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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第零章 遠く遠く、喪失と忘却の彼方に始まりはあった
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水の英雄 コロウ②

「人にはいろんな生き様があるのと同じように、いろんな死に様がある――中には、誰にも悟られずに、死んだ者もいるだろう。秘めたる想いを、誰にも告げずに」

「え……そんなのできないよ! このパワー……相当ヤバいよ! 二人でかからなきゃ、倒せないっ!」


「そうかもな」


「何達観してるのよっ! 行こう、一緒にっ!」


 俺は、叫ぶニーナに後ろから薬草を嗅がせた。


「ん……な、何を……」


「さっき拾っておいた睡眠効果のある薬草だ……しばらく寝てろ」


 安らかな寝顔で地面に横たわるニーナ。こいつが、この世界の未来を担っているのだろう。


 俺達の頃とは違う、明るい未来を――。


 「ニーナ、お前は生きろ――永く、末永く生きて、お前なりの幸せを掴むんだ」


少し考えてから、言葉を付け足す。


「お前がさっき言ってたこと――認めたくないが、そう、そうだ」


帰ったら、美海と、あのバカと一緒に鍋でもつつくか。こいつだって、呼んでやってもいいかもしれない。


その前に、一仕事だ。



「よう、調子はどうだ」


密林の奥の奥、外界から護られたその場所には、神聖な泉があった。その泉の前に立ち、水鉄砲を飛ばして大木をなぎ倒している一人の――、いや、一匹の女。


「ぁん? なんだお前」


「たまたま通りかかってね。来てみたら強力な力を感じたもんだからよ」


「うん? どうだ、すげーだろ」


 お世辞で誉めてやったが、まんざらでもない様子だ。バラバラに砕けた大木たちのそばには、銀色に光る金棒が置いてある。


 こいつ――鬼か。しかも、睨んだ通り水の能力者だ。まったく、この世界は鬼も忍者もなんでもござれかよ。


「でも、ほどほどにしておけよ。むやみに森林破壊をすると、小さな愛の戦士に怒られるぞ」


「あーっ、誰かと思えば、お前シーボルスを倒した英雄の――」


鬼は、驚いた様子で俺を指さした。意外にも顔が知れていて驚く。


「俺を知ってるのか」


「ああ。これでもシーボルス様の配下にいたからなぁ。あの人は強かったがダメだ。闇に支配されすぎてた。世界の支配者はなんつうかこう、もっと中立的な立場じゃなきゃな」


「やけに語るじゃないか」


「私ってば鬼だからよぉ、何百年も生きてんだ。そんで、おもしれえ奴についてってるわけ。お前らがシーボルス様を殺しちまったから、また違う人を探さないとなぁ」


 ケケ、と楽しそうに笑う鬼。小さく開いた口からは、牙が覗いている。こいつ、残虐性はなさそうだ。いや、無邪気な分、戦闘において制限をかけないタイプか。


「お前自身は支配者にならないのか」


「あーあーダメダメ。私はそういう器じゃねえからさぁ。――でも、英雄たぁおもしれえ。いっちょ、やろうぜ」


 今度の鬼の表情は、ニーナが見れば卒倒するほどの残虐なものに変わっていた。こいつ、やっぱり戦闘狂だ。


 いや、ニーナとて――これぐらいじゃ、へこたれないか。


「悪いが俺の大切な人が近々こっちに移住することになっててね――お前にいてもらっちゃ困るんだ。俺はコロウ。お前、名前は?」


「私はマリン。どっちが生き残るか、楽しみだなぁ!」


 そう叫ぶと、マリンは俺に向かって金棒を振りかざしてきた俺は低姿勢になり、腕でガードする。金棒の重い一撃が、腕を伝った。


「ぐっ……その金棒、かなり使い込まれているな……それでいて威力が落ちていない」


「こいつは私が故郷を出た時からの相棒さ」


「だが……」


 俺は力を発動し、自分の姿を変えていった。


「これは……そうか! お前、自分の肉体を液状化できるのか!?」


