第七話 友人
「ねぇ、人を好きになるって、いけないこと?」
「え? ど、どうして?」
「だってその分、傷ついてしまうから」
「そっか、それは辛いよね。だけどさ、ニーナちゃん。今大好きな人より、もっと好きな人ができる日が来るかもよ?」
「ふゆみちゃんは、好きな人いないの?」
「え?」
「私に同じこと言われたとして、納得できると思う?」
――ある血縁者の会話
春は、出会いと別れの季節、なんて言ったりする。
厳しく、冷たい冬の雪が解け始め、木々が新しい朝に芽吹いていく。だけど、その代償に、今まで持っていた大事なものを、手放さないといけなくなる季節でもある。
春はきっと、そんな季節だ。私が朔と出会ったのも、春だった。
春に出会い、夏に熱く激しく燃え、秋にすれ違っても、冷たい冬を越して、愛し合える関係。
世の中の人って、そんな恋愛をしているのだろうか。
私の名前は新垣なつみ。夏に生まれた、大きな赤ちゃんだったらしい。
父親からの手紙に、そう、記されていた。
**
「先輩、こっちだよ!」
ぼうっとしていると、咲夜ちゃんの氷の剣が、私の目の前で振りかざされていた。急いでバリアを張るけれど、バリアは斬撃に弱いんだった。腕を剣撃がかすめ、血が流れる。
「ぐっ」
「何を考えてたの? 『敵』を前にして」
咲夜ちゃんが、誇張して笑う。この子は、戦闘を楽しんでいる風にさえ見えた。私は――。
私は積極的に、咲夜ちゃんとやりたがっていたわけじゃない。美海さんが、咲夜ちゃんと組むなんて言うから、1人きりのおばあさんを放っておけないと思っての行動だった。
だから、私たちがこんなことをすることに、あまり意味なんてない。問題は――。
上空でやりあっている、いや、一方的な勝負と言った方が正確かもしれない。美海さんに殴られ蹴られる、おばあさんを見上げた。
喧嘩しているからって、ここまで年齢差のある女の子を痛めつけるだろうか? 美海さん――朔と咲夜ちゃんのおばあさんは、《冷徹》、そういうことなんだろうか。
「ぐっ!」
美海さんの細く長い脚で、上空から蹴落とされるおばあさん。必死で起き上がったその顔は、傷だらけだった。美海さんはその様子を、《冷徹》に見つめている。
「ニーナ、何が気に入らないの? 私は――あなたと友達になれたと思っていたのに」
「私も、だよ――だからこそ、許せない!」
美海さんは何も答えず、無数の氷の閃光をおばあさんに浴びせた。私が重ねて防御しないと、防ぎきれない!
おばあさんのもとに向かおうとした私の足が、動かなかった。足が凍り付いている。
「咲夜ちゃん、今はこんなことしてる場合じゃ……」
「何言ってるの? ニーナさんの方についたのは先輩じゃん! その時点で私たちは、敵同士なんだよ」
また、「敵」――。
「きゃああああああ!!」
少女の悲鳴がこだました。私は見ていることしかできなかった。
「これは単なる修行なんだから、本気でやりあう必要なんてない! 咲夜ちゃんも、美海さんも……」
「私たちを打ち負かす、って言ったのも、先輩だよね?」
「それは、言葉のあやというか――」
咲夜ちゃんは、冷たい眼をして答えた。
「分かってるよ、全部。か弱い少女を、自分のおばあさんを、放っておけなかったんでしょう? それって」
その言葉を聞いたとき、私の視界は一瞬、真っ暗になった。
「ひいきだよね?」
ひいき? ひいき、ひいき。それは、言葉ではなく、何か別の――そう、動物の鳴き声のように聞こえた。
「私がニーナちゃんを守りたいと思うのは、当然だよ、だっておばあさんなんだから! それは、それはひいきとは違うよ。どうしちゃったの? 咲夜ちゃん」
「どうだか」
咲夜ちゃんの声は冷たい。攻撃を一方的に浴びているニーナさんに、とてもさりげなく、氷の閃光を1本撃ち込んだ。
「な、なんてことを……」
「いいじゃん、私がやったってわかんないんだし。それに、『分かったって別にいい』よね? そういう条件で闘い始めたんだから」
「な、なにを――咲夜ちゃん、この氷解いて!」
私は焦っていた。一方的にやられるおばあさん。それを冷たい眼で見つめている美海さん。私の言葉が全く通じない咲夜ちゃん。
私は、どうすればいい?
「私はさ、イライラするんだよ」
「え?」
「先輩はとっても優しいし、頼りになる。ずっと友達でいたいって思う。でも、先輩のそんな姿を見るたびに、私は――」
自分の性格の悪さに、イライラするの!
