光と闇の、交わり
「ボクたちは、大いなる力に、遊ばれている――こいつは、何者なんだ?」
「草薙くんの遺体が、なかった?」
「そうだ」
植物の国から帰ってきたダグラさんは、草薙くんを発見できなかったと言った。
「全焼した家をくまなく探した。でも、どこにも――きっと、跡形もなく殺されたんだ」
「そんな……」
うなだれるヘメラとお母さん。でも、私には疑問が残っていた。
家をすべて燃やしたとしても、焼死した遺体の一部は発見されるはずだ。跡形もなく、本当に忽然と消えたというのだろうか? ――いや、相手も《能力者》だ。その辺りは何か仕掛けがあるのかもしれない。
「ねえ、私たちこれからどうするの」
私が訊くと、ヘメラがはっきりと答えた。
「ネクローは機が熟せば、またニュクスを狙ってやってくるわ。そして、エアはクライムに狙われてる。ここでしばらくの間身を隠して修行しましょう」
結局私たちは、しばらく水の国で身を隠すことに決めた。炸人さんが住んでいた植物の国でも、育った炎の国でもないこの場所を、ネクローは探したりしないだろう。幸い、ここには忍者の施した罠がたくさんある。たとえ見つかったとしても、少しの時間なら、足止めできる。
そしてその間に、強くならなきゃ――。ネクローよりも、クライムよりも、ずっと。
「よしっ! じゃあさっそく始めようよ、修行!」
「悪いが、俺は一度家に帰る――草薙が見つからなかったとはいえ、家をあのまま放置していいわけじゃないからな」
悲しげに背を向けたダグラ。そのうつむいた顔は、暗く陰っていた。
「俺は結局、家族に何もしてやれなかった――」
「そんなことない!」
落ち込むダグラの背中に飛び込んだのは、ヘメラだった。
「そんなことないわ――ダグラさんは、たくさんの勇気を家族に与えてた。じゃなきゃ、ニーナさんが一人で闘うわけないもの」
ヘメラは涙を流しながら、何度もダグラの背中をさすった。何度も何度も。それはまるで、壊れてしまった宝物を、いつくしむように。
光と闇。《希望》と《絶望》。水と油のように、それは決して交わらないはずだった。お母さんとヘメラが分離したことこそ、その証明だと思っていた。だけど、この二人は今、通じ合っている。能力なんて関係なく、ただ、人として。
「感動的なとこ悪いんだけどさ」
少し余裕ぶった、高い声。この声は――
「まずいことになった」
「小夜嵐!」
私たちは、また《第三の世界》に招かれた。6畳の部屋が4つ分程度の小さな異世界には、今は、たった三人しかいない。
「まずいことって、何なの、小夜嵐」
「これだよ」
小夜嵐。《絶望》を感じながらも、未来を《信じ》続けるという中立的な立場をとる、善悪の仲介役とでも呼ぶべき妖精だ。彼女が手渡したのは、一通の手紙だった。
「手紙――?」
ヘメラが中身を取り出し、私とお母さんに見えるように広げた。
「ええっと……読むわね」
「我は自分のことを何と呼べばいいかわからぬ。いろいろな呼ばれ方があるし、気に入らない呼び方なら強制的に変更したって良いのだが――まぁなんでもよい。匿名希望だ。」
「なんだ、このふざけた文面は」
「貴様に――あくまで中立をうたう《第三の世界管理執行部》の貴様に伝えたいことは一つ。この世界に舞い降りた2つの脅威――ネクローとラグレムは、我の傘下に入った」
「そ、そんなバカな! ネクローが誰かのもとに仕えるなんて!」
「植物の国で消息を絶ってから、まだ数時間しかたっていない。たったそれだけの間にニュクスを追っていたネクローを心変わりされるなんて、そんな――」
「いや、可能だ」
一番冷静だったのは、ネクローを一番よく知る、お母さんだった。
「闇属性は具現化能力と洗脳が得意でね。ネクローがかりに洗脳されたとするなら、あいつをも超える闇の能力者が――」
「悪魔の言うとおりだよ。きっとこれはハッタリなんかじゃない。本当に、ネクローやクライムを超える能力者が、彼らを洗脳したんだ」
「小夜嵐、この手紙はどうやって届けられたの?」
ヘメラが訊くと、小夜嵐は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ここに置いてあったのさ。ごく自然にね。ボクが少しの間、奥に書物を取りに行った一瞬の隙に、この『匿名希望』は、よくもまあぬけぬけとこの絶対領域に足を踏み入れたんだ。本来ここは、ボクかクライムしか立ち入ることができないのに」
「クライムも洗脳されたのなら、クライムがここに侵入した時、手紙を置いていったんじゃないの?」
私が訊くと、小夜嵐は悲しげに首を横に振った。
「もしもクライムなら、後からその力を捕捉できる。だけど、この手紙からはクライムの痕跡をたどれなかった――」
「とにかく、続きを読んでみましょう」
