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水色の記憶 ーmemory of light blueー  作者: 梅崎 青葉
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3章『太陽と波』

第1節


サァと窓から吹いてきた風が空のエメラルド色のワンピースに触れて行った。

「お母さん、ちょっと言いたいことがあるんだけど」

空は作っていたカレーライスをお玉で混ぜながらそう尋ねたのは、8月初めという真夏の中の台所だった。

「なあに?珍しいわね」

レタスをちぎっていたエプロン姿の咲和子が聞き返した。

「これ言ったらちょっとビックリするかもしれないんだけど、海にキャンプしに行きたい。すごく綺麗なところの……」

咲和子はそれを聞いて頬を緩めた。

「海くらい毎年行ってるじゃないの。今年も行くつもりだったわ」

「それで、さ、もう1人、家族以外で連れて行きたい人がいるの」

「なんだ、空の友達か?」

今までずっとパソコンを見ていた俊明がこっちに来た。

「う、うん。まあね……男の子なんだけど」

咲和子も俊明も顔を驚かせた。

「空が男の子を……」

「初めてじゃない?こんなこと。

それで、どんな子なの?」

「同じ高校、中学校だったとかじゃないんだけど、すごく不思議な人だよ。海っていう名前で、目が綺麗な青色をしてるんだ。

なんか、まだちょっとしか会ってないのに、ドキドキするっていうか、ちょっと恥ずかしいっていうのか……」

まぁ!と、咲和子。

頭を抱える俊明。

「いいわね。お母さんもね、お父さんと会った時はそんな気持ちだったのよー。お父さんもすごく優しかったわ」

「い、今も優しいだろう」

慌てふためきながら、俊明は言った。

「もちろん」

そんな夫婦の会話を空は聞いていた。

昔っからと言ったらよくわからないが、小さい時から見ているこの2人の仲。

誰よりも仲がいいと思う。


空と咲和子で作った夏野菜サラダとカレーライスが、今日のお昼のメニューだった。

空の祖母から送られてきた野菜で作ったものである。新鮮で、みずみずしく、美味しい野菜だった。


* * *


「ごちそうさまでした。私二階行くね」

食器を片付け、階段を上った。

すっかり真夏日となり、蝉が日中ずっと鳴いている。

空の宿題もほとんど全て終わった。

これから読書でもするか、と考えていた。


自分の部屋に行くと、動いている影があった。窓に目を向け、外を眺める影だった。

「……ウミ?」

海は声のした方へ顔を向けた。

「やぁ。ソラ。久しぶりだね」

「うん」

海は笑顔だったが、裏に何か寂しいものがある気がした。

悲しい笑顔というところか。

「ねえ……。何かあったの?」

「……え、いや、なにも」

「本当に?」

さらに追求され、海は黙った。

そして、しっかり空と向かい合わせになった。

「……。大丈夫っていえば、嘘になる。

ソラに、心配かけたくなかったんだ。ごめん。本当のことを話すよ……」

「わかった。しっかり聞く」

空の目は本気だった。

「実は……両親と、弟が、死んだんだ………」

「……」

空は黙って聞いていた。言っていた通り、しっかり聞いていた。

「敵の兵に捕まって、公開処刑で八つ裂きにされた。敵国で人質にされ、そこで哀れな最期だよ……。俺の知らないところで、見てないところで、ただ連れ去られ、ただ何の躊躇もなく殺された家族が……」

