第九話 敗者
「トウトーラ歴 39
シーボルスに仕えていた残党たちを筆頭に 『影の封印者』が結成された
リーダーの名は ディアナと言った」
――ハクシキーノの手記
英雄たちが過去へ向かい、もう半年が過ぎた。未来のために、過去へ希望をつなげた直後、時の魔王の進撃が始まった。ハクシキーノのおかげで時間稼ぎはできているが、この場所が割られるのも時間の問題だろう。この半年間、ここ周辺の森は攪乱のために破壊され続けている。
だというのに、私は――。
「へっ、もう半年も経つというのに、まだ俺様の《力》をモノにできないようだな」
私の中から、《悪魔》の声がする。
「黙っていろ……瞑想中だ」
「お母さん……」
魔王に対抗するには、単なる融合ではダメだ。英雄たち――あの子たちがまだ帰ってこない以上、私たちにできる手は限られている。
《悪魔》を、完全に自分のものにする――。その上で我が娘、エアと融合すれば――。
「お前の考えなどお見通しだ。それじゃせいぜい及第点ってところか」
「黙れと言ったはずだ」
「待っているんだろう? もう1人の『自分』を」
《悪魔》の指摘に、私はどきりとしてしまう。そう、その通りだった。
ヘメラ――。君が、いてくれたら――。
**
お兄ちゃんとヘメラの修行が終わったと銀太先輩が告げた。私はほっと胸をなでおろす。一刻も早く、ここから立ち去るべきだった。この次元の英雄たちが、あの巨大な渦の正体に気づいてしまう前に――。
「なんでも、そこまで炎圧の高くない炎で、あのラグレムって人の剣を抑え込んだんだと。神山もやるよな」
「無駄話は後! 修行が終わったんなら、さっさと帰らないと――」
私は焦っていた。この渦の出現、まったく私の予想と違っている。ちゃんとアイス・プリンセスと約束したわけではないけれど、私たちは行きと同じように帰りも2人の波長を合わせる予定だった。この世界の英雄が、3日後にはシーボルスを倒しに行くんだから、少なくとも3日以内にはプリンセスの《力》を感じ取れるだろう、そう踏んでいた。
私には、2つの誤算がある。
1つ目、この渦は、私とおばあさんがつくりだしたものじゃない。
2つ目、この渦は、プリンセスの関与が全くなしで現れた。
1つ目について、私はなつみ先輩の推論通りに結論を急いだ。でもそれはあり得ない。なぜなら――。
この時代の私のおばあさんは、現在の私やプリンセスよりも、純粋に《力》の差で劣っているはずだからだ。
2人の《力》を合わせて、やっとつくった過去への扉――それを私とおばあさんで作れるはずがない。だからこれは――「私たち」でつくったものじゃない。
プリンセスの《力》が向こうから感じられるなら――まだ安心できていた。2つ目の誤算は確定的に残酷だ。「こちら」は私が開いたのかもしれない。でも「あちら」から、プリンセスの《力》を感じない。だとすれば、導き出される結論はただ一つ。「あちら」――私たちの元いた世界――から、プリンセス以外の誰かが、故意に「扉」を開いた――。
「『あちら』と『こちら』? 咲夜か咲夜じゃないか? ごめん、ちょっとワカラナイ」
銀太先輩に話しても無駄だったか。その点、なつみ先輩は理解が早くて助かる。
「つまり――第三者が私たち、あるいは過去の英雄たちをどうにかしようと無理に『扉』を――?」
「そういうこと。もちろん、非力なパパじゃない。いい? 私を除いて、アイス・プリンセス、おばあさん、パパ。はい、『味方の』候補は全部消えた」
「おい、それって――」
今頃気づいたか、このアンポンタン。なつみ先輩の声が、不安げになる。
「新たな、『敵』――」
「それしか考えられない。だから急いで帰るんだよ!」
「おい待てよ、咲夜。まだ神山の修行が終わってない」
「はぁ!? なに馬鹿言ってんの? さっき先輩が自分で言ったんでしょうが! お兄ちゃんの修行は終わったって――」
「いや、銀太の言う通りだ。朔の修行は終わってない」
苦笑しながら、その褐色の肌にえくぼを浮かべる先輩。私たちは、もう修行なんて言ってる場合じゃないのに!
「朔の、《情熱》の修行が終わってない」
その時だった。私の恐れていた、最悪の事態が訪れたのは。
「ハ~イ! 時間旅行をお楽しみ中の皆さん、ごきげんよう!」
皮肉った高い男の声が、渦の中から飛び出してきた。もちろん、私の知ってる人じゃない。この邪気――『影の封印者』!
