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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第二章 それぞれの想いが、闘いを新たなステージへと導く
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第一話 怪奇

嘘でしょ……強すぎる!


「アイスエッジ!」


 私は氷の破片を浮遊させて、相手にぶつける。それをいとも簡単に消滅させてしまう女の顔は、まさに悪魔だった。


「どうした咲夜。お前の力はこんなものなのか?」


「どうして!? なんであなたが私たちを攻撃するのよ!」


「決まっているだろう」


 光を失った目は漆黒の闇のように深い。倒れているお兄ちゃんに手をかけ、ニュクスは言った。


「貴様らが、倒すべき敵だからだ」


「咲夜! 後ろ!」


 動揺していると、新垣先輩から声をかけられた。振り向くと、ネクローの拳が私に迫っていた。


「くっ!」


「消えるがいい、英雄の子孫よ」


避けられない――そう思った瞬間、ネクローの動きが止まった。


「むぅ!?」


 見ると、奴の足に草木のツルが巻き付いている。


「ここは私が食い止める! 咲夜は早く朔のところへ!」


「先輩……サンキュ!」


私はお兄ちゃんに向かって走り出す。あともう少し!


突然、後ろで何かが黒く光るのに気が付いた。私に当たるかと思ったが、強い風のバリアが私の背中にでき、私を守ってくれた。


「エア!」


「さすがはお母さん……気づかれずに咲夜の後ろに回り込むなんてさすがだね! だけど負けてられないんだよ! ねぇ、お母さん! 私の話を聞いてよ!」


「黙れ……」


 高速で移動してきたニュクスは、単純作業のように大きな気功波を連続で撃ちこむ。風のバリアで防いでいるけれど、それもだんだんもろくなってきている。


「私も壁を張るよ!」


エアの後ろに両手をかざしたら、エアから大きな声で止められた。


「待って! 咲夜は英雄さんの所に、早く!」


「でも、私は」


 突然の激戦に自信を無くす私に、エアは余裕のなさそうな笑顔をつくって言った。


「大丈夫。あなたも――英雄なんだから」


 その言葉を聞いた瞬間、ニュクスは特大のエネルギーボールを容赦なく撃ちこんできた。


「英雄などと……腹だたしい!」


「きゃあ!」


エアのバリアは決壊し、私とエアは吹き飛ばされる。立ち上がるころには、次の弾が迫っていた。


 どうして、こんなことになってしまったんだろう。



**


 突然現れたニュクスとネクローは、容赦なく気功波を撃ち込み、お兄ちゃんを気絶させた。ラギンは何とかよけていたが、足をかすったらしい。


「ぐぅ!」


「大丈夫!? ラギン!」


「さ、咲夜殿……お父様のところに向かわれたのでは……」


「すごい闇のパワーを感じて、戻ってきたの! あれは、ニュクス、だよね? どうして敵意を向けているんだろう?」


「拙者にもわからぬ……しかし、私は朔殿との闘いで弱ってしまっている。おまけにこの足では……戦闘に参加できそうにはないでござる」


私たちのことを心配してか、エアがそばに寄ってきていた。その大きなたれ目には、たくさんの涙を目にためている。


「あぅ、あぅ――」


「泣く必要はないでござるよ、エア殿。そうだ! 残った力をエア殿に授けて差し上げよう! ならばお主は変身できよう」


「で、でもあたちは――」


「朔殿は鬱陶しい相手でござる。しかし、拙者どもにとっては大切な仲間! それを救えるのがそなたらなら、拙者は力を差し出すまで!」


「ありがとう。ラギン」


15歳に成長したエアは、優しくいった。小柄な水の男は、


「当然のことをしたまででござる。拙者は銀太殿を連れ、佐久間殿の研究所に戻るでござる。朔殿のこと、よろしく頼むでござる」


 と言って、銀太先輩の手を引き闇夜に消えた。


「フフ」


私は、ママの言葉を思い出して笑った。


 「歴史は、繰り返す――」



**


「きゃあ!」


また大きな爆発音。でも、私には仲間がいる!


「シールドは任せて! 咲夜は早く英雄さんのところへ!」


「ありがと! エア!」


 私はニュクスの攻撃を避けながら、ニュクスの横で倒れているお兄ちゃんのところへと急ぐ。


「行かせるわけには、行かないんでね」


 ニュクスがロッドで地面を小突くと、それに反応して暗雲がたちこめ、私の前方に雷の壁を作った。


「ぐっ! これじゃあ、進めないっ!」


 突然の発光に驚き、目をくらませていると、わき腹に膝蹴りをくらう。身体がいとも簡単に宙に浮く感覚とは対照的に、お腹は鉛でも入っているかのように重い。


「がっ……」


「どうだ、痛いだろう。無駄な抵抗などする必要はないのだ。楽に殺してやってもいい」


「だ、誰が……」


私はお腹に密着しているニュクスの足へ神経を集中させる。すると、密着した部分からだんだん凍り始めた。


「簡単に殺されるもんですか……」


「ぐっ! なんだ、これは!」


ニュクスが油断した隙に、私は両手を重ね、ニュクスの顔面に向かって気功波をぶつける。


「はっ!」


「ぐはぁっ」


 そして、凍った自分のお腹に手をあて、瞬時に解凍。次の攻撃態勢に移る。


「くらええええ!!」


 落下し始めたニュクスに向け、さらに気功波を撃ち込む。低く重い音が線上に響く、でも、砂煙から現れたのは、傷ついたニュクスではなく、特大のエネルギー弾だった。


「これを咲夜に放ったら、どうなるかな?」


「嘘でしょ……? でかすぎる!」


「お前は地上へのダメージが気になって、気兼ねなく気功波を撃ち込めないんだろう? だが上空になら、そんな心配はいらない」


「ぐぅ……」


ニュクスが支えていた両手を離すと、エネルギー弾は水を得た魚のようなスピードで上空の私を丸呑みにしようとする。


「死ね!」


 ニュクスの憎悪に満ちた顔。こんなのニュクスじゃないよ!


