第四話 解錠
「さんばんめの こどもは じょうねつと なづけられた
にばんめの こどもは じょうねつを しずめる ちからをみせた」
――『ハーノタシア星創世記』 第三章 第三節
悪い夢を見ていた気がした。だが――現実だ。
目を覚まして最初に目に入ったのは、干からびた大地だった。そう、ここは闇の国。俺は、ニュクスと闘っていたはずだ。俺は、負けたのか――?
視線を上げると、黒髪の女が目に入った。あれは、なつみ――。そして、その向こうに感じる禍々しい妖気。ニュクスだ。
なんでなつみがここに? ダメだ、頭がぼんやりする・・・。
「もう、大丈夫なのか?」
背中から、声がした。
「銀太……」
銀太までここにいる。なぜだ――。……そうだ、俺たちの闘いの最中、変な《影》が現れて、俺の《影》も――。そうか、それをなつみが――。
「もう、大丈夫なのか?」
銀太は確かめるように、再び訊いた。
俺は、答える。はっきりと。
「ああ!!」
「時間切れだ。友情ごっこに付き合っていられるのもここまでだな」
「友情ごっこだったかどうか、試してみるか?」
「朔・・・!!」
なつみが振り向いた。本当にありがとう、なつみ。
「行ってくるぜ、銀太」
「待て、神山」
「ん?」
「冷静になれ。そうすれば、道は開ける」
冷静・・・? だが俺は、水属性じゃない。それになんの意味があるのだろう。
「よくわからねえけど、ありがとな、銀太」
俺はなつみとニュクスのもとに飛翔した。
「朔・・・心配したぞ」
「ありがとう、なつみ。あとは任せてくれ。銀太とラギンを連れて、研究所へ」
「うん!」
「ん? そういやなつみ、なんかいい匂いするな」
「え、そ、そうかな・・・あはは。・・・じゃあ、待ってる」
「ああ、ラギンによろしく言っといてくれ」
なつみは、銀太とラギンの元へと走っていった。そして、次元の扉を開き、ここから消えた。
「羨ましいな」
俺となつみをずっと見ていたニュクスが、口を開く。
「君には、仲間がいる」
「何言ってんだよ、ニュクス」
儚げに笑うニュクスに、答えた。
「お前には、自分自身と娘がいたじゃないか」
「そうだな」
一歩、間合いを詰めた。余計な邪魔が入ったせいで仕切り直しだ。だけど。
「決着をつけよう、ニュクス」
「来るがいい」
これがお前との、正真正銘最後の闘いだ!
「うおおおお!」
俺はニュクスに向かって全力疾走した。《情熱》をたぎらせた右手を、ニュクスに突き出す。だが、左手で受け止められた。
「くそっ……」
「なんとかの一つ覚えか?」
「バカにするな……ってあれ」
俺の右手から、身体全体がだんだん黒ずんでいく。ニュクスに、何かされた?
「まったく、青くなったり黒くなったり、忙しいやつだ」
「なっ、なにを……はっ」
思い出した。数日前、ニュクスと闘った時、俺は――。
「動きが遅くなる呪いか?」
「惜しいな。だが――逆だ」
ニュクスは俺の腹を思い切り蹴った。
「うわあああああ!」
単純に腹を蹴られたのが痛いと思っていた。たしかにそれも間違いじゃない。だけど本当に恐ろしいのは――。
呪いによって、俺は加速度的にふっ飛ばされたのだ。
「ごああ!!」
硬い岩肌にかつてないスピードで叩きつけられた俺は、危うく意識を失うところだった。手を地面につき、それを支えになんとか起き上がる。
「はあ……はあ……」
背骨がいったかと思った。早くケリをつけないと、体がもたない。
「今の一撃で勝負がついたと思ったが・・・さすがに頑丈だな」
「バーン・・・ストライク!!」
右手を伸ばしニュクスに向け、左手で右手首を固定して標準を合わせる。これでも――えっ!?
「な、なんだ!?」
左手を右手首に合わせようとした瞬間、 俺の身体は勝手にニュクスのもとへと走り出した。
「く、くそ!」
接近戦になったからにはしょうがない。もう一度さっきと同じように炎の右手を突き出した。そして、また防がれる。
「なんとかの一つ覚えか?」
ニュクスはさっきと同じセリフを吐いた。だが今度は、人を小馬鹿にしたように笑っている。
「止まれ・・・ないのか――」
ニュクスは真剣な顔つきになり、俺に言った。
「諦めたらどうだ。もう身体の自由はきかないだろ」
「まだ――闘える! お前を取り戻すまで、俺は諦めない!」
大丈夫。まだ俺の《情熱》は消えてはいない!
「なら、さっきと同じ目にあってもらおう」
今度は、真上に蹴り上げられた。そして、ニュクスの気功波が襲う。
「諦めの闇」
「くっ・・・バーン・ストラ――うわっ!」
一定の距離をとってから砲撃したかったが、勝手に俺の体はニュクスの技の方向に吸い寄せられていった。
自分から当たりに行くしかないなんて――!
「ぐああああ!!」
俺とニュクスの技が激突した。俺の体は黒煙に包まれ、力なく落ちていった。
「げほっ・・・げほっ・・・」
「もう終わりだ、朔」
「ああ、そうみたいだな――」
「! ついにわかってくれたか。私だって、進んで君を傷つけたいわけじゃない。痛くはしない、だからもう――」
立ち上がるな――。
「やっぱ・・・そうだったんだな・・・」
「なに――?」
「『進んで傷つけたくない』。それがニュクスの――本心、なんだよ・・・」
どうすれば、どうすれば――。
勝てる――!?
