第一話 過失
「二兎を追うものは一兎も得ず、ってよく言ったものだよねえ。だけどボクらは、両方欲しくなっちゃうんだよね。何かを選ぶってことは、何かを捨てるってことと同義なのにさ」
僕の体を、再び白い光が包み込んだ。そして、目を開けるとそこには、どこか不器用に笑うヘメラさんがいた。
「勝ちましたね」
「朔くんのおかげよ」
「でも勝ちは勝ちです」
光の能力のおかげだろうか? あれだけ傷つき、一時は死を覚悟した僕だったが、今はまったく、どこも痛くはない。
「そうね」
ヘメラさんは、女神のようにやさしく笑った。その表情は、明里さんと全く同じものだった。
明里さんと、もうどれぐらい会っていないだろう。久しぶりに、会いたいと思った。
フェイクとの勝負は、一瞬でカタがついた。でも僕は、なぜか長い長い夢を見ていた気がした。
僕たちは、《時の魔王》の陰謀からこの星を守るため、そして、僕のおじいさんの仇であるネクローに洗脳されてしまったニュクスを取り戻すために、《影の封印者》の幹部との対決に臨んだ。光の属性同士の闘いで、ヘメラさんは負けかけたが、ルール違反した僕と融合したことで、勝利を収めたのだった。
「ヘメラ!」
15歳の姿をしたエアが、目に涙を溜めながらヘメラさんに駆け寄った。そして、抱きつく。
「よかった……本当に……! 私、ヘメラが死んじゃったら、私……!」
「あらあら、泣かないの」
ヘメラさんはエアの緑髪を優しく撫でた。こうしてみると、本当に仲の良い姉妹みたいだ。2人とも若いし、60年前に悲劇を目の当たりにしていたとは思えない。
でも、それは事実なんだ。だからこそ、今僕たちは闘っている。
「ヘメラさん」
「なあに? 朔くん」
「僕、ヘメラさんと融合しているとき、ヘメラさんの意識が流れ込んできて分かりました。ヘメラさんとエアはニュクスが生み出した≪影≫だったんですね。そして≪影の封印者≫の目的は、≪影≫を撲滅すること」
「それだけじゃないよ」
エアが泣きはらした顔で言った。目の下が赤く腫れている。
「奴らは、《能力》を持たない人間も排除しようとしている。私たちだけの問題じゃないわ」
「そうか」
「ごめんね、朔くん。ちゃんと説明しなきゃいけないって思っていたのだけれど、なかなか言い出せなくて――。家族のことが心配でやってきた朔くんには、関係のない話だよね。巻き込んで、本当にごめんなさい」
ヘメラさんが頭を下げた。
「そんな、やめてください。もう乗りかかった船です。僕だって、負けっぱなしは嫌だし、ちゃんと一人で闘えるようになりたいから。それに、ニュクスを取り戻さなきゃ」
「ええ」
「うん」
僕たちはこの瞬間、やっと通じ合えた気がした。地球とハーノタシア、《情熱》と《希望》と《信念》の間を越えて。
明日は、僕とニュクスの闘いだ。絶対、取り戻して見せる。
「明日、頑張ってね、信じてる――でち」
元の姿に戻りはねた赤髪をいじくり回している、このいたいけな幼女のためにも。
「ええーっ!? お兄ちゃん、勝手に加勢しに行っちゃったの? 信じてるって言ったじゃん!」
「確かに、彼の行ったことは不義かもしれぬ。しかし、背に腹は代えられまい。ヘメラ殿の命を救ったのでござるぞ」
「ていうか、なんでお兄ちゃんなの? エアが行けばよかったじゃん!」
「フェイクは、神山でもエアでも勝てない相手だったんだと――それでヘメラと融合して、瞬殺したとか」
「ぶー、銀太先輩もラギンも、よく黙ってたね。つか起こせよ!」
「痛っ! 蹴るなよ!」
「まあ兎にも角にも、今は三人を、眠らせてあげよう。拙者も、鍛錬を積まねば」
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目覚めのいい朝だった。大きく伸びをすると、父さんに声をかけられた。
「戦場はこの闇の国だから、DTにもそんなに負荷がかからないだろう。今までのように、もう対戦相手が迎えに来ていてもいい時間だが――」
「対戦相手、か。いかにも父さんらしい嫌味な言い方だ」
「もちろんだ」
父さんは、ニヒルな笑みを浮かべた。
「にしても、来ないな」
心がざわつき始めた僕に声をかけたのは、なつみだった。
「なつみ」
「フェイクとの闘いの話を聞いて思ったんだけど、もう魔王のルールなんて無視しちゃっていいんじゃないかな。咲夜ちゃんの闘いで声だけ聞こえたってことは、きっとどこかで見てるよ。本当に加勢が許せないなら、何かの手を打ってくると思う」
「それをしないってことは、全部計算のうちってことか」
