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中盤は“奇術師のように”

「さて、困ったわね」

報告を受け、佐原所長は困ったというよりはむしろ面白がる口調で言った。

新は黙って続く言葉を待つ。

「ま、好き嫌いのひとつくらいあるわよね、人間なんだし。問題ないわ。想定内よ」

彼女はそう付け加えると、背もたれに身体を預けた。

「件の人物に干渉もしくは接触しますか?」

「放っておきなさい。“彼ら”がそれを許さないわ。それに私はね、こんな風に“彼ら”が人間らしいところを見せてくれる事が少し嬉しいのよ」

「かしこまりました。引き続き監視いたします。それから撮影の進捗ですが、万事滞りなく進んでおります」

「そう。執行監督の様子は?」

「多少疲労を感じているようですが、やりがいでマスキングしているようです。その辺りは『モーガン』が警告し、投薬の方で調整しています」

「飛山さんは?大丈夫そう?」

「最近は緊張もだいぶ取れて、現場を楽しんでいるそうです。もちろん、事故の起きないよう充分に配慮されています」

「ええ、本当にそれだけは絶対に気をつけて。せっかく撮影に参加してくれたスタッフに申し訳ないし、呪われているなんて噂が立ったりしたら“あの子”が浮かばれないわ」

「はい。万全を期すよう、改めて現場には通達しておきます」

「もちろん言われるまでもなくみんな、同じ気持ちだとは思うけれど。雅紘くんは?」

「彼も複雑でしょうが、そんな様子は見せずに積極的に参加しているようです。カメラの回っていない時は子供たちの面倒をよくみているそうで、いいお兄さんぶりを発揮しているそうですよ」

佐原所長は何も言わずにただ微笑んだ。

彼もまた、過去の呪縛に囚われた一人だ。そして誰よりもこの撮影が無事に終わる事を願っているだろう。そんな彼だからこそ、無理に役を追加してまで今回の撮影に引き入れたのだ。

「あと何日くらいかかる予定だったかしら?」

「ロケ撮影は今日でおしまいです。明日から特殊効果用のスタジオでの撮影で、余裕をみて7日取ってあります」

「最終日には顔を出すわ。それとも今日これから、陣中見舞いに行けないかしら?」

「いつもの倍のスピードで仕事を片付けていただけるのでしたら、どうぞ」

「あら、意地が悪い」

どうせ分かっていて言っているのだ。スケジュールの調整が簡単ではない事は、こなしている本人が1番よく理解している。それでも忙しい合間を縫って娘に――英に会いに行くのだけは絶対に譲らなかった。たとえ会えるのがたった数分であっても、だ。


花館 英が佐原 真貴那の娘である事を知っているのは、ほんの一握りの人間だけだ。

花館というのは芸名としてつけられたもので、本名を名乗り主人公に選ばれた経緯にいわれのない中傷を受けるのを避ける為だった。そして撮影中に事故に遭い、遷延性意識障害――いわゆる植物状態に陥り、撮影続行は絶望視された。

そう、ある意味で、“花館 英”は死んだのだ。

回復の見込みがほとんどないと診断された事から、いつの間にか世間には事故死の噂が流れてしまっていたが、今もベディヴィア神経科学研究所に収容されている。

病院ではなく研究所なのは、彼女が植物状態から回復を見せた時に、日常生活に戻る為のリハビリを少しでも軽減できるよう、成長に必要な充分な栄養の摂取と、骨と筋肉をつくるのに必要な運動を与えるプログラムの研究に協力しているからだ。協力といっても本人に意識はないのだから、保護者として佐原所長が承諾した形になる。

当時10歳だった英はその歳相応の背丈だったが、17歳になる今、見た目の年齢は15歳前後というところだ。

それでも毎日計算された栄養を取り、適度に日光を浴び、補助器具で運動をする事で得られた成長は、昏睡しているというよりはただ眠っているようで、不健康な感じはしないものだった。

「――英がもう一度目覚めるよう、僕にも何でもいいから手伝わせてください」

毎日のように英を見舞っていた弦川 雅紘が佐原所長の元を訪ねてきたのは事故から約1年後の事だった。中学3年に進級し、進路を決定しなければならない現実に直面した時、彼は本気で英の為に自分の人生を捧げる覚悟を決めてきたのだ。その純粋さと献身に、打たれない人間がいるはずがない。

だからこそ佐原所長は猶予を与えた。大学まで進学し、それでもまだその覚悟が本物であるならば、その時は改めて自分を訪ねなさいと。そして彼は本当に来たのだ。

大学を卒業したら英の眠るあの研究所に入る事は、もはや決定事項だった。


新・ルーク・祥嗣が佐原 真貴那と出会ったのは、まだ二十歳そこそこの時だ。

日本人とアメリカ人の両親から生まれ、アメリカの大学を飛び級で卒業した新は知り合いのホームパーティーで初めて顔を合わせた女性に、負け知らずのチェスでその自信を徹底的にへし折られる。それは新にとって初めての敗北で、同時にそれまでどこか他人に対して斜に構えていた新が初めて認めた人間となった。それが真貴那だったのだ。

幾度となく再戦を申込み、忙しさを理由に断られ続けたある日、新は賭けを提案した。

賭けたのは自分自身。

面白がった彼女は勝負を受け、そして勝った。

勝負は制したものの買ったのは新の覚悟であり、本気でその身をどうこうする気などなかった真貴那に、半ば強引に自分を使えと押しかけたのは新の方だった。

こうして医療島計画が本格始動するまでの準備期間を含めたこの14年、新は秘書としてずっとそばで佐原所長を見守ってきたのだ。

それは長いようであっという間に過ぎ、待つという忍耐を身に着けるには充分過ぎる時間だった。

有り体に言えば、雇い主をひとりの女性として見るようになってしまっていたのだ。

彼女の夫は英の生まれる直前に他界し、法律上も倫理上も世間体上も問題はなかったが、1番大切な点、つまり彼女の気持ちが新に傾く事はなかった。

いい雰囲気になり何度迫ってもさらりとかわされる。

――いつだって坊や扱いなのだ、この人は。たった3つしか違わないくせに。

それでも時間を共にすればするほど深くなる彼女への愛を、もう止める事などできなかった。


飛山 香寿紗がこの島に現れた事は、新にとっては僥倖だった。

撮影を終える事で佐原所長の気持ちに区切りがつくのではないかと、それまで何人もの『あずさ』の代役を探してきたが、彼女の眼鏡に適う子はいなかった。

今回最終話を無事に撮り終え、『魔法少女 あずさ』を完結させる事は、彼女だけでなく関わったスタッフ全員の心残りを払拭してくれるはずだ。


「――顔は出せなくても差し入れならいいでしょう」

「なら、伊藤屋のいなり寿司がいいわ。胡桃がたくさん入っていて美味しいから」

「かしこまりました。手配しておきます」

今はこうして隣に立ち、支える事ができればそれでいい。

この島の真実を知り、誰より彼女のそばにいる事を許されているのは自分なのだから。

「そうだ、私からも伝えておく事があったんだわ」

「何かありましたか?」

「文科省から連絡があったのよ。これはマスコミには非公開なんだけど、最近各国でスパコンを含む高性能コンピューターにクラッキングを仕掛ける事件が多発していて、TOP10が軒並み被害にあったんですって。で、こちらも一応気を付けるようにって」

「赤竜と白竜はTOP20に入るか入らないかですよ?」

「それでもまあ、警戒するに越した事はないでしょうね。いろいろな意味で」

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