第十二話 鎖
「私が幻影空間をつくっている間、朔は森の中の梨を食べといて」
「おいおい、梨なんて食ってる場合じゃあ――」
「大丈夫、箱の中身を充電しといて」
「箱――?」
――ある戦士たちの会話
「ぐっ……」
「この蜘蛛の糸にはあなたの炎を鎮静化させる《力》があるのです。どうやらここまでのようですね」
スペイダーの一瞬の隙をついた捕獲攻撃。クロウバーンの炎を吸収しようとした俺を蜘蛛の糸で縛り上げてしまった。
「ぐっ――」
ただの糸じゃない。この《冷静》の《力》――俺の《情熱》を吸収している。このままじゃ……。
「朔を離せ!」
そばではなつみが2人に向かっているが、クロウバーンのとの差は歴然だ。
「お前の幻影空間の闇は消え去った! 結局どれだけ取り繕っても、お前の本質は植物属性だ! 一時はヒヤリとしたが、所詮は英雄モドキだな」
「くっ」
「《感情》など、もろいものです。ほとんどが一面的なもの。はがれてしまえば、本性が顔を出すのです」
はがれる――そうか! 幸い2人は勝利を確信しきっている。手はまだある!
「な……なつみに手を出すな……始末するなら俺を先に」
「朔!」
「ふん、情けない英雄ですね。いいでしょう。魔法力吸収スピード、最速――!」
「ぐあっ!!」
強制的に胴体が締まり、急速に俺の魔法力が吸い取られる。スペイダーが糸をほどいた時、俺はその場に倒れこんだ。
「はぁ……はぁ……」
「朔!」
俺は力を振り絞って、なつみに笑いかけてみせた。頼む、気が付いてくれ!
「朔……」
「ふん、最期まで女性の前では格好つけたいと? これではクロウバーンの言っていることもうなずけますね――とんだ英雄モドキだ」
作戦をもう1度やり直すには、スペイダーを一旦無視して、クロウバーンを先に倒す必要がある。だが、この位置関係では厳しい。エアがいないのが悔やまれる――待ってろよ、こいつらを倒してすぐにそっちに向かう!
「――死になさい!」
スペイダーが大量の蜘蛛を解き放つ。くそ、あと1歩なのに――!
その時、アスファルトの地面がえぐれ、大木が突出した。蜘蛛を弾き飛ばし、太陽の光を追い求めるかのように大きく伸びていく。
「虫風情が――朔に触るな!」
よし、スペイダーの注意がそれた!
「新垣なつみ――まだこれほどの《力》を残していたとは――しかし私の大切な子供たちをけなされるとは心外ですね。クロウバーン! ――クロウバーン?」
「スッ、スペイダー! た、助けてくれぇ!」
空中でクロウバーンの両手を掴み、固定する。奴の燃え盛る《情熱》が、俺の黄色い光に包まれ溶けあっていく。
「な、なんなんだよこいつの炎は! こんなの見たことがねぇっ! 俺の、炎がっ――!」
「バカな――《絶望》の次は《希望》だというのですか、こんなことが――!」
「朔! 成功したんだな!」
「ああ――」
「神寺宮朔――あなたの魔法力はほとんど吸収したはずです」
「ああ――だが、お前の《冷静》が吸い出すことができたのは、俺の《情熱》だけだ」
「新垣なつみが《絶望》を有しているのと同じように、あなたには《希望》が――」
「おしゃべりしてていいのかな? こいつの炎、消えちまうぜ」
「フン」
冷笑するスペイダー。こいつ、仲間が死にかけているっていうのに淡白な奴だ。
「分かっていますよ。今のその状態のあなたには、私の水属性の攻撃など通用しない」
「おっ。おい!! 俺を見捨てるってのか、スペイダー! 俺たちは最後の駒、最初の同志じゃねえか!」
「クロウバーン、なぜ我々が『最後の駒』と呼ばれているか知っていますか」
「え――?」
「私たちは確かに、魔王より早く『影の封印者』を組織しました。しかし、魔王にとっては――」
「もう、遅い! ホワイト・ストライク!」
「自分の組織が危なくなった時に使う捨て駒――『最初』が『最後の駒』という、皮肉ですよ」
怯えた顔のクロウバーンに、ゼロ距離から白い砲撃を放つ。
「あれは、未来から来た炸人さんの――」
「う、うわあああああああああ!!」
「見事なものです。隠し玉が得意なのは親子そろってということですか」
「貴様……仲間が死んだんだぞ」
「ええ、分かっています。だからこそ……」
その瞬間、スペイダーの身体全体からとてつもない邪気が放出された。
「私のすべてを賭け、お相手しましょう!」
「やばそう」
「なつみ、俺から離れるな」
「う、うん」
「僕があなたにかけた糸は《情熱》を奪い取るだけではない! 自分の《力》に変換することができるのです! へぁっ!」
パワーアップした奴から飛び出したあれは、太い糸――? 違う、触手だ!
「きゃあ!」
なつみが悲鳴をあげる。スペイダーが触手を操作し、掴んだなつみの身体を自分の方に引き寄せた。
「なつみ!」
「この僕が人質などという愚かな手に頼るとは残念ですが――クロウバーンがいなくなった今、こういう手も悪くはないでしょう? さぁヒーロー、あなたに手が出せますか?」
「朔は立ち止まったりしないさ……朔! 私のことは構わず――ぐっ!」
「あなたは黙っていればいいのです」
触手がなつみの首を締めあげた。奴の眼は本気だ。なつみが殺されてしまう。
「よせ、なつみに手を出すな!」
「賢明な判断ですね」
スペイダーが力を緩めた。ほっとしたのもつかの間、アスファルトの地面が突然陥没した。
「おわっ!?」
「朔!?」
地面が腐っている――さっきの触手の効用か!