海が話し、数十秒の静寂があった。

その間、海は俯いたまま顔を上げなかった。

そして、最初に口を開いたのは、空だった。

「……泣いて、いいんだよ?」

「……え………?」

「本当は、泣きたかったんでしょう?でも、意地はって、泣けなかった。

……ここはあの世界じゃないんだ。だから、私以外にウミのこと知ってる人はここにはいないよ」

「……」

海の肩は震えていた。俯いて、頬を伝ってポロポロと雫が落ちていった。

海は、泣いていた。

今まで、誰にも言えなかった。泣きたいなんて。かっこ悪いと思ってた。でも、本当は子供のように泣きたいぐらい寂しかった。

心の拠り所がなくなり、心情さえも狂いそうだった。



いろいろなものが積み重なり、自然と溢れてきた。


「……寂しいよ………誰もいないよ……」

ただ泣き、目をふく。

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、空がしっかりこちらを見ていた。

目を細めて、空は言った。

「……寂しかったね……。でも、私がいるよ。

もっと頼っていいんだよ」

海はそう言われ、もっと涙が溢れた。


いた。

頼れる人が。

今度流れてきた涙は、嬉しいものだった。

泣いていい。そう言ってくれる人がいた。


そして、

「………わっ…」

海は空を腕の中に引き入れ、背中に手をまわし、抱きしめた。

空は一瞬で顔が赤くなったのを覚えた。

空を抱きしめたまま、海は泣いた。

涙が枯れそうになるまで。


海の背中に、空も手をまわした。

そして、トントンと、優しく背中を叩いた。

「大丈夫。私がいるから」

そんな言葉を、続けていた。



数分後、海は空を抱いていた腕を離し、涙をぬぐった。

「……突然、ごめん」

「い、いいんだよ。人間、あんなこともあるから、ね」

「泣いて、少し、楽になった。ありがとう」

「うん」

2人で赤面しながら顔を見合わせた。

だが、話が続かず、すぐに顔をそらしてしまった。

「……ひとつ、いいかな」

そう話しかけたのは、海だった。

「うん。いいよ」

「俺、ソラのことが、好きなんだ。気がつくと、ずっとソラのこと考えてて……。初めて会った時から、優しいなと思ってた。初対面で知らなかったこの俺を助けてくれた。そんな素敵な人だ。

