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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

たゆたう夢のマグノリア

作者: ひよ
掲載日:2016/05/22

 


「ーーリア様、マグノリア様」



 ゆっくりとまぶたを開けると侍女のリーリエが泣きそうな顔をして私を呼びかけていました。



「おはようございます、リーリエ」


「マグノリア様ったらずっとうなされていたのですよ? 呼びかけても目を覚まされませんし」



 あのままマグノリア様が目を覚まされなかったら私は……と目に涙をためたリーリエはうつむきます。



「大袈裟なんですよ、リーリエは。 私は大丈夫ですって」



 とはいいつつも、それも仕方がないのかもしれません。

 この前の空襲で、屋敷から逃げそびれた私は怪我を負ってしまいましたから。

 お屋敷は全壊してしまい、私以外に負傷者はいないもののお父様達はいま王都の別宅で仕事に手一杯です。


 軽い火傷ですから気にしなくてもいいものを、大貴族の一人娘ということもあり戦火の及ばない別宅に少数の使用人と共に追いやられてしまいました。

 実のところリーリエは乳母姉妹なので元々過保護だったのですが、こちらの別宅に来てからさらに磨きがかかったのですよねぇ。

 一種の戦争ノイローゼに近いのかもしれません。



「人手が足りないとはいえ、きちんと休んでいるのですか?」



 前のお屋敷の生活でも身分の低い使用人達は、私たち主人一族の視界に入ることはなかったのですが、この部屋に入ってくるのはリーリエ以外に見たことがないのです。

 辺鄙な場所ですからそれなりの身分の使用人はついてきてくれなかったのかもしれません。



「顔色も青白いですし、今日は休んだ方がいいのではないですか?」


「そんな、マグノリア様のお世話こそが私の生きがいですのに!」



 彼女は私の朝の支度をする手を止めずにはっきりと言いました。

 私を心配するくせにリーリエは私が心配することを拒むのです。

 ズルいです、私にとってリーリエは姉のような存在なのに。



「マグノリア様そんな表情をされると可愛いお顔が台無しですよ」



 知らず頬を膨らませていたのでしょう、人差し指でちょんと突くジェスチャーをされ恥ずかしくなってしまいます。

 だって……今日は大切な日なのですから。



「ヴィンツェンツ様がいらっしゃるのに、まだこの癖が治っていないなんて!」



 ヴィンツェンツ様。

 私の婚約者で……初恋のお方。

 お爺様によって決められた政略結婚ですが、私は一目見た幼い頃からずっと……。

 当時を思い出し、頬が熱くなるのを抑えられない私とリーリエは対照的でした。

 キョトンとしていたのですが、どんどん青白い顔から色が抜けていきます。



「今日、ヴィ……ヴィンツェンツ様がいらっしゃるのですか?」


「ええ。

 だって一昨日リーリエが連絡を読んでくれたのではないですか、忘れていたんですね。」



 以前はこんなミスはしなかったのですけど、ミスは誰にでもあるものです。

 ここ最近は特に忙しかったようですし、今からでも用意できるものだってあります。



「お花に豪華なディナー……あとはお部屋の飾り付けですね」



 私は心配性のお父様の命でこの部屋を出ることはできないので殆ど使用人たちにやってもらうしかないのですけれど。

 最初は青ざめていたリーリエも、柔らかく微笑むと再び手を動かし始めるのです。



「豪華なディナーと部屋の飾り付けは使用人たちに私から伝えておきますね」


「ありがとう!

 でも私はそうしたら何をすればいいのかしら」



 あと残っているお花を摘みに行くこと。

 これはこの部屋から出ることのできない私には到底無理です。



「でしたら、こういう物はいかがでしょう?」



 リーリエはお仕着せのポケットから一輪の紅い花を取り出すと、私の手に乗せてくれました。



「これは……もしかして紙でできているのですか!?」



 可憐な花弁も、若々しい黄緑の茎も全て紙を組み合わせて作られているようでした。

 リーリエはまるで悪戯いたずらに成功したかのように笑いながら、ただ驚く私を見ています。



「これならばマグノリア様が外出されることもないですし、手で作ることで思いも伝わるのではないでしょうか」


「素晴らしいです!

 リーリエはやっぱり天才でしたのね!!」



 照れるリーリエに教わりながら作る花は、初めてですのに我ながら素晴らしい出来です。

 ふふッ、ヴィンツェンツ様は驚いてくださるでしょうか?