「一瞬の油断が命取りなのですよ――あなたの愛する地球はこの瞬間より、僕の愛しい蜘蛛たちによって支配される。人間たちは石になり、僕の蜘蛛がそれを溶かしていくでしょう」
いやな鳥肌が立った。自分の足元から、大量の蜘蛛がはい上がっていく。鎖のように脚にまとわりついてくる。その重さでどんどん陥没した地面は落ちていく。なつみ、なつみ――!
「朔……」
「彼はもう終わりです。この世界は美しい蜘蛛によって破壊され、そして再生される!」
俺の肉体とともに、蜘蛛が暗闇へと沈んでいく。だめだ、ここで負けたら、母さんの仇も、魔王にたどり着くことも――。
考えろ、幸い炎はまだ残ってる。ジェット噴射で地上へ戻り、――いや、あの触手をはねのけるくらいの《力》は出せない。最大威力でやったとしても――。
ああ、身体が重い。あいつらの言う通り、俺はただの英雄モドキだったのかもしれない。英雄の血にすがり、甘え、何も学ばないで堕ちていく。
――ほんとに、そうか?
**
「私は攻撃専門じゃありませんから。今回の修行で学んだこと――求められる強さのことを、決して忘れないでください」
**
求められる、強さ――。
そうだ、俺は何も学んでいないわけじゃない! 過去の英雄たち、そして俺をずっと支えてくれる仲間たち――難しいことなんてわからない、だけど、俺は!
応えろよ《情熱》、届けよ《希望》。まだ俺の中の炎は、消えちゃいないだろう?
俺は勢いよく真上に飛び出した。
「朔!」
「まったく。あなたの《力》は無尽蔵ですか――しかし蜘蛛がまとわりついたその姿、あなたに攻撃はもう不可能です」
「……」
《力》を充填し始める。
「それにこちらには、人質だっているんですよ? あなただってみすみす能力者を殺すような真似はしないでしょう」
右手を伸ばし、左手を固定する。
「その構え――!」
「……まったく、馬鹿は死んでも治らないということですか。いいでしょう、あなたも不運な人です。愚かな能力者の味方でいたことを悔いるのですね」
スペイダーが触手に力を込めた。でも、なつみの身体はビクともしない。薄い光がなつみの全身を守っている。
「な――!」
「光の加護――! 朔!」
「バ、バカな、いつの間に――ですが更なる《力》を使えば触手など無限に――!」
スペイダーの元から、触手がどんどん離れて消えていく。俺のもとに《力》が集まってきた証拠だ。
「私の触手が、蜘蛛が――怯えているというのか、この圧倒的な光に!」
「いつだって答えはシンプルなんだ……人智を超えた力は、敵を倒すためだけにあるんじゃない」
右手が燃え盛る。驚いて蜘蛛たちは離れていった。いいぜ、一緒に燃やしてやる。
「誰かを守るために、俺はこの《力》を使う!」
ずっと――分かっているフリをしてた。俺が素直に想えば、身体も心も素直に《力》を引き出してくれる。
俺が過去で誓った、みんなを救うという使命。果たしてみせる!
「古より伝わりし輝ける《力》、熱き魂と混ざり合い、新たな朝の誕生に歓喜の声をあげよ! 朝焼けの祝福!!」
スペイダーが触手を重ねて防御態勢に入る。だが、無意味だ。
「俺たちはあの星へ帰る! どけえええええええ!」
内側で張り裂ける黄色が、外の赤を押し出すようにして触手の壁を突き抜けた。
「まったく――夜明けだの朝焼けだの、うるさい親子です」
それだけ言い残すと、スペイダーは光の中に消えた。
「はぁ、はぁ……」
「だ、大丈夫か朔! 今治癒魔法を――」
「休んでる暇はない。DTできそうな空間はないか」
「え、う、うん。――みつけた」
スペイダーが陥没させたアスファルトの地面がいい抜け道になりそうだった。《力》を集中させて向こう側への扉を探す。
頼むニュクス、無事でいてくれ――。
その時、甲高い声が聞こえた。
「おーうい、なつみさーん! わ、なにここどうなってるの!?」
「え、誰」
「ああ、そういやなつみを探してる女の子がいたんだ。名前はえっと」
「えー、覚えてないの? 私の名前は――」
そんな話はどうでもよかった。一般人にこの惨状を見られてしまった。いや、いずればれることだが、でもこの瞬間を目撃されたら怪しいのは俺たちしかいない。
「行くぞ、なつみ!」
「え?」
俺は半ば強引になつみの手を引いた。
「あ、待ってよ!」
俺の頭はニュクスたちのことでいっぱいだった。だからこの女のことを気にし始めたのはずいぶん後のことだった。
この女もハーノタシア星に来てしまうなんて、最初は気づきもしなかったんだ。
読んでいただきありがとうございました。次回で第五章も終わりを迎えます!
《天使》と《悪魔》、《感情》と《影》の関係とは!? 次回、最終話「契り」。お楽しみに!!




