第六話 美人
「人と出会う喜びがあるから、人と別れる辛さがあるのでしょうか。それは釣り合っているのでしょうか。同じ、重さで」
――ハクシキーノの独り言
「神寺宮咲夜さん――あなたならきっと、大丈夫です。過去へ行き、あなたなりの未来を勝ち取ってください」
私は、目の前にいる過去の英雄たちを眺めながら、アイス・プリンセスの言葉を思い出していた。
私なりの未来――私は、この闘いが集結したらどうするんだろう。世間的には中学中退ってことになってるし、大検とって大学行って――それで普通の会社に就職して――そんな生活を送るのだろうか。そのころにはもう、自分が英雄として激闘を繰り広げていたことなど、記憶の隅にかすんでしまうだろう。
そんな権利が、私にあるのだろうか?
帝王シーボルス、ネクロー、クライム、魔王……この星には、数えきれないほどの脅威が迫ってきた。それを排除したら、自分たちはのうのうと地球に帰って普通の生活をしていいのか?
きっと、私のおじいさんとおばあさんも同じことを考えたはずだ。だからこそ彼らは――。
「ねぇニーナ。どうして怒っているのか教えてくれない?」
身をかがませ、ニーナさんに目線を合わせておばあさんは訊いた。ニーナさんはそっぽを向いて答えない。
きっとニーナさんは、複雑な感情をうまく表現できずにいるんだと思う。この、シーボルス討伐の直前になって。
自分たちの未来が、どうなるのか。
ニーナさんは、私のおじいさん、炸人を愛していたはずだ。でも彼女の恋は叶わなかった。彼は安藤美海と結婚した。コロウさんが、彼女を愛していたことなど知らずに。
「いろいろな未来があるのですよ――あなたが私を殺めた未来、殺めなかった未来――あなたのおばあさんと、コロウが結婚した未来もきっとあるでしょう。たとえそうだとしたら、私の隣にいる人は、まったく違う人だった」
再びアイス・プリンセスの言葉を思い出す。平行世界では、そういう未来もあったのだろうか。私と、なつみ先輩が出会わない世界――どっちの方がよかったんだろう。
私たちは未来から来た。だからこの、「過去の」英雄たちがどうなるのかということを事細かに知っている。生き残るのはダグラだけ。他の英雄はみんな悲惨な最期を遂げる。どこでそうなった? たとえば、私たちが今、コロウさんを後押しして無理やりくっつかせれば、ああいう悲劇は起こらないんじゃないのか? そうすれば、私たちは消える。存在しなくなる――だけどそれで、英雄たちの未来が明るくなるのなら――。
「何考えてるの? 咲夜ちゃん」
「なつみ先輩……」
その表情は、どこか物憂げだった。大方、お兄ちゃんが暴走したのだろう。温厚でおせっかいななつみ先輩、そして朔という1人の人間を愛しているなつみ先輩からすれば、ショックだったのかもしれない。私なら、「またかよ、バーカ」で一蹴して終わりなんだけどなぁ。
「とにかく、修行してもらおうよ。こっちから頼んだことだし」
そうだ。なつみ先輩は涙を流してまで過去の英雄たちに修行をお願いした。私は、いつも悩んでばかりだ。だけど、なつみ先輩の笑みを見ていたら、まだ頑張れそう。
「ねえ、ニーナちゃん。私たちの修行を手伝ってくれないかな?」
「ごめんなさいふゆみちゃん。ニーナは今怒っていて――」
「……いいよ」
おばあさんの言葉を遮って、ニーナさんが小声で言った。なつみ先輩が笑った。
「ありがとう」
「ニーナ……」
すかさず、私もお願いする。
「私からも、お願いします」
「サキちゃん、言ってくれたよね。仲直りできるって。――試してみるよ」
**
「ほら、始まるぞ」
「別にわざわざ見学する必要なんてないじゃないですか。2人に水を差すようなことを――」
私たちが広い場所に移動すると、おじいさんとコロウさんがついてきた。小声で何かを話している。お兄ちゃんは、ヘメラが治癒しているだろう。
「お前の鈍感なところは未来でも同じなのか。今、2人の――いや、4人の精神状態は不安定だ」
「この世界の《力》の源は《感情》――それが不安定だと」
「ああ、なにが起こるか分からない」
「行くよ! ニーナ、サポートお願いね」
「……」
答えないニーナさんに、おばあさんも何も言わなかった。ただ、困った顔をして笑っただけだ。私のおばあさんは、とっても綺麗だった。
「あのサキとかいう女」
「なんです?」
「美海に似て美人だな」
「……そうですか?」
「はっ!」
私のおばあさんの氷柱が私に向かって伸びていく。氷の壁を出現させて、進攻を止める。先端が折れて、綺麗に輝いた。
「反応速度が速い――」
「先輩! 今がチャンスだよ!」
なつみ先輩がどっちを狙うかはわかっている。
「はっ!」
高速で新緑のツルが、私のおばあさんに向かっていく。やっぱりね。「優しい」先輩が、小さな肉親を攻撃するわけがない。
逆に言えば、私が「冷たい」ってこと?
