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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第四章 未来に進むために、過去と向き合う
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第一話 大木

「トウトーラ歴 24

 植物の国で男児を拾う 彼は神寺宮炸人と名乗った」


――ハクシキーノの手記

**


 「やっぱりここにいたのか、ダグラ」


「炸亜……俺はどうしたら……なつみを守れなかった」


「ったく……一対一の勝負なんだから、そりゃ助けられないだろうに」


「久しぶりですね、炸亜。大きくなった」


「よう、ハクシキーノ」


「炸亜……俺はこれを使って、時を巻き戻す。そしてなつみの代わりに、俺が闘う」


「待ちな、それを使うのは今じゃない」



**


気配もなく私たちの後ろに出現した女。誰かはわからないけれど、ただものじゃないことはわかる。この場にいるすべての人が、硬直して動けなかった。


「時の魔王だな」


朔と融合したニュクスが、口を開いた。この女が、魔王――? そういえば、咲夜も魔王が女かもしれないと言っていた。


「ええ、そうよ。でもすぐに忘れてしまうわ。あの二人の英雄のようにね」


「私は忘れない――今の私なら、お前の《力》に抗える」


「どうかしら、それにしても――」


 魔王がアイス・プリンセスに目くばせする。


「英雄に殺されたと思っていたけれど――裏切り者になってまで生きながらえたのかしら?」


「私は、この次元の人間ではありません」


「なるほどね。まったく、どこにいても英雄ってのはおせっかいなものね……」


 ふう、とわざとらしくため息をつく魔王。私たちには、状況が呑み込めない。


「答えろ。なぜお前は《影》を封印しようとする。お前の最終目的は、なんだ」


ニュクスが、一歩詰め寄った。その禍々しい気迫に、味方ながら気圧されるというのに、魔王は意に介さない。


「最終目的? フフフ……強いて言うなら」


 それは一瞬だった。魔王の右手から、激流の気功波が放たれた。ニュクスの身体に直撃し、あとには倒れこんだニュクスと直線状にえぐられた地面だけが残った。


「ニュクス!」


 「世界を――創りなおすことかしら」



**


 「本当に英雄なんだろうか?」


なつみ先輩は、私の言葉を繰り返した。私がこういう風に、自分の感情を吐露(とろ)するのは初めてかもしれなかった。それがなつみ先輩で、よかった。


「それって、どういうこと」


「私は――かつての英雄と違って、すごく――弱いの」


「そんなことない、咲夜ちゃんはずっと強いだろ」


「あ……そういうことじゃなくて、うーん、なんて言うんだろう」


言葉を探した。だけど、うまく見つからない。このままずっと、ウダウダしていたかった。


「私は、パパに言われるがままここに来ただけ。お兄ちゃんはニュクスに頼まれた。そしてなつみ先輩は」


「エアに」


「そう。なんていうか、自主性? 自発性、だっけ? そういうのが、ないような気がするの。想いが負けてる気がする、私のおじいさんたちに」


「ふふ」


 なつみ先輩が笑った。白い歯がのぞく。目を細めた先輩は、儚いほどに美しい。


「なに」


「咲夜ちゃんって、意外と繊細なんだな。そんな風に思っているなんて、思わなかったよ。やっぱり兄妹だな」


繊細――そうなのだろうか? 自分ではよくわからない。ていうか!


「やっぱり兄妹ってなに!? ば、馬鹿にしてるの!?」


「ああ、違う違う! あはは。誉めてるんだよ」


「え?」


その真意を告げずに、なつみ先輩は言葉を続けた。


「咲夜ちゃんがもし――自発的に闘うことだけをよしとしているなら、それは違うよ。頼まれたことを遂行できるって、本当に素晴らしいことだと思う」


「頼まれたことを、遂行?」


「遂行、っていうと難しいかなぁ。でもさ、この星には幸運にも私のおじいさんもいたし、咲夜ちゃんのお母さんとお父さんもいた。なのにわざわざ咲夜ちゃんを呼んだってことはさ、それだけ期待されてるってことだよ」


「私は――」


 目を泳がした。怖い。何が? 


 本心を、語るのが。


「プレッシャーなの。ニュクスとネクローに、完敗した。英雄英雄っていうけれど、本当のヒーローなら、もっともっと強いはずでしょう。私は、そうはなれない」


「咲夜ちゃん」


 なつみ先輩が身体を起こして私を見つめた。


「咲夜ちゃんは高校生だもの、地球にいれば、楽しいことをたくさんできた身だ。それがこんな戦地で命がけの勝負をやっているんだから、そりゃプレッシャーだよなぁ」


「なつみ先輩だって、同じでしょ? 大学、楽しかったんじゃないの?」

やめてくれよ、となつみ先輩は笑う。


「どっかの誰かじゃないけど――あの場所は苦痛でしかなかった。私は大学のみんなが言うような娯楽に興味はなかったし、人付き合いも苦手だったしね」


「そうなんだ、意外」


「私の話はいい。とにかく、咲夜ちゃんが重圧を感じても何もおかしくはないってことだ。私は、『世界を救う』とかいう大義名分はいまいちピンとこないんだ。今は2つの約束を果たすために、闘ってる」


「それって、お兄ちゃんとの約束でしょ?」


「えっ」


「顔に書いてる。ねえ、どんな約束なの?」


「秘密」


 なつみ先輩は、きっと純粋な人なんだと思う。純粋すぎて、穢れを知らない。別に世の大学生を敵に回すつもりはないけれど、きっと大人になるにつれて、人はいろいろな汚さを知り、受け入れていく。お兄ちゃんやなつみ先輩はきっとそれに適合できなかったのだろう。もちろん、好意的に受け取れば、だけど。


