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“王”の帰還

「……ふぁ?」

寝ちゃってた……。

目を擦りつつテレビとDVDプレイヤーの電源をオフにして、小さく欠伸をする。

『魔法少女 あずさ』のDVDを第1話からぶっ通しで観ていたのだけど、さすがに無謀すぎた。憶えているのは第10話のラスト、隆平お兄ちゃんがラスボスみたいに出てきたところまでだ。



『魔法少女 あずさ』は7年前に人気を博したテレビドラマで、高度で自然な画面効果と主人公あずさ役の子役の可愛さで本来のターゲットである低年齢層のみならず大人からも高い支持を得た特撮ものだ。

この島――医療島を舞台にしていて、島を上げて全面的に協力している、というより医療島のPRの為に企画されたと言った方が正しい。いわゆるご当地ものであったが、監督、脚本家、役者、撮影スタッフや特殊効果チームといった関係者すべてを医療島の人間で構成し、当時の最新機材と技術、それに資金を惜しみなく注ぎ込み製作され、その評価は高く、今でも“伝説”と評されている。


特撮魔法少女ものはそれまでもたくさんあったが、これが特に“伝説の魔法少女”と呼ばれるのには作品の完成度の高さ以外にも理由がある。

例えば監督や脚本を手掛けたのが、すでに引退していた名監督と名脚本家であった事や、スタッフその他、演じるすべての人間が医療島の人間で、島以外での活動をしないといった、何から何までが特筆すべき事項であった為、などである。

だが1番の大きな理由は、1期2期合わせて全24話の予定だったシリーズの最終話である第24話の撮影中に、あずさ役の子役が突然亡くなってしまった為に撮影中止となり、たくさんの謎と伏線を回収し大団円を迎えるはずだった最終話が『幻の最終話』となってしまった事だろう。

根強いファンや製作内部から何度も代役を立てての最終話製作の話が持ち上がったらしいが、今でも実現はしていない。


医療島の別称“アヴァロン”にちなみ、アーサー王伝説をモチーフにしていて、役柄も主人公の魔法少女はアーサーからあずさ、それを助ける白猫に魔術師マーリンからマリン、途中まで敵か味方か分からない従兄にモーガン・ル・フェイから守兼 隆平、といった風に伝説の登場人物からアレンジされている。

といってもアーサー王伝説を忠実になぞっているわけではなく、アイテムやエピソードを物語に都合よく拝借したという方が近い。

基本的なストーリーは島を護る女神に聖剣を授けられた少女・あずさが、来たる“災厄”に立ち向かうべく仲間を集め成長していく『女神の試練編』と、近く目覚めると予言された“災厄”と戦う『最終決戦編』の2部構成で、仲間にした精霊や幻獣と共に繰り広げられる魔法戦が見どころのひとつだ。


「本当に魔法みたい……!」

どんなに科学が発達しようといつの世も子供は魔法に憧れ、ファンタジーのジャンルがなくなる事は決してない。

当時の子供たちを夢中にした魔法や精霊などの特殊効果はVFXに偏らず古典的な手法も積極的に使用し、逆にその少しぎこちないエフェクトが上手く非日常を表現し―――

「―――映像に特徴的な味付けをした、と」

DVDのブックレットを閉じ、溜め息をひとつ吐いてからぼんやりと天井を仰ぐ。

「難しい事はよく分からないけど、スゴイんだな~」

他人事のように呟いて、テーブルにあった手鏡を覗いて前髪を直す。

――似てる、かなぁ?

