第八話 愛
「みんなは好きな相手に、A.『好き』とストレートに言う派? B.言わないで他のことで気持ちを伝える派?」
「私はB!」
「俺はA!」
「クイズ番組じゃないんだから……」
私たちと《影の封印者》との闘いも、残るは私、植物の能力者と、ネクロ―との決戦を残すだけだ。
眠れない。昨日疲れきった様子で帰ってきたラギンと銀太。そして彼らを優しげに支える朔。あの光景が、頭から離れないでいる。
ラギンは、どうして奴らと闘うこと、ニュクスに協力することを選んだのだろうか。水の国で、ひっそりと暮らすことだってできたはずだ。きっと、ラギンの正義感が、信念が、そうはさせなかったのだろう。
朔は――朔の《影》は、闘いたくないと言っていた。でもあれは、ファントムとかいう魔王の配下が朔のことを惑わしたからだ。いやでも、あれが本心なのか――? 私は、私は――
「私は、不器用でも、うまくいかなくても――一生懸命な朔と、一緒に歩きたい。そんな朔を、近くで見ていたいんだ」
「だから、いじけないでくれよ。一緒に、魔王を倒そう」
あの時、自分の気持ちを正直に伝えたつもりだ。だけど、今考えれば、あれで伝わったのかどうか疑問が残る。朔はあの時錯乱していただろうし、急に言われてびっくりしたかも――朔、あの時泣いてたなぁ。でも……。
「そこまで言うなら――僕も信じてみるよ。僕自身の中に眠る、《情熱》の力を。僕は――いい仲間を持っていたんだな」
朔は自分の力を信じると言ってくれた――だから大丈夫、な、はず。
ん? 「そこまで言うなら」? 「そこまで言うなら」って何? ちょっと鬱陶しがってたのかな? ああ、頭の中がぐるぐるする――。
「うあ――っ!」
うあああああああああああああああああああああああ、と叫ぼうとすると、急にドアがノックされたので飛び上がってしまった。
ノック? 今、夜中の2時だけど、こんな時間に、誰だろう。もしかして、朔? 「明日、頑張れよ」とかそういう感じのアレ!? いやいや、だとしたら遅いでしょ、嬉しいどころか非常識でしょ!?
私がドアの前であたふたしていると、透き通るような声がした。
「新垣先輩、起きてますか? 私です、咲夜です」
「なぁんだ、咲夜ちゃんか」
「なんだとは何ですか。起きているんでしょう? 入れてください」
私は、ドアを開けた。にしし、といたずらっぽく笑う色白の美少女が、窓から差し込む月の光に照らされてよく映える。
「いらっしゃい、こんな時間にどうしたの?」
「特に用事はないんだけどね。向かいの部屋で物音がするから、起きてるのかなぁと思って」
「起こしちゃったのか。ごめんな」
咲夜ちゃんは再度にしし、と笑うと、
「お兄ちゃんじゃなくて残念?」
と訊いた。
「えっ、そんなことは」
慌てて否定するけど、妹さんにはお見通しみたいだ。
「顔に書いてあるもの。新垣先輩って、お兄ちゃんのこと――」
「わ、わ、わあああああああああああああああああああ!!」
今度こそ叫んでしまった、
「しーっ! みんな起きちゃうよ!」
咲夜ちゃんが形の整った唇に人差し指を当てた。その仕草は、どこか官能的ですらあった。
かわいいなぁ……朔には、やっぱりこういう娘が似合うんだろうか。
「どうしたの? 新垣先輩。私の顔になんかついてる?」
「い、いや……そうだ、なつみでいいよ」
「そっか、先輩は私のこと『ちゃん付け』で呼んでくれてるもんね、じゃあ、なつみ先輩で」
「『先輩』は取れないんだ……」
ふふ、と小さく笑うと、咲夜ちゃんは私のベットに腰かけた。私もその隣に座る。
「あ、いい匂いする。香水?」
「や、特に何も」
「へぇ、だったらやっぱりなつみ先輩の《力》の影響かもね。この甘い香り――すっごく落ち着く」
咲夜ちゃんは、すう。と鼻から息を吸い込んだ。目を閉じた姿すら、美しい。
「《力》か。咲夜ちゃんは、この《能力》――人を傷つけることもできるこの力と、どう向き合ってる?」
「なに? 思春期?」
「咲夜ちゃんが大人なんだよ――私は、まだ少し考えてしまう」
「私は、《冷徹》――冷たいだけだよ。なつみ先輩がそうやって悩めるのは、私より感受性が強いからだと思う。私は、もう何も感じなくなったなぁ。そりゃあさ、昔は嫌だったこともあるよ。パパにいやおうなしに連れてこられて、しかもいきなりニュクスに稽古つけられて――でも、魔王の陰謀を止めなきゃ、っていう風には思うようになったかなぁ。『時』を、《影》をなくすことで、逆に苦しむ人だってやっぱりいるしね。アイス・プリンセスとかはまさにそうだった」
アイス・プリンセス――咲夜ちゃんの相手、氷の幹部――。
「アイス・プリンセスって、どういう人だったの?」