おそらく、≪影≫の確認――。あの時エアが来ても、やつにとってはデータ収集になったわけか。
「俺たちは、いつだってお前を助ける準備はできている」
銀太は、僕の肩を叩きながら言った。
「銀太……落ち着いて話すのは、ずいぶん久しぶりなような気がするよ」
「ああ。俺たちの助けが必要なときは、いつでも呼べ」
「……救援要請?」
笑えないギャグを飛ばすと、意外にも銀太は笑ってくれた。
「ははは、ネトゲか。懐かしいな、またやろうぜ」
「……で、ござるよw」
「ちょっと、何の話?」
いつまでも、ニュクスの力を感じることはできなかった。母さんがいつものように、快活に笑った。
「はは、ニュクスのことだから、きっと気まずくて出て来られないんじゃないか。お前だって頑張れば、ニュクスのパワーを捕捉できるだろう? 行ってきな」
「ああ」
「朔、頑張れよ」
なつみが優しく言った。僕は両手に火を灯す。
俺の《情熱》が、叫んでいる。
絶対に、みんなでまた笑うと。その中には、ニュクス、あんたも入っているんだぜ。
「見つけた。探したぜ」
闇の国が、晴天になることはない。いつも通り、空は曇っていた。
闇の国のシンボル、巨大な黒い楼閣のてっぺんに、ニュクスは座り込んでいた。ここからでは豆粒のようにしか見えないが、邪悪なパワーを感じる。
「そんなところにいないで、降りて来いよ」
返事はない。俺は遠目で、ニュクスの横顔を眺めていた。
こうして見ると、横顔はやはりヘメラやエアに似ている気がする。端正な顔立ちは、ニュクスが《悪魔》であることと何ら関係がない。もともと人間として、かつての少女は美しかったのだ。
ニュクスは、何かに悩んでいるように見えた。何に? 闘うか、闘わないか、だろうか? それとも――殺すか、殺さないか――だろうか。
それとももっと内面的で心理的な――自分は何者なのか、みたいな問いに苦しんでいるのだろうか。なんで自分がそういう考えに至ったかはうまく言えないけど、なんとなく、ニュクスはそんなことを考えているような気がした。
たぶんあいつはまだ、俺と――いや、かつての英雄、炸人と、かつての親友、ネクローとの間で揺れている。
ネクローは炸人を殺した。二人が相容れることなど絶対にない。どちらも、取るということはできないのだ。まだニュクスは、結論を出せないでいる。だから闘いたくないのだろう。
不器用なやつだ。俺とそっくりな生き方だった。いつまでたっても『自分探し』の途中で、無為に時間を潰している。俺だって、ここに来るまではネトゲをやり込んでいた。
まぁ、ネトゲと一緒にすんなって言われるだろうけど。
俺は楼閣まで飛行し、ニュクスのそばにやってきた。空気が薄い。寒空が俺たちを見下ろしている。
「全部……私のせいなんだ」
「え?」
「私が《悪魔》になったのも、炸人さんが死んだのも、ネクローが《絶望》に目覚めたのも、今君を殺そうとしているのも、全部意志の弱い私のせいなんだ……」
「それは違う。いろいろ面倒なことに巻き込まれただけだ。俺はヘメラの記憶の一部を共有した。だからわかる」
「分かってないさ。少し覗いたぐらいでは――私たちの、《異質》な、醜い――」
ニュクスは小声でつぶやき続けた。それはもはや、俺に聴いてほしいという感じですらなかった。自分を納得させるための、責任を自分だけに求めようとする言葉。
「私は、どうすればいい!」
突然、ニュクスが《絶望》を開放した。闇のオーラが美しい女を包み、俺はのけぞる。
「グチグチ悩むのはもうやめにしよう。闘おうぜ。答えはきっと、見つかるさ」
「お前を、殺してしまうかもしれない」
「フフ」
もう一度言おう、本当にこの女は――不器用なやつだ。
「いいよ。そのつもりで来い」
ニュクスが闇の砲弾を放った。モロに直撃してしまった俺は、そのまま上空から急降下してしまう。
「ぐあああああああ――ぐっ、ふんっ!」
俺もニュクスと同じようにオーラをまとい、砲弾を消し飛ばした。
「!」
視界がクリアになった。ニュクスが冷たい顔で俺を見下ろしている。目尻に、涙が浮かんでいた。
「私たちはその呪われた運命にケリをつけたい。――だから、お願い」
あの日、DTの途中、次元トンネルで見たエアの涙を思い出した。
やっぱりお前ら、親子だよ。
「行くぜ! バーンストライクッ!」
読んでいただきありがとうございました。最後の朔の回想は、第一章七話「検討」の場面です。
次回、第二話「《影》①」。お楽しみに!
※追記
朔の一人称「僕」「俺」をそれぞれ能力の発動前後で統一しました。(2016.5.11)




