第五話 過保護
ニュクスが黒い拳を突き出し迫ってくる。パワーを近くで感じた時、これはやばいと全身に鳥肌が立つ。俺は技を出すのをやめ、ガードの姿勢に入ろうとした。
「うっ!」
腕が重い。いや、腕だけじゃない。体全体が――これはニュクスの力なのか、それとも俺がおびえているのか?
「ニュクス……」
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫しながら、突進するニュクス。ガードが間に合わない。俺はここで殺されるのか――。
最後に母さんの顔が見れたから、よかったかな。
俺はガードをやめ、腕を下ろして目をつぶる。さあ、やれよ。やりたいならやれ。
それでお前の気が済むならさ。
「あきらめるな!」
怒号が聞こえたかと思うと、ニュクスの拳は大きな氷の壁に遮られた。氷?
「咲夜!?」
「2人とも……あきらめるなんてやめてよ……」
咲夜は右手で脇腹を抑えながら、左手で魔法を使い氷を生み出していた。
「咲夜……お前その体で! 無茶すんな!」
「へ、へへ……お兄ちゃんは過保護なんだよ……これぐらい平気」
「咲夜……」
「ニュクス……なにその覇気のない顔は。パラドスィ・スコトス。『諦めの闇』って意味だよね? ニュクスはあきらめたんだ? 魔王を倒すの」
「……」
ニュクスが押し黙る。こいつの減らず口は、死にかけでも相変わらずだ。
「で? お兄ちゃんはニュクスと闘うのを諦めたんだね……その肉体……いまはエアだって中にいるんでしょう? なのに、母親を止めるの諦めるなんて――あんたら本当に、根性なしだよ」
「黙れ! お前に何がわかる! 能力を持ちながら普通の生活が許され、善意のもとで力をふるえるお前に!」
わめくニュクスを、咲夜はキッと睨み付ける。
「私は《冷徹》――泣き落としは効かないよ。私だって、この能力が迷惑だって思ってたこともある。パパは厳しい人だしね――だけど私たち、住んでるところも種族だって違うけど、ここまで来たじゃない! それは、それは時の魔王を倒して、この国を救うためじゃなかったの?」
「そうだ、だが――」
「ああもう! ごちゃごちゃうるさいなぁ! 私のいうこと聞けないなら――」
咲夜の身体を白い光がつつむ。そして、伸ばした左手から太い氷柱が現れた。
「おい、咲夜――」
「これでもくらえ!」
「!」
ニュクスは即座に反応してバリアで身を守ろうとした。しかし、突然俺たちとニュクスの間で爆発音が起こり、あたりが砂煙に覆われた。
「きゃあ! な。何!?」
「ったく、いつまで手こずってるんだ?」
砂煙の中から現れた女――170cmはあろうかという高身長で、頭の上には団子のように結った水色の髪、鋭い目つきに高い鼻、口の中の牙が見え隠れするその女は、俺の感覚で言うならホットパンツ張りに短い、虎柄を着ていて、その手には――。
「鬼、鬼だ」
昔絵本で見たような、金棒が握られていた。
「まったく、いつまでやってんだ――ネクローの野郎は……あ? お前らじゃねえな、ネクローはどうした?」
おどけた声で、その鬼は訊いた。呆然とする俺たちをしり目に、きょろきょろとネクローを探している。
「お? いたいた。あっちでも戦ってんのか?なるほどなー、んで、お前らは《悪魔》と――あ? お前はどっち側だ?」
だらしなく口を開け、牙を見せながら、鬼はニュクスに訊いた。ニュクスは沈黙を守っている。
「あー……なんとなくわかったぞ。お前、ネクローに洗脳されて今はこっち側か。ったく、そんなことしなくても、私が行けば余裕で倒せるっつうのに……」
鬼が流し目でニュクスを見た。何か言いたげだったが、それ以上は言わず、俺たちに向き直った。