 ◇◇◇



 日も傾く頃、無事に紙の花束は完成いたしました。

 私が花作りに集中している間に部屋の飾り付けもすんでおり、部屋の中はすでにお祝いムード一色なのです。



「ディナーの方もお任せください」



 ちょうどその時、部屋の扉を誰かがノックします。

 リーリエがうやうやしく扉を開けると、そこにはハットと杖を身につけたヴィンツェンツ様が立っていらっしゃいました。



「今日はお招きして下さりありがとうございます、マグノリア様」


「ずっと、ずっとお会いしたかったのです……」



 優しげな声はあの時のまま。

 嬉しさのあまり声の詰まってしまう私の代わりにリーリエがヴィンツェンツ様にディナーを勧めてくれます。


 お互いに席に着くと静かなディナーが始まりました。ヴィンツェンツ様が戦地に赴かれたのはほんの一月前。それなのに、とても久しぶりな気分です。

 怪我のせいで自分でも気付かぬうちに心細くなっていたのかもしれません。

 それもすべて、愛しいヴィンツェンツ様がいてくださることによって初めて気付けるのです。


 こっそりとお食事をされているヴィンツェンツ様を見ていたのですが、突然、傾いた陽が大きな窓から差し込み部屋の中を染めてゆきました。

 そうそれは、まるで鮮血のような、燃え盛る業火のような……不吉な赤。



「ーーッ!?」



 震える手からフォークが滑り落ち、けたたましい音を立てます。

 それもどこか遠くの世界に思えることが私の前で起きていました。



 壁は所々隙間が空き向こう側が見え、天井からも夕陽が点々と射しています。

 天蓋付きのベッドは藁にボロ切れを敷いたもので、豪華なディナーなんて跡形もなく机上には何かの葉が浮いた薄く澱んだスープだけ。




 そしてヴィンツェンツ様は、消えてしまったのです。




 ヴィンツェンツ様の代わりに向かいに座るのは、白衣を纏った老人。



「な、なんなのですかっ……?」


「マグノリア様!」



 助けて、訳がわからないのです!そう叫ぼうとリーリエの声がする方を向き、小さな悲鳴を上げてしまいます。


 そこにいたのはリーリエでしたが目は窪み、到底健康な人間ではありませんでした。



「いやっ来ないで……ッ!」



 突き飛ばそうと手を伸ばすと、鋭い痛みが身体を襲い、椅子からずり落ちました。



 痛い。



 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。




 全身が傷口で、そこをヤスリでザリザリと削られているかのよう。


 目を落とすと私の手が。

 包帯がグルグルに巻かれ、何倍にも膨れて血や膿に汚れ異臭を放つ私の手が。




 ――すべて、わかりました。




 空襲で私だけ怪我をしたのではなく、私だけが助かったのだということを。




 あの日、爆風で吹き飛んだお母様は壁飾りの剣に胸を貫かれピクリとも動かなくなり、足をくじいた私をお父様は濡らした絨毯で包み外まで連れ出そうとして下さりました。

 しかし武神と崇められたお父様も人です。

 燃え盛る炎の中、力尽きたお父様が私に謝りながら亡くなるのを絨毯の中で聞いていました。






 そうして、私も生きたまま焼かれたのです。






 奇跡的に助かってなお、現実は非情でした。

 あんなに優しかった親戚はてのひらを返したように両親の遺産を奪い去り、私は戦争を扇動したラウィーニア家の生き残りという肩書きだけのために国におわれることに。

 ああ、家族やそれ同然のオントじいやに庭師のメーデルハルディア……みんな、みんな消し炭に。お屋敷とともに消し炭に。ヴィンツェンツ様も、それ以前に戦地で亡くなっています。




 私はそれらを受け入れることができず目を逸らしたのです。



「グレル医師せんせい……」



 目の前に立つかつての主治医、グレル医師は右手に注射器を持っていました。



 私はもう知っています。

 だって《今》を何度も繰り返しているのですから。

 多少の状況の差はありつつも、私は必ず思い出してしまうのです。


 この痛みを。


 溢れる涙をぬぐうことも、いいえ床に崩れる身体を支える力すらもう私にはありません。

 倒れそうになる私を同じように床に座り込んだリーリエが抱きしめて起こしてくれています。



「お願い、します」



 この一言ですべては伝わります。

 グレル医師は慣れたように私に注射を打ちます。



『痛いのです、辛いのです』


『いっそのこと、もう殺してください』



 何度となく叫んでいますが願いが届かないことを私は知っているのです。

 唇を噛み締めこらえていると、薬が効いたのか力が抜けていきます。



「ありがとうございます」



 痛みのあまり勝手に暴れる私の身体を抑えていたリーリエがグレル医師に深々と頭を下げ、抱き上げた私を藁のベッドに下ろします。

 青黒い血管の浮いた骨と皮だけの腕のどこにこんな力があるのでしょう。



「おやすみなさいマグノリア。 大丈夫よ、あなたは私が絶対に守るわ」



 幼い頃にお母様がしてくださったように、リーリエはひたいに軽くキスを落とすと急に私の視界は混濁し始めます。

 ぐるぐると世界が回るんです。

 もう体も心も痛みもありません。

 楽しくって仕方がないのです、なのに涙が溢れて止まらないのです。

 リーリエ、あなたはどうして私を守ってくれるのですか?



 ◇◇◇




「ーーリア様、マグノリア様」



 ゆっくりとまぶたを開けると侍女のリーリエが泣きそうな顔をして私を呼びかけていました。



「おはようございます、リーリエ」


「マグノリア様ったらずっとうなされていたのですよ? 呼びかけても目を覚まされませんし」



 あのままマグノリア様が目を覚まされなかったら私は……と目に涙をためたリーリエはうつむきます。



「大袈裟なんですよ、リーリエは。 私は大丈夫ですって」



 なぜか私の目から一粒の涙がこぼれました。リーリエの涙がうつったのでしょうかね?

 でも今日は楽しい日なのです。



「だって今日はお父様がいらっしゃるのですもの!」




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