だから……その……俺の、彼ノ女になってください」

突然の告白だった。

「気持ち、伝えてくれてありがとう。

私もね、ウミのこと、ずっと考えてた。

私は、ウミの純粋なところが好きなんだ。

だから私も、その気持ちにに応えられるように頑張るね。

こんな私でよければ、どうぞ、よろしくお願いします……」

心臓の鼓動が止まらない。

顔が火照る。

次の言葉が見つからなかった。

「……もう1度、抱いていい?今度は、泣かずに……」

海からのそんな言葉。

「はい」


2人は、抱擁した。

1人は背の高い綺麗な青い目をした鏡世界の軍人。

もう1人は、唯一この軍人を知る現実世界の女の子。


この鏡だけが知っていた。


蝉の鳴く真夏の午後1時過ぎのことだった。



第2節


「まぁ、あなたが海くんね」

「はい、そうですが……」

リビングの椅子に座り、空は家族に海を紹介していた。しかし、海が戸惑っているのもわからなくはない。なぜなら海の隣では俊明が眼鏡越しに睨んでいたから。

「ちょっとあっくん、困ってるからやめてあげなさいよ」

「そうだよ……お父さん怖いよ」

「くっ……なかなか、いい体してるなこいつ……」

なんかわからないけど微笑ましい、空はそう思った。地味に俊明も海を認めているような気もしなくはなかった。

「でもいつの間に家にいたの?インターホンもならなかったわよ」

「あ、朝ちょっと病院に出かけてたでしょう?その1時間ぐらい。その時に来たんだよ、ね」

「あぁ、そうだ。その時です、その時に来たんですよ」

「まあ、そんな時から……。だから空が二階へ

早く行ったのね。わかったわ。

空から、もう18歳って聞いたわ。学校はどこに行ってるの?」

「俺、学校には行ってません。軍隊なんです」

これには俊明も咲和子も驚きの顔を見せた。

「ふむ。自衛隊といったところか。その服は……陸軍だな?」

「はい、陸軍です。実際に銃、撃ってます。他にも、馬兵や砲兵も、います」

「頼もしいわね。この子なら空を頼める気がするわ」

「んなっ!そうは、いかないぞ!お父さんの方が……」

「意地張らないの、もう」

隣にいる海がちらっと目線を送ってきた。

「どうしたの?」

空が小声で返した。

海も小声でこそこそと話した。

「さっきソラのお父さんが言ってた自衛隊ってなんだ?」

「あぁ、それはね……」

咲和子が話そうとしていることに気づき、

「2階いってもいいわよ。お話ししたいでしょう?海くんも、面談ありがとね」

そう言った。

「わかった。ありがとう。二階行こ」

「そうだね」

空と海はリビングを後にして階段を上って行った。

「あぁっ!ちょっと待てっ」

「こら、止めないの。あっくんは私と買い物に行きましょ。ほら車の鍵あるから」

俊明は咲和子に背中を押されて外に出て行った。

二階に行った後、空と海は少しの間黙っていた。

「な、何話していいかな……?」

海が顔を赤くしながら言った。

「私もちょっとわからないなぁ……」

「だよね」

「うん」

また黙ってしまった。ふと、空が思い当たることがあった。

「あぁ、そうだ。今度、海に行く日ね、3日間だって、13日から15日まで。それまで、休みって取れたりするの?」

「3日間か……。頼んでみる。俺の家族が亡くなったから、少しの間心療として休みは取れるかもしれない」

「私といてウミの心療できるかな……」

「大丈夫だよ。じゃあ、ちょっと滉将校や国王陛下に面会して頼んでくる」

海が鏡の国に帰ろうとしていたところを、空が海の腕を掴んだ。

「待って。私も行く」

そんな言葉。これを聞いた海は驚きを隠せなかった。

「駄目だよ、ソラには危険すぎる……それに、こことは全く世界観が違う」

「世界観が違っても……」

空の手に込める力が強くなった。

「貴方の国の事、この目で見ておきたいから……知らないわけにはいかないの」

海は大きなため息をついた。まだ海には迷いがあった。このまま連れて行ってもし空に怪我や死ぬことなんかあったりすれば……。でも、空の瞳は本気だったから。これが本当に空のためだったら?

