光の英雄 ラグレム①
「ボクのしたことは間違っていたのだろうか――? いや、そんなことはない。少なくともネクローよりも、彼らのほうが、信用に値する人物だったはずだ。英雄たちのほうが――」
「美海、喜ぶかなぁ?」
森を抜けた先にある、小さな町。私とエアは、そこで買い物を終えたところだった。
「そうね」
私は、無邪気に笑うエアの頭を撫でる。
「ヘメラ、どうかしたの? 元気ないね」
「何でもないわ、急ぎましょう」
正直、何か嫌な予感がしていた。あの小屋に、何かが――。炸人さんやニュクスがいなくなってしまった今、あそこに住んでいるのは美海さんと私たちだけだ。美海さんは無事だろうか。私たちだけで出てきてしまったことを、後悔した。
「帰ったら、一緒に晩御飯作ろうね! たくさん食べて、早く背が伸びるといいなあ……」
道行く人々をうらやましそうに見上げるエア。この子は気付いていないけれど、私たちは、
私たちの時は、止まっている。
私は今25歳なはずだが、20歳のころから全く体に変化がない。最初は何も気づかなかったが、エアを見ればそれは一目瞭然だった。
今14歳のエアは、10歳のころから、身長が1ミリも伸びていない。
その理由に、見当はついている。おそらく、ニュクスの闇の力――それが私たちに影響を与えているのだろう。私はニュクスが悪魔と同化する前に生まれた存在だから、この件に悪魔は絡んでいないはずだ。ただ単純に、ニュクスの、いや、「ネクスの」闇の力が、私たちの想像を絶する力を秘めていたというわけだ。
「おーい、お前たち!」
「あ! ラグレムさん!」
私たちが森へ入ろうと思った時、前方に灰色のマントを着た男性が見えた。
「お久しぶりです、ラグレムさん」
「ひっさしぶりい! ラグレムさん!」
「おう、元気にしてたか? エア」
ラグレムさんは、私がさっきしたように、優しくエアの頭を撫でた。もう一方の手には、よく磨き上げられた大剣が握られている。
「遊びに来てくれたの? 美海がいたでしょう?」
エアの問いに、ラグレムさんは渋い顔をして黙った。
「どうしたの? ラグレムさ――うわっ」
突然、私たちの周りが強く光った。そして、その光に驚いたエアは気を失い、柔らかな草の上に倒れ込む。
「ラグレムさん……」
ラグレムさんは、気絶したエアを背中に背負った。
「手荒なことをしてすまない。単刀直入に言う。美海が《第三の世界管理執行部》とかいうやつに連れ去られた」
「あいつら――炸人さんやニュクスだけじゃなく、美海さんまで……」
「そこで、だ」
「え?」
ラグレムさんは、渋い顔をほどいて、いつものおどけた調子で言った。
「行こう! 迎えはもう来ている」
「え?」
いつの間に来たのだろう。ラグレムさんの隣に、エアにそっくりの妖精が立っていた。
「《第三の世界管理執行部》、妖精の小夜嵐でっす! よろしく!」
友好的に差し出された手を、私はふりはらった。
「ふざけないで。私の家族を、返して」
小夜嵐と呼ばれた妖精は、一瞬心外だという顔を見せ、何でもない風に装った。
「まぁまぁそう言わないでよ。とにかく君たちを《第三の世界》に連れてくね」
「連れてくって、どうする気だ? こことは完全に異なる世界なんだろ? どうやって行くんだ?」
「クライムが、Dimension Transportation,略してDTっていう異次元間移動を開発中なんだ。それで行こう」
「DT……?」
「ボクもその力を少し分けてもらっているんだ。それっ」
小夜嵐が念じると、まるでそこにあった見えない壁が剥がれるように、空間に穴が開いた。
「すごい……」
やぶれた空間の向こうには、赤い世界が見える。あれは――月?
「トンネルみたいな仕組みで、これこのまま通れば向こうに行けるよ。さあ、行こう!」
小夜嵐は、向こうの世界に気を取られていた私の手を自然にとった。
「あ――」
「ウェルカム!」
彼女の手は、暖かかった。冷酷な人間が持つ体温ではない。この子、別に悪い人じゃない――?
人じゃないか、妖精だもんね。
にしても、どういうことなんだろう? エアは、悪魔の力が生み出した新型の生命体だと炸人さんは言っていた。妖精がこの世界に二体もいるはずがないのだ。だとしたら、この子は――?
小夜嵐の言ったとおり、空間をくぐればそこはすぐに、《第三の世界》だった。
「ここが――」
「そだよ! 私の生まれた場所、《第三の世界》!」
小夜嵐の生まれた場所。この世界は、私たちの世界と違う仕組みで動いているとするなら、ここに妖精がいても不思議じゃない。
「炸人とニュクス、それに美海はどこにいる? 会って話がしたいんだが」
落ち着いた口調で、ラグレムさんは訊いた。できるだけ冷静になろうとしているみたいだ。
「うん、すぐに案内するね! ……クライムが帰ってくる前に――」
小夜嵐が小声で何かを言ったが、聞き取れなかった。
「勝手なことをしてくれたな、小夜嵐」
背後から、背筋の凍るような冷たい声がした。見ると、眼鏡をかけた長身の男がハーノタシア星とこの世界の境目のところに立っていた。
「ひっ――クライム」
さっきまでの元気な様子とは打って変わって、小夜嵐は急におびえ始めた。背中の羽根が、しおらしく縮んだ。
「1つ、お前はまだ試運転段階のDTを、俺の許可なく使った」
クライムは、境界線をまたぎ《第三の世界》に入ってくる。
「う――」
「2つ、情の移ったお前は、神寺宮美海をネクローから助けたばかりか、この世界に引き連れた。みせしめは神寺宮炸人だけでいいと言ったはずだ。俺はあの女を殺せと命令したはずだ」
見せしめ――? 殺すように命令――?
「3つ、お前はネクローを闇の泉に封印した。奴は今後の世界の運営に使える奴だった。シーボルスによる秩序を失った今、あいつは次期魔王にふさわしい奴だったというのに」
ネクローが、あいつが、魔王にふさわしい――?
「4つ。お前は――」
そこでクライム私たちを見た。
「余計な客人を連れてきた」
その言葉を聞いて、しびれを切らしたラグレムさんは剣を構えた。
「お前はいったい何者なんだ? ネクローの仲間なのか? だったら容赦はしないぞ」
「《第三の世界》の関係者は、――とはいっても俺たち二人しかいないが――あくまで中立だ。善を助け、悪を裁く。ただそれだけのことだ。だが、お前がそう理解したって構わんぞ? どのみち俺とお前たちの関係性は変わるまい。なぜなら――」
クライムは、絶対の確信をもって、ラグレムさんに言い放った。
「悪魔を放っておいたお前たちは、まぎれもない悪だからだ」
「訊こう。この子らの家族を返す気はあるのかないのか、どっちだ」
ラグレムさんも強気に問い返す。だが彼の答えは、あまりにも冷酷なものだった。
「ない。神寺宮炸人の関係者は、全員俺たちによって始末される運命にある。もちろん、お前たちも、だ」
「そんな――」
「へぇ、そうか。なら――」
絶望的な状況を打破する状況を、私たちは一つしか知らなかった。それはとても力強いけれど、とても野蛮な方法だ。
「力ずくでも、返してもらおうか!」
ラグレムさんが、剣を抜いた。
読んでいただきありがとうございました。伏線を全部回収できるかどうか不安になってきた。次回は「悪魔」たちのことについて触れたいと思います。




