第十一話 滅び
「ねえねえ、咲夜さんっていつも1人でご飯食べてるよね」
「ハン、美人で秀才のあの子は、私たちと混ざる気なんてないんでしょ?」
「わわっ、こっち来るよ!」
「……何よ」
「――聞こえてるんですけど?」
――ある同級生の会話
「ったく……わ、私たちタッグだろ? に、逃げるんなら逃げるって――さ、先に言ってくれよな――」
「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
氷の小部屋に響いた絶叫。それは咲夜殿の半身、ハーティアのものだった。
「な、なんて顔をしてるんだハーティア……今のうちに神寺宮咲夜にとどめをさせ……あんたなら、勝てるよ」
「私の、私のせいだ――私が、自分のことしか考えてなかったからっ!!」
髪を振り乱し、激しく取り乱すハーティア。その眼にもう戦意はないように思えた。失意のハーティアに、咲夜殿が詰め寄る。
「はぁ、はぁ……ち、しくじったか……あんたを狙ったはずだったのになぁ」
《力》を使い切った肉体は疲労し、声もか細い。しかしその眼は、まだ熱を保っていた。
「私はあんたを殺す――そして身体を返してもらう」
痛々しくて、見ておられなかった。何故、自分同士で殺し合わねばならぬのか。いくら戦士といえども、あまりに苦く、悲しすぎる。
「咲夜殿! 彼女の相手は拙者がいたそう! 咲夜殿はディアナのもとへ!」
拙者の呼びかけに、返事はなかった。相当くたびれているか、表立って敵を攻めぬ拙者をなじる気持ちがあったのやもしれぬ。
「いいよ、ラギン。やりなよ」
自暴自棄。拙者の前に対峙したハーティア――咲夜殿はそう形容するにふさわしかった。
「私はもう、闘えないや」
「お主は充分頑張った」
「ハハン、ラギン。私は敵だよ? 『あの子』が怒ってるのもきっと、ラギンが優しいから」
拙者は、咲夜殿の「優しい」を頭の中で噛み砕いた。優しい――? 拙者は優しいのだろうか。否、優しいというならなつみ殿やヘメラ殿の方が適しているように思えた。
「そうは思えない、って顔してるね。言い方を変えれば、相手にいつも敬意を払ってる。たとえそれが、倒すべき敵でも」
「……」
「私はその真逆だった――魔王様によって蘇ってから、私は生身の肉体にしか興味を示さなかった。ラギン、私の世界のあなたたちがどうなっているのか詳細な情報は入っていなかったけど、結局魔王様にはたどり着けなかったようだった。だから私は、次元を渡って安全に自分の身体を欲しがることができた。大切なものが、たくさんあったのに」
「大切なもの――?」
「魔王様は言わなかったけど、もしかしたら、」
そこまで言い切ると、咲夜殿は氷の粒を頬から落とした。
「私の世界の英雄たちは、みんな死んじゃったのかもしれない」
「咲夜殿――」
「私は、英雄でありながら魔王側に身を堕とした――咲夜であって、咲夜じゃない。こんな私、早く滅びるべきだったのかもしれない」
うつむいた咲夜殿の両頬に、きめ細やかな黒髪が垂れ下がった。
「否」
「え?」
「お主はどんな時でも、神寺宮咲夜殿にござる」
「ぷっ。そんなんだから、『あの子』が――『私』が、怒るんだよ。あなたは、優しすぎる」
「きっと銀太殿も、同じことを言うはずにござる」
「へへ」
咲夜殿が鼻の下をこすり、笑った。やはり女性には、笑顔が似合う。
「私、銀太君に『お前のこと憶えてる』って言われた」
「拙者も、そうしよう」
「ありがとう。――私、もっと素直になればよかったかな。『私』の言う通り、ディアナは大切な友達だった。なのに私はそれを頑なに認めようとしなくて、それで――彼女に取り返しのつかないことをしてしまった」
「必死だっただけにござる。どちらの、咲夜殿も」
「そうだね――でも私は、ここまでみたい。――来て、ラギン。あなたの全身全霊、受け止めてみたい」
「……承知」
拙者も覚悟を決め、《力》を込める。拙者の《冷静》が、《情熱》が、この闘いに終焉を迎えさせようとしている。
「咲夜殿! 拙者らは前に進む! どうか、見守っていて下され!」
黄泉の――国にて。
「やめろニンジャ! ハーティア、ハーティアーッ!!」
ボロボロの身体で必死にすり寄るディアナ。しかし、咲夜殿が通しはしない。
「あんただってここまでだよ」
「神寺宮――咲夜アアァ!!」
咲夜殿が足止めしている間に、拙者の新必殺技が完成した。天井の低い小部屋いっぱいに、白い巨人がその存在感を知らしめている。
「すごい……! 《冷静》と《情熱》の合わせ技ってわけね」
「砲・蒸・鬼!!」
白き巨塔――鬼が、雲のような巨体を揺らし、咲夜殿に襲いかかる。咲夜殿はもう、抵抗するそぶりを見せなかった。
「なるほど、これはマリンの――まったく、敵からも味方からも、何でも吸収して強くなっちゃうんだね、あなたたちは」
「……」
鬼が咲夜殿の身体を押しつぶしてしまう寸前、咲夜殿は小さく言った。
