最終話 決着
「前書きでのボクの出番がもう終わりって嘘でしょ!? 嘘だよね!?」
「物語は、新たな段階へと進む……」
「あの子たちに、どんな未来が待っているのかしら……」
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「行かなくていいのか」
私たちは、植物の国の大きな森、その焼け跡を背に、私がかつて過ごした家に入っていた。その時、優勢だったニュクスのパワーが、ガクンと落ちた。
「だってニュクスったら、私を置いて一人でエアのもとに向かったんだもの。あれは、『手を出すな』っていうあの子なりのメッセージなのよ、きっと」
「でも……」
両手に炎をたぎらせる、新たな英雄。朔くんは、私に準備はできている、と言った。
私はこの優しい英雄に思い出を重ねながら、彼の親友たちにも目くばせする。
そう、コロウも最後はきっと、「彼」のことが大好きだったのだ。早くしろよ、と彼をこづく地球からの使者、そしてこの星を静かに見守る忍者が、彼を信頼しているのと同じように。
炸人さん、私たちは、ここまで来ました。あなたに、見せたかった――いえ、《あの世界》から、見ているのでしょう?
「そうね。あの子もきっと、英雄が遅れてやってくるのを待っているわ」
朔くんが、次元を開いた。
**
闇の国で私たちが最初に見たものは、うつ伏せに倒れ息を荒くする二人の姿だった。
「き、貴様……騙したな……!」
ニュクスが体を起こそうとするが、できずに顔を歪め、また倒れこんだ。
「貴様を殺せさえすれば、何でもいい」
「ニュクス!」
私はたまらず、もう一人の私に駆け寄った。
「ヘメラ――遅いぞ」
「もっと早く来たって、怒ったくせに」
「そうだな」
ニュクスが笑った。心臓に触れる。弱々しく、緩やかな《絶望》を全身に運んでいる。私は、突き刺さった光の閃光をゆっくりと抜き取り、ニュクスの回復に専念した。
「なあ、聞いてくれ」
「ん?」
「私――元に戻れそうなんだ。私たちはもう一度、『一人』になれる」
遊び疲れた子供のように、充実感を漂わせながら、ニュクスははにかんだ。
私は、私に問いかけた。
「ねぇ、ニュクスは戻りたいの?」
その瞬間、ニュクスの心臓に触れていた私の右手に激痛が走った。クライムの火炎だ。
「クライム――」
ニュクスが血相を変え、身体を引きずりながらクライムに詰め寄る。
「貴様は――最後まで薄汚いだけではなく、私から――私を奪おうというのか!!」
「待ってニュクス! 私は大丈夫だから! まだ回復の、途中――!」
クライムも体力の限界に来ていたのだろう。火炎といっても手の甲の火傷程度だ。でも、ニュクスは聞く耳を持たずに、クライムに馬乗りになった。
「な――まだこれほどの力が……」
「《天使》を離せ、今すぐだ」
ニュクスがクライムの首に触れた。怯えた様子でクライムがせせら笑う。
「は、はは――今更《天使》を野放しにしてどうするつもりだ……なにもできはしないぞ」
「それでいいんだよ」
ニュクスの中から聞こえた、男の声。《悪魔》だ。
「俺はあいつと――またバカ騒ぎしたいだけだ。それと、貴様が持ってていい代物じゃない」
「人のこと商品みたいに言わないでよ」
すう、とクライムの心臓から神々しい光が飛び出した。それは小さな白銀の翼を広げ、光の中からだんだんと輪郭をはっきりとさせる。
「臭いよ、《悪魔》。邪悪なにおいがする」
いかにも嫌そうな顔をしてかわいらしい鼻をつまんだ女の子の頭に、仕上げとばかりに小さなわっかが現れた。これが、《天使》――。
「バカな! 俺が殺し、吸収した《天使》が、俺の意思に反して――」
「俺たちは、人間風情がどうにかできる相手じゃない」
「地獄に堕ちろ」
ニュクスの声が戻ってきたかと思うと、ニュクスは容赦なく――首の骨を折った。あっけない、最期だった。
「らんぼうものね、あなたも」
「初めまして、《天使》」
微笑ましい。早く闘いが終わって、みんながこんな風にはにかみながら笑える日が来ればいいのに。振り返って朔くんを見た。朔くんも、笑っていた、
ニュクス、あなたは前に、「自分は孤独だ」と言っていた。でも、ほら――
みんなが、いるじゃない。
「帰る!」
「おい、どこへ行く」
ふわりと空中に浮かんだ幼女は、今は眠る私たちの子どもと似ている。私たちの想いとは裏腹に、《天使》は私たちに懐いているわけではないようだ。
「どこでもいいでしょ。何十年かぶりに、この世界を旅してまわるの」
「それはいい。また、会おう」
「ええ、また」
少しだけ大人びた声を発した《天使》は、私たちに小さな小さなお尻を向けて飛び去って行った。
もう真夜中になっていた。それはつまり、日付が変わったということ。だから、あの人が来ても、何の不思議もなかった。
「まったく、少しくらい休ませてくれよ」
クライムと同等の《力》をもつ宿敵。ニュクスを、ずっとずっと、愛している男。
「ネクロ―……」
「お迎えに上がりました、帰りましょう。魔王様が待っています」
「私は……」
ニュクスがボロボロの身体を起こそうと手をついた。ネクロ―が駆け寄る。
