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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第零章 遠く遠く、喪失と忘却の彼方に始まりはあった
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次世代の英雄

「時を越え、正義の心は受け継がれる。そして、邪悪な思惑も――」

炸人さん、美海さん、ダグラを除いて――すべての英雄は死んだ。炸人さんと美海さんも《こちらの世界》に干渉できない以上、事実上、亡くなったことになっている。


そんな時――『匿名希望』を名乗る能力者が、ネクロ―とクライムを洗脳してどこかへ行くという挑発的な手紙が、小夜嵐のもとに届いた。


「……パワーを消しているだけかもしれないけれど、この星にネクローとクライムの力を感じない……もう宇宙に旅立ったのかもしれない」


「どちらにしろこちらから手出しはできない……できることと言えば特訓ぐらいか」


「それで、いいのか……炸人さんっ!」


 私は、牢屋の中の英雄さんに視線を移した。しかし、炸人さんは。


 「ん…んが……もう食えねえよ、美海……」


「ね、寝てる……」


「こっちに来て、みんな」


 氷の箱をカチャカチャと動かして遊んでいた美海さんが、私たちに手招きした。その子供らしい可憐さと、大人っぽい妖艶さを併せ持つ美海さんに、見蕩れてしまう。


 「ほら、全部の面がそろったわ!」


重要な話をするのかと思ったら、よくわからない箱を見せつけてきた。綺麗な青色が、一面に広がっている。


「これ、よく日本にいたときに遊んでたの。面白いわよ。……っていうのはお遊び」


「美海さん、遊んでる場合じゃないよ……」


 エアが、少し甘えた声を出した。私たちは、この夫婦を前にすると途端に性格が変わってしまう。


「そうね。炸人が眠っているのは、昨日無理したからなの。これでね」


 美海さんの手が、白い鉱石によって輝いた。この神々しい光、これは、《光の秘宝》――。


「《闇の秘宝》が願いを叶える力を持っているのに対して、光の秘宝はすべてに届く力を持っているの」


「すべてに、届く力――?」


「昔お世話になった、ハクシキーノっていうおじいさんがいるんだけどね。私もその人から話を聴いただけで、詳しいことは分からなかった。でも、私がここに来られたみたいに、すべてに届く――つまり、移動する力があることが分かったの」


「じゃあ、それを使えば2人もここを抜けられるんですか?」


 期待に胸を膨らませて、訊いた。でも、答えは《冷徹》なものだった。


「それは無理だと思うわ。この世界は、ハーノタシア星とは違う原理で動いているみたい。――でも、これを応用すれば、地球とハーノタシア星、そしてこの世界を行き来できるようになるかもしれない」


「クライムが試していた――DTが実現するってこと?」


「そうよ、小夜嵐。クライムがやってたその、DT――ディメンション・トランスポーテイションって言うのはどういう仕組みなの?」


「えっと、確か――次元のほころびに、自らの《能力》を共鳴させて、次元の壁を無理やり越える――そうクライムは言ってた」


「なるほど、意外と力押しなのね。この《光の秘宝》を使えば、能力者が次元を超える力助けになるかもしれない」


 ゆっくりと、冷静に状況を分析する美海さん。彼女の判断に、いつだって間違いはなかったはずだ。なのに、美海さんは囚われた――これが、悲しき運命だというのか――?


 「でも、その秘宝はそもそも天使が封印されていた石。クライムが天使を取り込んでしまったから、効力が弱まっているんじゃ――」


「そうね。おそらく、強い《能力》を持つ能力者なら、小さなほころびでも強引に抜けることができる。でも、非力な能力者は抜けることができないでしょう」


「じゃあ、私たちはできてもヘメラは――」


 ヘメラに目をやると、唇をかんで悔しそうにうつむいていた。


「うん、そうね――今のままでは、ヘメラは抜けることができない。でも……。」


 ヘメラが美海さんの目の前まで歩を進める。美海さんはそれを見計らって、牢の柵からウインクをした。


「方法は、あるわ」


「美海さん、方法って?」


「要は、穴に入り込んだ友達を助けるイメージよ。よくバカ三人は旅の途中で落とし穴をつくって小学生みたいにはしゃいでいたわ」


「どういうこと?」


「深い穴に嵌った人は、自力で抜け出すのは難しい。だけど、上から引っ張ってくれる人がいれば――」


「そうか! 『移動先』に、《能力者》を配置しておけば、移動者の負担が少なくなるっ!」


「そういうこと!」


「ふむ……」


 黙って話を聴いていた小夜嵐が、口を開いた。


「この場合、引っ張り上げるだけなら、《能力者》である必要はないかもしれない。《能力者》と壁、つまり次元のはざまを挟んで共鳴しやすい存在――いわゆる《共鳴者》がいればそれでいい。あくまでも、《能力》を使って次元に穴を開けるのは『移動する側』だけだからね」