咲夜ちゃんの右手が、私の頬を叩いた。
私たちは、いったい何をしているんだろう。
**
「なつみちゃん、だっけ? あたし英語で一緒のエミ。覚えてるっしょ?」
覚えてない。
「え、ええっと……」
「ウッソー! まさか覚えてないの? 隣の席なのに!」
「え、あ、そうだったのか……ご、ごめんなさい……」
「まぁいいや、せっかく授業一緒になったんだし、どっか遊びに行こうよ! あ、駅前にできた新しい店知ってる? あのブランド、結構いいカンジでさー」
この強引さはなんなんだ? ちょっと気圧される。
「え、あ、でもファッションとかは、ちょっと……」
「あ、あんま興味ない? なつみちゃんって細いし、いいと思うんだけどなー。あ、ヨッシー!」
数人のグループを見つけ、女の子は手を振っている。この広い構内で、よく見わけがつくものだ。私は、お世話になった教授しか顔と名前が一致しない。
「おっすエミ。これから飲みに行かね?」
そんなフランクに、誘うものなのか。飲み会って。
「いいねぇ、いこいこ。あ、じゃあまたね、なつみちゃん」
「あ、ああ……」
遠くでエミコ、いや、エミだったか? の声が聞こえた。
「あの子と買い物行きたかったんだけど、ダメみたい」
「ああ、新垣だろ? あいついつも1人だし、髪型とかも男っぽいし、そういうの興味ないんじゃねぇ?」
「そうなんだー」
「ま、」
ノリ悪い奴とは、付き合わないほうがいいよ。
私は、私は――ここではうまくやっていけない。
「あ、いつも一人と言えばさあ、神山、だっけ? あいつ今日来てたらしいよ」
「あ、あのぼさぼさ頭のでしょ!? まじウケるー!」
「俺前ノリでさぁ、『いいヘアカラーだね』って言ったの。したらさぁ、めっちゃちっさい声で、『地毛……』だって笑」
「あれで地毛とか絶対嘘でしょ笑 ウケ狙いだったのかなぁ笑」
「俺もう2度と話しかけたくねえわー」
神山朔。彼のことは知っている。何度か見かけたことがあるくらいだけど――きっとあの子の栗色の髪は、地毛だろう。そういう人も、中にはいる。
それを知らないファッショナブル気取りの金髪、お前それ全然似合ってないぞ。
私は、こいつらが嫌いだ。
私は、この場所が嫌いだ。
私は、自分が嫌いだ。
**
「自分の性格の悪さにイライラ――? そんなこと、私にだってあるよ!」
私は足に神経を集中させる。私の靴がサボテンにコーティングされ、緑色に変わる。サボテンが膨張し、その鋭いとげで私は内側から氷を破壊した。
「うそ、私の氷が――」
あっけにとられている咲夜ちゃんの頬を狙った。バチン、と音がした。
沈黙――。やってしまった。どう謝ろうか迷っていると、唐突に咲夜ちゃんが笑い始めた。
「あは、あはは、あはははは! 先輩だって、そうなんだ……はぁ~、よかったぁ。私だけ性悪女だと思ってた」
「え……?」
一息ついて、満面の笑みを見せる咲夜ちゃん。その笑顔は、いつもより少し幼く見えた。私は別に性悪女であると認めたわけじゃ……。
「誰にでもあるんだよね、《影》って。それで、いいんだよね」
《影》――朔のそれと対峙した時、私はいやおうなしにそれを視認した。負の《感情》がかたちを持ったものがあれなら、私も、咲夜ちゃんも、ああいうものを内在させているというのか。《影の封印者》は、どういうわけかそれを封印しようとしている――それと人類の石化、英雄との敵対、どういうつながりがあるのだろう。
前に咲夜ちゃんが言っていた。ニュクスは《影》を肯定するのだと。人間の中に眠る負の《感情》――それを排除することなく、受け入れるのだと。
うん、私も、そっちの方がいいと思う。
そっちの方が、人間らしい。
「取り乱してひどいこと言ってごめん。本命はあっちだよね。だけど協力はしないよ? 私という壁を乗り越え、おばあさんを救ってみるがよいっ!」
私を指さし、芝居じみたセリフを言う咲夜ちゃん。すっかりいつもの、可憐な女の子だ。
「さっき私に『敵』って言ったの、本心?」
「さあね!」
質問には答えず、私に殴り掛かってくる。別にどっちだって、気にしちゃいないさ。冷気が、彼女の拳を覆う。私は地面からツルを出現させ、咲夜ちゃんの全身を縛った。
「いつの間に!」
「へへ。私も、強くなった?」
「うん。……にしても、先輩ってそういう趣味があるんだねぇ~……これは夜がお楽しみですなぁ」
「何のこと? ちょっとおとなしくしててよ」
私は大きな花びらを重ね、じゅうたんで美海さんのところに向かう。私たちと違って、おばあさんは飛べなかったはずだ。きっとさっきは無理やり上空に連れ出されてやられていたのだろう。
美海さんから、咲夜ちゃんよりもずっとずっと強い冷気を感じる。でもそれは表面的なものに過ぎない。心の奥深くから、熱い愛情が伝わってくる。
おばあさんだって、そうだ。今は暴走気味でも、本当は美海さんが好きで好きでたまらないんだ。だからこそおばあさんは、いや、あの小さな女の子は――。
揺れている。みんな、本当は友達同士だって分かっているのに!
素直じゃないなぁ。でも、それも人間らしさ、だよね?
読んでいただきありがとうございました。好きなキャラの回は、本筋以外が長くなりがちで、それが原因でどんどんプロットから遅れていってしまいます。これから彼女らの地球での生活も徐々に描写したいところ。
次回、第八話「勇者」。お楽しみに!




