第三話 加工
暖かい。力が自分の中に流れ込んでくるのがわかる。
「う……い、いったい……?」
「気が付いたかい? よく頑張ってくれたね」
私の胸に触れつづけていたのは、朔と同じ栗色の髪の毛をしたおばさんだった。
「あ、あなたはもしかして……」
「いつも朔がお世話になってるね」
「やっぱり、朔のお母さん!」
全身に力がみなぎる。この人が、力を分けてくれたのだろう。
「立てるかい? 悪いけど、もう一度ネクローと闘ってほしい」
「え、で、でも私じゃ、歯が立ちませんよ。お母さんが――」
私が言葉を言い終わる前に、朔のお母さんは空中に飛び、ニュクスとの臨戦態勢に入っていた。
「私はこっちを相手にしなきゃいけないんだ、悪いね。でも、今度は一人じゃない」
「え?」
突然、大きな力の流れを感じる。私にはない質のものだ。でも、どこか懐かしい。その力の主は、急いで私に近づいてくる。
「なつみ! 無事か! なつみ!」
後ろから突然声をかけてきたのは、頭が真っ白けの男性。身長が低く、似合わない黒メガネをかけている。そして私は思い出したんだ、昔父さんから聞いたおじいさんの話を。
「もしかして、私のおじいさん?」
私がおそるおそる尋ねると、その男性は涙を流しながら私に抱き付いてきた。
「そうだ、そうだよなつみ! やっと会えた!」
「わわっ、おじいさん!」
急に抱き付かれたので驚いてのけぞる。でも、父さんの言ったとおりだった。闇属性だけど、心優しい人だって。
「感動の再会は済みましたか」
砂煙の中から現れたのは、顔面を焦がしたネクロー。大柄な体を覆う黒服は、ところどころ破けている。
「許しはしません」
再び、戦慄が走る。暖かい闇を感じながら、私は言った。
「やばそう」
おじいさんは不敵な笑みを浮かべ、一輪の花を具現化させた。
「なに? これ」
「アザミだよ。君のおばあさんが好きだった花のうちの1つさ。花言葉は、安心」
私は、黙ってうなずいた。
「君を危険な目に合わせることになってすまない。おじいちゃんと一緒に、闘ってくれるかい?」
「もちろん!」
「褐色の肌に大きな瞳――本当に君は、そっくりだ」
「え?」
おじいさんは、慣れていなさそうに笑うと、敵に向き直った。
「さあ、始めよう!」
**
「いてて……はっ!?」
「情けない息子だねぇ、本当に」
目覚めた僕が最初に目にしたのは、重い殴打の音を響かせるニュクスと、母さんだった。
「母さん!?」
「ちょっと今手が離せないんでね。簡単に言うよ」
「言うって何を!? 母さん、僕は母さんたちを探すためにここまで――」
「黙ってな!」
「う……」
委縮する僕に、エアが黙って僕の肩に手を置いた。
母さんはニュクスの攻撃をよけながら、早口で説明を始めた。
「あんたら単体の力じゃ、ニュクスやネクローには勝てない。でも、あんたらの異能を融合させれば、勝機はあるわ」
「異能を……融合?」
「そこで倒れている咲夜は闘えそうにないし、私が力をあげたなつみちゃんはネクローと闘っている。残りはあんたと妖精ちゃんだけだ」
「なつみ……!」
僕が周りを見渡すと、なつみと黒メガネの男性が戦闘を始めていた。
「くっ……炸亜! 邪魔をするなーっ!」
ニュクスはロッドから光線を放った。それをエネルギー弾の炎ではじいた母さんは、ニュクスのあばらに膝蹴りをくらわす。
「くはっ……」
「落ちな!」
母さんはそう叫ぶと、ニュクスごと炎で包み込んでしまった。
「すげえ……母さんってこんなに強かったのか」
「はっ!」
母さんが叫ぶと、ニュクスはそのまま下へと落ちていった。
「ぐ、ぐう……」
流石はニュクスだ、比較的低空から落ちたとはいえ、反応は鈍っていない。すぐに起き上がってくる。
「炸亜……炸亜―っ!」
「早く! 今のうちに融合しな!」
こちらに視線を向けることなく叫ばれた。今戦闘中のすべての人が、余裕がなさそうだ。
「で、でもどうやって融合するんだよ!? エアとさ!」
「私、知ってる」
エアが小さな声で呟いた。なぜかうつむいていて、その表情を富み取ることはできない。
「いつもと同じだよ――今回は英雄さんに私の力を渡すだけ。私の異能がなくなるまで」
「形がなくなる!? それってまさか!」
「大丈夫、時間が戻ると2人に戻るよ」
「え……なんだぁよかった」
ほっと胸をなでおろした僕だったが、エアはまだうつむいたままだ。
「ただ、私たちが私たちでなくなるのは確か。正直、異能を無理に加工すると、どうなるかはまだ研究不足なの。何が起こるかはわからない」
「異能を、加工する……か」
「で、でも」
やっと顔をあげたエアが、笑った。でもその笑顔からは、無理しているのが見て取れる。
「しのごの言ってられないよね。ほら、手を握って」
エアの手は、驚くほど冷たかった。
「エア……大丈夫か」
「平気。それより」
「ん?」
エアがか細い声で言った。声が震えている。相当怖がっているのだろう。自分の母親と過剰な力で対峙する恐怖を、僕は知らない。
「お礼を言いそびれてた。東京で助けてくれたこと、ありがと。だから――」
「ああ、そんなこと別に。それにあの時は僕もちょっとおかしかったし――」
僕はこれ以上エアの負担にならないように、何でもないように言った。エアはまた僕から視線を逸らすと、意を決したように、口を開いた。
「大好き」
「え?」
唇に暖かいものが触れた。握った手が、震える。世界の時が止まったような一瞬だった。異能だとか無能だとか、そんなことどうでもいいように思えた。
それを祝福するように、僕たち2人の体をまばゆい光が包み込んだ。
**
「あーあ。退屈」
大あくびをすると、彼女はそのまま伸びをして体をリラックスさせる。
「そんなにお暇でございますか。ならば新たな領地をすぐにでも」
「いや、いいわ。面白いことになってきたから」
「面白いこと?」
彼女は不敵な笑みを浮かべると、漆黒の瞳を肥大化させていった。
「キャハハ! あの2人、キスしたわ。知ってる? 恋心って、時を止めるのよ」
「そんな妄想じみたことが、本当に起こるのでしょうか」
私が異を唱えると、彼女は少女のように笑った。
「ここは魔法の国だもの。もっと厳密に言えば、《影》が出なくなる」
「ああ」
私は納得して、彼女の席にココアを置いた。彼女はそれをいやらしく舐めた。
「甘い――甘いココア、甘い恋愛、甘い幸せ――そんなことが、永遠に続けばいいのに」
私は寒気を感じ、引き下がる。
「ここで力を使うのは、おやめくださいませ!」
「続かないのなら――私が時を止めてあげるわ」