「私に闘い方を教えてくれたのはあなたよ、ニュクス。だから私は、あなたに恥ずかしくない闘いをしたい! たとえ相手が、あなたでも! はあああああああああああああああああ!」


 私は、両手でエネルギー弾を受け止めた。


「ぐ、ぐぎぎぎぎ……」


「受け止められると思っているのか!? とんだ青二才だな、咲夜。やはりお前は、甘い!」


「あなたが教えてくれたんだよ、ニュクス。氷属性の感情のキー……それは」



**


 研究がメインと聞いていた私は、こっちに来てすぐに実践が始まった時、嫌気がさしてきていた。


「闘いなんて好きじゃないし。私どうせ負けるし」


「そう言うな、咲夜。氷属性は原初の属性。この星を創った偉大な属性だ」


「え?」


「それに、かつてその強大な氷の力を持っていながら、それを使えずに一生後悔した人がいた。その人は言っていたよ」


「なんて?」


 私がいやいやながら聞いていると、ニュクスは急に神妙な顔つきになり、言った。


 私はその時の彼女の顔を、一生忘れないだろう。だから。



**


「凍れ凍れ凍れ凍れ凍れ凍れ凍れ!!」


私は切なる願いを連呼する。すると、徐々に熱いエネルギー弾の温度が低くなり、氷に覆われ始めた。


「よし!」


「馬鹿な! 咲夜の力が上がっていく……どうして!」


「聞いて。ニュクス。私、自分の力をふるうのが怖かった。だけど、今はためらったりしない。その力を恐怖でなく、平和のために使えるのなら」


 すべてが完全に凍った氷玉が完成した。氷柱がところどころ突き出していてチクチクする。私は最後の力を振り絞って、思い切り下方にそれを押し出す。


「だから私は――《冷徹》になれる」


 私の名前は神寺宮咲夜。神寺宮美海の血を引く、氷の能力者。



**


「お前の相手はこの私だ。朔のとこにはいかせないぞ」


「本当に、うらやましい限りです」


 余裕ぶった様子で、ネクローは笑う。

 

「家族、友人、それに《悪魔》……みんなが、英雄のことを愛しているのですね」


「愛ってのは……大げさだろ」


 私はネクローから発せられる威圧感に怖気づいているのを悟られないようにして、さりげなく冷や汗をぬぐった。


 「いえいえ」


 汗をぬぐったことに気づかれたようだ。横目で私を挑発するように見ながら、奴は続けた。


「愛は重要ですよ――知っていますか? 植物の感情のキーを」


 感情? ああそうだ、この星では感情が魔法の原動力になると、エアから聞いた。


「知らないな。教えてくれると、すごい助かる」


「それはね」


 ネクローが言葉を切った。じれったい奴だ、早く教えろっての。


「世界に緑と平和が広がるよう願う、《愛情》ですよ」


 そう言い終わるか言い終わらないかわからないうちに、奴は肩から長い手のようなものを具現化させ、ニュクスのほうに伸ばした。


「な、何をする気だ!」


 狙いはニュクスとの連携――? いや違う、咲夜だ!


 その瞬間、「きゃあ」という小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、咲夜をそのまま長い手で握って、地面にたたきつけた。


「さ、咲夜!」


 砂煙が舞う。返事はない。うつぶせで倒れているだけだ。


「咲夜!」


 私は咲夜に近づこうとする。しかし、ネクローが固い槍を具現化して飛ばしてきた。


「つっ!」


 なんとか反射神経でかわす。こんなにハイレベルな戦いでは、まともな感覚を頼りにしていては殺される。


「お、お前――私との会話中も、ずっとあの2人のこと見てたっていうのか」


 驚きと恐怖の入り混じった声で尋ねた。するとネクローは、不服そうな顔をして巨大な氷を受け止めているニュクスのほうにちらと目をやり、 


「目で追わなくとも、パワーの動き方でわかります。特にあの小さな英雄は、だいぶ無茶したようですから」


と、いやそうに言った。


 小さな英雄? 咲夜のことか。


「私はね」


 突然の事態に困惑していると、感覚的に、大きな力がネクローのもとに集まっているのが分かった。


「や、やば」


「正義を騙った英雄というものが、大嫌いなんですよ!」


 空気まで巻き込んで、ものすごい音を鳴らしながら力が集約していく。


 逃げ場はない。おしまいだ。


 特大のエネルギー弾が、完成した。その色は咲夜のようなきれいな水色ではない。この世の邪悪のすべてを詰め込んだような、嘘偽りない漆黒。

 

「はぁ!」


 紳士的な態度に、そんな絶叫は似合わない――そんな見当違いなことを考えていたが、私の意識はすぐに闇に堕ちた。


 私たちは、ニュクスとネクローに、負けた。


 朔。朔。朔。


 意識などとうに失っているはずの闇の中で、朔のことが脳裏によぎる。自分の心配をしろよ、と私は自分で突っ込みを入れる。


愛情、か。私はもしかしたら――。


 ふと、何か暖かいものに触れた気がした。朔?


いや、違う。声の主は、私を慈しむように言った。


「よく頑張ってくれたね。あとはあのバカ息子と妖精ちゃんに頑張ってもらおう」


・校正記録(2018.4.8)

「だから私は――冷酷になれる」

→「だから私は――《冷徹》になれる」


氷属性の感情のキーは《冷徹》です。

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