「来るな!」
ニュクスはもう片方の手に、具現化したロッドを持ち、ネクロ―をけん制する。
「私は、もう決めたんだよ、ネクロ―」
よろめきながら立ち上がるニュクス。ネクローは、そのまっすぐな目を見つめていた。
「もう戻らない」
少しの沈黙が、戦場を覆った。そして、ゆっくりとネクローが口を開いた。
「……もう少し、落ち着いてからでもよいでしょう。今は傷を、癒してください」
「もう、お前に期待させるのも悪い……ここで決着をつけよう」
儚げな声と裏腹に、その眼には闘気が宿っている。ネクローもそれを理解したのだろう。黙ってうなずいた。
「瀕死のあなたとやりあうのは本望ではありませんが……私はあなたに勝ち、あなたを手に入れる」
ネクローがドーム状の結界を張った。私が飛び込もうとするより早く、炎を灯した朔くんが未完成の結界の中へ飛び込んだ。
「朔くん……」
「英雄……時を超えてまで、私たちの問題に口を出すのですか」
「ああ」
外側からでも声と様子がわかる結界。ダグラさんとクライムの闘いを思い出していた。クライムの死体に目をやると、ラギンと銀太くんがそれに駆け寄った。
「埋葬してやろう。こんなやつでも、人間だ」
「朔……邪魔をするな、これは私たちの――」
「悪いけど、それはできない。今のニュクスに、やりあう力なんてない」
「私はやりあうつもりなんかありません。あなたが戻ってきてくれるなら――」
厳しい目つきで、朔くんが言った。
「残念だがそれはない。ニュクスは――決別した」
「おせっかいを焼くな、朔。私一人で――ぐっ」
膝をつくニュクスに、朔くんが手を差し伸べる。
「おせっかいなのは分かってる。でも、これは俺の問題でもあるんだ。俺のおじいさんが死んだあの日から、未来は別の方向に動き出した。そうなんだろ?」
「朔……君は、ヘメラと融合した時、すべてを――」
「俺が、ついてる」
ニュクスと朔くんが手をつないだ瞬間、ふたりを白い光が包み込んだ。間違いない、これは融合――。今までとは違って、朔くんが力を与えている融合……。ということは、ベースは……。
「ニュクス……あなたはなお、私よりも英雄を選ぶというのですか……!!」
光の中から現れた姿は、《悪魔》だった。だけど、黒髪だった髪色は栗色に変わり、美しいストレートヘアがところどころ跳ねている。左手のロッドの先端と底、そして右手のこぶしには青い鬼火が灯っている。
「知っているか、ネクロー。人は前に進むしかない」
やっぱりこれは、ニュクスが朔くんと融合した姿――。かつてないほどのパワーが、ニュクスの心臓で揺らめいている。
「なぜ、なぜです? なぜあなたを《悪魔》に仕立て上げた憎き英雄を選ぶのです?」
「お前の所へ戻っても、先へは進めない」
「闘う必要すらなくなるのです! 二人で、魔王様が作り出す世界を眺めているだけでいい! 昔と違ってお金はあります。水の国に家を建てましょう! 私たちは何も、何も――困ることはない!」
震える声で訴えるネクローを、ニュクスはいとも簡単に拒絶した。
「私が困る」
ニュクスがネクローにとびかかった。半ば条件反射的にこぶしで応戦するネクローだが、縦に向けたロッドで防がれる。
「そんな……私のこぶしが……《絶望》が……」
「無理だネクロー。お前は、私には勝てない」
さっきまで負っていたダメージも、すべて回復している。改めて感じた、これが融合の《力》――。
「君と朔が融合した姿が表のヒーローだとするなら」
「佐久間……」
「あれは裏のヒーローだ。《絶望》と《情熱》を推進力にして、過去を清算しようとしている」
ニュクスは空中でロッドを回転させた。両端の炎がぐるぐると回り、一周の炎になったように錯覚する。いや、錯覚じゃない。確かにニュクスは、ロッドを回転させることで炎の輪を実現させた。
「はっはっは! 幻覚、ですか? そんなもの――」
「違う」
ロッドを振り、輪をネクローのもとへ飛ばす。青い輪はネクローの近くまで来ると大きくなり、ネクローを縛りつけた。
「ぐ……ば、馬鹿な」
「幻覚なんかじゃない、私たちが歩む未来は」
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ネクローが全身に力を込め、ニュクスの輪を力ずくで破った。間髪を入れずに、黒い塊をニュクスにぶつける。
「ぐううっ!」
吹き飛ばされ、結界のふちに背中をぶつけるニュクス。だけど、大したダメージじゃない。
「あの頃――私たちが何もかもに不自由していた頃――ネクス、あなたの笑顔だけが、私を救ってくれた! あなたと過ごした数年間は、私の命が唯一輝いていたのです! あなたは《悪魔》ではない! 私の、女神です」
「私が『《悪魔》じゃない』。昔、英雄もそう言ってくれた」
「また、英雄――」
「だが、私はやはり《悪魔》だ。《悪魔》でありながら人間である、いや、人間に戻ることで、魔王をも超える《力》を手に入れてみせる」
毅然とした態度。ニュクスの身体中から燃えるように伝わってくる《情熱》は、朔くんの影響だろうか?
