表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第零章 遠く遠く、喪失と忘却の彼方に始まりはあった
41/120

光と闇の、交わり

「ボクたちは、大いなる力に、遊ばれている――こいつは、何者なんだ?」

「草薙くんの遺体が、なかった?」


「そうだ」


 植物の国から帰ってきたダグラさんは、草薙くんを発見できなかったと言った。


「全焼した家をくまなく探した。でも、どこにも――きっと、跡形もなく殺されたんだ」


「そんな……」


 うなだれるヘメラとお母さん。でも、私には疑問が残っていた。


 家をすべて燃やしたとしても、焼死した遺体の一部は発見されるはずだ。跡形もなく、本当に忽然と消えたというのだろうか? ――いや、相手も《能力者》だ。その辺りは何か仕掛けがあるのかもしれない。


「ねえ、私たちこれからどうするの」


私が訊くと、ヘメラがはっきりと答えた。


「ネクローは機が熟せば、またニュクスを狙ってやってくるわ。そして、エアはクライムに狙われてる。ここでしばらくの間身を隠して修行しましょう」


結局私たちは、しばらく水の国で身を隠すことに決めた。炸人さんが住んでいた植物の国でも、育った炎の国でもないこの場所を、ネクローは探したりしないだろう。幸い、ここには忍者の施した罠がたくさんある。たとえ見つかったとしても、少しの時間なら、足止めできる。


そしてその間に、強くならなきゃ――。ネクローよりも、クライムよりも、ずっと。


「よしっ! じゃあさっそく始めようよ、修行!」


「悪いが、俺は一度家に帰る――草薙が見つからなかったとはいえ、家をあのまま放置していいわけじゃないからな」


悲しげに背を向けたダグラ。そのうつむいた顔は、暗く陰っていた。


「俺は結局、家族に何もしてやれなかった――」


「そんなことない!」


 落ち込むダグラの背中に飛び込んだのは、ヘメラだった。


「そんなことないわ――ダグラさんは、たくさんの勇気を家族に与えてた。じゃなきゃ、ニーナさんが一人で闘うわけないもの」


 ヘメラは涙を流しながら、何度もダグラの背中をさすった。何度も何度も。それはまるで、壊れてしまった宝物を、いつくしむように。


 光と闇。《希望》と《絶望》。水と油のように、それは決して交わらないはずだった。お母さんとヘメラが分離したことこそ、その証明だと思っていた。だけど、この二人は今、通じ合っている。能力なんて関係なく、ただ、人として。


 「感動的なとこ悪いんだけどさ」


 少し余裕ぶった、高い声。この声は――


「まずいことになった」


「小夜嵐!」


 

 私たちは、また《第三の世界》に招かれた。6畳の部屋が4つ分程度の小さな異世界には、今は、たった三人しかいない。


「まずいことって、何なの、小夜嵐」


「これだよ」


 小夜嵐。《絶望》を感じながらも、未来を《信じ》続けるという中立的な立場をとる、善悪の仲介役とでも呼ぶべき妖精だ。彼女が手渡したのは、一通の手紙だった。


「手紙――?」


ヘメラが中身を取り出し、私とお母さんに見えるように広げた。


 「ええっと……読むわね」



    「我は自分のことを何と呼べばいいかわからぬ。いろいろな呼ばれ方があるし、気に入らない呼び方なら強制的に変更したって良いのだが――まぁなんでもよい。匿名希望だ。」


「なんだ、このふざけた文面は」


 「貴様に――あくまで中立をうたう《第三の世界管理執行部》の貴様に伝えたいことは一つ。この世界に舞い降りた2つの脅威――ネクローとラグレムは、我の傘下に入った」



「そ、そんなバカな! ネクローが誰かのもとに仕えるなんて!」


「植物の国で消息を絶ってから、まだ数時間しかたっていない。たったそれだけの間にニュクスを追っていたネクローを心変わりされるなんて、そんな――」


 「いや、可能だ」



一番冷静だったのは、ネクローを一番よく知る、お母さんだった。


「闇属性は具現化能力と洗脳が得意でね。ネクローがかりに洗脳されたとするなら、あいつをも超える闇の能力者が――」


「悪魔の言うとおりだよ。きっとこれはハッタリなんかじゃない。本当に、ネクローやクライムを超える能力者が、彼らを洗脳したんだ」


「小夜嵐、この手紙はどうやって届けられたの?」


 ヘメラが訊くと、小夜嵐は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ここに置いてあったのさ。ごく自然にね。ボクが少しの間、奥に書物を取りに行った一瞬の隙に、この『匿名希望』は、よくもまあぬけぬけとこの絶対領域に足を踏み入れたんだ。本来ここは、ボクかクライムしか立ち入ることができないのに」


 「クライムも洗脳されたのなら、クライムがここに侵入した時、手紙を置いていったんじゃないの?」


私が訊くと、小夜嵐は悲しげに首を横に振った。


「もしもクライムなら、後からその力を捕捉できる。だけど、この手紙からはクライムの痕跡をたどれなかった――」


「とにかく、続きを読んでみましょう」


 「英雄によってシーボルスが殺されてから、この世界の脅威はネクローのみ、そして、《第三の世界》も含めるならばネクローとクライムのみだったはずだ――そのふたりが、ここに集結した意味が分かるかな? 君たちは、我々に手出しができないということだよ。我は、ダグラを除くかつての英雄は、皆死んでしまったことを知っている。まさか、弱小な悪魔と《影》で我々に立ち向かおうというわけでもないだろう?」