「……わかった」

空がはっと顔を上げる。

「でも、俺から絶対に、絶対に逸れるな。少しでも逸れたら死ぬと思って」

「わかった」

海は空の手をしっかり握りしめると、

「いいか、掴んでろよ」

2人で鏡の中へと入っていった。



ドンッ……ドウンッ……。

遠くで大砲のような音がなっている。

「どうした?大丈夫か?」

海の声がする。

「あ。大丈夫だよ」

「ならよかった。ずっと目を瞑って立ってたから」

今いるところは、薄暗くて、涼しかった。

「ここは、城壁の中だ。ソラの世界に行ける唯一の鏡がここにある」

「ここ、だったんだ……」

そこには大きすぎるほどの巨大な鏡があった。縁は銀で装飾が施されていた。

「ここにこんなものがあるなんて、みんなは知らないんだな」

海は少し苦笑いをした。

「……」

空はワンピースを着ていたため、少し寒く感じて身震いをした。

「ここから出るか……だが、一歩外に出ればそこは戦場だ。絶対逸れるなよ」

「うん」

海は、もう一度空の手を握りなおした。

「これから、俺の部屋に行く。それから安全を確保しながら、滉将校にもこのことを言って、それから国王陛下の元へ行く」

「わかった」

海は城壁の外へ出るドアを開けると、すぐに走り出した。

「っ……」

空にすると追いつけないほど海は速く走った。すぐに手が離れてしまいそうで怖かったが、一生懸命、裸足のまま走った。地面が砂地なため、怪我をすることはなかったが。

5分ほど全力で走ったところで、海が突然止まった。

「ここが俺の今の家である軍人寮だ。部屋番号は、721だ」

エレベーターのような網かごで7階まで上がった。

ついたなり、部屋の鍵を開け、中へ入った。質素な壁に、小さいクローゼット、最低限の生活できるほどの家具、ベッドと机、椅子、トイレがあった。

海はクローゼットを開け、中から、ドレスのレースを取り出した。

「これは俺の母さんのものだ。この国では、女性が足を出すのが不吉とされているんだ。さっき走ってた時見つからないか心配だったが。

だから、これだけその服の下に着るんだ。白いから、それに合わないこともない」

「わかった。ちょっと後ろ向いてて」

空は渡されたレースをワンピースの下にはいた。

「もういいよ。こっち向いて」

「ありがとう。なかなかな無茶だったと思うけど……」

「全然いいよ。これでも可愛いしね」

空は微笑んだ。

「ソラの名前は、空と一文字だから、名前を変える必要はない。そこはよかった」

「ふふっ」

海は、よし、と一声出すと、空に指示をした。

「玄関に行くと、靴がある。空の身長だと、母さんのものも合うと思う。これからもう少し走るけど、ついてきてくれ」

「了解っ!」

空には、踵の低い白い靴が海から用意された。

海がドアから外へ顔を出し、様子を伺った。

空の方へ振り向いて、こくりと頷いた。

手を引かれて外へ出る。そこからまた走り出す。石畳の上をずっと走った。レースは少し走りにくく、白い靴もはき慣れていないため、靴擦れは痛かった。それでも前を向いたまま走る。

