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2頭の竜を“統べる”者

失敗だった。

ディスプレイに映し出されたチェスの駒――黒のナイトと“Checkmate”の文字を見つめ、佐原所長は伝う汗を拭う事も忘れて奥歯を噛み締めた。

上位のスパコンを狙ったクラッキングに注意するよう通達のあった事で、赤竜と白竜を切り離したのが、裏目に出てしまった。

「これが例のクラッカー特有の痕跡ですか?」

声を潜める新に、無言で頷く。

「所長、犯人の目的はもしかして……」

わざわざ弾道を確認させてからスパコンをクラッキングした、つまり危機感を煽っておいて手段を封じた。おそらくこちらがレーダーの目くらましに気付き、正確な弾道を予測するのを待っていたのだ。

こうなると“別の意味で”こちらの出方を伺っているとしか思えない。

そして今この切迫した状況で、この危機を救える方法は1つしかない。犯人の誘いにまんまと乗る事にはなるが、今は医療島の安全が最優先だ。

所長は新に目配せをすると、パンッと大きく手を叩いた。

皆が注目する。

「みんな、聞いて。力を尽くしてくれてありがとう。これより全員、速やかにシェルターへ移動を開始してください。現時刻を以って中央管制室を放棄します」



残って最後の瞬間までできる事をやりたい、と希望するスタッフを何とかなだめ、呼び戻した展望台の数人と共に、すべてのスタッフが最低限の荷物を手に慌ただしく避難するのを確認してから、佐原所長と新は2人でエレベーターに乗り込んだ。

階数ボタン下にあるプレートに手を当てると、静脈認証のスキャンが走り、プレート下に隠されていた階数ボタンが現れる。

最下層を押すと滑らかながら高速で動き出す箱の中で、ようやく新は話したかった事を口に出した。

「目的は、やはり『モーガン・ル・フェイ』ですかね」

「おそらくね。存在を確かめたかったという事なんでしょう」

「結局、方法は変わっても犯人の目的は一貫していたんですね」

「いいわ。格の違いを見せつけてやろうじゃないの」

危険な笑みを浮かべ、エレベーターを降りると、殺風景なホールの先には鍵穴もノブもない頑丈そうな扉と、コンソールが1つあるだけだ。

歩き出すと、扉の前にひとりの少女が魔法のように現れた。

「モーガン、状況は把握している?」

「ええ。赤竜と白竜に繋がっていなくても、カメラやマイクから切り離されていたわけではないから。あなたたちの会話も聞いていたし、たぶんあなたたち以上に状況を理解していると思うわ」

少女の顔立ちは英の――香寿紗ではなく7年前の英そのものだ。

「この島を、助けてくれる?」

「もちろん。ようやく意思が決定したから」

「その間に赤竜と白竜を奪われてしまったわ」

「そうね。わたしたちも、意思の統合に時間が必要だったの。まあ、なにか大事な事を決めようとする時はいつだってそうなのだけど。心配しなくても大丈夫よ、すぐに取り戻すから」

「もうあまり時間がないわ」

「正確にはあと4分17秒。けれど、そんなに時間は必要ないわ。わたしたちの能力を見くびらないで」

「一応何をするのか確認してもいい?」

「ミサイルを止めて、安全の確保。2頭の竜を悪い騎士の手から取り返して、アヴァロンの護りを固め直す」

「ええ、できる限り被害の少ない方法でお願い」

「では、再接続を承認して」

扉横にあるコンソールに向かい静脈、網膜の認証をすると、接続承認コードを入力する。

「『コードの受理を確認』――さ、仕事だわ。あなたたちは上からでも見ていて」

そう言って少女はくるりとその場で回って見せる。

「それにしても、こんな風にあなたたち側からも違和感なく、インタラクティブにコミュニケーションできるというのは面白いわね」

にっこりと微笑むと、その姿は現れた時と同様唐突に消える。

「………………」

新は、今まで意思疎通は音声に限られていた『モーガン』が、突然目の前に英の姿で現れた事に驚いていた。

「どうかした?ああ、モーガンに“会う”のは初めてだっけ」

「……飛山 香寿紗の撮影素材を使った3次元映像の投影実験は、この為だったんですね」

「その話はまた後で。さ、行きましょう」

「え?あ、シェルターへですか」

「馬鹿ね、展望台へよ。モーガンがこの事態をどう料理するのか、見物だわ」



本来であれば誰もいない展望台からの眺めは最高のはずだったが、見晴かす水平線は霞んでいるし、夏の空は夕闇に沈むにはまだ早い時刻にも関わらず厚い雲に覆われ辺りは暗く、避難で人気も街の明かりもほとんどない精彩を欠く風景は、まるで死に絶えた街のようだった。

