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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第五章 2つの異なる星で行われる、命の駆け引き
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第十二話 鎖

「私が幻影空間をつくっている間、朔は森の中の梨を食べといて」


「おいおい、梨なんて食ってる場合じゃあ――」


「大丈夫、箱の中身を充電しといて」


「箱――?」



――ある戦士たちの会話

 「ぐっ……」


「この蜘蛛の糸にはあなたの炎を鎮静化させる《力》があるのです。どうやらここまでのようですね」


 スペイダーの一瞬の隙をついた捕獲攻撃。クロウバーンの炎を吸収しようとした俺を蜘蛛の糸で縛り上げてしまった。


「ぐっ――」


ただの糸じゃない。この《冷静》の《力》――俺の《情熱》を吸収している。このままじゃ……。


「朔を離せ!」


 そばではなつみが2人に向かっているが、クロウバーンのとの差は歴然だ。


 「お前の幻影空間の闇は消え去った! 結局どれだけ取り繕っても、お前の本質は植物属性だ! 一時はヒヤリとしたが、所詮は英雄モドキだな」


「くっ」


「《感情》など、もろいものです。ほとんどが一面的なもの。はがれてしまえば、本性が顔を出すのです」


 はがれる――そうか! 幸い2人は勝利を確信しきっている。手はまだある!


 「な……なつみに手を出すな……始末するなら俺を先に」


「朔!」


「ふん、情けない英雄ですね。いいでしょう。魔法力吸収スピード、最速――!」


「ぐあっ!!」


強制的に胴体が締まり、急速に俺の魔法力が吸い取られる。スペイダーが糸をほどいた時、俺はその場に倒れこんだ。


「はぁ……はぁ……」


「朔!」


 俺は力を振り絞って、なつみに笑いかけてみせた。頼む、気が付いてくれ!


「朔……」


「ふん、最期まで女性の前では格好つけたいと? これではクロウバーンの言っていることもうなずけますね――とんだ英雄モドキだ」


 作戦をもう1度やり直すには、スペイダーを一旦無視して、クロウバーンを先に倒す必要がある。だが、この位置関係では厳しい。エアがいないのが悔やまれる――待ってろよ、こいつらを倒してすぐにそっちに向かう!


 「――死になさい!」


 スペイダーが大量の蜘蛛を解き放つ。くそ、あと1歩なのに――!


その時、アスファルトの地面がえぐれ、大木が突出した。蜘蛛を弾き飛ばし、太陽の光を追い求めるかのように大きく伸びていく。


「虫風情が――朔に触るな!」


よし、スペイダーの注意がそれた! 


「新垣なつみ――まだこれほどの《力》を残していたとは――しかし私の大切な子供たちをけなされるとは心外ですね。クロウバーン! ――クロウバーン?」


「スッ、スペイダー! た、助けてくれぇ!」


 空中でクロウバーンの両手を掴み、固定する。奴の燃え盛る《情熱》が、俺の黄色い光に包まれ溶けあっていく。


「な、なんなんだよこいつの炎は! こんなの見たことがねぇっ! 俺の、炎がっ――!」


「バカな――《絶望》の次は《希望》だというのですか、こんなことが――!」


「朔! 成功したんだな!」


「ああ――」


「神寺宮朔――あなたの魔法力はほとんど吸収したはずです」


「ああ――だが、お前の《冷静》が吸い出すことができたのは、俺の《情熱》だけだ」


「新垣なつみが《絶望》を有しているのと同じように、あなたには《希望》が――」


「おしゃべりしてていいのかな? こいつの炎、消えちまうぜ」


「フン」


冷笑するスペイダー。こいつ、仲間が死にかけているっていうのに淡白な奴だ。


「分かっていますよ。今のその状態のあなたには、私の水属性の攻撃など通用しない」


「おっ。おい!! 俺を見捨てるってのか、スペイダー! 俺たちは最後の駒、最初の同志じゃねえか!」


「クロウバーン、なぜ我々が『最後の駒』と呼ばれているか知っていますか」


「え――?」


「私たちは確かに、魔王より早く『影の封印者』(シャドー・シーラー)を組織しました。しかし、魔王にとっては――」


「もう、遅い! ホワイト・ストライク!」


「自分の組織が危なくなった時に使う捨て駒――『最初』が『最後の駒』という、皮肉ですよ」


怯えた顔のクロウバーンに、ゼロ距離から白い砲撃を放つ。


「あれは、未来から来た炸人さんの――」


「う、うわあああああああああ!!」


 「見事なものです。隠し玉が得意なのは親子そろってということですか」


「貴様……仲間が死んだんだぞ」


「ええ、分かっています。だからこそ……」


その瞬間、スペイダーの身体全体からとてつもない邪気が放出された。


「私のすべてを賭け、お相手しましょう!」


「やばそう」


「なつみ、俺から離れるな」


「う、うん」


 「僕があなたにかけた糸は《情熱》を奪い取るだけではない! 自分の《力》に変換することができるのです! へぁっ!」


 パワーアップした奴から飛び出したあれは、太い糸――? 違う、触手だ!


