98話 似た者同士
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×真逆
○まさか
「明人、遅かったが……大か?」
「静雄、そこは思っても聞かないのがお約束だろ? それに大じゃない強いて言うなら、ポジショニングの調整だな。場所が場所だけに不安定だと落ち着かない」
「明人に安永君、二人共一体何の話をしているのよ。皆の前で大とか小とか、少しはデリカシーって物が欠けてるんじゃないの? “二の句が継げぬ”ってこういう事かしらね……あんた達恥を知りなさい、恥を!」
ドアを開けて直で目が合った静雄にそう言われ、まさか正直に刀と駄弁ってたとは言える訳も無く、仕方が無しに答えたが不評だった。
こんな冗談も男なら分かってくれるが、デリカシーがあったからこその移動なのだが、秋山は中身を別として外見は女性だった事を考慮して無かったか。
星ノ宮は俺達に目を合わさず、須美さんが入れ直しているお茶を無言で飲み。
宇隆さんはそんな話には興味がなく、器に入っていた煎餅を半分程攻略し、黒川だけは微かに頬が赤い……。
居間の中が妙な空間に成ったが、既に箱根崎さんと兼成さんはお互い恭也さんについての矛先を収めたようで、部屋の中の張り詰めた雰囲気だけは収まっていた。
ただ、何やら困った表情をした兼成さんが、戻って来た俺を見て更に苦笑いを浮かべ、閉じた扇子を頬にペチペチしながら口を開く。
「丁度良かった。石田君、君からも言ってくれないかな。とても有難いとは思うのだけど、恭也が君の事を僕が新たに育て上げた弟子じゃないかって邪推するんだよ。残念ながら違うと君の口から言ってくれないかな?」
「へっ?」
俺が兼成さんの弟子? 思わず聞き間違えたかと思って、随分と間抜けな返事をしてしまったが、そもそも俺の師匠はラーゼスの爺さんだけだしな。
それに兼成さんの弟子をしていたと仮定したら、ここに居たのか疑問だ。
「父様はまだそんな嘘を言うのですか? どう考えたって普通の高校生の男の子が刀に憑いた、……いや、言わば刀の付喪神とも呼べる存在を隙があったからと言えど、一瞬で祓い彼岸へ送っただなんて、いったいどこの誰が信じられますか!!」
「そうっすよ! 全く恭也さんの言う通りおっさんは常識……って、ええぇぇぇ!! このおっさんが噂の恭也さんのちっ、父親だと~!?」
あ、やっぱり気が付いてなかったと言うか、どんな噂かは俺は知らんけど、兼成さんの噂を知っていても、その本人をいざ前にすれば案外分からない事って、割とあるよね。
箱根崎さんが両手で頬を押さえ、ムンク叫びの絵の様に驚きの声とその表情を見て居間にいた他の皆は、意味ありげに笑う。
きっと皆も俺と同じ感想を抱いたに違いない。言葉には出さなくとも、アイコンタクトもばっちりに含み笑いをするが、若干名口を押えても隠しきれておらず噴出してたりする。
あの時の箱根崎さんの怒り様は、同じ職場で働く同僚や上司を庇うと言うより、惚れた女性を守るが如し……。
もっとも、そこで箱根崎さんに父親だと聞かされ驚かれた事に、心底心外だと言いたそうなジト目の兼成さんが加わったせいで、収まった感情に更に追い打ちをかけ、笑い声がついに漏れ始めた。
もちろん俺も我慢できる筈も無く、居間は当事者たち以外の声で暫くその笑いに包まれたのは御愛嬌だ――
「腹が痛い……、あ~兼成さんも恭也さんも睨まないで。確かに、ただの高校生には分不相応かもしれないけど、それを言ったらここに居る人ほぼ全員どこか変だと思うぞ。恭也さんの言い分を否定しちゃうけど、兼成さんと出会ったのは昨日が初めてだし、誓ってまだ弟子になった心算もない。誰に聞いても良いけど、本当に間違いじゃないよ」
そう言って皆の顔を見回しながら、頷き返してもらい同意を得れた。
秋山は少し不満そうだったが、これと言って何も反論しないので、消極的賛成と言うところだろうか?
