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水色の記憶 ーmemory of light blueー  作者: 梅崎 青葉
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4章『生と死』

第4章 生と死


第1節


「おい、庚……」

「……」

棐に呼ばれたが、庚は何も言わずに黙々と鞄に荷物を詰めていっていた。

買い出しに行って買ってきた食品や救急用具、銃の弾なども。

「本当に行くのか……」

「僕らは何も言われてないのに……」

彦や零も立ったまま、庚を見下ろしていた。

少し経って、庚の動きが止まる。

「……俺は行くよ。ちゃんと言われたことやるんだ。死なないわけにはいかない」

この一言に、他の3人は黙り込んだ。


誰が望んだわけでもなく兵に出され、訓練を施され、終いには死んでこいと王からお告げが来る。

お告げは、美しい青色の鳥の羽がついたロイヤルブルーのベレー帽を渡される。

それが今、庚の頭にあった。

「ほ、本当にいいのかよ!そんな簡単に死ぬとか言っていいのかよ!

……お、俺はダメだと思った!まだ若いし、家族もいる!それなのにこんな風に……あぁあっ!」

棐の怒鳴り声が寮を巡回していた中隊長に見つかり、襟を掴まれて外に連れ出されていった。

「がぁっ……」

ドアの外、張り倒される音と、殴られている音がこの部屋の中まで聞こえてきた。

殴り続けられること実に15分ほど。突然ピタリと音がやんだと思うと、終いにドアに投げ飛ばされたらしい。ドガンッ、という鈍い音と共に扉が開き、棐が倒れてきた。

「棐っ!」

真っ先に彦が近づいた。

「酷い……」

それもそのはず。顔は赤く膨れ上がり、切り傷ようなものもある。懐剣でやられたのだろう。

今は完全に気を失っていた。

「棐、棐っ」

零も棐の体を小さく揺さぶった。

「オレ、氷持って来る」

彦は最下階まで降りて行った。

その足音が遠くなったとき、ちっ、と、舌打ちの音がした。

「……だからこの前言っただろ、そんなこと絶対言うなよって」

立ち上がって寄ってきた庚のそんな一言。呆れたような、うんざりとしたような口調だった。

「……そんな言い方ないよ」

「だってそうだろ?死ぬために来てるのに死ぬなって、こいつの頭おかしすぎるだろ」

「……庚…」

「俺は国のために命預けて戦うんだ。家族もいない俺にとって死ぬ機会の都合のいいことだ。そんな俺がそんなこと言われてみれば腹立つさ。バチが当たったんだ、この嘘付きめ」

そう吐き捨てるように言った。

「……」

「お、何も喋れなくなったのか?そうだろ?これが正論だろ?」

ククッと笑いながら嘲るような口調で言ってきた。

「……正論だって?」

零は庚を睨みつけた。怒りと憎悪を混ぜたような視線だった。ゆっくりと立ち上がると、庚の真正面に立った。

「その正論こそ嘘だ。死ぬ機会?それが良い機会と思えるなら、生きる機会もしっかり感じてると思うけどね。でもその生きる機会を知らずに死にたいと思ってるならそれを味わってから、死ねよ」

「……」

庚は黙り込んだ。

「……僕は僕で生きようと思ってる。戦争があれば必ず人が死ぬ。僕も死んだ時は死んだまでだ。それはそのままでいいと思う。だけどそれまでは生きることができるんだから、そこでしっかり、生きる」