「英雄によってシーボルスが殺されてから、この世界の脅威はネクローのみ、そして、《第三の世界》も含めるならばネクローとクライムのみだったはずだ――そのふたりが、ここに集結した意味が分かるかな? 君たちは、我々に手出しができないということだよ。我は、ダグラを除くかつての英雄は、皆死んでしまったことを知っている。まさか、弱小な悪魔と《影》で我々に立ち向かおうというわけでもないだろう?」
「こいつ、ふざけているのか! 今すぐにでも……!」
いきり立ったお母さんを、ヘメラが制した。
「挑発に乗ってはダメよ、ニュクス。この人物は明らかに、私たちを誘ってる」
「誘って何の得があるんだ」
……熱くなったお母さんは、本当にすぐ周りが見えなくなる。どこかの英雄さんとそっくりだ。
「落ち着いて考えて。ダグラさん以外の英雄はみんな死んじゃったのよ。……炸人さんと美海さんを除いて……だとすれば、悪をたくらむ者にとって、邪魔なのは誰?」
「英雄の弟子――私たちか」
「この『匿名希望』は、小夜嵐さえもマークするためにクライムも手中に収めているのよ。簡単に倒せる相手じゃない。この人物、頭が切れるわ」
「だからと言って、このまま黙って隠れているわけにはいかないだろ」
平行線をたどった2人の会話に風穴を開けたのは、小夜嵐だった。
「舐めているのか、余裕のつもりか――どちらにしろ、こっちにも希望はあるみたいだ。ほら、最後の文面」
「我は力を持て余している。よって、しばらくの間、宇宙へ長い旅に出かけようと思っている。向こうで《力》を使うつもりはないが、ネクローとクライムは連れて行く。そちらから仕掛けようとしても無駄だぞ」
この世界の脅威を連れて、宇宙へ旅行? この手紙の送り主は、何が目的なのだろう。この文面通り、力を持て余している者ゆえの遊びのつもりだろうか? だとしたら、あまりにも趣味が悪すぎる。
「つまりさぁ、相手がいないんだったらすぐに闘わないといけないわけじゃない。これは強くなる余地はあるよ」
「それはそうかも。小夜嵐も一緒に闘ってくれるんでしょう?」
私が期待に胸を膨らませて尋ねると、小夜嵐は冷淡にこう言った。
「いいや。ボクはあくまで『中立』さ。手出しはしない」
「そ、そんな……自分たちだけ闘わないなんて、情けないとは思わないの?」
「はぁ、キミはなんにもわかってないねぇ」
自分は分かっている、とでも言いたげに、小夜嵐は上空に飛び上がり胸を張った。
「いいかい? この最初の文面、これはボクに対する挑発でもあるんだ。『君は中立をうたっているけれど、2人の脅威を好き勝手されて、それでも黙っているのかい?』とでも言いたげなね。ここまで派手に喧嘩を売っているんだ、相当自分の《力》に自信があるんだろう。ボクたちは遊ばれている。やすやすと挑発に乗るのは君たちだけでいい」
「いい加減にしろ、小夜嵐っ!」
お母さんがまた大声をあげた。
「ほらね、《悪魔》。君は特別挑発に乗りやすいから、気を付けたほうがいい。親切心で言っておくけれど、君たちにだって、選択の余地はある」
「選択の余地?」
「そう。つまり、『闘わなくてもいい』んだよ。シーボルスの時、神寺宮炸人と安藤美海には『闇の秘宝を使って地球へ帰る』という目的があった。だからシーボルスと闘った。ネクローが神寺宮の所に来た時、仕掛けてきたのはあっちだ。だから闘った。でも今回は、相手は戦いを仕掛けてこないばかりか、『旅行に行く』とまで言ってる。君たちは、何も無理に闘う必要はない。だから自分で決めることだね。どっちの方が、『幸せ』か」
「幸せ?」
それはなんとなく哲学的な言い回しで、小夜嵐には似合わないような気がした。でも、私は手紙を見て、小夜嵐の言葉選びの意味が分かった。小夜嵐が見せた手紙の最後には、こう書かれてあったんだ。
「追伸 我の目的は世界を手中に収めることでもなければ、世界を破壊することでもない。――幸せになることだ」
「幸せに、だと? 洗脳術を使うゲテモノが、なにを言っているんだ」
お母さんの怒りはまだ収まらないようだ。でも、私は小夜嵐の言うことも、『匿名希望』の言うことも少しわかるような気がした。私の頭には、朔亜のことが浮かんだ。
あの子は――戦乱の世からは遠ざけてあげてもいいかもしれない。
そのほうが、幸せかもしれない。
「目的を明かさないつもりだろうがなんだろうが、ネクローとは私が決着をつけなければいけないんだ。いつか必ず――このふざけた野郎も倒してやる」
私が朔亜を思い浮かべている間、お母さんはネクローを思い浮かべていただろう。
私たちは、いろんな想いを秘めながら、この異世界を生きている。
光と闇が交わることがあるように、異能者と「幸せ」も、いつか――。
読んでいただきありがとうございました。前回、「次回、最終回、『次世代の英雄』」と言っていましたが、文字数の関係で先送りにしました。楽しみにしていた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございませんでした。
次回こそ最終回、「次世代の英雄」。お楽しみに!




