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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第一章 そよ風がはこぶ冒険の物語
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最終話 掌握

 闇の国デザイア。その地下次元の奥の奥に、時の楼閣はあった。


楼閣の天守閣近くは、黒い霧がかかっていて視認できない。足元の先に広がっているはずの道も、暗くてよく分からない状態だ。


 足元がふらつく。だが、やつの気配ははっきりと確認できる。


「出て来なよ」


私は虚空に向かって叫ぶ。すると、黒い霧が徐々に人間の形にかたちづくられ、奴が現れた。

 

 「お迎えにあがりました。ニュクス様」


「迎え? 冗談じゃない! 私は、お前を倒しに来たんだ」


「たった一人でですか?」


 私たちの間に、緊迫した雰囲気が漂う。しかし奴は、そんなもの何でもないかのように、気さくにふるまっていた。私は奴が余裕を失っているところを見たことがない。あの日を除いて。


「そうだ。もう、朔たちに迷惑をかけることはできない」


「迷惑? 自分の封印を解いてくれるよう、子供を使って頼んだのはあなた自身ではありませんか」


 ネクローは、自然の摂理を改めて口にするように、当然な様子で口をすぼめた。


「たしかに、お前の言うとおりだ。私は、自分の封印を解いてもらいたくて朔に甘えた。だがそれは甘えだ。佐久間には、朔を日常にとどめていくように言われていたのに。佐久間の命に背くことは、炸人さんの命に背くも同じだ」


「また炸人さん、ですか」


ネクローは、聞き飽きたという様子で両手を挙げ、ため息をついた。


「もう彼のことはいいでしょう」


そして、はっきりと1語1語を発音した。


「彼は、私が殺しました」


「わかっているさ。私はその事実に60年以上も付き合ってきた。だから」


「だから?」


次の言葉を待つネクロー。薄ら笑いを浮かべているが、目は笑っていない。


「ここで、お前を殺す」


「そうですか。ところで、今度お茶でもどうです?」


 強い語気を使って言ったのにもかかわらず、おちゃらけた様子でネクローは言った。


「お前……今の私の言葉を聞いていなかったのか」


もしかしたら、奴は本気で私とお茶がしたいのかもしれない。本当に「それだけの」望みなのかもしれない。奴は私を殺すことも、拘束することもしなかった。私を封印したのも、奴ではなく時の魔王だ。こいつはずっと、部下の監督と指揮をしていただけ。こいつの望みはずっと、変わっていない?


 だとしたら――奴の望みが、ただ私と一緒にいることであるなら――一緒にいてあげられなかった私にも責任があるのではないか? 同じ家を持たない子供の中で、私だけ英雄に引き取られたのだ。私は、ネクローを、クロネを見捨てた。彼の好意に気付いていたのに。


「すまない、謝るよ」


「私に殺すと言ったことですか? お気になさらず」


ネクローは紳士的な声で私を静止した。空中に浮遊しながら、見えない城の天守閣を見つめている。


「今夜も、雨ですかねえ」


「そうじゃない、昔のことだ。あの時私が1人で――」


「やめてください」


ネクローは短く鋭い声で、私の次の言葉を遮った。


「あなたにそれを謝られたら、私が英雄を殺したことも謝らなくてはなりません。しかし私たちはもう子供ではない。魔法の力でだいぶ若く見えますが、実際は老人です。やめましょう、こんな茶番」


 私は奴の反応に焦る。奴も焦っている?