これがこんなところ、戦争が正しいものとされるところで言っていいものとは思わない。

それでも、人間の本当の生き方を少しでも伝えたかった。

「強く言って悪かった。これが僕なりの気持ち。もちろん庚が、それでも俺は死ぬんだァ!って、言うなら僕は止めない。好きにするといい」

「……」

立ち尽くしたままの庚に零は背を向け、棐の方へ近寄り、しゃがんだ。

そのとき、袋に入れた氷を持った彦が階段を駆け上がってきた。

「遅れてすまない、まだ起きないか?」

上がった息でそう言った。

「うん、まだ……」

「とりあえず冷やそう、冷たくて起きるかもしれない」

そっと棐の頰に氷の袋を当てると、彦言った通りだった。

「あぁっ、いっ……」

うっすら目を開けたのがわかった。

「おい、棐!聞こえるか」

「うぅ、うん……」

彦と零は目を見合わせ、長い息を吐いた。

「棐はとりあえず様子見だ。寝てると体が痛くなるから、壁にもたれて座るといい。

庚も、そんなとこ突っ立ってないで準備するならしろ、零から何か言われたんだな?それなら助言だと思えばいい。受け入れるのはお前の自由だからな」

「……」

良くも悪くもない、真顔をしたまま準備の続きを始めた。自分の棚をあさりながら、

「お前ら全員もこれから……」

誰にも聞こえない声でそう呟いた。

棚の奥、指の先に硬いものが当たった。

「……?」

取り出したそれは、小さな額縁だった。ガラスはなく、裏返しになった紙が一枚挟まっていた。取り出して裏返すと、それは

「……」

絵師に描かせた家族の絵だった。中央にはまだ幼かった庚。肩に手を置き、今現に庚が来ている青い鳥の軍服を着た父。髪を肩くらいに短く切り、優しい笑みを浮かべた母。

その腕の中にはまだ生まれたばかりだったの弟。

「………」

今は幻となった人たち。戦いで殺された人、他国に攫われて八つ裂きにされた人、大人になれず物心も知らなかった人……。



なんで置いてったんだよ……なんで死んじゃったんだよ……。



「……庚?」

彦から声をかけられ、腕についた水滴が目から流れていることに気がついた。

涙である。

「……な、なんでもない。放っておいてくれ」

その紙だけを、胸ポケットに丁寧に折りたたんでそっと入れた。

そして、なるべく見られないように下を向き、気づかれないようにみんなの知らないところで泣いていた。


この時だ、初めて寂しいと思ったのは。




第2節


「集合!」

滉将校が城壁の前でそう声をあげた。そこへ青い鳥の特攻隊員たちが綺麗に一列に並んだ。ざっと100人はいる集団である。

「気をつけ!敬礼っ!」

動作も全て揃っていた。


「最後だ、よく聞け。緑の鳥は、青い鳥のように銃がなく、長い槍、剣、弓矢で攻撃を仕掛けてくる。文明が進んでいないのだ。しかし、そんな奴らだからと言って油断することは許されん。死をもってやれ!いいな!

いざ楪国へ!」

ザッザッ、という足音と共に、兵士たちは城壁の外へ出て行く。

1番後ろに、庚はいた。

無表情のまま、今の感情を押し殺したようであった。

「庚っ!」

名前を呼ばれたことに気づき、足を止めて振り向いた。

呼んだ人は、海であった。

「これだけ言っておく!」


ありがとうな!またどこかで


「……あぁ!」

返事は返ってきた。少し微笑みながら。

少し遅れた歩数を走り、城壁の門は閉じられた。


もう戻ることは不可能。全ては戦いを終えてから。生き残れば門は開く。

今までにない緊張が混ざっていた。

現にただ砂漠の上を延々と歩いているだけなのだが、心臓の鼓動がいつもよりも大きく聞こえるような気がした。

歩くこと3時間ほど。

先の方から叫び声が聞こえた。

それを耳にした滉将校は、兵士に号令をかけた。

「並べ!構えー……」

全員が銃を前に向けた。

「撃て!」


ほとんどが遠距離の射撃である。

撃った。そしてまた撃つ。その繰り返し。

予備の弾もなくなると、腰から長い銃剣を取り、銃に取り付けた。そして、本当の特攻を始める。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