長いこと走り、やがて一つの大きな場所へ出た。目の前には横に大きな建物。石の壁には、『纚国軍事会議所』と彫られていた。

「入るぞ」

漆で塗られた古いドアを開けると、長い廊下があった。2人は廊下の一番端まで歩くと、一つのドアの前で足を止める。そして手を離し、ドアを開いた。

「失礼します」

入ってすぐ目の前の机で作業をしていた滉将校は、前を向いた。

入ってきたのが海だという事は滉将校にもわかったらしかった。その後ろにいた短髪で緑と白いレースの服を着た女性は知らなかったが。

「失礼します」

空も海に続いて入室の挨拶をした。

この国では珍しい、女性を目にした滉将校は驚いた。

「あなたは……」

「私は空と申します。お初にお目にかかります、滉将校」

そう言って、ドレスの端をつかんでお辞儀をした。

それを見るなり、滉将校は、ほう、と一つ漏らした。

「この人は海のご親戚か何かかね?」

「いえ。この人は僕の、」

海は、ちらりと横目で空を見た。

「……許嫁です」

これには空も驚きを隠せなかった。

許嫁というのは生まれた頃から結婚の契りを交わし、生涯付き合うものでは?なのに今どうして海はこんな事を言ったのか、空にはわけも分からなかった。

「そうか。空はどこの民だ、許嫁は指折る数しかいないだろうに」

「空は草原の(マカ・ラナ)です。それ故、民の成人の儀を済ませたばかり、このような短い髪なのです」

滉将校は、まじまじと空を見つめた。

「姿形も美しい。このような美しい女性を見たのは初めてだ。海よ、この人は必ずしも守り抜け」

「はい」

気をつけをとりなおし、敬礼を見せた。

「それより、滉将校。俺はその事目的で来たわけではありません。お願いがあるのです」

滉将校の目が真剣になったのがわかった。

「なんだ」

「俺の家族が亡くなった事はご存知ですか?あの時将校が言わなかった事、この事ですね」

「あぁ。言わなければならないのに言えなかった。すまない」

「いえ。それは、大丈夫です。ですが、俺はまだそのことを信じられていません」

「そうだろう」

「なので、心療と、真実を受け止めるため、3日の時間をください……」

深く礼をした。滉将校はそれをじっと見つめたままだった。やがて、一つ大きくため息をつくと、立ち上がった。

「……国王陛下には?」

海はまだ顔を上げなかった。

「まだ、面会をしておりません」

「俺を連れて国王陛下に許可をいただこうと言うのか」

「その言葉通りでございます、将校……。お許し願えますか」

「……顔だけあげろ」

無言のまま海は顔を上げた。

「まだ時間を与える事許したわけではない。だが、俺が休む許可を与えても仕方ない。陛下の面会は、許す」

「あ、ありがとうございます!」

「陛下に電報を打つから、それまでそこに座って待ってろ」

「はい」

空と海は、指をさされた椅子へと腰掛けた。

無言の時間。ここで話したらまずいような空気もあり、自然と言葉は出てこなかった。

ただ黙々とカタカタと大きな発信機を打つ音だけが鳴り響いていた。

そのまま何もしないまま30分はたっただろうか。

ツーツー、といった音がし始めた。

「来たか」

どうやらこれは音の長さを聞いているようだ。

「………海」

「はい」

突然呼ばれ、海は椅子から立ち上がった。

「……陛下が、許可を与えるだそうだ」

「わかりました。ありがとうございます」

「だが、俺が来いとは一言も来なかった。お前1人と、空だけで行け」

「……は、い」

これはまた予想外のことだ。てっきり将校はこなければならないものだと思っていた。

海の手が空の肩に触れた。

「行くぞ」

「あ、はい」

ドアを開けて外へ出る。

「失礼しました」

「失礼しました」

バタン…。

「はぁー…っ。緊張した……」

少しあの部屋から離れ、海はため息を漏らした。

「私も、かなり……」

「でもこれから国王陛下へ謁見しなければならないからな」

「言葉も気をつけなきゃ……何といっても陛下、だからね。

それで、これからどうするの?」

「うーん……もう少し走って陛下の城まで行こう。そんなに遠くはないから」

会議所を出ると、真っ黒な粒が天からザアザア降っていた。雨だ。

「雨止むの、待つか」

「うん、」

ふと空が顔を上げた。

「さっき私のこと許嫁って言ったよね。あれってどうして?」

「かなり単純な理由だよ。ソラがこの国の人じゃないから」

「それは、そうだけど……。で、でもさっきマカラナとか言ってたけど、それは?」

「ああ、あれは草原の民だ。名前の通り、広大な草原に敷地を持つ定住民らだ。俺もあまり知らない人たちだが、友人兵がその民出身の人がいるんだ。そこから情報をもらった」

