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光の陰に潜む“闇”

この気分の悪さもモーガンによって計測・記録されているだろう。

徳武 崇久は吐き気をこらえながら公園のベンチから立ち上がりフラフラと歩き出すと、案の定耳につけているPDから警告音の後にメッセージが流れる。

『ただちに木陰などの涼しい場所で休息を取ってください』

本人の位置と状態から割り出した的確な指示だったが、そろそろ仕事に戻らないと、予定が狂ってしまう。

徳武は契約している病院や診療所の検体を集荷し、検査機関に配送する医療専門の配送業者だ。

決められたルートを回るだけの仕事ではあるが、ただ運転技術があればいいというものでもなく病院の人間とのコミュニケーションだって必要だし、何より検査機関に持ち込むのが遅れれば検査結果が出るのも遅くなってしまう。大抵は患者には結果が出るのは何日後だと伝えてしまっているから、もし遅れてしまい患者が結果を聞きに来院した時に結果が伝えられないという事態を起こさない為に、責任感はもちろんの事、渋滞などを言い訳にしないルートへの柔軟な対応力も必要なのだ。

運転に自信もあり道にも詳しく、何より運転する事自体が好きでこの仕事に就いた徳武は、天職だと思っていたし順調に業績も伸ばしていた。4年前に結婚した妻との間に女の子も授かり、人生が順風満帆であった。

ルート近くにあるこの公園は時間的にちょうど昼飯時に通りかかり、海も見えるので天気のいい日はよく昼食を取るのに利用していた。海からの風が枝を揺らす音と波音の心地良い公園も、今日は何かの撮影をしているとかで、人だかりができて少し騒がしい。

いつもは妻の作ってくれた弁当があるのだが、ここ何日かはコンビニの握り飯を無理矢理飲み込むようにして済ませていた。

――どうしてこんな事になった?

何度自問しようと問題が解決するはずもなく、結局は相手の要求を受け入れるしかない事は分かっていた。警察?信用できるものか。

まだ学生の頃、拾った財布を交番に届けたところ、中身を抜き取ったと疑われた事があった。最初から決めつけたような警官の態度にこちらもカッときて胸倉をつかみ、それを公務執行妨害罪にされたのだ。結局財布には最初からそれほど入っていなかった事が後になって分かったのだが、それ以来警察は信用できないという強い思い込みがある。

『妻と娘を預かった。無事に帰して欲しければ、こちらの指示通りに動け』

妻の携帯端末から送られてきたあまりにテンプレートなメールに、最初は悪戯だと思った。

だが家に帰ってみても人気はなく、部屋の中は荒れていて、これ見よがしにテーブルに置かれた箱には得体の知れない物が色々と入れられていた。異様な様子に茫然としていると、それを見計らったかのように次のメールが入った。

絶対に誰にも知られるな、と念を押された上で送られてきた最初の指示は、徳武が回る各病院や診療所に、小さくて白いボタン状の物体を貼り付けて回る事だった。

なるべく目立たない場所に、そしてなるべく内輪の会話が聞けるような場所に。

それが盗聴器である事は明白だった。ちょっと見はそうと分からないそれを、徳武はポケットに入れた小銭を落としては探すふりをし、こっそりと色々な場所に貼り付けた。

危ない橋を渡りながらも思う事はただ1つ、家族の安否であった。

――2人とも無事だろうか?恐い目やツライ目に遭わされたりしていないだろうか?

2人が無事に戻ってきてくれるのであれば、何をしてでも――たとえ罪を犯す事になってもやり通してやる。

そんな祈るような麻痺したような危険な状態を隠して普段通りを装い過ごすストレスは、PDを通して『モーガン』に計測され、1日に何度も警告音を鳴らさせた。だがそれが逆に自分の置かれた状況を否が応にも自覚させる。

車に戻る途中、小学生くらいの女の子とすれ違い、本当ならうちの子もこんな風に公園で遊んだりしていたはずなのにと思うと、胸をえぐられるような焦燥感に襲われる。

それと同時に、何としても取り返すという決心だけが、徳武の正気を保たせていた。




今のおじさん、すっごく顔色悪かったけど、大丈夫かな?

すれ違ってから少し心配になって振り返ると、おじさんは意外にしっかりとした足取りで歩いていった。

気のせいだったかな。それとも自分が緊張しているから、周りも変な風に見えちゃうのかも。

――だって、始まるから。

自分が取り返しのつかない事をしてしまっているのではないかという思いから、もう逃げられない。前に進むしかない。覚悟を決めるしかない。

「『あずさ』さーん、スタンバイお願いしまーす!」

とうとう。いよいよ。

「はーい!すぐに行きます!」

――撮影が、始まる。

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