自分ではよく分からないが、この島に足を踏み入れた瞬間から、周りの視線が気になってはいた。それが彼女――魔法少女 あずさ役の花館 英にそっくりなせいだという事を知ったのは、それからすぐだった。

こうして鏡の自分と比べてみて、似てなくはないとは思うけれど、島の人たちがこぞって振り返るほどそっくりとはそれほど思えない。

それでも、その子――花館 英がこの島でとても可愛がられていたのは、わたしみたいな子供にも分かった。ただ歩いているだけで、いろんな人が笑顔で声をかけ、お菓子をくれたり親切にしてくれる。島の人たちにとって、撮影は一大イベントだったのだろう。かなり前のドラマのはずなのに、きっとまだみんなにとって、“あずさちゃん”はヒロインなんだ。


そんな、この島では思い入れの強い『魔法少女 あずさ』のあずさ役として、幻の最終話を撮るのに参加してもらえないかとスカウトされたのは、この島に来て1週間目の事だった。

医療島を管理する偉い人の秘書、という人が噂を聞き付け会いに来て、すごく乗り気になり、その後は毎日説得に訪れた。

引き受けた場合の報酬や憂慮する点についての全面的なサポート、こちらに要求に対してのできる限りの配慮の約束。

それはこちらとしては戸惑うくらい良い条件で、秘書の人の熱意もあって最初は断っていたお母さんも5日目にとうとう根負けし、ふたりで話し合って、引き受けてもいいという返事をした。

そんなわけでさっそく明日、最終的な判断を下す責任者の人と面接する事になり、付け焼刃ではあったがDVDを観ていたのだった。

――この医療島に来て、まだ2週間も経っていないのに……。

もともと生活が変わる事は覚悟してこの島にやってきた。

学校の友達や先生、可愛がってくれた近所のおばあちゃんや番犬なのに人懐っこい角のおうちの柴犬のラッキー、いつも遊んでいた公園や川沿いの土手に咲いていた花とか、慣れ親しんだ大好きなもの全部とお別れをしてここに来たのだ。

だけどこんな事になるとは思ってもいなかった。

人生が、大きく変わろうとしていた。




「所長。明日の面接、よろしくお願いしますね」

帰り際、所長室を出る前に、秘書の新 祥嗣は佐原所長に声をかけた。

「ええと、春谷部長の娘さんの秘書希望面接だっけ?」

「それは明後日です」

念を押しておいてよかった。

「貴女は気乗りしないものに無頓着過ぎです。『あずさ』ですよ」

「ああ、そうだったわね。……一体、これで何十人目かしら。期待外れが多くて。でも今回はずいぶん熱心なのね。そんなに似ているの?」

「はい。初めて会った時には驚きました。顔立ちもそうですけど、なんというか雰囲気がそっくりで。名前も似ていますし。きっと所長のお気に召すかと思います」

「君がそこまで言うのなら、顔を見るくらいの時間はとれるとは思うけれど。それに私は、必ずしも最終話の製作に反対しているわけではないのよ」

「承知しております。今まではあずさになれるだけの人材がなかっただけで」

「あずさになれる、ね……」

何気ない言葉の含むところを無意識に繰り返す。

「プロフィールは『あずさ』ファイルにまとめてあります」

言われるままパソコンのファイルボックスからそれらしいファイルを開く。

何枚か添付された画像は、確かによく似ているようだ。

ようやく雇い主の意識が案件に向いた事に安心し、新は改めて声をかけた。

「では、私は先に失礼させていただきます。所長もあまり無理なさらないようにしてください」

「そうね。お疲れさま」

画面に視線を落としたままの生返事に苦笑し、サイドボード上のチェス盤のポーンを動かしてから、そっと所長室の扉を閉めた。

静かになった部屋で窓の外の微かな音だけが響く。

「名前は……飛山 香寿紗、11歳ね。……かずさ?」

口にした名前の音にひっかかり、パソコン画面を食い入るように見つめる。

「かずさ……K―AZUSA……キング・アーサー……」

呟くと立ち上がり、ブラインドの影から夕闇に沈む街と海を見透かす。

そして――口の端を吊り上げた。

穏やかな微笑みとも苦笑いとも皮肉とも違う、白い薔薇に鮮やかな血を滴らせたような凄絶な笑み。


「王の帰還だわ……」

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