第七話 かげり
「ごめんなさい、ニュクス――こうなってしまったのは、全部私のせいなの」
「……美海さん?」
「あの日、私はその場にいなかった――買い物か、友人に誘われたか――些細なことすぎて、もう憶えていないくらいのことよ。でもそのせいで、ネクロ―がやってきて、炸人を殺し、あなたを《悪魔》に」
「美海さんのせいじゃない。あまり自分を責めないで」
「ありがとう。よく聴いて、ニュクス。あなたがもしここから出られたら、そのときは」
「そのときは?」
「《力》を、惜しみなく使って」
――ある家族の会話
「伝えなくちゃ。だって、あなた勘違いしてるんだもん。私だって……強くなんかないよ」
「あなたが……強く、ない――?」
やっとのことで立ち上がった私。ハーティアはすでに立ち上がっていて、氷の破片が当たった首筋を撫でている。
「《力》だって、精神的にだって――私ひとりじゃ、ここまで強くなれなかった。私自身が強かったわけじゃない」
「仲間の力……そう言いたいわけ?」
「陳腐に聞こえるかもしれないけれど、実際そうなんだよ」
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「消えるがいい、英雄の子孫よ」
「ここは私が食い止める! 咲夜は早く朔のところへ!」
「先輩……サンキュ!」
「咲夜は英雄さんの所に、早く!」
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ニュクスが洗脳されて戻ってきたとき、2人がいなければ私はネクロ―に殺されていた。
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「こいつを――この世界にいさせちゃダメだ! このまま無理にでも……」
「熱く青い英雄――私が、やすやすと従うと思いますか? 目いっぱい抵抗させてもらいますよ……最高の、《力》でね……!!」
「お、おえ――」
「あれは――蜘蛛?」
私は、思わずえずいてしまう。奴の気持ち悪さ、そして圧倒的な《力》に。
早くなんとかして、お兄ちゃん、おじいちゃん!
「こいつの相手は私がする!」
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過去にあのクモ男がやってきたとき。私の家族が、助けてくれた。
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「神寺宮咲夜さん――あなたならきっと、大丈夫です。過去へ行き、あなたなりの未来を勝ち取ってください」
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強さだけじゃない。過去への扉を開くとき、アイス・プリンセスがああやって言ってくれたから、だから私は、心が折れないでいられる。
そして――
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「サキちゃん、言ってくれたよね。仲直りできるって。――試してみるよ」
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過去のおばあさん――神寺宮美海。あの人との出会いがあったから、私はここまで来れた。そうだよ、みんなのおかげ。
「仲間の力――? そんなもの、そんなものっ……!!」
ハーティアが怒りをあらわにする。透けた右半身で握られた拳が、震えている。
「なおさら、私にはないっ!! 未来は、かげったまま――くもったまま、永遠の闇へと葬られた!!」
「そうかな」
私は笑った。ラギンの方に目を向ける。
「ごちゃごちゃと世迷言を――私が引導を渡してあげるわ!!」
ハーティアが巨大な氷の剣を生成し、私に斬りかかってくる。大丈夫、落ち着け。
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「それに、かつてその強大な氷の力を持っていながら、それを使えずに一生後悔した人がいた。その人は言っていたよ」
「なんて?」
私がいやいやながら聞いていると、ニュクスは急に神妙な顔つきになり、言った。
私はその時の彼女の顔を、一生忘れないだろう。だから。
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「私一人でこの境地まで来たんじゃないってこと、証明してあげる!」
この《力》を、惜しみなく使う!!
「絶壁氷斬剣!!」
私が《力》を込めると、霧状の《力》が、まっすぐと伸びていく。でも、剣として生成されない。《力》は不安定に、伸び、縮み、方向すら制御できない。
「なぁにそれ? お遊びのつもりなの?」
「くっ……くううぅっ……」
おばあさんと2人でやっと完成させた剣。私1人では無理があるか……いや、今この場所にはおばあさんはいないんだ、やり遂げなきゃ!