ガラス越しには、ミサイルの直撃を受けた場合に少しでも被害を少なくしようとこの島から離れていくタンカーの姿も遠く確認できた。

「どうするつもりですかね?モーガンは」

「おそらく今頃は奪還したスパコンを経由して、犯人からすべてのコントロールを取り戻している最中でしょう」

「でも巡航ミサイルはもうすぐそこなんですよ?」

「ミサイルの制御を調整して手前で落とすか、それとも」

「戦闘機の制御を取り返して迎撃するか」

「コントロールを取り戻した時点での残り時間によって、方法は決まってくるでしょうね」

『モーガン』の能力に対する絶大の信頼と自信から、コントロールを取り返す事ができなかった場合、などという事態は想定しない。

「赤竜と白竜を『モーガン』から切り離してさえいなければ、奪われる事もなかったしこんな風にヤキモキさせられる事もなかったでしょうに」

「ええ、本当に悔しいわ。第三者に、2台のスパコンよりも上位の、公表されていないコンピューターが存在している事を知られてしまった」

時計を確認する。

「あと、1分27秒」

「!」

海を見つめていた佐原所長がハッと息を飲み、その気配につられて目線を追う。

所長の携帯端末が鳴った。

「もしもし?」

見つめる視線を外さないまま電話に出ると、避難したはずのスタッフからだ。

「あ、戎谷です!この緊急時に申し訳ありません。その……シェルターにあるモニターに、突然この島が映し出されて……」



「見て、あれ……」

避難シェルターではざわざわと波紋のように囁きは広がっていき、すべての視線がモニターに映し出された空の一点に集まる。

―――そこには『あずさ』がいた。

真っ白い翼を羽ばたかせ、宙に浮かんだ少女は手にした杖を振るう。

その背中を追い越すように駆け、左右に旋回していく2機の戦闘機は、まるで少女の杖に操られているようだ。

少女を中心に完璧なシンメトリーで3回ほど旋回した戦闘機は、やがて少女が大きく振り下ろした杖に合わせてミサイルを連射した。

同時に腹の底に響くような重い轟音が空気を震わせる。

モニターに映し出されたのは高く上がった水飛沫だけで、何が起きているのかは分からない。

その振動は海中にあるシェルターにも届いた。状況が分からず不安気な声が上がると、PDを通して優しい声が囁いた。

『心配しないで。私が必ず、みんなを守るから』

その時、すべての島民が耳にした少女の声は、『あずさ』の――香寿紗ではなく確かに“花館 英”のものだったという。


展望台の方も爆発の衝撃で揺れたが、咄嗟に新が手すりを両手で掴み、身体で所長を支えた。

だがたった今目の前で起きた出来事に呆気に取られ、佐原所長は礼を言うどころか新に支えられている事にすら気付いていない。

「モーガンは間に合ったみたいですね」

「―――え?ええ」

我に返った所長は頷いた。

「予想以上の働きだったわ。巡航ミサイルの追尾機能を解除してタンカーから離れたところで落とし、爆発の衝撃を吸収する為に戦闘機のミサイルを海面に打ち込んで水柱――いえ、水の壁をつくるなんて」

「かなりの高さでしたね」

「そうね。それに完璧なタイミングだった。おそらく小さな破片1つ、この島には届いていないでしょう」

ここでようやく、長く息をつく。大変な1日になってしまった。

「それにしても大事に至らなくて、本当によかった……」

「はい」

映画ならエンディングにふさわしいシチュエーション。

危機は去り、憎からず想い合う2人はようやくここで素直な気持ちを打ち明け、ハッピーエンドのキスを交わす……。

言葉を交わしながら少しずつ身体を寄せていき、後ろから彼女を抱きしめる直前、佐原所長は新の妄想を簡単にぶち壊した。

「ところで君、いつまでそうしているつもり?」

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