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彼女の“気紛れ”

「あの……伊豫さん、ですか?」

夕方、また魔法少女とやらを追う為に会社を出た伊豫と浦志は、整った顔立ちの青年に遠慮がちに声をかけられた。

「そうだが、君は?」

「僕は弦川 雅紘と言います。お忙しいところ突然押しかけてすみません。その、少しお時間いただけないでしょうか?」

どんな相手にも初対面で好印象を与えられる雰囲気の青年だったが、こっちはこれから仕事である。多少迷惑気な顔をしてしまうのは仕方がない。

「話の内容によるかな」

「そ、そうですよね。あの……」

「あ!隆平役の子!」

ジッと青年を見て首を傾げていた浦志が、突然素っ頓狂な声を出した。

「さっきから、どっかで見たな、どっかで見たなって思ってたんだよ。そうでしょ?」

「あ、えっと……はい」

少し照れくさそうに肯定する青年を、浦志が伊豫にうれしそうに紹介する。

「今僕らが追っている『魔法少女 あずさ』に昔出ていた子役の子ですよ。当時はすごい人気だったんですから」

「あの、すごい人気は言い過ぎかと……。ですが、お話というのはその『あずさ』なんです。今噂になっている“本物のあずさ”が、伊豫さんがいるところに必ず現れると聞いて。それで、僕も同行させてもらいたいのです。……お願いできませんでしょうか?」

「勝手にしてくれ」

ややヤケクソ気味に伊豫が答えると、青年は胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます!」

伊豫が張り込む場所にあの不思議な少女が必ず現れるというのは本当だった。

初めて遭遇したあの夜から、外で張り込みをしている伊豫の前に毎回現れるようになったのだ。

「なんか伊豫さん、彼女に気に入られちゃったみたいなんですよね。どうしてなんでしょうね?」

「余計な事を言うな」

“誰”の気紛れなのか、なぜそんな事になったのかはこっちが知りたいくらいだ。

一緒に見ている点で浦志も条件は一緒のはずなのだが、2人がバラバラの時でも浦志ではなく伊豫の前に現れるので、そんな噂が広がってしまっていた。

おかげでこの時間帯に会社を出ると、噂の魔法少女を一目見ようと物見高い連中が黙ってついてくるようになってしまい、それが日に日に増えてきていたが、この青年のようについて行ってもいいか確認するなんていう礼儀正しい人間は珍しかった。

そんなわけで、今日は3人連れ立って(後ろに何人も引き連れて)張り込み場所へ移動する事になったのだが。

「どこに向かっているのですか?」

「今日はね、中央公園に行く予定なんだよ。ほら、今もう“魔法少女がどこに現れるか”じゃなく“伊豫さんがどこに行くか”が問題だから、人がたくさん集まっても大丈夫な場所を選ばないとって事でね」

青年との会話はもっぱら浦志が引き受けていた。

伊豫にとってはまったくいい迷惑だった。すでに写真もたくさん撮れていて張り込む必要などないのに、毎晩こうして駆り出される。編集長からも、なるべく混乱を避ける事のできる場所をチョイスするように言われている。今回のこれに対しては特別手当が出るというのが唯一の慰めといえばそうだろうか。

それだけこの島では『魔法少女 あずさ』に思い入れがあり、そして遺恨を残していたという事だろう。

今度の日曜日には、撮影にかこつけ全島挙げての大規模な防災訓練が実施されるらしい。

もちろん防災訓練は大切な事だが、たかだかテレビドラマの撮影をきっかけに決定されるというのが、新参者の伊豫にはいい加減というかユルいというか、そんなんでいいのかと思ってしまう。

何より仮説ではあるが、不思議な少女の正体を伊豫は知っている。

だからこそ、わざわざ自分の前でそれを展開する意図が分からない。

マスコミ関係者というなら他にもたくさんいるし、宣伝活動の一環であれば何か話があってもいいはずだが、特にそんな根回しもない。しがない地方雑誌の記者が選ばれた意味も巻き込まれた理由にもまったく心当たりがないどころか推測さえできない現状に、伊豫はただ苛立つしかなかった。