「きゃあ!」


 なつみが悲鳴をあげる。スペイダーが触手を操作し、掴んだなつみの身体を自分の方に引き寄せた。


「なつみ!」


「この僕が人質などという愚かな手に頼るとは残念ですが――クロウバーンがいなくなった今、こういう手も悪くはないでしょう? さぁヒーロー、あなたに手が出せますか?」


「朔は立ち止まったりしないさ……朔! 私のことは構わず――ぐっ!」


「あなたは黙っていればいいのです」


 触手がなつみの首を締めあげた。奴の眼は本気だ。なつみが殺されてしまう。


「よせ、なつみに手を出すな!」


「賢明な判断ですね」


スペイダーが力を緩めた。ほっとしたのもつかの間、アスファルトの地面が突然陥没した。


「おわっ!?」


「朔!?」


 地面が腐っている――さっきの触手の効用か!


「一瞬の油断が命取りなのですよ――あなたの愛する地球はこの瞬間より、僕の愛しい蜘蛛たちによって支配される。人間たちは石になり、僕の蜘蛛がそれを溶かしていくでしょう」


 いやな鳥肌が立った。自分の足元から、大量の蜘蛛がはい上がっていく。鎖のように脚にまとわりついてくる。その重さでどんどん陥没した地面は落ちていく。なつみ、なつみ――!


「朔……」


「彼はもう終わりです。この世界は美しい蜘蛛によって破壊され、そして再生される!」


 俺の肉体とともに、蜘蛛が暗闇へと沈んでいく。だめだ、ここで負けたら、母さんの仇も、魔王にたどり着くことも――。


 考えろ、幸い炎はまだ残ってる。ジェット噴射で地上へ戻り、――いや、あの触手をはねのけるくらいの《力》は出せない。最大威力でやったとしても――。


 ああ、身体が重い。あいつらの言う通り、俺はただの英雄モドキだったのかもしれない。英雄の血にすがり、甘え、何も学ばないで堕ちていく。


 ――ほんとに、そうか?



**


  「私は攻撃専門じゃありませんから。今回の修行で学んだこと――求められる強さのことを、決して忘れないでください」


**



 求められる、強さ――。


 そうだ、俺は何も学んでいないわけじゃない! 過去の英雄たち、そして俺をずっと支えてくれる仲間たち――難しいことなんてわからない、だけど、俺は!


 応えろよ《情熱》、届けよ《希望》。まだ俺の中の炎は、消えちゃいないだろう?


 俺は勢いよく真上に飛び出した。


 「朔!」


「まったく。あなたの《力》は無尽蔵ですか――しかし蜘蛛がまとわりついたその姿、あなたに攻撃はもう不可能です」


「……」


 《力》を充填し始める。


「それにこちらには、人質だっているんですよ? あなただってみすみす能力者を殺すような真似はしないでしょう」


 右手を伸ばし、左手を固定する。


「その構え――!」


「……まったく、馬鹿は死んでも治らないということですか。いいでしょう、あなたも不運な人です。愚かな能力者の味方でいたことを悔いるのですね」


 スペイダーが触手に力を込めた。でも、なつみの身体はビクともしない。薄い光がなつみの全身を守っている。


「な――!」


「光の加護――! 朔!」


「バ、バカな、いつの間に――ですが更なる《力》を使えば触手など無限に――!」


スペイダーの元から、触手がどんどん離れて消えていく。俺のもとに《力》が集まってきた証拠だ。


「私の触手が、蜘蛛が――怯えているというのか、この圧倒的な光に!」


「いつだって答えはシンプルなんだ……人智を超えた力は、敵を倒すためだけにあるんじゃない」


右手が燃え盛る。驚いて蜘蛛たちは離れていった。いいぜ、一緒に燃やしてやる。


「誰かを守るために、俺はこの《力》を使う!」


ずっと――分かっているフリをしてた。俺が素直に想えば、身体も心も素直に《力》を引き出してくれる。


俺が過去で誓った、みんなを救うという使命。果たしてみせる!


「古より伝わりし輝ける《力》、熱き魂と混ざり合い、新たな朝の誕生に歓喜の声をあげよ! 朝焼けの祝福ヘリオス・バーン・ストライク!!」


 スペイダーが触手を重ねて防御態勢に入る。だが、無意味だ。


「俺たちはあの星へ帰る! どけえええええええ!」


内側で張り裂ける黄色が、外の赤を押し出すようにして触手の壁を突き抜けた。


 「まったく――夜明けだの朝焼けだの、うるさい親子です」


それだけ言い残すと、スペイダーは光の中に消えた。


 「はぁ、はぁ……」


「だ、大丈夫か朔! 今治癒魔法を――」


「休んでる暇はない。DTできそうな空間はないか」


「え、う、うん。――みつけた」


 スペイダーが陥没させたアスファルトの地面がいい抜け道になりそうだった。《力》を集中させて向こう側への扉を探す。


 頼むニュクス、無事でいてくれ――。


 その時、甲高い声が聞こえた。


「おーうい、なつみさーん! わ、なにここどうなってるの!?」


「え、誰」


「ああ、そういやなつみを探してる女の子がいたんだ。名前はえっと」


「えー、覚えてないの? 私の名前は――」


 そんな話はどうでもよかった。一般人にこの惨状を見られてしまった。いや、いずればれることだが、でもこの瞬間を目撃されたら怪しいのは俺たちしかいない。


「行くぞ、なつみ!」


「え?」


俺は半ば強引になつみの手を引いた。


「あ、待ってよ!」


 俺の頭はニュクスたちのことでいっぱいだった。だからこの女のことを気にし始めたのはずいぶん後のことだった。


 この女もハーノタシア星に来てしまうなんて、最初は気づきもしなかったんだ。


読んでいただきありがとうございました。次回で第五章も終わりを迎えます!

《天使》と《悪魔》、《感情》と《影》の関係とは!? 次回、最終話「契り」。お楽しみに!!

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