カチーーンと、辺りで金属同士が当たる音がした。弾のない銃と、刀との一騎討ちである。


庚と当たった者は、ほぼ互角の戦いであった。お互い武器が重なっている中、

「……なかなか、やるじゃないか………」

ニヤリとしながら緑の鳥の兵士がそう言った。

「お前こそ、やるな……名前はなんだ」

そう尋ね返した。

「俺は希夷驘(きいら)だ、緑の鳥副隊長だ……お前は」

「俺は、庚だ!」

力を込め、希夷驘の刀を弾き、相手の腹へと銃剣を深々と刺し、その身体を貫通した。

「が……え………」

瞬時に刺したことを確認すると、一気に抜き取る。

そして、心臓へととどめを刺した。

希夷驘は、宝石のような緑色の目を見開いたまま死んでいった。砂地の上に倒れ、じわじわと赤い川を作った。

「……次だ」

少し遠くの方、青色のベレー帽が倒れていくのが見えた。

希夷驘の持っていた刀を拾い上げると、その青い鳥の仲間を倒したやつに向けて、走り出した。

敵が気がつく前に、銃剣で相手の太ももへ一文字に凪いだ。脇腹に刀を刺し、首を切った。

相手を見つけたら殺す。2人、3人、4人、と、倒していき、5人目に当たっていた時。


右の肩に激痛が走った。見ると、そこに長い切り傷があり、砂には矢が刺さっていた。

毒矢……!

みるみるうちに身体が痺れ、右手に持っていた銃を落とし、バランスを崩した。

相手は槍を上へ持ち上げ、庚の頭に狙いを定めていた。

目を強く瞑った。


死ぬ。

ドッ!


死んで、ない?

目が開けられる。

あの音で死んだのは、相手の方だった。

「庚!」

倒れた自分の方へ走ってきたのは、(まさ)だった。残っていた弾を使い、槍を振りかぶっていた兵士を撃ち抜いたのだ。

「肩の切り傷だけだな……」

庚の切り傷を確認すると、急いで腰の水筒を開け、傷を水で洗った。包帯を取り出し、肩を巻いた。

「……どうだ、少しは楽になっただろう」

傷の痛みが減っていた。

「こんなに痛くなくなるのか……?」

「消毒薬、っていうのが水に溶けて入ってるんだ。海から少し分けてもらった。これをつければ、毒が消えるって。周りのやつを少しでも助けてやれだってさ」

「……」

「ここにいるとまたやられる。すぐに立って行こう。なァに、僕も一瞬に行くさ。小隊として!」

手を引かれ立ち上がり、落とした銃を拾って、庚と賢は緑の鳥に向かって走って行った。


相手兵の数が多い。青い鳥の2倍はゆうに超えている。

楪国が少し近くなった。城壁の上から矢を放っているのがよくわかった。放たれた矢は全て毒矢であることも。

そんな矢の雨が降る中、庚と賢は、次々相手を殺していった。視界に入った敵は、殺していった。


なんのために戦争をしているのかはわからない。女性が攫われて殺されている時点で、女性の取り合いの戦争ではなくなった。単に相手国の人口を減らしたいだけなのか。

何もわからない。ただ、敵を殺すのみ。


後ろに回り、相手の首を切った。

はぁ、と息を切らした。

「これで何人目だ」

「僕は9人。庚は今ので15人。2人では3人。小隊で27人になる」

「なかなかだったな。それにしても、」

「うん、キリがない。片付けが本当に大変だ」

「……次行くぞ」

「了解!」

次の目標に向かって走って行った時、

「はぁっ!」

長い毒矢が、後ろにいた賢の胸を貫いた。

「賢!」

楪国の城壁の上では、

「今青い鳥の1人が倒れたぞ!続けざまに矢を放てェ!」

そんな叫び声が聞こえ、賢に駆け寄ろうとしたが、

「かの……」

賢は上から降る毒矢の雨に、飲まれていった。

ただそんな光景を見て、立ち尽くしていた。

身体中に矢が刺さり、毒が回って賢は死んでいた。

視界に見える青い鳥は、1人もいなくなっていた。あの滉将校さえも。

自分、一羽のみ。



「最後の1人だ!矢を放て!」

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