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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第四章 未来に進むために、過去と向き合う
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第二話 図書

「トウトーラ歴37

 炸人がダグラに敗北する その瞬間 美海が目覚めた 小さな宝石が 彼女の涙からこぼれた」

――ハクシキーノの手記

 「どこから、やり直すんだ」


 闇の国の地下、パパの研究所の医務室にやってきたダグラが言った。寝たきりのニュクスは、少しだけ笑うと、ゆっくりと口を開いた。


「どこからも、やり直さない。ダグラ、私たちは未来へ進むために、過去へ行く」


「どういうことだ」


「かつての英雄――お前も含めて――が、帝王シーボルスを倒しに行く三日前、そこに今の英雄たちを送る」


「なんだって」


 ダグラが大げさに驚いた。私とお兄ちゃん、なつみ先輩は黙って二人の会話を聴いている。


「あの頃の俺たちは、今の朔たちより弱い。シーボルスはネクローと同じぐらいの強さだ。君と朔が融合した時点で、その《力》は超えている。今更かつての俺たちに会ってどうする。そんなことより、やはり幹部戦をやり直した方が――」


「ダグラ」


 静かにニュクスが制止した。


「過去を変える《秘宝》――それは本来邪道だ。過ぎ去った過去を都合のいいように改変するためになど、使ってはいけない。私たちは魔王を倒すため、さらなる高みへ向かう。そのために、過去を利用するだけだ」


「だからと言って、過去の俺たちが修行を手伝ったところで、助けになるとは思えない」


 ニュクスがまた、笑った。その顔は少女のように無邪気だ。ニュクスが過去に思いを馳せるとき、エアのように若返っている気がする。


「お前は過去の自分たちを過小評価しすぎだよ。《力》の強さだけが、能力者の強さじゃない。考えてもみろ、私たちの幹部戦は朔を除いて、大技で力づくで決めたに過ぎない」


 私の巨大氷蕾。お兄ちゃんとヘメラが融合して放った一撃。ラギンの蒸気。なつみ先輩の花吹雪。そしてニュクスとお兄ちゃんの太陽――。確かに、ニュクスの言う通りだ。


「そんな戦法は、これからの敵には通用しない――これからは、複数人で連携しながら闘うことになるだろう。それを学ばせてもらうんだ。過去のお前たちから」


「しかし――お前を攻撃した後、魔王はまた姿を消したのだろう? 何か、奴を止めるもっと有用な使い方がありそうな気がするが……」


 そう、お兄ちゃんの話では、時の魔王はニュクスを気絶させた後、何もせずに消えたという。融合していたお兄ちゃんには、意識がまだ残っていたそうだ。


 私たちを殺さなかったのは、何故だろう?


「《すべてをやり直す力》――この《秘宝》を生み出した《冷徹》な女は、お前が正しい時に正しい使い方をするだろうと見込んで、この秘宝を預けた。違うか?」


「美海――」


 ダグラさんは、おばあさんの名を呼んだ、今は異なる世界にいる、氷の女神。


ニュクスは、ダグラから受け取った《氷の秘宝》を掲げて言った。


「もう一度言うぞ、ダグラ。人は前に進むしかない。――朔が、そう教えてくれた」


 その場にいた全員が、うなずいた。


**

 

「三か月?」


ベッドを用意してくれたアイス・プリンセスが素っ頓狂な声を出した。


「そんなにかかるのですか」


「それだけ魔王の一撃は重かったということだろう。身体を動かせないから、回復装置も使えない。妥当な期間だ」


「三か月たったら、私たちは過去に行くんだね」


「私はいかないぞ。あと炸亜と佐久間もだ」


 ニュクスが笑った。天井を見つめる瞳は、なぜか輝いている。


「どうして!? ニュクスが言い出しっぺなのに!!」


「闇の英雄は、まだ生きている。私はここに残って、エアとダグラと修行する。炸亜と佐久間を行かせると、未来が変わってしまうかもしれないしな。あいつらを行かせても目的と逸れるし、仕方がないだろう」