「ここまで言っても分かってもらえないのですね。ならば、力づくでもあなたを、手に入れます」
ネクローがパワーを蓄え始めた。鍛え上げられた胸板の近くに、球体状のエネルギーが生成され、どんどん大きくなっていく。この技は――ネクローが炸人さんを殺めた、ネクローのフルパワー……。
「よけて、ニュクス!」
ニュクスはこちらをチラリと見て、笑った。あの顔は、言うことを聞かない時の、いたずらな顔だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ネクローが絶叫する。結界が破壊されるほどの、大きくて強力なエネルギー弾が出来上がっていく。固唾をのんで見守っている私たちにも、地響きが襲う。
「お前の全力、受け止めてやる」
「あなたを――愛しています」
ネクローのすべてが、放たれた。ニュクスは律儀に、それを両手で受け止めた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「はああああああああああああああああああああああああああ!!」
二人の絶叫がぶつかる。でも――ニュクスに軍配が上がることは、ネクローのエネルギー弾を見ていれば分かった。
「中心から徐々に……紅くなっていく――」
まるでゆっくりと機械の電源がつくかのように、だんだんと紅くなっていくネクローの《感情》。そしてそれは、太陽のように明々と赤々と、輝き始めた。
「そ、そんな――私の《絶望》が――」
ニュクスが右手を上げると、それに反応して紅い太陽がニュクスの手の上で輝いた。完全に、ネクローの支配から解き放たれている。
「私を愛していると言ってくれて、ありがとう。その気持ちに、60年前気づいていれば、私たちの未来は変わっていたのかもしれない。だけど、私たちはとうに終わっているべきなんだ。お前は『ネクス』という過去に執着しているが、それでは人々の石化は解かれない」
「私は、あなたがいれば世界などどうでもいいのです……」
「それじゃダメなんだよ、ネクロー。選ばれた人間だけの世界を眺めていても、みんなが幸せになれるわけじゃない。そうだろう? だって私たちは貧しかった。『選ばれなかった』側の人間だった。それでも――私たちに、幸せになる権利があってもいいだろう?」
「あなたは自分の過去を……違う形で未来に――」
「そうだ、私たちは未来へ進む。そのための《力》だ。見ろ、ネクロー。《絶望》の塊が、紅い《情熱》の太陽になった。これこそが、私たちの目指す世界――」
ニュクスは一瞬力み、太陽を放とうとした。けれど、それをやめて穏やかな表情になる。
「どうだ、ネクロー。私はお前を選べない。だけど、私たちともう一度、この世界をつくりなおさないか」
「なっ……ネクローにすら温情をかけるのか! 殺せ、今すぐ殺すんだ!」
珍しく佐久間が声を荒げた。アイス・プリンセスが、肩に手を置いてなだめる。
「まぁ、見ていましょうよ」
「いいえ」
「ネクロー……」
「こんな極悪非道の私を最後まで光の道へ誘っていただいて、ありがとうございます。けれど私は――罪を重ねすぎた。あなたの一番大切な英雄を殺めてしまいました。あなたが倒すべき魔王にも手を貸した――」
「まだ、やりなおせる」
ネクローはゆっくりと、首を横に振った。
「私は《絶望》に生きました。もし仮に、私に《希望》が見いだせるとしたら――それは」
ネクローが、言葉を切った。
「来世で、です」
もう、誰も何も言わなかった。ニュクスが、太陽を放った。
「私を殺めてくれたのが、あなたでよかった――あなた方に、輝かしい未来があることを祈っています」
爆音が響いた。すべてが、終わった。
「そうね、終わったわね」
私の思考を読むように、背後から女の声がした。この悪寒――身動きが取れない。
「お疲れさま、英雄」
読んでいただきありがとうございました。文字数的にネクローの戦闘を次回以降に持ちこそうとも考えましたが、ここで決着をつけるしかありませんでした。
これで第三章は完結となります。ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。新展開を見せる次章以降も、ぜひお楽しみください。
次回、第四章第一話、「大木」。お楽しみに!