「なるほど、《無能力者》でいいなら地球にもたくさんいそうだね。でも、ヘメラに合う《共鳴者》がいるかなぁ」


「いないのなら、創ればいい」


「えっ!?」


 小夜嵐の奇抜な一言。つくる……って、まさか工作じゃないだろう。ならば、「創造する」――というのか、《共鳴者》を。


「うん。ヘメラと外見――詳しく言えば肉体的特徴が似ていれば、うまくいくはずだ。こう見えてもボクは天使の子どもだからね。意図的に生命を誕生させることができる。もっとも、高位の《能力者》は無理だけどね」


「じゃあ、今回は《無能力者》でいいなら、ヘメラの《共鳴者》も――」


「待て」


静かで、それでいて厳かな声。この声は……。


「炸人さん……」


「無闇に地球に関係者を増やすんじゃない。この星の問題は、この星で解決すべきだ」


 炸人さんの真剣な瞳。その奥には、紅い《情熱》がたぎっている。


「さっきまで寝てたくせに、急に割り込んでくるじゃないか、神寺宮炸人。やつらがどこにいるかわからない以上、地球に援軍を用意しておくのは悪い策じゃないと思うけどね」


「またシーボルスの時みたいに、美海みたいに――無関係な地球人を増やすっていうのか!? やつらなら、必ずここに帰って来る! その時にケリを付ければいいだけの話だ!」


「馬鹿だね。キミだって――未来のキミが安藤美海を連れてきてくれたからこそ、当時のダグラに勝てたんじゃないのかい? 自分の都合のいい時は地球人を利用して、そうじゃないときはやめておくなんて――虫が良すぎるよ」


「だからこそ、だ。俺は昔、無理やり美海を連れてきた。だからこそ、今度は同じことをしたくないんだ。とにかく、反対だ」


炸人さんと小夜嵐の言い争いは、平行線をたどっていた。でも、静かに美海さんが終わりを告げる。


「じゃあ、地球に《共鳴者》――《ポーター》とでも言いましょうか――をおくのはやめましょう。この世界は炸人に一度救われている。炸人の言う通りにしてみましょう」


「美海……」


「フン。どうなっても知らないよ」


「炸人。私のことを気にかけてくれて、ありがとう」


 美海さんは、二つ名の通り女神のように微笑んだ。その微笑みは少女らしさを残したままだ。美海さんの笑顔に、今までたくさんの人が救われてきただろう。


 でも――結果論なのはわかっているけれど、この時ばかりは小夜嵐が正しかったのだ。『匿名希望』たちが、どこで、何をしているかさえ分かっていれば――炸人さんだって、小夜嵐に賛成していただろう。


 『匿名希望』たちがいない間、この星は、炸亜と共に時間が流れた――。



*******************************************************************

 「落ち着いたから、炸亜を連れてきたぞ。炸人、美海」


「ダグラ! 本当にありがとう――よく生き残ってくれた」


「お父さん、お母さん?」


「そうよ、炸亜。炸亜はいくつになったのかな?」


「7歳だよ、お母さん」


「ボクがダグラたちを連れてきてあげたんだ、感謝してほしいね」


*******************************************************************

「ああ、もう、うざってえ!」


「こら! もうちょっと行儀よくできないか!」


「フフ、しばらく見ないうちに反抗期に突入したのね」


「元気があっていいことだ」


「るせー! 私がそばにいてほしいときに、いてくれないどころか、一生――だなんて……」


「ごめんなさい、炸亜……」

*******************************************************************

 「母さん、そいつは誰だ?」


「久しぶりね、炸亜。この人は――」


「佐久間 佐久間です。小夜嵐にスカウトされてきた、ハーノタシア星の微弱な氷の能力者です」


「佐久間 佐久間? おかしな名前だな」


「佐久間は非力だけど、他人の《能力》をいち早く補足できるんだ。『匿名希望』が帰ってきたら、すぐに対応できるよ。まったく、『中立』を名乗っている割にはなかなかにキミたちに協力しちゃってるね、ボク」


