少年と赤ん坊
「幸せになりたい。その願いのためだけに、恐ろしい計画が進行していた――」
「あいつは、新婚旅行をする予定だったあいつらのために、強敵と分かっていて勝負を仕掛けていった……結局相手がどんな奴だったのかは知らないが、敵を倒せずに散っていったあいつは、悔しかっただろうな」
ダグラさんは、静かにコロウさんの話を語り終えた。そして、みんなの士気が落ち込む前に、エアの翼から降り立った。
「俺は、草薙の亡骸を探しに行く。ニーナ同様、ちゃんと葬ってやらないと。俺の、大事な家族だったんだから」
「ダグラさん……」
正直、私はまだ心配だった。ダグラさんを止めかけた私を、エアが制した。
「大丈夫だよ、ヘメラ。ネクローのパワーは感じなくなった。たぶん、植物の国を離れたんじゃないかな? 鉢合わせになることもないと思うよ」
「そうかな。もしかしたら、どこかに隠れているだけかも」
そうだ。あれほどしつこくニュクスを愛していたネクローが、私たちが少し逃げただけで諦めるだろうか? 私たちは何か、大きなものの上で踊らされているような気がした。でも――ダグラさんの言うように、草薙くんだってきちんと埋葬されなければならない。植物の国に戻るなら、今がチャンスというのもうなずける。
それにしても――ダグラさんとニーナさんの家を燃やした存在とは、いったい何なのだろう? ネクローの仲間? 新たな刺客? エアと小夜嵐が倒したはずのクライムも生きていたようだし、油断できない状況だ。
ネクローとクライムに狙われるニュクス。彼女は、望んだわけでもないのに、《悪魔》という刻印を刻まれ、逃亡しなければならない状況にある。なんて不憫なのだろう。この子は、ただ純粋に、英雄に恋い焦がれる少女だったはずなのに。
「どうかした? ヘメラ」
自分で言うのもなんだけれど、私の運命もおかしなものだ。「ネクス」という一人の人間、能力を使いこなせない身でありながら光と闇、ふたつの属性を併せ持つ少女――その、いわば能力のオーバーヒートを避けるために「分離した」、《影》の存在――。
「ううん、何でもないわ」
そして、《影》でありながら人間の体裁を保って生まれてきたはずなのに、悪魔の魂に触れ「妖精」となった、エア。
私たちは、いったい何なのだろう。
この星の、世界の、社会の中でどういう位置づけをされ、どういう風に振る舞い、どういう風に力をふるうのが正解なのだろうか? 能力が要求するままに暴れる? 周りに危害を与えないように力を制限する? それとも、それ以外の何かが――。
「行ってらっしゃい、ダグラさん。気を付けて」
「ダグラ殿だけを行かせるわけにはまいりませぬ。拙者も同行いたそう」
もし、悲しい運命、絶対逃れられない災厄に直面した時、どうすれば、私たちは救われるのだろう?
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「時が止まってしまえばいい、そう思っていたけれど、あなたが来てくれてうれしいわ」
「ん……おかあさん……?」
「彼女」の声で、ぼくは目を覚ました。薄暗くてほこりっぽくて、変なにおいのする部屋。ぼくの真ん前に、「彼女」は立っていた。
「きみ……誰?――赤ん坊?」
「彼女」は、まだ生まれたばかりの、赤ん坊だった。でもおかしなことに、まだ立てないはずの赤ん坊は床から少し浮いて立っていた。まだ髪の毛のない頭には、キラキラ光る電気がたくさんついていた。まるで、何かに宙づりにされているような恰好だったが、天井から糸は垂れていなかった。
「私に名はないの。ファントムたちからは、『神童』って呼ばれているけどね」
「しんどう……?」
「彼女」がしゃべると、頭の上の電気がピコピコと、まるでイルミネーションのようにばらばらに動いた。
「神様の子どもって意味よ。まったく、退屈しのぎにこの星をつくり、退屈しのぎに6属性をつくり、退屈しのぎに『天使』と『悪魔』を放った、あの『神様』の子どもなんて、嫌になるわ」
「なに……言ってるの? ここはっ――!」
ぼくは、拘束されていた。両腕は鎖で縛られ、両足は足枷で固定されて、壁に大の字ではりつけられていた。
「悪いけど、あなたは拘束させてもらったわ。私の初めてのお客様だもの」