「ニュクスは俺を進んで傷つけたくなかった。だから自滅するような呪いを仕掛けたんだ。違うか?」
「!」
「な、なあ・・・ニュクス・・・」
背骨は折れてない。手もある。脚もある。まだ、いける!
「やめろ、立ちあがるな! もう、やめてくれ・・・」
ニュクスの声が震えている。ぼんやりした目でも、またニュクスが泣いているのがわかる。
お前、最近泣きすぎだぜ。
「なあ、ニュクス・・・」
立ち上がり、ゆっくりとした歩みでニュクスのもとへ向かう。これは呪いのせいか? それとも、自分の意志か?
決まってる!
「『昔は良かった』、って思うよなあ。俺みたいな、世の中のことなんにも知らねえ、この世界のこともなんにも知らねえ、ガキですらそう思うんだ。ニュクスなら――余計だろ」
「なにを言ってる――もう、来なくていい――」
「思い出は綺麗だ。自分では意識していなくても、勝手に美化され、造形され、永久保存される。でもさあニュクス」
ニュクスの目の前まで、来れた。
「思い出の中では生きられない。人は――いや、動物でも、《悪魔》でも《天使》でも、妖精でもなんでも――。未来に向かって歩かなきゃ、だめなんだ、きっと」
「・・・!!」
「俺たちは傷つけあってたわけじゃない。俺たちは、真剣勝負をしてたんだ」
「真剣――勝負」
「そして、お前の言うとおり、この闘いはもう終わる。それは俺が諦めるからじゃない。この一撃で、決めるからだ!」
「バカな!! そんな身体で、呪いだってまだあるというのに、どうやって――」
「行くぞ・・・」
「無駄だ! どんな攻撃をしかけようと、お前の身体はー―!」
「たしかに、今のままではそうだ。でも、これならどうかな?」
「なにを――。」
俺は――僕は、 徐々に《情熱》の力を失い始めた。冷静になれ、確かにその通りだった。ありがとう、銀太。これが僕の、たった一つの勝つための道――!
「朔の《情熱》が、消えていく――違う、ごく僅かだが、まだ残っている――どういうことだ・・・?」
「ニュクスの呪いは、『僕が力を使えば使うほど』発動する。なら、ほとんど力を使っていない今なら?」
「だが、その小さな炎では私を倒せない! どちらにしろ――」
ニュクスが慌て始めた。大丈夫、勝てる!
「ニュクスが呪いをかけてるんじゃない。ニュクスが呪われているんだ、過去という名前の呪縛に! 僕の力では、それを解いてあげることはできない。ニュクス自身が、決めるんだ! ネクローか、僕たちか! 僕は――僕たちは、待っているよ」
「私自身が、決める――」
「ニュクスにこの小さな炎をあげる。そうしたら、この炎は燃え上がるよ。僕と――ニュクスの《情熱》に反応して」
「私の《情熱》だと? 私は《絶望》。闇の使徒だ、《情熱》など――」
「僕だって、水属性でもないのに《冷静》になれたよ。《感情》は本来、何にも縛られない。もちろん、《能力》にも」
僕達の闘いは、これからきっと、《感情》に囚われなくなるだろう。そんな気がした。
「まだニュクスが迷っているなら、この炎でニュクスの心の扉を開いてみせる! 決別の情熱」
僕は、ニュクスに火種を移した。大きな胸の中央が、小さく光る。
「はっ!」
もう一度《情熱》を開放した。だがもう、身体は自由に動く。
「なぜ、《力》を使っているのに体が自由に動くんだ――ま、まさか!」
「そう、俺の《情熱》は俺を離れた。ニュクス、今《情熱》はお前のもとにある。俺はほとんど《能力》を使っていないんだよ」
「ふ・・・考えたな、朔。さしずめ爆弾の遠隔操作、か。」
「俺が燃やすんじゃない、お前自身が燃えるんだ」
ニュクスが、静かに笑った。
「一ついいか」
「なんだ」
「お前の《影》が言っていた――『私のせいで、生活が壊れた』、と。あれは、本心か?」
ここで、嘘をつくべきじゃない。正直に言おう、俺たちは、仲間だから。
「ああ。前はそう思っていた。でも今は――前向きだよ」
「ふふ・・・かつての英雄に、そっくりだ」
炎が、爆発した。
「あはは、黒こげだぞ、ニュクス」
「お前もな、朔」
「あはは、あはははは!」
二人で、馬鹿みたいに笑い転げた。そして。
「なあ、ニュクス」
「分かってるよ。朔の言うとおりだ。決別しなければな。思い出とは」
「ニュクス・・・」
「私は、君たちと歩く未来を信じてみたい。娘が、いつもそうしているように」
「ああ! 帰ろう、ニュクス」
「そろそろ、終わった頃じゃないかと思ってね」
なつみの声がした。振り返ると、そこにはなつみだけじゃなく、みんながいた。
「バカ・・・ニュクスって、ほんとにバカ」
「咲夜・・・」
泣き虫ばっかか? 俺の周りは。
「おかえりなさい、ニュクス!」
咲夜が、ニュクスに抱きついた。
おかえり、ニュクス。
読んでいただきありがとうございました。
いい最終回だった・・・!!
いいえ、まだまだ続きますよ!!次回、「第五話 海溝」。お楽しみに!!