「これで、終わりだよ!」
ハーティアの下卑た顔が、目と鼻の先に迫る。私は一旦練成をやめ、通常の氷の剣に路線変更した。2つの剣が、ぶつかる。
「切り替えが早い――でもそれじゃあ、勝てないよ」
「言ったでしょ、私は1人じゃない――」
ピキ、と氷の剣にヒビが入る。
「やった……!!」
ハーティアの薄ら笑いを消したのは、中から飛び出してきた激流だった。
「なっ、水!? きゃああああああああっ!!」
ハーティアは、びっくり箱のように突然現れたそれに吹き飛ばされて、壁に背中を打ち付けた。
「ハーティア!」
ディアナが心配そうに叫び、治癒の波動をハーティアへと送った。
「『ニンジャ』……貴様……あの一瞬で中に水を仕込んだのか!」
「さっき目配せがあったのでござる」
「目配せ?」
「ところで、お主には邪気があまり感じられない――優しいお方にござるな」
「くっ……く、ほんと、戦士なんてやめて大道芸人にでもなったら?」
「回復師か……長丁場になりそうだね」
やっぱりあれを完成させるしか手はない……でもあれには時間が――!
「はっ!」
考えごとをしていると、ハーティアが氷の破片を飛ばしてきた。とっさに同じことをして、空中分解させる。考えごともろくにさせてくれないなんて!!
手があるとすれば、ラギンに時間稼ぎをしてもらうこと……でもラギンにはディアナがついている……。そもそも、ディアナの強さはどれぐらいなんだろう? もしヘメラと同じように非力なんだったら、練成しながらでも闘えるかも!
「どこを見てるの!」
「え――」
ハーティアの接近に気が付かなかった。剣撃が私を襲う瞬間、水の壁にまぎれてラギンが私の前にやってきた。
「無事か、咲夜殿!」
「危なかったぁ……よし、ラギン! 交代しよう!」
「交代……?」
きょとんとしているラギンを尻目に、私はディアナの方へと向かった。
「あ、咲夜殿!」
「頼んだよーっ!」
大丈夫、あの剣が完成したら、私がとどめを刺す――! その間まで、お願い!
「なんて生意気な子なの……まさか『幸せ』って、甘やかされて育つこと?」
「いつも振り回されている、と銀太殿がおっしゃっていた」
「フフ、そうなんだぁ。でもあの子、勘違いしてるよ」
「む?」
「ディアナは、私よりずっとずっと強い――!」
**
「こんにちは」
「ふん、敵前逃亡とは。英雄の名が泣いているぞ」
サラリ、と金髪が揺れた。ぼざぼさになった髪が、もう元に戻っている。ラギンが与えたダメージも、ほとんど回復している。
やっぱり回復師……私でも、倒せる!
「戦略的撤退と言ってくれる?」
私は、剣の練成を始めた。もともと左が使えない身としては、これで両手がふさがったことになる。でも大丈夫。
私の周囲を守護するように、氷の欠片たちが対峙する。
「両手両足が使えなくても、あなたくらいなら――」
「ハン、私くらいなら、ねぇ……それじゃあ、お手並み拝見」
一瞬にしてディアナの周りに鏡が出現した。この数――私の氷を上回ってる!!
「きゃああああああああ!!」
鏡から放たれた閃光群に、私の氷は粉砕され、まぶしさも相まってよろめいてしまう。
「くっ……」
「これで、終わりだよ!」
眼が開かない。まっすぐ前に氷の閃光を飛ばしてみたけど、ダーツのように壁に突き刺さった音が聞こえた。
「ど、どこ!?」
「後ろだ!」
「咲夜殿!」
後ろを斬られる――。そう思った瞬間、キン、と短い音がディアナの剣を遮った。
「なんだ……その短い剣は――それは、《絶望》の《力》だな?」
クナイだ。闇の《力》を宿すクナイ。それが彼女の《希望》を食い止めた。
「ラギン!」
「無事で……ござるか……咲夜殿!!」
後ろから、氷の閃光が飛んでくる。とっさに振り向いたけれど、頬をかすめた。
「いつっ――」
「何が『仲間の力』よ。おんぶにだっこじゃない」
ここまで圧倒的なのは初めてだ。どうやってあの巨大な剣を創るか――それが勝機を握っている! でも私1人じゃ無理そうだ。かといって他には誰も――!
いる。氷の能力者が、私以外に――! この可能性に、かけるしかない!
「まだ手は残ってる――ラギン、そっち頼んだ!」
「む……承知」
「自分から交代と言い出しておいて……忙しい子だ。あいつはあれだな、バカだ」
「それにしては、嬉しそうに見えるが?」
「ハーティアのあんな顔も、見てみたいもんだね。あの子の顔は、いつも暗いから――さぁて、私もあんたが気になってきた! 来な、『ニンジャ』!」
読んでいただきありがとうございました。回想を多く入れると文字数が稼げるので作者的には楽です。ハーノタシア編はいきなりボス戦みたいなものなので、地球編よりも戦闘を長くしています。
次回、なつみとファントムについに決着! 第八話「あかり」。お楽しみに!