 「こいつ、ふざけているのか! 今すぐにでも……!」


いきり立ったお母さんを、ヘメラが制した。


「挑発に乗ってはダメよ、ニュクス。この人物は明らかに、私たちを誘ってる」


「誘って何の得があるんだ」


……熱くなったお母さんは、本当にすぐ周りが見えなくなる。どこかの英雄さんとそっくりだ。


「落ち着いて考えて。ダグラさん以外の英雄はみんな死んじゃったのよ。……炸人さんと美海さんを除いて……だとすれば、悪をたくらむ者にとって、邪魔なのは誰?」


「英雄の弟子――私たちか」


「この『匿名希望』は、小夜嵐さえもマークするためにクライムも手中に収めているのよ。簡単に倒せる相手じゃない。この人物、頭が切れるわ」


「だからと言って、このまま黙って隠れているわけにはいかないだろ」


 平行線をたどった2人の会話に風穴を開けたのは、小夜嵐だった。


「舐めているのか、余裕のつもりか――どちらにしろ、こっちにも希望はあるみたいだ。ほら、最後の文面」


 「我は力を持て余している。よって、しばらくの間、宇宙へ長い旅に出かけようと思っている。向こうで《力》を使うつもりはないが、ネクローとクライムは連れて行く。そちらから仕掛けようとしても無駄だぞ」



 この世界の脅威を連れて、宇宙へ旅行? この手紙の送り主は、何が目的なのだろう。この文面通り、力を持て余している者ゆえの遊びのつもりだろうか? だとしたら、あまりにも趣味が悪すぎる。


「つまりさぁ、相手がいないんだったらすぐに闘わないといけないわけじゃない。これは強くなる余地はあるよ」


「それはそうかも。小夜嵐も一緒に闘ってくれるんでしょう?」


 私が期待に胸を膨らませて尋ねると、小夜嵐は冷淡にこう言った。


「いいや。ボクはあくまで『中立』さ。手出しはしない」


「そ、そんな……自分たちだけ闘わないなんて、情けないとは思わないの?」


「はぁ、キミはなんにもわかってないねぇ」


 自分は分かっている、とでも言いたげに、小夜嵐は上空に飛び上がり胸を張った。


「いいかい? この最初の文面、これはボクに対する挑発でもあるんだ。『君は中立をうたっているけれど、2人の脅威を好き勝手されて、それでも黙っているのかい?』とでも言いたげなね。ここまで派手に喧嘩を売っているんだ、相当自分の《力》に自信があるんだろう。ボクたちは遊ばれている。やすやすと挑発に乗るのは君たちだけでいい」


「いい加減にしろ、小夜嵐っ!」


 お母さんがまた大声をあげた。


「ほらね、《悪魔》。君は特別挑発に乗りやすいから、気を付けたほうがいい。親切心で言っておくけれど、君たちにだって、選択の余地はある」


「選択の余地?」


「そう。つまり、『闘わなくてもいい』んだよ。シーボルスの時、神寺宮炸人と安藤美海には『闇の秘宝を使って地球へ帰る』という目的があった。だからシーボルスと闘った。ネクローが神寺宮の所に来た時、仕掛けてきたのはあっちだ。だから闘った。でも今回は、相手は戦いを仕掛けてこないばかりか、『旅行に行く』とまで言ってる。君たちは、何も無理に闘う必要はない。だから自分で決めることだね。どっちの方が、『幸せ』か」


「幸せ?」


 それはなんとなく哲学的な言い回しで、小夜嵐には似合わないような気がした。でも、私は手紙を見て、小夜嵐の言葉選びの意味が分かった。小夜嵐が見せた手紙の最後には、こう書かれてあったんだ。


 「追伸 我の目的は世界を手中に収めることでもなければ、世界を破壊することでもない。――幸せになることだ」



 「幸せに、だと? 洗脳術を使うゲテモノが、なにを言っているんだ」


お母さんの怒りはまだ収まらないようだ。でも、私は小夜嵐の言うことも、『匿名希望』の言うことも少しわかるような気がした。私の頭には、朔亜のことが浮かんだ。


 あの子は――戦乱の世からは遠ざけてあげてもいいかもしれない。


 そのほうが、幸せかもしれない。


「目的を明かさないつもりだろうがなんだろうが、ネクローとは私が決着をつけなければいけないんだ。いつか必ず――このふざけた野郎も倒してやる」


私が朔亜を思い浮かべている間、お母さんはネクローを思い浮かべていただろう。


 私たちは、いろんな想いを秘めながら、この異世界を生きている。


 光と闇が交わることがあるように、異能者と「幸せ」も、いつか――。


読んでいただきありがとうございました。前回、「次回、最終回、『次世代の英雄』」と言っていましたが、文字数の関係で先送りにしました。楽しみにしていた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございませんでした。


次回こそ最終回、「次世代の英雄」。お楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