「あいつが、『扉』を開いたのか!?」
「銀太先輩、訊いてみる? それもあるけど」
奴らは、私たちが過去へやってきたことを知っている。時の魔王め、なんでも見透かしているというの? 狙いは、私たちか、それとも――。
「渦から、誰か出てきたよ! みんなの知り合い?」
無邪気に問いかけるニーナさん。この位置からなら、まだごまかせる。
「さぁ、誰なんだろー? ちょっと聞いてみますね」
苦手な飛行を試みた。いつもに増して、脚が震える。空中に身体が浮いても、どこか蛇行しているような気がした。
過去の英雄は、奴らにとって格好の獲物だ。この世界のおばあさんたちは、『影の封印者』のことを知らず、そして、弱い。
「あんた、何者?」
声の主の目の前にやってきた私は、嬉しい回答など期待せずに小声で訊いた。会話の内容を悟られちゃだめだ。そんなことになったら――。
「おやおや、ずいぶんとすごんでくれるじゃありませんか。その厳しい目つき、おばあさまにそっくりなようで。でもあなたの《声》は聞こえていますよ。あなたは今まで以上に、私たちを恐れている。なぜなら今この瞬間にこの時代の英雄を消しさえすれば――」
私たちは、いなくなる。
背筋を、冷たい汗が伝った。
「そう。あなた方はいとも簡単に時空の藻屑となり、永遠の敗者となるのです」
「やっぱり、あんたは『影の封印者』……」
男は、落ち着いた声で私の焦りを制した。静かに目を閉じ、首を横に振っている。
「ご心配なく。そんな簡単にあなた方を消したりしません。私たちが望んでいるのは、全力のあなた方の相手をし、そのうえで心――《感情》をへし折ってしまうことです」
瞬間、鋭い殺気が私を襲った。寒い。凍えるような寒さだ。これは、氷の《力》じゃない。――水だ。
「おや? 氷は水に強いのではありませんか? この星の創世と言われる氷属性がそのような様子では、さぞ神も残念でしょう」
奴の言葉に耳を傾けちゃだめだ。ここで、倒す!
「はぁーっ!」
私は瞬時に氷の短剣をやつの胸に突き刺した――はずだった。そこに、男の姿はない。
「あ、そうそう」
「瞬間……移動……!?」
あっさりと私の後ろをとった男が、半身をこちらに向けて下卑た笑いを浮かべる。
「今回の目的はあなた方ではありません。《影》です」
《影》。今いるメンバーの中で、該当するのは1人だけだ。
「そこを通して!」
高く、すべてをつんざく閃光のような声。それに反して、私の背中の渦からは、私のよく知る、暖かな闇の迷いが伝わっている。
「おやおや、飛んで火にいる夏の虫、ですね」
そういう、ことか――。私の理解が完全になる前に、男の閃光が彼女の胸を貫いた。
「へ、ヘメラ―――――――――――――――――っ!!」
「ふん、もろいものです」
勝ち誇ったように笑う男。その隙をついて、下から熱いアッパーが奴を襲った。
「てめぇ……!!」
「まだ、息はあります。私が回復させれば、なんとか」
お兄ちゃんと、おじいちゃんだった。
「ぐっ――英雄、あなたたちという人は――!!」
口の端から流れ出た血をふき取りながら、苦悶の表情を見せる男。この2人がいれば、もう大丈夫だった。
「修行はもういい! 俺たちは未来へ帰る!」
「し、しかし――《情熱》の修行がまだ……」
「そんなこと言ってる場合じゃない! こいつを――この世界にいさせちゃダメだ! このまま無理にでも……」
「青二才め――私が、やすやすと従うと思いますか? めいっぱい暴れさせてもらいますよ……最高の、《力》でね……!!」
男が肩を押さえ、苦しそうに身をかがめた。すると、青黒いオーラが奴を包み、奴の全身から、小さな青い何かが大量に這い出てきた。
「お、おえ――」
「あれは――蜘蛛?」
私は、思わずえずいてしまう。奴の気持ち悪さ、そして圧倒的な《力》に。
早くなんとかして、お兄ちゃん、おじいちゃん!
私の願いが通じたのか、お兄ちゃんが全速力で男へ向かう。その瞬間、渦の中から女の声がした。
「こいつの相手は私がする! あんたはちゃんと、修行を完成させな!」
具現化した巨大な紅い手が、渦の中から伸びてきて男の身体を掴んだ。そしてそのまま、渦の中に引っ込んでいく。
「な、なにをする!」
まさか、まさかこんなことになるなんて――私もお兄ちゃんも、驚きを隠せなくて呆然としていた。
「誰です? さっきの声は……」
おじいさんが訊いた。過去と未来。それを繋ぐ「扉」は、あの渦だけじゃない。そう、あの人が、私たちを繋いでくれた。
「あの人は――」
**
「ぐっ、な、何者ですっ!?」
「そりゃあこっちのセリフだよ。ま、誰であろうとあんたにヘメラを殺させはしない」
「――! なるほど、あなたでしたか。これはまた、ずいぶんと象徴的な人が来たものだ。ですが結果は同じです。それを今から、証明してみせましょう」
あの人は、あなたの娘で私たちの母。
神寺宮、炸亜。
読んでいただきありがとうございました。後半なんかいろいろ詰め込みすぎてしまった感がありますが、話数が膨らむのを抑えて急ピッチで進めていきたいと思います。
次回、「Time02:Advanced Future」。お楽しみに!
※追記(2016.12.05)
誤記訂正
「理解が高くて~」→「理解が早くて~」に訂正
※追記(2016.12.11)
次話を「Time02:Advanced Future」に変更