「そうだ……これで打撃系の攻撃は効かないぞ」


だんだん縮小していき、小さな水たまりほどの大きさになった直後、俺はマリンの後ろへと移動した。


「なぁるほど……水になっても自由自在に動けるわけだ」


「感心している暇があるのかな? 泥臭いやり方は好きじゃないが――お前はタフみたいだからな」


 「はやいっ!」


「はあっ!」


マリンの背後で姿を戻し、振り向いたところを掴んで、やつを金棒ごと泉の方向へ投げ飛ばした。綺麗な放物線を描いた軌道は、そのままマリンを水中深くへと運んでいった。


「さぁ……俺たちの専売特許だぜ……どんな闘い方をするか、見せてくれよ」


 あいつの真骨頂が見れると思い泉に投げ込んだが、全く反応がない。こちらが仕掛けるのを待っているのだろうか? それとも、水中ですでに何かを仕掛けている?


 美海なら――あいつなら、泉ごと凍らせて、後から叩き割るぐらいのすごさを見せてくれるだろうか。あいつは、おしとやかに見えて《冷徹》――《冷静》の上を行く残忍さを持つ能力者だ。あいつなら、速攻で勝負を決めてしまっているだろうか――。


 いや、余計なことは考えない方がいい。《冷静》でい続けることが、俺たち水の宿命――あいつは、そんな心持ちで、獲物がかかるのを待っているだろう。


「よし、行くか!」



 清らかな水が湧き出ている植物の国の泉は、透明ですぐに最深部に辿り着くはずだった。しかし、潜ってみると水は濁り、方位すらわからなくなりそうな――そう、たとえるなら、水の迷宮へと変貌していた。


「泉の性質を一瞬で変化させたというのか……ぐっ!?」


 突然、右わき腹に痛みが走った。血が流れ出たはずだが、暗くて確認できない。水の閃光――おそらくは水鉄砲を極限まで鋭くでもしたのだろう。水が濁っているせいでどこから放出されているかわからない――あいつ、意外にもクレバーだったのか。


そんな思いを巡らせている間にも、数々の閃光が俺の肉体を襲う。このままでは、負けるじゃないか。悔しいけど、水中戦はやつに分があるようだ。


「ぐっ」


 一旦、泉から出ることにした。クジラの大ジャンプのように、勢いをつけて天空を目指す。


「へっ――水属性の俺が、水から逃げだすなんてな」


情けない。今日の俺はどうしたのだろう。勝負を焦っている――? 美海のために、か?


いや、違う。俺はいたって冷静だ。俺の調子が狂ったように思えるのは、ただ単純に、あいつが一枚も二枚も上手なだけ――くだらないプライドは捨てて、地上で闘うんだ。なら、俺もなんとかやりあえる。


 そう決めた瞬間、大洪水のような激しい音が、泉の底から聞こえた。大地も震え出し、ついに大物が姿を現す。


「グオオオオオオオオ!」


「ぐっ」


すさまじい咆哮で俺を吹き飛ばそうとしたのは、泉の水で作り出された水龍だった。こいつは、ダグラの得意な具現化戦術のように、無から有を作り出したんじゃない。こいつは、「泉の水」という材料を使って作り上げられた、紛れもない現実――俺に立ちはだかる、巨大な壁。


「ガララララララ……」


水龍は、口内に大量の水を含み、さながらうがいのような音を立てながら、それを噴射しようとパワーを溜めこむ。あの女、自分では手を下さずに、自分の芸術品で俺を殺そうって言うのか。あいつ今頃、水中でほくそ笑んでいるだろう。


どうだ? 私の水龍は? すごいだろ、ってな。


「ああ、お前はすごい。この俺が、あの神寺宮炸人を圧倒した俺が、箸にも棒にも掛からねえよ――だが、ここで終わるわけには、いかねえんだ――よっ!」


 意を決して真っ向から水龍と対峙する。両手を伸ばし、俺のもう一つの能力を使う。


「グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


水龍は、竜巻のような水龍を、俺にまっすぐ噴射した。俺は竜巻に、手を伸ばした。冷たい水が、掌に触れる。水、水ってこんなにも冷たかったのか。俺は、あのバカと、あの美しい女と一緒にいたせいで、水本来の「冷たさ」を、忘れかけていた。