「ヘメラは? ヘメラはどうするの?」


「二人の光の英雄は――死んでしまったじゃないか。ヘメラは行くといいさ」


「それ、寂しくないの?」


 私は少しおちょくってやるつもりで訊いた。そして、自分の軽はずみな行動を後悔した。


「寂しいさ」


 ニュクスは、ずいぶん自分に正直になった気がする。前よりもっともっと、人間臭い。もちろん、いい意味で。



 三か月が過ぎた。ヘメラの力を借りて治癒を完了したお兄ちゃんたちは、決意に燃えている。


 「ハクシキーノのところへ行くぞ。あそこから過去へ向かうのが安全だ」


ニュクスの言葉を信じて、私たち全員は植物の国の奥の奥、大火災など無関心とでもいうような鬱蒼なジャングルの、その先にある大きな屋敷に足を踏み入れた。


 「お待ちしておりました」


ハクシキーノが丁重にお辞儀をした。チャームポイントである小さな丸メガネが輝いている。頭は、前会った時よりさらに後退しているような気がした。それでも、この博識な男は、


 何千年も、生き続けている。


「ニュクス、この人は?」


「あ、お兄ちゃんは初めてだっけ? 《第三の世界》からの監視役が小夜嵐だとするなら、ハクシキーノはこの世界の、自主監査役みたいな人だよ」


「ハクシキーノには、全世界を見渡し、会話を傍受できる《力》がある。何千年も前から、この世界を見渡し続けているんだ。その記録は――奥の扉を開けた先にある」


 まるで軽率な侵入者を拒むように閉ざされた固い扉。その先には――。


何千、何万、何億をゆうに超える図書が収められている。


「ここが、ハクシキーノの巨大書庫――ハーノタシア図書館だ」


「この星の歴史を、手記と会話録で書き記しております。どうぞご自由に、ご覧ください」


この世界が誕生してすぐのころから、つい最近に至るまで、年代順で創世記と手記が並べられている。お兄ちゃんが創世記を手に取った。


「ハーノタシア星創世記――第一章 第一節」


  『おおきな ちからのかたまりが こおりのりんかくをおびて ばくはつした

   かれはかたちをもち このほしをつくった』


「この星は、氷の《力》によってつくられたのか」


「うん、そうだよ。氷の究極の《力》、それは世界を創りだすこと。もちろん、あたしにはそんなことはできないけれどね」


 私は、ハクシキーノの手記をめくった。


  『トウトーラ歴38

   炸人と美海が結婚 ニーナは学校のため出席せず』


 私たちのおじいさんとおばあさんが一緒になった年。その場に、ニーナはいなかったのか。


「そして、時間を遡るのにも、氷の《力》が必要だ。咲夜、アイス・プリンセス。お前たちの力を借りるぞ」


背後から、ニュクスが言った。アイス・プリンセスは満面の笑みだけど、私は納得できない。


 アイス・プリンセス、どうしてあなたは生きているの?


あの子を殺した私が、あの子と並ぶ資格なんか、ないかもしれない。アイスプリンセスはなぜ、私にあんなに友好的なのだろう。


 この三か月間、怖くて訊けなかった。私ってやっぱり繊細? というより、小心者、か。


「お母さん、そろそろ――」


エアが促した。ニュクスがうなずき、ばらけていた全員を集合させる。


ニュクスが声高に宣言した。


「全員そろったな。私、エア、アイス・プリンセス、そしてダグラを除いて、ここにいる全員が過去へ向かう。目的は過去の英雄たちに稽古をつけてもらうことだ。いいな!」


みんなが、うなずいた。


「注意事項がひとつある。それは、自分たちが未来から来たこと、そして過去の英雄の関係者であることを黙っておくことだ。名前ももちろん、偽名を使え。お前たちの影響で、未来が変わることは避けたい。わかったか?」