「頑張ってね――この世界のあなたたちが、魔王様にたどり着くことを願ってます。私ってばお転婆で、わがままなところがあるけど――仲良くしてあげてね。友達――少ないから」
「咲夜殿……」
「それから――銀太君と、お兄ちゃんにも、よろしく伝えて」
「……承知」
咲夜殿は最期に、拙者をまっすぐ見据えた。
「ラギン。ラギンは強いよ。完敗」
「ハーティア、ハーティアーーーーーーーッ!!!!!」
ディアナの絶叫は、鬼が出した爆音にも、かき消されることはなかった。
その瞬間、咲夜殿の身体が白く輝きだし、光が晴れた時そこにいたのは、完全に肉体を取り戻した咲夜殿だった。
「神寺宮咲夜――よくも、よくもおおぉ!!」
激しい憎悪をあらわにするディアナとは対照的に、咲夜殿の声は冷徹だった。
「もともと私のものを取り返しただけ。そもそも平行世界の私のせいで、私たちはバラバラになってしまったわけだし、ひどい目に合ってるのはこっちなんだけど」
「ハーティアは――あんたたちに憧れてた。ただそれだけだったんだ……」
「あっそ。とにかくあんたも終わりだよ」
咲夜殿は、取り戻した左腕で気功波を放った。
「さよなら」
後に残ったのは、首を垂れて絶命している無残な姿だけだった。
「ふーうう」
大きく息を吐きながら、その場に座り込む咲夜殿。
「お疲れ様にござる。肉体を無事取り戻せたようでござるな」
「ラギンがもっと早く攻撃してれば、もっと楽に勝てたよ。忍者のくせに敵に甘いんじゃない?」
「あの世界の咲夜殿は、拙者を強いと言ってくださったが」
「ほらまたそうやってあっちの話をする」
「――とにかくここを出ることにしよう。拙者が銀太殿を運ぶ、咲夜殿は前に」
「そうだ。平行世界の私が消えたから、もう次元の変異は収まっているよね。急いで闇の国へ――ニュクスのところへ戻ろう!」
咲夜殿の言う通りだ。DTを使えば、すぐに闇の国へ帰還できる。
小部屋を出てエレベータを降りた時、敵の気配を感じた。嫌な予感しかしなかったが、行くしかあるまい。
「咲夜殿! 咲夜殿は先にDTを。後から追いつき申す」
「え? なんで?」
「あー、実はクナイを忘れてしまったのでござる」
「ドジだなぁ」
「銀太殿を、お頼み申す」
「え!? 私が抱えていくの!?」
顔を赤らめる咲夜殿。それどころではなかった。
「わかった。すぐ戻ってきてよ」
戻ってこられるか――その答えは、もう明白だった。
「行って参る。銀太殿と朔殿に、よろしくお伝えくだされ」
「ラギン、まさか――待って、私も!」
拙者は急いで咲夜殿の前から姿を消した。
**
「戻ってきたのか」
「いやぁ、実はクナイを忘れてしまって……」
「とぼけるな。私の気配に気づいていたんだろう? さすがはニンジャだ」
拙者と相対する敵。それは倒したと思えた金髪の美女――ディアナ。
「光の超回復――詰めが甘かったということか」
「いや、神寺宮咲夜にはあれが限界だった。私にくらわせた剣撃で、ほとんど《力》を使い果たしてしまったみたいだったからな」
「かといって、咲夜殿に自分を始末させるわけにはいかなかった」
「ふふん、優しいねぇ。だがその優しさが命取りだ」
憎悪に歪んだ顔。この女、まだ平行世界の咲夜殿を諦めていない。
「ハーティアは私の一番大切な親友だった――あの子がいてくれたから私は頑張れた。付き合いの長さなんて関係なかった。あの子は私にとっての希望だったんだ」
「やるやらやるといい。生憎、もう拙者には抵抗する《力》など残っていない」
「ハン、神寺宮咲夜を逃がすためにわざわざ自分の命を捨てると? それが忍道ってもんなのかい?」
「拙者よりも咲夜殿が必要、それだけの話にござる」
「健気なもんだ――なら、死にな」
ディアナが光の剣を携え、斬りかかってくる。しかし、拙者の眼前に来た時、光の剣は静かに消えた。
「ぐっ……魔力の回復にはもう少し時間がかかるか――」
命拾いした。そう思いたかったが、奴らにはもう1つの手がある。
「じゃあ、石になってもらおうか。それくらいの魔力はまだ残っている」
咲夜殿――お主からの伝言、伝えられそうにありませぬ。
咲夜殿――どうか、ご無事で。
2人の咲夜殿は、どちらも美しく、不器用で、そっくりだった。
咲夜殿――お主が平行世界の咲夜殿に、ディアナを「友達」と認めさせたかったそのわけは――。
拙者の視界が、黒く染まる。
**
「ん――咲夜!? お前、身体を取り戻したのか!」
「銀太先輩――目、覚めたの――?」
「あ、ああ――泣くなよ咲夜。見ての通り傷だらけだけど、俺は――」
「ラギンが、――やられちゃった」
読んでいただきありがとうございました。ラギンはここでお役御免です。ラギンファンの皆様(いたかどうかは不明)、応援ありがとうございました。
次回、地球編が決着します! 絶体絶命の朔に勝機はあるのか!?
次回、第十二話「鎖」。お楽しみに!