「ったく、ネクローの執念っつうのもすげえよな。なら私がお相手してやるか。おい《悪魔》、お前あっち行けよ。そのほうがネクローも喜ぶ」
「待って!」
咲夜が手を伸ばしニュクスを止めるが、ニュクスは黙って瞬間移動してネクローのところに行ってしまった。
「あ――」
「お前のせいで……お前のせいでっ……!」
お気楽者の咲夜が、珍しく怒りをあらわにする。
「あと少しで、洗脳が解けるところだったのにっ……!」
「別にあの悪魔のことはどうでもいいけどよ、私はネクローの仲間なんでな」
「ネクローの仲間? お前はいったい――」
「黙れ! はーっ!」
俺の質問を遮り、逆上した咲夜が、氷の柱を飛ばし鬼の胸に突き刺そうとする。しかし鬼は、余裕の表情を見せかわそうとしない。
「かわさない!?」
攻撃をくらったはずだが、鬼と何かがぶつかったような音は聞こえない。鬼のいる方向に目を凝らすと、そこには咲夜の氷を溶かし、それによってできた水で陽気にお手玉をしている鬼の姿があった。
「やるなぁ。小娘」
「そんな、確かに命中したはず……」
まさか、こいつは――
「水の――能力者?」
「察しがいいな、小僧。自己紹介してやろうか」
鬼は、ニシシ、と笑うと、3つの水の玉のうち2つをグローブに具現化し、ピッチャーの投球ポーズをとった。
「私のー、名前はー、」
振りかぶって、ザッ、と大きく足をつける。かなり大きな水の力を感じた。いや、それ以前に、人間の身体能力を超えている?
「マリン!」
そう名乗った瞬間、文字通り「瞬間」と呼ぶべき魔球が咲夜に向かって投げられた。
「え――」
瞬間移動を超えたスピードを持つ者、つまりエアと融合した俺でなければ、その球を見ることすらできなかっただろう。俺は咲夜に球が当たる前に、右手でしっかりと受け止めた。
右手から熱い摩擦音が聞こえる。
「瞬間のスピードを超える人間、か。小僧もやるなぁ」
「マリンと言ったな。お前に教えてやる。今の俺には妖精の力が宿っている」
「あ? 妖精? ああ、《悪魔》の娘か。なるほどなー。ったく、因果なものを生み出したものだぜ」
「ネクローの仲間だと言ったな。どういうことだ」
「簡単な話さ。私とネクローは時の魔王直属の幹部、ってだけの話さ」
「なんだと? 直属の幹部?」
「この星の一般人はほとんど石化しているけどよぉ、こっちだって人員不足なんだ。どっかの水の集団のせいでこっちの戦力がそがれてるわけ。だから私が出てきたんだ」
マリンは、憎たらしいと言わんばかりに眉をひそめた。鬼の形相だった。
「水の集団? なんだ、それは」
「こっちが聞きてえよ。んなことより――」
マリンは、ピッチングする際に床に置いた棍棒を持ち、言った。
「これでそれぞれ2vs2だ。楽しくやろうぜ、瞬間兄妹」
マリンがニイッっと笑う。その顔を、少しだけかわいいと思ってしまった。
「その前に教えろ。時の魔王の目的は何だ? 《影》の封印って何のことだ」
「文字通り、影を封印することだよ――私は別になんとも思っちゃいねえが、魔王様は《影》が邪魔だって言うからな」
「影? 影って何なんだ、日陰にできる黒いあれか」
「あ?」
マリンは一瞬、何を言っているかわからないという風にきょとんとした。しかし、すぐに理解したようで、
「ああ、ちげえよ。お前、《影》に会ったことねえのか? いやそんなことはねえ、あるはずだ」
影に「会う」だと?
「どういうことだ」
「だって《悪魔》がいるんだもんなぁ」
マリンは一人で顎を掻いている。こっちはさっぱり意味が分からない。
「ちゃんと説明しろ!」
「私は闘いたくてうずうずしてんだ――私に勝てたら教えてやるよ!」
俺の質問を無視して、マリンは嬉々揚々と俺に向かってきた。
校正記録(2018.4.8)
・《》関係修正




