にしてることだっていっぱいあるわ。

とにかく一番恐れなきゃいけないのは、人よ。なんでも実行したり嘘をついたりって」

その場で倒れたまま動けない摘霞㮈梓攞に背を向け、真っ赤なハイヒールの軽い靴音をホールに響かせながら城から出て行った。

途中、誰もいないところでクスクスと可愛らしく笑いながら、



「化学って素晴らしいわ」


そう呟いた。

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