フィーリング
陽にあたる葉が風の音を演出し、ざわめく涼しげな空気を開放された胸で味わうようにゆっくりと目を閉じた。ほんのり香る緑葉がどこか心を落ち着かせ読み耽る書の世界へより深い場所まで誘ってくれる。広々としたウッドデッキにぽつんとおかれた長椅子に小洒落た中年男が空を仰ぐように横たわっている。綺麗に調えられた髭を蓄え、清潔感のある短髪にベージュのセーターでオフに身を委ねる。サイズにこだわる時代は理の肥えた顧客には通じない。サイドテーブルにおかれたウイスキーグラスを手にとると少し口に含み薬を送り込むように嗜む姿はどこかナルシストで、でも一人の時にしかできない立ち振る舞いに酔う時間だって有意義な人生を送るには大事なプロセスの一部を担い、今まで叩かれ続け萎んだプライドに新鮮な空気を送り込むことは明日への糧になる。妻は子供が社会人になったのをきっかけに家を出た。なにも感じない、寂しさもなにも。離婚する何年も前から一人になってたような気がする。田舎の年老いた母親にとって離婚なんて芸能人の戯言、劇中の世界でしかなかった。人から後ろ指差されるのが怖くて縛り付けられるように流し込むような結婚生活を強いられてきた人間には到底理解できない離婚の理由。時代が違うんだよ、母さん…何度悟しても許すことが出来なかった元嫁。専業主婦を25年間、一度だって弁当を忘れることなく持たせてくれた。家は常に清潔に保たれて、仕事にかまけた亭主に変わって子供二人を立派に育て上げた。俺の職場が会社なら、彼女の職場は家庭であってこの地域だったのかもしれない。そんな人生を互いに歩んできた。見つめ合うこともなく、二人で全く違う方向を見ながらただ隣り合わせで同じ時を刻む。今は嫁、旦那じゃなくてパートナーって言うんだよな。世間体ってしがらみを二人いることで逃れ、雲隠れした本心を最後まで打ち明けることが出来なかった。もし人間に一生恋心や愛が普遍に存在できる能力があればどんなに幸福なんだろう。破壊も偽装もない、ただ実らせることが全てだって想わせてくれるなにかが体の一部のようにしてあれば…そして今、この場所で感じる腕の産毛を優しく撫でるような風に囲まれて人生の終焉を目の前に突き付けられて。
--------------------この風を感じるんだ--------------------