恭也さんもそれを見て、俺が嘘を言ってないと信じたようだが、箱根崎さんはまだ茫然としたまま、戻って来てない。
……さっきまで自分の同僚を攻めたてていた人物が、実はその人の親だなんて聞かされたら、驚きはするだろうけど流石に硬直時間が長く、今なら箱根崎さんを叩いても、全然気が付かないのではと思ったくらいだ。
「ほほう、皆が皆変わり者同士故に惹かれ合ったと言うところかな? 何だか昔の僕とたかちん、それに杠達とかを思い出すね」
「えと父様? 母様とは幼い頃からの許嫁であったのでは? 僕はそう聞きましたけど違いました? それに……“たかちん?”」
「うん、まあ友人だよ。許婚相手は違わないけど何某かの縁って物を感じるし、何よりその方が言葉の響きも格好良いだろう? どんな時も動じず、余裕を持てるのが良い男の条件の一つだよ。そこで聞いてる案山子も、いつか分かる日が来ると良いね」
たかちん? 続けて宇隆さんが両手で口を押え突っ伏していたが、一体どうした訳だ? 誰だか知らんけど兼成さんに振り回され、楽しい学生時代だったに違いないと思った。
そして何とか身動ぎして再起動を果たした箱根崎さんへ、止めに当たる言葉を投げつけ再度石化させ、そこでやっと会話を打ち切ったと思ったのだが、どうやら絡む相手を変えて来ただけの様だ。
「それと、さっきの石田君の言葉だと『まだ』弟子じゃない、ね。もしかして石田君は一晩寝て気が変わり菅原家、つまりは僕の養子になる気になったのかい?」
「いや、俺は養子になるだなんて、ひとっ言も口に出して無いけど?」
「はあっ!? 父様、僕にもましてや母様に相談も無く、そんな事を勝手に決めたとし……ても当主の言には誰も文句は言えない。と言うか、よく考えたら一人でふらふらと出歩いて来て、本当に大丈夫だったのですか?」
「ああの、あああの、あのおおお!! 養子ってどういう事っすか? そこの坊主が恭也さんの家に入るって事はっすよ、菅原家の長男として弟になるって訳っすか!? そ、それとももしかして……」
「あっ、そうか良い事言うね。そうなると恭也の名は石田君が継いで、代わりに幼名として使っていた、小さい頃の名の『ちはや』になるのか。うん、案外いい考えかもしれない。恭也もこれで無理に婿を取らずとも、実家でだらだらしていても僕は全然構わないよ。誰も僕の歩みを止める事は出来ないのだからね」
箱根崎さんの質問で、勝手に俺が養子にされた後の自分の娘である恭也さんの事を予想され、ポンッと打てば響く太鼓の様に右拳を左手に打つと、それは名案だと兼成さんの妄想話が一気に膨らんだ結果だった。
俺も恭也さんの話を聞いて、流石に当主とは言え好き勝手には出来ないだろうと考えたが、どうも雲行きが怪しいと感じ冷汗が流れ背中を伝う。
一瞬ゾクリと妙な悪寒までしてきて、喉が渇きお茶を口に含み嚥下する。
「勿論僕は、君の養子も弟子入りも大歓迎……と言っても急には無理だろうし、何よりその漏れ出す力を、君は如何にかしたくは無いかな?」
まさかこうもピンポイントに、今の俺の弱点を突いてくるとは思わなかったが、的確過ぎる助言でもある。
自覚出来てないけど、見える者からすれば俺ってそんなに色々と駄々漏れなんだろうか?
つい先日から行き成り『成った身』としては、自覚症状をあまり感じないし、視覚情報として受け取れるなら、俺だってもっと最初から“五つの要素”の使い方を必死になったはずだけど、……ソウル文字が鏡に映らない様に、自分を確認する方法は『視る』以外になるのかな?
それにこちらから切り出そうとしていた事を、先に言って貰えて楽と言っちゃ楽だ。その代りこの楽さの『加減』は、食虫化の香りに誘われる羽虫レベルに違いない。
そのまま警戒もせず近寄れば、まさにパックンと食われるだろう。
何てあざとい罠を仕掛けるんだ、流石は当主と言うべきか。
静雄も秋山も、兼成さんの話に単純に感心している様に見受けられるし、瀬里沢と宇隆さんも似た様なものだ。
でも、星ノ宮と黒川の二人は若干背中から黒い何かを滲ませ、俺と恭也さんを見る眼がやたら鋭い気がする。
珠麗さんと須美さんは、そんな俺らを見て楽しそうに顔を見合わせ、まるで「おほほほ」とでも聞こえてきそうな雰囲気だ。
これは秋山の言を借りるならば、“前門の虎後門の狼”とでも言えば良いのか? ……全然笑えねぇ。
「だから強制とは言わないけど、先ずはお試しって事でどうかな? だけど行き成り僕の手元に置くには少々時期が悪いし、この際麓谷で頑張っている僕の娘である恭也から、その手解きを受けると言うのはどうかな?」
「ちょ、ちょっと待つっす! 今まで恭也さんの一番の弟子兼助手として働いている俺を差し置いて、それなのに自ら手解きなんて贅沢すぎてさせられないっすよ!! だいたい今までの話だってそうっす! 本当かどうか……全部が全部嘘でないにしてもっすよ? 先ずは先輩弟子たる俺に、その力を示して見せるっすよ!」
兼成さんの話に割り込んできたのは、さっきの様子から星ノ宮と黒川のどちらかが、大穴で恭也さんが先に来ると思っていたが、ここで番狂わせなダークホース箱根崎さんが現れた。
つづく