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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第三章 長い長い時を経て、《悪魔》の中で何かが変わり始めていた
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第六話 改革

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶって言うけど、愚者の経験が歴史をつくってきたと、そうは思えないのかなぁ?」

多くのとげ魚雷を粉砕するため、拙者のもとに水の力が集結する。そして、大きな塊となったそれは、とげ一つ一つを駆逐するために再度分散して向かっていった。


 爆音――。とげ魚雷は粉々に砕け散っていく。しかし、拙者には次なる問題が発生していた。


「息が……」


拙者らは≪冷静≫をつかさどる水の能力者。もちろん、修行においても、水中での鍛錬は欠かしてはいない。しかし、これだけの魔法力を使い、かなりの時間潜っているとなると、「人間」の拙者には限界がきてしまう。


敵に背を向けて逃げるとは、一生の不覚――。拙者が無様に陸を目指さねばならぬほど、鬼は脅威ということか――。


すぐ頭上に、水面が見えた。何かに触れたのか、小さな波紋が広がり、陸の景色がおぼろげに揺れる。


あと少し。


「逃がすかよォ!!」


その刹那、海溝深くに潜んでいる鬼の声が聞こえた。そして、急速に何かが――近づいてくる。あれは――魚雷ではない。動物、いや怪物の唸り声をあげ、周囲の水を問答無用で巻き込みながら、拙者の命を噛み殺しに迫る音。


 「ぬっ……」


怪物の牙が、拙者の背中に触れた。抵抗する間もなく、暗い奈落の底へ引きずり込まれる。


鬼が蓄積していた力の塊――あれがこの怪物。この獰猛な怪物は、文字通り湯水のように力を使うことを許された一部の天才のみがなせる業。なるほど、≪影≫一つない完璧な人類――貴殿はそれにふさわしい。


拙者は、負けた――。≪感情≫だけでは、圧倒的な力の前では何もなすことはできないというのか。


「なに諦めてんだよ。まだお前は闘える。俺が闘えるように」


水面の向こうに、人影が現れた。彼は、まるで状況を楽しむかのように笑っている。そうだ、拙者は彼を知っている。あれは――コロウ殿? いや、拙者はコロウ殿とは面識がない。ならば彼は――。


彼が手を差し伸べた。その白く透き通る腕に、拙者はしがみついた。そして、怪物が背中から離れてゆく。拙者は、陸に上がった。


「よく生きていてくれた。ありがとう」


「銀太殿!? どうして貴殿がここにっ!?」


 「俺が連れてきた」


拙者たちから少し離れたところで腕を組む、したり顔の男――。


「朔殿……」


「自分もどうしてもラギンの闘いを見届けたい、って言うからさ。銀太には、俺を≪影≫から助けてもらった借りがあるしな。お前は反対だっただろうけど、連れてきた」


「そうでござったか……」


「ま、結果オーライだよなあ。俺が来なきゃ、ラギンは殺されてたわけだし」


「ふざけるな!!」


 深海奥深くからこだましたのは、鬼の声。


「貴様、データにはあがっているぞ!! ≪無能力者≫の篠原銀太だな!? お前のような弱小で矮小な人間ごときに、私の攻撃が遮られるなんて、あってはならないんだ!!」


 まさに鬼神と呼ぶべき恐ろしい怒号が、水面を震わせた。しかし、朔殿は静かな≪情熱≫を携え、真摯に言った。


 「分からないのか? 銀太がラギンを助けることができたのは、≪能力≫なんていう一面的なものじゃなく、もっと大切な、強い結びつきで繋がっているからだ」


「大切な、強い結びつき、だと……」


「お前のような、≪力≫を殺戮兵器に使っている奴には、一生かかっても分からないだろうな――俺たちは、負けないぜ」


「へっ、何を綺麗事を。瞬間兄、お前はあの≪悪魔≫に、いやそれ以前に自分の≪影≫に、ボコボコに打ちのめされたんだろ? 自分が闘わないときだけ、分かったようなクチで語ってんじゃねえぞ、胸糞わりぃ」


 朔殿は、遠く離れた侮蔑的な声に、答える。


「だからこそ、だ。だからこそだよ」


「なんだと……?」


「俺にはもう、できることとできないことの区別がつくのさ」


 そうか、朔殿――貴殿は……。


 「行って参る」


拙者も覚悟を決め、もう一度敵陣営に飛び込む決心をした。


「ああ、あいつをぶっ飛ばしてやれ!」


「ラギン……俺は≪能力者≫じゃないから、全然役に立たない。だけど、応援してるよ」


 銀太殿が控えめに笑った。


「笑止。銀太殿が来てくれなければ、拙者は真実を見落とすところでござった」


「真実?」


「皆が心の中で気が付いていることでござる。ただ、毎日に忙殺された人々は、その当たり前のことに気づけないのでござる」


 

「なにが真実だ。分かったようなクチを聞くな、低能」


「随分と口が悪くなったでござるな?」


「『結びつき』だの、『真実』だの、そんな減らず口は、こいつに勝ってから言うんだな」


 ついに海溝で相対した拙者と鬼。奴が従える怪物は、かつてないほど大きな≪力≫によって生成された――


「水龍……」


「なぁ、一つ教えてやろうか」


鬼は、その口から覗く白い牙を自慢げに見せるようにニィッと笑った。


 「今までも、そしてこれからも――人間の枠をはみ出した≪力≫を持つ奴はこの星にいくらでも現れるだろう。だが、それじゃ何も変わらないんだ」


「何も、変わらない……?」


「そうだ。弱いものは淘汰され、強いものが蔓延(はびこ)り、そこで起こるのはくだらない自尊心のぶつけ合いと殺し合いだ。この星はそんな野蛮な方法で発展してきた。地球って星もそうなんだろ?」


「……」


「そんなんじゃ何も変わらねぇんだ。何代も失敗作を重ねる歴史に終わりを告げる必要があるんだよ。それが今なんだ」


 いいか、よぉく聞けよ、と前置きしてから、鬼は一呼吸ついた。白い水泡が、暗黒から逃げ出そうと天を目指す。


 「必要なのは改革だ。魔王様は、≪影の封印者≫を組織して、このくだらない歴史に終止符を打とうとしているんだよ」


「それが、≪影≫のない、過剰な≪力≫を有する者たちだけのための世界だと? そんな世界、間違っている」


「へっ、そんな綺麗事は――」


 水龍が海底に顎を打ち付ける。大きな轟音が響き、海が揺れた。


 「こいつに勝ってから言えっつったろ!」


グオオオオオオオ、と雄たけびを上げながら眼前に迫る龍。活路を、開いてみせる!


 「裂紋!」


 大きな爆発を、水龍の長い首に浴びせた。しかし、煙が晴れると、無傷の水龍が力を溜めているところだった。


「!!」


 驚く拙者に、頭突きをくらわせる水龍。海底に背中から倒れこみ、起き上がることすら困難なほど打撃を受けてしまった。


「ぐあああああ!」


 「ハッ、大口叩いてた割にはやっぱ大した事ねえな。まだあの男のほうがマシだった」


「何もわかっておらぬようだな――何も……」


負け惜しみはいいんだよ! この一撃で消えろ!! 激龍波鬼(トーレ・ドラコーン)!!」


 歴史は流るる。時には泥水のように濁りながら。時には清水のようにきらびやかに。


 「だからこそ、だ。だからこそだよ」


 朔殿の言葉を思い出す。そうだ、だからこそ――。


読んでいただきありがとうございました。水属性の対戦はやはり難しいですね。

次回、第七話「奔走」。お楽しみに!

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