「なるほど、ね。その民の女性の成人の儀が髪を切る事ってことね。私の髪が短い言い訳になると」

「その通りだ。この辺りだと女性は普通髪は長いものなんだ。だからあんな風に言ったんだ」

「それでだったんだ」

海はこくりと頷いた。

そして上を見上げた。

「雨、そろそろやむぞ。これからまた走る」

「う、うん。が、頑張ってついてくね」

「……」

海の顔が少し歪んだ。それも一瞬だった。次の瞬間には、空を抱え上げていた。

「わっ!」

空は慌てて海の首に腕を回した。空も、初めてお姫様抱っこをされた。

「ソラ。靴擦れしてるだろ?」

「えっ、あ、わ…う、うん」

「隠さずに言えばいいじゃないか」

動揺を隠せないまま空は答えた。

「い、言ったらさ、逆に足手まといというか、遅れをとらせても悪いと思ったから…」

これを聞いて海は少し驚き、小さくため息をついた。

「自分は大丈夫、ってばっかり思わずに、たまには俺に頼って欲しい。俺はもうソラの彼ノ女なんだから。遠慮はするなよ?」

「わ、わかった!頼ってもいいんだね」

2人は顔を見合わせて笑った。

「もちろんだ。

じゃあ、頼られたということで、俺がソラを抱えたまま走るぞ!」

そう言った途端、海は雨上がりの中を走って行った。


しばらく走ると、小さな市場のようなものが見えてきた。

そこを走り抜けようと足に力を入れたときだった。

「おいっ!海っ!」

手を振りながら寄ってきた軍人がいた。

「庚じゃないか!どうしてここに」

息を切らしながら庚の方を向き、足を止めた。

「いやぁ、非常食と瓶詰めの調達。海こそ女性を横抱きにしてどこに行くんだよ」

「まさかここでお前に見つかるとは思わなかった。大きな声では言えないが、これから国王陛下の謁見が控えてるんだ」

庚は驚いた表情を見せた。

「陛下だと……!何をする気だ?」

「3日間の心療時間をいただきに行く」

3日間と聞き、庚からため息が漏れるのが聞こえた。

「……俺にとっては嫌な話だが、4日後には楪国(ナリ・ア)に攻めなきゃいけなくなった」

「楪国だと?あの緑の(カライ)に突っ込むのか!」

「あぁ。自身が特攻隊員に、選ばれた」

海は目を見開いたまま固まっていた。ありえない、と言ったような顔をしたまま。

「お前がそんな顔でいるのも当然だろうな。

俺はこの攻めで死ぬ気でいるよ。もうきっと戻らない。両親はもういないから、俺が死んで悲しむ人もいない。これが俺の死期だろう」

「……お前がそこまで言うなら俺は止めない。だが、お前に仲間だけはいると思え」

「それはもちろんだ。

じゃあまた。幸運を祈る」

庚は、きっ、とした敬礼を見せた。その顔は真剣で、言ったことは絶対裏切らないものと思われた。

「あぁ。お前も」

海も返事をした。

そして、それまできょとんとしていた空に声をかけた。

「止まってすまなかった」

空は首を横に振った。

「全然大丈夫だよ。あの人は?」

「あれは俺の戦友だ。幼少の頃からの幼馴染とでも言おうか」

「……でも庚さん………」

「……」

黙り込むのものも当然だった。友人の口から突然、「死ぬ」と、宣言されるなんて考えもしなかったのだから。

「……走るぞ」

そしてまた、空を抱いたまま海は走り出した。


「止まれ。どこの者だ」

長いこと走り続け、着いた場所は、大きな壁が建てられ、その内側に高さのある立派な城があった。灰色を基調とした壁面に、藍色の屋根が鋭く上に向いていた。

その壁の入り口である門で、海と空は背の高い男の門番兵2人に止められていた。ずっと抱えていた空を下ろし、門番兵に面と向かった。

「青い鳥、将校である滉将校より陛下への面会を許された富ノ芽海と、」

「草原の民の白姫菜空です」

門番兵は2人をしっかり見、渡されていた電報の内容と一致していることを確認すると、門を開けた。

「私についてくるように」

それだけ言うと城の中へと案内された。


城の中は赤い絨毯が敷かれ、入ってすぐのダンスホールはとても広かった。

壁にあったステンドグラスから入ってくる光は薄暗く、城の中とはいえ、どんよりとした空気が流れていた。

階段を上がり、二階の大きな扉の前へと案内された。

「陛下のいらっしゃる王室だ。くれぐれも失礼のないように」

「もちろんでございます。ここまで通していただいたこと、誠に感謝いたします」

門番兵は頷くと、扉を開けた。

ギイィと重たい音と同時、開けた部屋に出た。

海は気を付けをし、きっ、とした敬礼をして、大きく息を吸った。

「纚国、青い鳥兵士である富ノ芽 海と申します。お通しいただいたこと、誠に感謝申し上げます。溪黌蕾 摘霞㮈梓攞(けいこうらい つかなしら)国王陛下、」