 こんなかたちで気持ちが通じ合うなんて、皮肉なものだ。


「私を殺すのでしょう? やりましょう。私も今度は全身全霊をかけてお相手します」


ネクローは結論を急ぐように言った。


「それも嘘だろ? お前は昔からくだらない嘘ばかりついていた。大きな落とし穴を掘ったとか、見たこともない動物を見たとか、流星群にぶつかったとか」


「いえ」


ネクローは言葉を切る。こいつは、重要な言葉の前に必ず言葉を切るのだ。わかりやすくていい。


「本気です」



**


 私たち2人は、城からかなり離れた平原に来ていた。


「城の内部や近くで戦うと、魔王に怒られてしまいますので、このあたりで」


その様子は、まさに上司に疲労困ぱいしている部下の姿だ。


「別にかまわない。ここでどちらかが死ぬだけだ」


「いきます」


 ネクローは律儀に攻撃宣言をし、構えをとった。こいつは正直者すぎる。だから、くだらない嘘はすぐにばれてしまう。


 意外とかわいいやつだったのだ、と今更思う。年齢など気にせずに、あの時「イエス」と言っていれば、私たちの未来は平和だっただろうか。


 「はっ!」


闇能力者の基本能力は具現化だが、今回ネクローは手に黒いグローブをはめている。体術中心で来るつもりだろうか。


「簡単な話ですよ」


 私の考えを読んだのだろう。ネクローが語り始めた。


「あなたはこだわりが強い。相変わらずそのロッドで遠距離攻撃をしてくるのでしょう? なら私は、近距離で」


 私は片手にロッドを持っているので、奴の両手での攻撃に対応しづらい。左手で奴の右拳を受け止めると、足蹴りをくらわす。


「ぐぅ!」


 どうやら腹筋にヒットしたようだ。鍛え上げられているため、大したダメージににはならないが、距離は取れる。


私は奴が落ちて始めるタイミングを見計らい、ロッドから怪光線を出す。しかし、奴の霧があらゆる攻撃をガードしてしまう。


「ちっ!」


「惜しかったですねえ」


ネクローは空中で体勢を立て直すと、そのまま重力に従って落下してくる。


「余裕そうだな」


「いえ、余裕はありません。ただ、あなたと闘うことに嬉しさを感じています」


「馬鹿なことを言うな」


私が呆れると、ネクローはいつもの癖で言葉を区切り、ゆっくりと言った。


「いえ。本気ですよ。ところで」


 「少し、私の話に付き合ってくれませんか」


ネクローは完全に殺気を消した。殺すなら、今がチャンスだ。だが、私は無抵抗な旧友をむりやり死に追いやったりするほど性格が歪んでいるわけではない。


「いいだろう、話せよ」


「先ほど、自分からやめましょうと言っておきながら、自分で言うのもなんですが、あなたに理解してほしくてあえて言います。神寺宮炸人は、あなたが尊敬するに値する人間ではない」


「なんだと?」


ネクローの口調には、まったくやっかみの感情が感じられなかった。ただ単に事実をレポートしているような感覚だ。


「彼は私を止める際、まだ戦闘に慣れていないあなたを前線に出した。女神とまで呼ばれた妻を使わずに、です。彼はあなたをただの戦闘員としか考えていなかった」


「それは違う! 私がお前を止めたいと、自ら志願したんだ! 私が戦闘員などと――」


「ではなぜ、そもそも彼はあなたを引き取って稽古したのです? シーボルスの仲間がまだ生きのこっていることを知って、戦力にしようとしたのは確かでしょう。それ自体、おかしな話です。まだ能力発現したての少女を鍛えようなどと、酷にもほどがある」


そう言うと、ネクローは私の周りに黒い霧を起こした。


「な、なんだこれは!」


「お気になさらず。あなたは、神寺宮炸人に多少なりとも不満があるのではないですか? あなたから普通の生活を奪ったのはほかならぬ彼なのです」


「それも違う! 彼が引き取ってくれなければ、私は満足な生活などできなかった」


「確かに」


 ネクローが言葉を切る。眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を見せる。


「私たちはストリートチルドレンでした。その日の生活すら保障されていなかった。ですが我々は協力しながら、日々を生きてきたではありませんか。英雄の力など借りずとも」


 霧が濃くなる。なんだか不穏だ。息苦しい。


「あなたは私と違って、禍々しい望みなどなかったし、絶望する必要などなかった。英雄などと関わり合いになる必要すらなかったのです。むしろ、本当に憎むべきは、あなたに過酷な闇を背負わせた英雄」


「英――雄?」


 なんだ? 体に力が入らない。だんだん眠くなってきた。何も考えることができない。


「そうです、英雄です。あなたは私たちを殺すことで決着をつけるのではなく、彼らを殺すことで決着をつけるべきなのです」


「英雄を、殺す……」


「そうです、殺しましょう、現代の英雄を抹殺するのです」


 ああ、眠い。もう何も考えられない。このままネクローにすべてを委ねてしまおう。


 「私は」


「私はかの英雄に絶望した日から、死人となったのです! 私の心は飢え、干からびてしまった! だから私の名は――」


あいつの名はネクロー。私のもっとも信頼できる友人だ。



**


 朔とラギンはほぼ互角だった。数時間闘い続けているが、そろそろ両者とも限界といったところだろう。


「はぁ、はぁ……。親父に、会わせろって言ってるだろ!」


「残念ながらそうはいきませぬ。 ぐぅ!」


「なぁ、そろそろ――」


やめにしないか、と言いかけたところで、次元の扉が開いた。ニュクスが帰ってきたのだ。


「この人が、ニュクス……」


 目にしたのは初めてだが、非常に美しい顔をしていた。肌の張りもある。しかし、瞳は激しい憎悪に染まっていた。


「あ、あの」


 私が声をかけようとした瞬間、大きな爆発音が起こった。


「え――」


次の瞬間に私が見たものは、何とか砲撃をかわしていたラギンと、その砲撃に直撃して絶叫する朔の姿だった。


 どうして――どうしてニュクスが、朔を攻撃するんだ!?


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