「なんでなんだよ」


「ふふ、ただの風の吹き回しさ」


「お綺麗な顔ですね、炸亜さん」


「るせー!」


*******************************************************************

 「ねえ、炸亜」


「なんだ、母さん」


「DTが、完成したわ――長い時間をかけて、《光の秘宝》の力を、この星全体に拡散させた」


「えっ、ほ、ほんとうか!」


「ほとんど小夜嵐や、ニュクス、エアが頑張ってくれたんだけどね。《光の秘宝》を持って、いろんなところに行ってくれた。おかげで、秘宝はなくなっちゃったけどね」


「そうか……ついにか。やったな、母さん」


「炸亜。この星を出たら? 佐久間と一緒に」


「えっ、ど、どうして!?」


「――この星にいたら、いつやつらが来るかわからなくて不安だしね。もともと、炸亜は闘いに参加させない方針でいたの。だから――」


「そんな、私も闘う! 私も母さんと父さんの役に立ちたい!」


「……ありがとう、炸亜……。でも、いいのよ。特にエアが言ってくれてたの。炸亜は闘わない方が、幸せなんじゃないかって」


「幸せ……」


「炸亜……あなたは英雄の運命としてではなく、一人の人間として、幸せを掴むのよ」


「母さん……」


「これ、持っていって。私が地球で使っていた携帯電話なの。《光の秘宝》の力を電波みたいに使ってみたから、この星に来ればつながるはずよ。あなたの恋人がつくってくれたの」


*******************************************************************

 「もしもし、母さん? まだ奴らは来てないのか。もうあれから何十年も経ったな――そっちのことも心配だし、優秀な能力者をそっちに送るよ。……ああ、二番目の子だ。……長男? ああ、あの子はダメさ……うん、私もそっちに行くよ。準備しておく」


*******************************************************************

「私、パパみたいに調査がメインだって聞いたんだけど?」


「まぁそう言うな、咲夜。……にしても、あの炸亜が母親になぁ」


「ぶーぶー」


「さぁ、修行の続きだ!――!?」


「なに、この強い闇の気配……」


「あいつが、帰って来たんだ!」


 実に45年。長い長い年月をかけて、『匿名希望』たちが帰ってきた。クライムの力は感じないが、これは――ネクロ―……。


「決着を、つけに行く」


「えっ、ニュクス、たった一人で!? 危ないよ! 私も行くっ! そのために修行したんだから!」


「心配するな。私の力の一部をエアに預けておく。もし何かがあっても大丈夫なように――」


「いってらっしゃい、お母さん」


「止めないんだね。どうなっても知らないんだから!」


 エアは、私の手をしっかり握ってくれた。そうだ、私の問題は私がケリをつける。何十年か前、炸人さんが似たようなことを言っていた気がする。


*******************************************************************

 「来たのですね、私の愛しい人」


「今までどこで何をしていた」


「それが、思い出せないのです。おそらく何者かに記憶を消された」


「それ、本当か――?」


「私があなたに、嘘をつくとでも? ――危ないっ!」


「ぐっ!?」


 突然、私とネクロ―の間に、砲撃が襲った。深い闇――《絶望》の使徒か!


「――感情は《影》を生む――脆いものよ。だからそんなものを消して、時が止まればいいのに」


「お前は――まさか」


「しばらくの間、地球に旅行に行っていたの。楽しいところだと――幸せになれる場所だと思っていたのに――とんだ期待外れだったわ」


「『匿名希望』、なのか……?」


「いいえ、私の名は『時の魔王』。今話したことについて、この名前以外の記憶を消すわ。そして、封印させてもらう」


「何者です、あなたは! 勝手に封印などと――」


「ぐっ、ぐああああああああああああああああああああああああ!」


 頭がぼんやりする。いくつかの大切なことを、忘れてしまった気がする。


 あいつは――いったい、誰だ? 私はなぜ――。


 お母さん。お母さん!


 そうだ――忘れてたまるか! 《影》――地球――時の魔王――私が封印されたって構わない、次世代の英雄が、私を暗い泉の底から出してくれる!

*******************************************************************

 「本当に、すまない――時の魔王が、地球に来ていたなんて――」


「仕方ないわ。あの時は知らなかったんだもの」


「だから言ったろう? 《ポーター》を用意すべきだって」


「――わかった。ヘメラと――この子の《ポーター》を」


「拙者もホクスイ殿の恩義に応えられるよう、一所懸命をつくすでござる」


「――私とラギン、それにエアで試してみたけど、ダメみたい」


「呼ぶしかないか、もう一人の英雄を――」


「えっ、でも、あいつは――」


「ひとつ約束してほしいことがある。その時が来るまで、俺と美海のことは黙っていてくれ。殺されてしまったことにしてもいい」


「えっ、どうして?」


「俺はもう、死んでしまったも同然だからさ――俺の存在が知れても、知れなくても――同じことだ。今は、な」


「今は?」


 「ヘメラ、お前にたった一台の、地球とハーノタシア星を繋ぐ携帯電話を渡しておく。さぁ、『闇魔族のセレモニー』を始めよう!」


読んでいただきありがとうございました。これで、英雄の章は完結。第一章1話に戻ります。整合性が取れてないところがないか心配……。


とにかく、次回からは朔のストーリーに戻ります。激動と予想外の第三章を見逃すな!


次回、第三章第1話、「過失」。お楽しみに!

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