「すごく、人間臭い人だったよ。あの人は、あそこにいるべき人じゃなかったと思う。こっちに近い人だと思うなー」
「こっち?」
「ねね、そんなことよりさ、恋バナしようよ恋バナ!」
咲夜ちゃんがこっちに振り向いた。顔が近い。
「コイバナ? 新しい花の名前?」
「違うよ! 恋の話! なつみ先輩は、お兄ちゃんのどんなところが好きなの?」
「どんなところ――どんなところ?」
そう訊かれると難しい。この世界に来る前から、朔のことはなんとなく気にはなっていたけど――それはなぜだろう。たぶん、たまにしか見かけないからだ。あいつはほぼ引きこもりだったし、私もサボリ魔だったから、あまり会う機会はなかった。だから私は、たまにしか見かけない栗色の髪を、意識的に覚えていったんだと思う。
「だけどたまに会うようになってさ、それで、サボりながらもどうやったら卒業できるか、みたいな作戦会議をすることになって……そっからかなぁ、仲良くなったのは」
「で? で? いつ好きになったの」
「えっ……それは、こっちに来てからかなぁ。というか、こっちに来てそんなに日が経ってるわけでもないし、最近だよ。――いや、東京で闘ったときに、ちょっと気になってたのかなぁ。普段は頼りないのに、あの時は圧倒してたからね。もちろん《力》のせいだけれど――」
「ギャップ萌えってやつ? それ、初めて私がみんなと会った時だよね?」
ギャップ……燃え? なんだそれは。まぁいいや。
「そうそう! あの時、咲夜ちゃんなんか怖かったよ。朔を手なずけてるみたいで」
「あははっ! そうだ、あの時エアもドキッとしたんだってさ~。お兄ちゃんに」
「えっ!?」
「しかもそのあと、お兄ちゃんと『融合』しちゃうんだもんね~。ほんとは年増だけど、中学生の姿とか若くていいかも。こりゃうかうかしてると危ないですなぁ~うひひ」
「ちょ、ちょっとやめてくれよ、咲夜ちゃん!」
咲夜ちゃんは私に送っていた意味ありげな視線をやめ、大きな瞳を細めた。
「えへへ、冗談冗談。ねえ先輩、エアやニュクスが、お兄ちゃんのことちょっと気になっているのは確かだと思う」
「う、うん……」
やっぱり、ダメなのか――。咲夜ちゃんの言う通り、中学生のエアは若くていいし、ニュクスだって成熟した感じのいい感じが――って、何考えてんだ、私は!
「でもね、」
咲夜ちゃんは前置きをしてから、優しく笑った。
「エアやニュクスのそれは、過去の英雄――神寺宮炸人の姿を朔に重ねているだけ。本来の朔のことを好きなのは、きっとなつみ先輩だけだよ。だから、自信をもって」
「……なんだろう、遠い遠い昔にも、こうやって語り合った気がするんだ、私たち。おかしいかな」
「私もそう思ってるよ。きっと、DNAに刻まれた大切な記憶――そういうものが、あるんじゃないかな」
DNA、か。そう言えば、私の両親は私を捨て、今どこで何をしているのだろう?
「ごめんなさい。あなたの家族がいないのは、全部私たちの――」
「あたちたちのせいなんでちゅ! うわあああああああああああああああああん!」
あの時、詳しいことを聞きそびれたな。今度、エアに訊いてみよう。
「――明日、だね」
「えっ?」
急に神妙な顔つきの咲夜ちゃん。一瞬、何のことか分からなくなった。
「ああ。明日じゃなくて、もう今日だな」
「なつみ先輩は《愛》の能力者。植物の《力》の可能性を、信じてあげて」
「《愛情》、って何なんだろうなぁ。私、《感情》のことが自分でもよくわからないよ」
「私だって、《冷徹》が何を意味するのかなんて分からない。でも《愛情》には、いろんな種類があって、いろんな広がりをみせるものだと思う。植物が、様々に咲き誇るように」
いろんな広がり、か――。
「咲夜、っていい名前だな」
「え?」
「そういや、咲夜ちゃんは好きな子いないの?」
「えー? その話しちゃいます?」
まだまだ、夜は深い。私たちは、「コイバナ」に花を咲かせた。
「ねぇ、ニーナは好きな男の子いないの?」
「えっえっえっ、い、いませんっ!!」
「えー、絶対嘘でしょ。教えてよー」
「フム――ニーナと美海、そしてなつみと咲夜――」
「また、手記を見ていらっしゃるのですか、ハクシキーノ様」
「これは手記というより、会話録ですよ――この世界に、早く真の平和が訪れると良いのですが――」
「きっと、彼らが進む未来は輝かしいものです。私を救ってくれた、神寺宮炸人、そして咲夜のように」
「そうですね、そう信じましょう。今日はもう遅い。早く寝なさい、アイス・プリンセス」
読んでいただきありがとうございました。前話あとがきに言っていた時系列の矛盾を直すため、第一章。第十二話の一部を変更しました。詳しくは本編あとがきをご覧ください。
次回、第九話、「初陣」。お楽しみに!