 とにかく――私の目の前の女の人は、とても美しく、儚くて、それでいて、強い人だ。


 「なつみ先輩、お兄ちゃんをよろしくお願いします」


小声でそうつぶやいた。私たちが英雄だという自信はまだないけれど、きっと、前には進めているよね。


 「ありがとう、先輩。先輩に、すべてを伝えます」


 私は、ニュクスから聞いた英雄譚をなつみ先輩に伝えた。神寺宮炸人が、偶然にこの星へやってきたこと。安藤美海が、別次元の炸人に連れられて、この星へ来たこと。コロウたち水の軍隊と、ニーナの住む植物の国を取り合い、負けたこと。「地球に帰る」、という目的を果たすために《闇の秘宝》を求めて、シーボルスの息子であるダグラと闘ったこと。そして、みんなでシーボルスを倒したこと。


 「これが、私のおじいさんたちが英雄と呼ばれるゆえんだよ」


「私のおじいさんは、もともと敵だったのか」


「コロウもね。なんて言うんだろう、おじいさんの魅力は、周りを巻き込んで仲良くなっていくところだと思う。お兄ちゃんには、少し足りないかもしれないけれど」


「いや」


なつみ先輩は、恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。


「朔にもあるよ、そういうとこ」


「そうかもね」


 ニュクスは最初、お兄ちゃんに闘わなくていいと言った。ラギンは最初、お兄ちゃんのことを鬱陶しい相手だと言った。私だって、少しお兄ちゃんを見下していた。でも、今は――。


 みんな信じている、あの炎のゆらめきを。


「それで、その後どうなった」


 そのあと、結婚した炸人と美海は、ストリートチルドレンだったネクスを家族に迎え入れる。それが原因となってクロネ、ネクローが炸人を殺した。


「《悪魔》の出どころは、《闇の秘宝》? でも、それはシーボルスを倒したあと、私のおじいさんが封印したんだろう?」


「うん、結局炸人と美海は、地球に帰るという選択肢を捨てた。《闇の秘宝》は《悪魔》に魂を売り渡す危険な契約だし、きっと彼らの中で地球よりこの星のほうが大切になっていたんだと思う。だからダグラは《闇の秘宝》を封印した」


 だけど、それが《影の封印者》の手によって解かれ、クロネの手に渡った。


「それで、それを監視していた《第三の世界》の小夜嵐、っていう妖精が、炸人と《悪魔》になったニュクス、美海を制裁のために彼女の世界に幽閉した。それは今も続いているの」


「小夜嵐……!! オータが言っていた……」


「ん、どうしたの?」


「いや、何でも。それより、その小夜嵐ってやつはめちゃくちゃだな、制裁をするなら《影の封印者》の方だろうに」


「彼女はきっと、そうなった経緯よりも、《悪魔》の存在そのもの――つまりニュクスにだけ、固執していたんだと思う。もちろん、邪悪な《天使》の差し金もあっただろうけどね」


「ひどい、話だ……英雄側は、何も悪くないじゃないか」


 いくら悔しがっても、終わってしまったことは仕方ない。だからこそ、悲しい英雄たちは私たちに希望を託した。


「そのあと、ラグレムが死んで、先輩のおばあさん、ニーナも《影の封印者》の手にかかって――それだけじゃない、二人の子供の草薙くんは、行方不明になってしまったの。もしかしたら、その時にもう――」


「何言ってるんだ、咲夜ちゃん。もしも草薙がその時死んでしまったとしたら」


 なつみ先輩が真面目な顔で言った。そうだ、私は何を言っているんだろう。


「私はなんでここにいるんだ」


 突然、医務室の扉が開いた。


「二人追加だ」


笑えない冗談をとばしたパパの背中にはお兄ちゃんが、銀太先輩の背中にはニュクスがおぶさっていた。


「朔!」


なつみ先輩が口をパクパクさせて驚いている。私は事態の深刻さよりも、なつみ先輩の恋心をもてあそびたくて仕方がなかった。あとでお兄ちゃん関連でいじめ倒してやろう。


「二人とも、何者かにやられた。幸い生きているが、すぐには動けないだろうな」


「何者か、じゃねえよ、クソ親父――」


 不機嫌なお兄ちゃんが、半目を開けて呻いた。


「あれは時の魔王だ。覚えていないのか? すぐそばで見ていただろ」


「……とにかく、ベッドを追加だ。アイス・プリンセス、ハクシキーノに頼めるか」


 遅れて入ってきたアイス・プリンセスが、にこやかに言った。


「はい。あの場所は荒廃した世界と切り離されている安寧(あんねい)の地。必要なものは潤沢に揃っていますわ」


「炸亜とダグラの力を感じる――。私たちもいずれ、あの大木の育った地に行くぞ」


「ニュクスさん! まだ動いてはいけません」


 ニュクスがへっ、っと笑った。ボロボロの身体でも、あの意地っ張りな人は、まだ諦めてはいない。


「アイス・プリンセス、ダグラに伝言だ。あれを使う時が来た、と」


読んでいただきありがとうございました。第四章のスタートです。小夜嵐の前書きでの出番は前回までで終わりです。

次回、第二話、「図書」。お楽しみに!


※追記

前書きの年を20→24に変更しました。

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