ふふ、といやらしく赤ん坊は笑った。ぼくは、全身の血が抜けていくような感覚だった。
「お母さんと、お父さんは――?」
「お母さんは私のしもべ、ファントムが殺したわ。お父さんは私のしもべ、クライムが殺しかけたけれど負けたみたいね」
「しもべ――?」
ふふ、とまた「彼女」は笑った。今度の笑みに、暖かいものは感じられなかった。
「しもべと言っても、しもべにしたのはついさっきよ。ファントムが『出来上がってから』そんなに時間はたってないし、、クライムも《信じる者たち》に吹き飛ばされた後に洗脳したの」
「せんのう……?」
「ふふ、子どもって本当に素敵。まだ何も知らないのね。いいわ、見せてあげる。来なさい」
「彼女」がそう命じると、暗がりに包まれた奥の部屋から、足音が聞こえてきた。
「お呼びですか、『神童』」
「彼女」の前で礼儀正しく跪く男。ぼくはその男の名を、知っていた。
「いいえ。少し戯れで呼んだだけよ、ネクロー」
「そうですか」
「ネクロー……ネクローって、ぼくのお母さんのお友達を殺した……」
ぼくがびっくりしてそう確認すると、「彼女」は笑った。
「そうよ。植物の国をせわしなく飛んでいるのを、ファントムが見つけてね。結局、ファントム、クライム、ネクローの三人ともが、私の手駒になったというわけ」
ぼくは、なんてばかだったんだろう。今、やっとわかった。
「きみは……ぼくの『敵』なの」
「敵……か」
「彼女」は、何か遠くのものでも見るようにして目を細めた。そして。
「行っていいわ、ネクロー。――そうね、敵か味方かなんて、極めていい加減なものさしよ」
「それは……きみがぼくを『せんのう』するから?」
「そう、それもできるわ。だけど、そうね……」
「彼女」は、はりつけられているぼくの黒髪にやさしく触れた。
「私は、あなたとお友達になりたいの。きっとそれができる。たとえ『私たち』が、人間の理を離れていたとしても――」
「私たち――?」
「あら、あなただってそうなのでしょう? 悪の権化の息子と、その悪の権化を倒した英雄の間に生まれた異質な存在」
「お父さんと、お母さんのこと?」
普通なら、赤ん坊に、あんな――あんな大人びた顔はできないはずだ。だけど「彼女」の笑顔は、お母さんがいつもしてくれているものとそっくりだった。
「いくら異質でも、避けられようとも、願いは同じ。――幸せになりたいわ。そうでしょう?」
ぼくの反応を試すように、「彼女」はぼくを見た。ぼくは、「彼女」が成長すれば、きっときれいな女の人になるだろうと思った。
そう、お母さんみたいな。
「ぼく、学校で悪口を言われることがあるんだ。『お前は、悪の帝王の息子だ』って。そしたら別の子が、『違う、それはこいつの父ちゃんだ』って。『お前の母ちゃんも、実は悪いやつなんだ』って。ぼくは何も悪いことはしていないのに、辛いよ――」
「そうね。世の中って、とっても理不尽で不条理。それにしても、この星で『異常』なのはどちらかしら? 《能力者》? それとも、能力がない人のほうが、異常なのかしら」
「彼女」がなにを言っているのか、わからなかった。だけど、「彼女」も、こう言ったんだ。
「私、《変な声》に悩まされているの。そのせいで、ずっと辛い思いをしてきた。――私だって、幸せになりたいわ」
「彼女」の素性は、結局わからなかった。だけど、ぼくは「彼女」が、自分の理解者であるように映ったんだ。「彼女」も、異質なのかもしれない。でも、幸せになりたいという気持ちは、同じだった。
「ぼく、幸せになれる場所を知っているよ。お母さんの友達が住んでいた、『地球』って星――それの、『日本』、『東京』」
ぼくは、「彼女」を満足させようと必死だった。詳しいことは何も知らなかったけれど、無我夢中で地名を話し続けた。
それでも、「彼女」は、にっこりと笑ってくれたんだ。まるで、ぼくの宿命、呪われた血筋さえも、ゆるしてくれるみたいに。
「いいわ。いつか、行きましょう。二人で」
ぼくは、黙ってうなずいた。
読んでいただきありがとうございました。パソコンのインターネットが開通しましたが、このPCめちゃくちゃ重たくなっているので、買い替えるかもしれません。
次回、『光と闇の、交わり』。おたのしみに!
※追記
次回の物語を変更しました。
「次世代の英雄」→「光と闇の、交わり」