「あの、腕、どうかされたんですか?」

「ああ、ちょっとね」

こちらの腕の怪我に目を留めた青年が、好奇心というよりは話のきっかけという感じで尋ねる。

「伊豫さんは、彼女が現れる理由に心当たりはないんですか?」

「ないね、まったく」

相手にするつもりはなかったが、人の好さそうな控えめな笑顔に少し話をしてみる気になった。

「君……弦川くん、だっけ?なんであの子に会いたいの?好奇心?野次馬根性?」

「ええっと、そうですね。どっちも合っていると思います。僕はこの目で確かめたいんです。誰かの悪ふざけなのか、もしそうなら許せないし暴いてやりたい。それとも一部で言われているような幽霊の類なら、なおさら会いたい、そう思っています」

「花館 英は死んでいないって知らないのかい?」

「どうして、知っているんですか?」

心底驚いたように弦川が問う。

「悪い、今のは鎌かけ。君は当時現場で近くにいたはずの人間だから、何か知っているかと思ってね。今回こんな形で巻き込まれる事になって、少しその子に関して調べてみたんだよ。事故に遭って撮影が中止になった事は報道されているんだが、どうも亡くなったという事実は見当たらない。だから、死んでしまったという噂だけが一人歩きしていて、本当はまだどこかで生きているんじゃないかと思ってね」

「すごいですね、記者さんって。そうです、英は生きています。ただしあの日から一度も目を覚ましません。だからもしかしたら幽体離脱とか、そんな風に彼女の精神とか魂のようなものに触れられるんじゃないか、なんてオカルトじみた事を結構本気で考えてしまって。19にもなって、ちょっと恥ずかしいですよね」

浦志がひとりで「花館 英って生きてるんですか!?」と騒いでいるが、相手にしない。

伊豫はかけるべき次の言葉を選びあぐねていた。

恐らく弦川は親しい友だちが突然昏睡し、回復の見込みがないという現実と向き合いながらも、心のどこかで受け入れる事ができないでいるのだろう。ここで大人らしく「幽霊なんて馬鹿げている」と両断する事は簡単だ。

だが、過去に囚われているのは自分も一緒だ。それが原因でこの島に来る事になったくらいだ。だからこそ、伊豫には分かる。これは他人がどうこう言う事ではない。自分自身で現実を受け止め、受け入れなければ本当の解決にならない。

結局のところ、弦川にしてやれるのはあの少女に会わせる事だけなのだろう。

実際にその目で見れば、何かが変わるのかもしれない。


――そして、空も街も海もすっかり闇に覆われた頃、いつものように魔法少女が顕現する。

現れるのは、普通なら人が上がる事のできない高い場所が多い。時間はまちまちで、3分程度の時もあれば10分くらいの時もある。

いつもはとりあえずその姿を観察する伊豫も、今日ばかりは隣で少女を見つめる弦川が気になり集中できなかった。少女が消えると、目を閉じて今見たものを確認するように反芻していた弦川が、ゆっくりと目を開いた。

「あれは……」

その声は静かだが、しっかりとしたものだった。

「あれは英ではありません」

「間違いない?」

「僕が英を見間違えるはずがありません。あれは確かに香寿紗ちゃん――最終話の撮影に参加してくれている代役の子です。そしてその子は普通の女の子で、あんな真似はできませんし、本人も知らずに何かに利用されているのだと思います」

それがちゃんと見抜けていれば、大丈夫。

伊豫はポケットに突っ込まれたままだったクロウフォードのメモを弦川に渡した。

「これは?」

「ひとりになったら中を確認するといい。もし今夜の事でしこりが増えてしまったのなら、今夜中に消す事のできる魔法の言葉が書いてある」

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