いや、考えるな考えるな。なつみ先輩が特別優しいだけ。さっきの私の反応は正しい、よね? 向こうから攻撃してきたんだし。
なつみ先輩と一緒にいると、自分の《冷徹》さが浮き彫りになる。それは能力者としてのこと? それとも、純粋に私の性格の悪さ?
「……多分後者だな。はーっ、私って嫌な女」
「なんか言った? 咲夜ちゃん」
「ふゆみちゃんの攻撃も速い――防御が間に合わない……ニーナ、助けて!」
そんなことを話しているうちに、ツルが私のおばあさんを襲う。《力》を充填し、気功波を放った。
「美海は何もわかってない!」
気功波は高速で向かう。
私のおばあさんに。
「え――」
私は思わず、氷の壁で私のおばあさんを護った。さすがに手加減したらしい、威力は大したことなかった。
「な――」
誰もが、状況の把握に脳をフル回転させた。なつみ先輩が、私のおばあさんの足に絡まったツルを解いた。
「な、何をするの!? ニーナ!」
珍しく私のおばあさんが声を荒げた。空気が、冷たい。ニーナさんは顔を真っ赤にして、今にも泣きだしそうだ。その泣き顔は、なつみ先輩にそっくりだった。
「……シーボルスを倒したら、2人はどうするの?」
「え? 2人?」
「いなくなってしまうくらいなら――ずっと足止めするよ、みんなを!」
「な、何言ってるの? ニーナ……」
「あ、それは私が――」
「この闘いは中止だ!」
説明しようとしたなつみ先輩の言葉を遮って、コロウさんが割って入った。
「何もかもめちゃくちゃだ! ニーナ! お前、美海に何をしたのか分かっているのか!」
「……わかってるよ」
「お前っ……!」
コロウさんが怒りをあらわにする。彼の周りに、水の音がゴボゴボと鳴り始めた。
「仲間割れはよしましょう。みんな一旦落ち着いて――」
「炸人は黙ってて」
「え?」
おばあさんの、静かな怒りと、ニーナさんの真っ赤な怒り。対照的な《感情》は、《力》の放出で丸わかりだ。
「いいわ、ニーナ。そっちがその気なら、私はサキちゃんと組む」
「美海は――私のことを何も知ろうとしないから……!」
ニーナさんの言葉を無視して、おばあさんがこっちに歩いてくる。ひどいすれ違いだ。
「ね、そういうことだから、協力してくれるよね?」
おばあさんの全力の笑顔。怖すぎる。有無を言わせない圧力を感じる。
「あ、は、はい」
反対に、なつみ先輩が一人きりのニーナさんのところへ向かっていった。
「じゃあ、私たちであのお姉ちゃんたちを打ち負かしてやろうか」
「うんっ……!」
ニーナさんの全力笑顔。かわいいっ……!
「女、テメェ……」
「まぁまぁ、2人が納得するなら、好きなようにやらせてあげましょう」
確かに、私たち4人は今めちゃくちゃかもしれない。だけど、お互いに同じ属性――同じ肉親と組むことで、見えてくることがあるかもしれない。これも修行の一環と思えば、悪くはないよね。
なつみ先輩だって、こう思っていたはずだ。
やろう、おばあさん。
読んでいただきありがとうございました。この4人大好きだ……!! (末期)
文書の検索をしたところ、
美海……168件
ニーナ……391件
咲夜……148件
なつみ……177件
あれれ~?(すっとぼけ)
次回、第七話「友人」。お楽しみに!
※追記(16/11/6)
「身をかがませ、~」のあとの「ニーナ」を「ニーナさん」に変更
検索の件ですが、「ニーナ」だと「にな」(例:ムキ「にな」って)も結果として表示されるようです。
さすがにおかしいと思ったぜ……ビビらせんなよな(汗