 これは、殺意をもった、水だ。


 「変われ!」


俺の掌と、竜巻のふれあっている部分が、一瞬白く光った。そして、触れているところから順に、まるで何かに感染したかのように、清水は茶色い泥水に変わっていく。


「変われ変われ変われ変われ変われ!」


 柄にもなく俺は叫び続けた。水龍の全身全霊の攻撃を、俺は両手で受け止めている上、すべてが完全に泥水にならなければ、竜巻の勢いは止まることはない。正直、腕がもげそうだ。これは、派手に一撃で決めるような、あいつや、ラグレムのような闘い方ではない。


 ただひたすら――待つのだ。自分の能力が相手に「浸透」し、相手が弱体化するのを待つ――短期決戦ではなく、持久的な闘い方――。


 そうだ、そういえば、美海に似ている――。


 「グ…ガ…ッ!!」


竜巻が泥水に変わり、勢いを失うと、続いて水龍本体も泥へと変わっていった。大きな音を立てて崩れた水龍は、泉の中へと還っていく。


「すまないニーナ……後で、戻しておく」


「へえ、やるじゃねえか」


間髪入れずに、泥水の上にマリンが現れた。そのまっすぐな姿勢は、彼女を中心に綺麗な波紋を広げている。全く動揺している気配がない。これすら想定済みだというのか。まったく、お前は見上げた《冷静》の能力者だよ。


「水龍を倒しちまうなんてな。自分の肉体を水に変えるだけじゃなく、泥水に変える能力まで隠してたなんて、さすがだぜ」


「はぁ……はぁ……お前もな。あれほど豪快な能力の使い方を見たのは久しぶりだ」


 俺は、自分の息が上がっていることに気が付いた。だが、マリンとてもう奥の手はないはずだ。それにあいつは、水龍を作り出したことでもう魔力のほとんどを使い切った。


 勝てる――。


 俺が勝利を確信し笑うと、奇妙なことにマリンも笑った。何がおかしい? いや、待て――。


 あいつ、金棒を持っていない――。


 気づくのが一瞬遅かった。汚染された泉から勢いよく噴射された金棒は、そのまま俺の胸部を、貫通した。


「がはっ……」


「追尾型魚雷ってとこかな。お前、詰めが甘かったなぁ」


 鬼が、泉から清らかな緑地へと降り立った。


「ちくしょう、う、うぐ……くっ、完敗だぜ」


 すまない、美海。ここでお別れみたいだ。結局俺は、ずっとお前の事ばかり考えていた。冷静さを失えば、水の能力者失格だ。


「身体にぽっかり穴が開いて、まだ意識があるのか。さすがだな」


 俺に残された希望は一つだけ――いったん水になり、泉で水を補給してから肉体を戻せば、再生でき――!


「はっはっは! 気が付いたか? お前自身が墓穴を掘っちまったんだよ! お前自身の能力で、清水は泥水に変わっちまった! 水になっても、再生できないぞ」


 肉体を戻すには、泥水じゃダメだ。泥水を浄化しながらなら、無理にでも再生はできる――だが、そんなことをしている時間に、やつにとどめを刺されるだろう。どちらにしろ、俺の負けだ。


「ぐっ……くっ……俺の仲間に、手を出すな……」


 あいつ以外なら、こいつを倒すことができるだろう。だがニーナ一人では、鬼は倒せない。


「心配すんな。私が興味があったのはお前だけだ。お前を殺したら、ここを出て、新しいご主人様を探すさ」


 ひょうひょうとした顔で、鬼は俺の肩に金棒を振り下ろした。


「ぐあぁ!」


「イヒヒ、もう一発!」


「ぐっ……!!」


「何回目で死ぬか、楽しみだ! オラ!」


「く……!」


 一発、また一発。身体に叩きこまれるたびに、死神の足音が近づいて来る。願わくば、鬼のいる地獄じゃなく、天使のいる天国がいいもんだぜ――。


「アヒャ、アヒャ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……」


 平和な植物の森に、鬼の残酷な笑い声が、いつまでも響いた。


読んでいただきありがとうございました。4月から生活環境が変わるので、インターネット接続含めて次回いつ更新できるかわかりません。間が空くかもしれませんが、気長に待っていていただけると嬉しいです。

次回、「少年と赤ん坊」。お楽しみに!

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