もう一度呼吸を整え、最後の一言を言った。

「陛下からのお許しを、いただきに参りました」

部屋の奥の方には、大きな王座に座った人がいた。纚国国王陛下摘霞㮈梓攞である。

その見た目はまだ若く、海と同じくらいの歳である。この纚国をおよそ2年余りで他の国に追いつくほどの軍事帝国に仕上げた人である。

「近くに参れ。その話の内容、詳しく聞こうではないか」

「はっ。ではお近くまで失礼します」

「失礼します」

王座に向かって歩いてくる2人を見ていたが、摘霞㮈梓攞は空を見るなり、ほぅ、と一言漏らした。

「あの女性は……」

近くにいた召使いに聞いた。

「あちらは、富ノ芽氏の許嫁と言われております、白姫菜 空という者のようでございます」

「なるほどな……。これは面白い」

この会話は、海たちには聞こえていなかった。

やがて遠く離れた扉から2人が近くまで寄ってきていた。

海は今度、右手を左胸に当て、軽く会釈をした。

「改めて申し上げます。富ノ芽 海でございます」

空もそれに倣い、レースを掴み、軽く会釈をした。

「お初にお目にかかれて光栄でございます。富ノ芽海の許嫁である白姫菜 空と申します」

「こちらこそ、女性をこの目で見ることができて嬉しい」

摘霞㮈梓攞は、王座から立ち上がり、三段の階段を下りると、2人の目の前へと歩み寄った。

「それで、なんの許しを下せばいい」

「はい。3日間の休養をいただきたいのです。俺の両親と、弟がなくなったことはご存じであると思います」

「あぁ。もちろんだ。お前にあの手紙を書いたのはこの私だからな」

「はい。しかし、俺はまだその事を本当に受け止められてはおりません」

なので、と付け足す。

「その休養の許可を下してくださいませんか」

摘霞㮈梓攞はお辞儀をする海を立ったまま少しの間眺めていた。

「お願いします」

空の方からもお辞儀をした。

それも、見下ろしていた。

「……いいだろう。許可を出そう」

海ははっと顔を上げた。

「ありがとうござ……」

「しかしだな、」

海の言葉を遮って摘霞㮈梓攞は自分の意見を付け足した。

「こちらのお願いも聞いてもらおうか」

「何でしょうか」

「その女を私の召使いにしろ」

言葉が出なかった。想像をはるかに超えていたお願いが摘霞㮈梓攞の口から出た。

「そ、それは……」

「聞けないのか。ならば休養の許可はもちろん、その許嫁も殺してもいいのだが。

赤の他人とはこのことだ。人を殺すことに私には何のためらいもない」

その言葉を聞いた瞬間、全てが凍りついたかのように海の体が動かなくなった。

こんな考えがあるだろうか。人は人である。全ての人は生きるために生まれてきていると言うのを覆すように、この人の元に生まれた人は殺される、死ぬためだけにあると?

激しい憎悪と侮蔑が海を襲った。

「……前言を撤回いたします………」

「ほお、許可はいらない、と?」

「はい…………。おっしゃる通りです」

「それならば休養は取らせない。いつまでもそうやって何もかも信じないように生きるがいい。どうせ私のために民が死ぬんだからな」

摘霞㮈梓攞は嘲笑うように言った。

「さあ、わかったならここから早く出て行くがいいっ!」

「わ……」

「ひっ……」

召使いが海と空の腕を引っ張り、強引に王室から外へ追い出した。

どしゃっと外へ転ばせられ、門を閉められた。つまみ出されるとはこう言うことかということをしっかり表していた。

「いたたた…肘が擦れた……」

「いって……」

ムクッと地面から顔をあげ、体を起こす。立ち上がり、体の砂を落としながら言った。

「でも、あんなこと言ってよかったの?一緒に行けないよ?」

「俺が休養をとるためにソラが召使いにされるのも嫌だ。断ったらソラが殺される、死なれるのはもっと嫌だったから……。ごめん、本当は、行きたかった……」

「……」

空のためを思ってくれていた。

確かに、海の休養をとる間に空が召使いにされなければならないから、一緒に海を見に行くことはできない。

「ウミがここにいる間に、私が海を見に行ってくる。その写真を、あげるよ」

「しゃしん……?」

「この国ってカメラとかないの?」

「しゃしんも、かめら、ってやつも初めて聞いたぞ。でも投影機とか言われる壁に風景を映すものは知ってる」

発明の遅れに少し驚いた瞬間でもあった。

「じゃあ、写真見た時の反応を楽しみにしてるね」

改めて笑顔で話した。

「そんなに驚くほどすごいなら俺も楽しみだよ」

二人で顔を見合わせて、笑った。

さっきの話の寂しさも忘れたかのように。

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