「はい!」


「よろしい。咲夜、アイス・プリンセス。こっちへ」


 私とアイス・プリンセスが、広大な書庫のさらに奥にある扉の前に並ぶ。ニュクスから神妙に、青白く光る《秘宝》を受け取った。


「《氷の秘宝》――」


「この小さく光る宝石、これはお前のおばあさんが《力》に覚醒した時に生み出された特別な力だ。これにお前たちの《力》を乗せ、過去への扉を開け」


「うん……」


アイス・プリンセスとの共同作業。緊張して、うまく話せなかった。


「あ、あの、アイス・プリンセス、は、さ……」


「やりましょう、咲夜さん」


にっこりと笑うアイス・プリンセス。私はその先の言葉が見つからなかった。


 「本当に私だけ、行ってもいいの?」


「ああ」


後ろでは、ニュクスとヘメラが話している。2人の話が終わったら、始めることにしよう。


「でも……」


「ヘメラ、修行もそうだが……お前は久々に英雄に会い、楽しんでくると良い。私はお前に何度も救われた。お前には――そうするだけの権利がある」


「だったら、エアとニュクスと、三人で行きましょうよ」


ニュクスが、儚げに笑った。今度の表情は、少し大人びている。


「私は――きっと英雄に会ったら抑えきれなくなるだろう。その『落差』に、また《絶望》してしまう」


 その『落差』――私には、意味が分からなかった。ニュクスの次の言葉を待ったけれど、ニュクスは目を閉じ、大きな声でこう言っただけだった。


 「二人とも、始めてくれ!」


お兄ちゃんたちタイムトラベラーが、ずい、と私たちの後ろに寄った。もう、急かさないでよ!


 アイスプリンセスが、私の手の上の《秘宝》に手をおいた。光が、強くなる。


「ね、ねぇ。アイス・プリンセス……」


訊くチャンスは、今しかない!


 「どうしてあなたは、生きているの?」


アイス・プリンセスは、私を見て小さく笑うと、DTの渦を巻き始めた扉を見て、言った。


「私、あなたに感謝しているのです。あなたがあの時私にとどめをさしていれば、私はいま、こうしてあなたの手を握ることはなかった」


「え――」


「いろいろな未来があるのですよ――あなたが私を殺めた未来、殺めなかった未来――あなたのおばあさんと、コロウが結婚した未来もきっとあるでしょう。たとえそうだとしたら、私の隣にいる人は、まったく違う人だった」


「アイス・プリンセス――」


「世界はきっと面白いものです。時の魔王が思うよりも、ずっと……」


 扉が白く輝いた。まぶしくて、とっさに片目をつぶる。


「アイス・プリンセスっ――」


なぜだか、アイス・プリンセスは目をつぶっていない。恍惚の表情を見せ、言った。


「神寺宮咲夜さん――あなたならきっと、大丈夫です。過去へ行き、あなたなりの未来を勝ち取ってください」


「うわっ!」


 突然、扉に巨大な渦が浮かび上がった。扉に吸い込まれていく。遠くで、ニュクスの声が聞こえた気がした。


 「目標、トウトーラ歴37! 打倒シーボルスの3日前だ!」


「うわああああああああああああああああ~!!」


意識が薄れていく。小さいころ、ママに抱かれながら眠る瞬間を思い出した。



私なりの、未来――。


 まだ、想像がつかなかった。



**



「本当だって! きっと集団で誰かに襲われたんだ!」


「馬鹿を言うな、炸人。ここは闇の国の荒野。シーボルスの配下は、全員排除したはずだ。誰もいるわけがない」


「コロウ、新手が出たのかもしれないわ。とにかく手当を……」


「それなら私に任せて!」


「お、目が覚めたみたいだ!」


 「う、うーん……」


視界がぼやける。でも、どこかで見たような景色が広がっていた。と、突然お兄ちゃんそっくりの瞳が、私の視界をふさいだ。


「おい、大丈夫か?」


「う、うわあ!」


 つい、のけぞってしまった。


「大丈夫? あなた、名前は?」


美しい色白の女の子。私と似た服を着ているけれど、胸のふくらみはケタ違いだ。


だんだん頭がはたらいてきた。そうだ、私たちは過去へ向かって――。


 立ち上がってその集団を見渡す。お兄ちゃんそっくりの栗色のはねた髪。私そっくりの綺麗な黒髪の女の子。鋭い目つきに青い髪の男。灰色のマントに、大きな剣を携える剣士。一番後ろでこぢんまりとしている黒いフードの男。そして――


 なつみ先輩にそっくりな、褐色の女の子。


 間違いない、ここはトウトーラ歴37――日本の西暦で言うと1982年。今から68年前の、闇の国。


 そしてこの人たちは、シーボルスを倒した、英雄だ。


読んでいただきありがとうございました。最近文字数多いな……。娘を自分の父親のところに送り出す母親、(つまり炸亜)の描写もしたかったのですが、文字数の加減で諦めました。

次回、「Time01: Future」。お楽しみに!


※追記(2016/9/18)

次回の話を第三話からTimeに変更しました。

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